第103話 文化祭開催!
『これより――第59回、神凪学院高校文化祭を開催します!』
校内放送に乗って、飯野さんの明るく元気な声が響いた。
いつもの彼女とはちょっと違う、真っ直ぐで堂々とした口調。
今日はしっかりと委員長を務めている特別格好いいお姉さんってな感じだな。
「いらっしゃいませ~!」
教室には羽依の澄んだ声が響き渡る。
羽依がチャイナ服を着るという話は瞬く間に広まったようだ。
廊下にはすでに長蛇の列が出来ている。
俺も猫耳カチューシャと尻尾をつけて給仕に加わる。
サービス精神を重視して、なるべく男性客には女子生徒を、女性客には男子生徒で接客するという方針が採られていたため、俺も渋々それに従う。
自分の彼女が好奇の目に晒されるのは正直気持ちの良いものではなかったが、まあ気持ちは分からなくはない。男なら誰だって可愛い子に給仕してもらいたいに決まってる。
「雪代ちゃんチャイナ服可愛いね! この後暇? 一緒に文化祭回ろうよ!」
そんな言葉を何度聞いたことか。俺が聞いてるって知ってて言ってるんだから、たちが悪い。胃に穴が開きそうだ。
いけないと思いつつ、お客様に対して殺意の波動を向けてしまう俺はきっと未熟者だ。お店ではそんなこと思わないのになあ。
「蒼真くん! 猫耳かわいいね~!」
飯野さんと御影先輩がお客さんとしてやってきた。二人は俺の格好を見てニヤニヤしっぱなしだ。
「いらっしゃいませ。飯野さん、文化祭実行委員長が本部にいなくて大丈夫なんですか?」
「現場の巡視だよ!それに真桜ちゃんいるから問題ないよ! いやー正直助かりすぎて、おんぶにだっこだった!もう彼女なしの生活は考えられないよー!」
「美樹ちゃんのしたことって開会宣言だけだもんね」
「ちがっ! 志帆それ酷すぎ! 私だってちょっとは頑張ったんだよ!」
御影先輩はくすくすと口に手を当てて笑った。飯野さんはぶすっとしているが、すぐににこやかな表情に戻った。この遠慮のない軽妙なやりとりが二人の間柄を感じるなあ。
先輩方にコーヒーをお出しする。御影先輩は上品な手つきで紙コップのコーヒーを口にすると、ふっと何か気づいたような表情になる。
「あれ、このコーヒー美味しいね。インスタントが出るもんだと思ってたけど、普通に豆から淹れてるんだね。香りが良いね〜」
「焼き菓子も知ってるお店の焼き菓子だ。これはちょっと高級すぎるんじゃない? ちゃんと利益出てる?」
飯野さんも目の付け所がしっかりしている。文化祭実行委員長の目は節穴じゃないのがよくわかった。
「大丈夫ですよ。ちゃんと規定にそった利益も出せてます」
「へえ~、それでいて雪代さんのチャイナ服か。ちょっとチート感でちゃってるね。1-Aは今年の目玉だね~」
「後で真桜とサッカー部の高峰の猫耳も見られるかもです。引き出しはまだまだありますよ!」
「有名人多いねこのクラス。その中でもダークホースが蒼真くんか。現生徒会長の一推しでもあるし」
途端に顔を真っ赤にしてしまう御影先輩。手で顔をパタパタと扇ぎはじめた。
「そんな本人眼の前にして言わなくていいでしょ! 美樹ちゃんだって蒼真くん格好いいって言ってたじゃない!」
「格好いいじゃなくて美味しそう。ね」
そういって飯野さんは舌なめずりをする。相変わらずの肉食感だ、処女だってバラされてるのに。
なんとも身に余る二人の評価に恐縮しつつ、その場を離れた。まあ、からかわれてるのは分かってるし。
「じゃあがんばってね~」
先輩たちがにこやかに退店していった。
なかなか満足してくれたようで確かな手応えを感じた。
丁度入れ替わりぐらいで九条先輩がやってきた。
友達も連れてきていたが、雰囲気はやっぱりクイーンだ。
周りは一歩引いてるように感じる。
「蒼真くん。その頭、似合ってるわね」
柔らかい口調で俺の格好を褒めてくれる九条先輩。
「先輩いらっしゃいませ。そんな褒めても何もでませんよ」
俺の軽口に周囲がビクッとして険しい表情を向ける。
……なんとなく彼女の立ち位置というものがよく判った気がする。
「写真撮影って禁止よね」
「はい。店内での撮影はお断りしてますけど、キャストの許可があるなら店外での撮影は止めてませんよ」
「え、じゃあ、私と一緒に写ってくれる?」
取り巻きたちがざわめいてる。きっと普段の九条先輩からは考えられない言動なんだろうな。俺もそう思うし。
「かまいませんよ。いつも可愛い写真もらってますし」
俺の一言で、さらに慌てふためく取り巻きたち。……なにこの人たち。きっとクロちゃんの写真を何かと勘違いしてるんだろうな。まあいっか。
廊下で自撮りの2ショットを撮る九条先輩。
嬉しそうにスマホを口に当てるポーズをとる彼女。いつみてもドキッとさせられる。
ギャップがすごいんだよな、この人は……。
ご機嫌で退店していった九条先輩。取り巻きたちは終始俺に対して敵意を見せていた。俺なんかやっちゃいましたかね……。
ぶっ通しで働いていたのでちょっと疲れた。お店よりも知り合いが来るから気を使ってるんだな……。
丁度、先に休憩に入っていた智ちゃんと相楽さんが帰ってきた。
二人ともこぼれそうな笑顔でいるところを見る限り、文化祭デートを満喫できたようだった。
羽依も待ち切れない様子で俺にしがみついてきた。
「蒼真、休憩入ろうよ! ほら、はやく見にいこう!」
「そうだね。じゃあお店よろしくねー」
「あいあい~二人とも言ってら~」
智ちゃんたちに見送られ教室を後にした。
チャイナ服の上にジャージを羽織った羽依は、ちぐはぐな組み合わせにも関わらず、なぜか見事に着こなしていた。
可愛いは正義って、こういう時のための言葉なんだろうな。
羽依はどこに行っても高待遇だった。男女問わず人気があり、羽依も人見知りが発動しつつも懸命に応えていた。
それは偏に、文化祭デートを満喫したいためなんだろうな。
そう思うと妙にいじらしく、俺の各所での冷遇っぷりも気にならなかった。そう、俺はわりと冷遇だったのだ……。
ジュースにはストローが付いてなかったり、アイスにはスプレーチョコが3粒だけだったりと、地味ながらもじわじわくる責めっぷりだ。
まあ、可愛い彼女を持つということは妬みがあっても仕方ない事だと思う。だから気にしない。むしろこれは勲章だ。ざまあって思っておこう。……ちょっと俺、歪んでるかも。
でも隣で楽しそうに笑ってる羽依を見てると、そんな事はどうでも良くなってくる。俺の彼女は今日も可愛いな。
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