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第100話 三人の思い

 ……知らない天井だ。


 スマホを見ると朝7時。いつもならとっくに起きてる時間だ。


 そうだ、昨日の晩……。

 そう、真桜の家に泊まったんだ。

 それで、撮影会してそれから……。


 ――記憶が混乱している。なぜか顎が妙に痛い。


 隣では浴衣を着た羽依と真桜が、抱き合って幸せそうにすやすやと寝ている。


 ――そうだ、浴衣姿で撮影していたんだ。

 やけにテンションが上がりすぎて3人で寝てもなんだか興奮しすぎて……。


 ……?


 頭に霞がかかった感覚だ。靄を振り払おうとしたその時、むくっと真桜が起きた。って、寝起きの拍子に浴衣がはだけた!


「おはよう真桜、その、前隠して!」


「おはよう蒼真……って……前?」


 寝起きでぼーっとしている真桜、はだけた浴衣に気がつき、小さく「キャッ」っと叫んで慌てて前を隠した。


「その、見た?」


 慌てた表情の真桜。一気に目が醒めたようだった。


「みてないよ?」


 お互いのため、俺のために思いっきり嘘ついた。


「そう、それなら良いけど……顎、痛くない?」


「え、痛いなって思ってたけど、これって真桜のせいなの?」


「……覚えてないのね。私が、その……殴っちゃった。ごめんなさい!」


「殴ったって……いや、きっと俺が何かしたんだよね。昨日布団に入ってからのこと、記憶が曖昧なんだ……何かしちゃった?」


 真桜は顔を真っ赤にして下を向く。かすかに聞こえる程度の声で、「しゃせいが……」とかなんとか。

 その声に呼ばれたかのように、羽依もむくりと起き上がった。


「おはよう~。二人とも起きてたんだね。蒼真が起きてよかった! もう二度と目が醒めないかと思ったよ~」


 羽依が起きて早々けらけらと笑う。けど、そんな呑気な内容ではなさそうだけど……。


「おはよう羽依。昨日なにがあったか教えて。記憶が曖昧すぎてさ、俺なにかした?」


「蒼真は何もしてないよ~。うん、ホントに何もしてない」


 なぜかジトッとした眼差しを送る羽依。真桜は羽依を見て顔をさらに真っ赤にしてゴニョゴニョ言ってる。


 羽依が真桜にぎゅーっと抱きついて、よしよしと頭を撫でている。二人の距離感がさらに近くなったのは間違いないようだ。……むしろ真桜のほうが恋人っぽくね?


「私がね、蒼真のそーまをナデナデしたら、バンッて暴発しちゃって。それで真桜が驚いて蒼真を殴っちゃったの。そしたらそのまま蒼真はおねんねしたの。これが昨晩の出来事の全部だよ」


 実に簡潔に昨晩の顛末を解説してくれた羽依。

 おお、なんてこったい……我が相棒はそんなにも敏感だったか……。無理もない。刺激が強すぎた夜だったからなあ。


 真桜は両手で顔を抑えて首を振っている。


「だって、あんなの初めて見ちゃって! 怖かったの! ごめんなさい蒼真……私にはまだ早すぎたみたい……」


「ああ、いや、大丈夫というか、その、そうだ!……後始末は?」


「ちゃんとしておいたよ」


 なんでもないことのように羽依が言う。


「だって、そのままにしてたら大変でしょ! その、匂いとか……」


 真桜の羞恥に染まった表情がすべてを物語っている……。


「ああああああ!!」


 もう、コロシテ……。



 そんな状況でも腹は減る。真桜が簡単に用意してくれたシリアルとフルーツを食べ終えた頃、妙に気まずいような気持ちとなり、何となく口数が少なくなっていた俺たちだった。


「……勢いって怖いわね。反省しないといけないわ」


「そうだね……撮影って気持ちが高ぶるね。余韻がやばかったなあ……」


 そんな俺たちの話をニヤニヤしながら聞いていた羽依。この状況を一番楽しんでいるのは間違いなく彼女だった。


「でも楽しかったよね! またやりたいな~撮影会」


 そう言って、羽依は真桜の顔を上目遣いに覗き見た。。


「そうね、でも次は肌を見せるのは禁止! 思いだすと顔から火が出そうだわ……なにやってるのかしら、私……」


「冷静になっちゃうとね……。俺もよくあんなに思いっきり撮ったなあ……。ちなみに聞いてなかったけど、真桜って処女?」


「あったりまえでしょ! いきなりなに聞いてるのよ! 羽依だってそうよ!」


「え? 私、処女って言ったっけ? 処女だけど」


 こんな可憐な少女たちのあられもない姿を写真に収めたのか。俺の前世の徳、高すぎじゃね?。


「俺も、その、未経験ですがね……」


「だよね~。指先一つでダウンしちゃうんだから」


「やめて……マジ泣くからやめて……」


 なんて酷いこと言うんだ俺の彼女は……。

 実際あの撮影会の後の肉体的な刺激に耐えられる高校生なんて存在するはずがない。


「いや、もし仮にさ、俺が百戦錬磨の猛者だとしたら、二人とも無事になんて済まないよ?」


「そうね……。もしそうだったら、最後までしてたのかしら……」


「いきなり3Pは無いよね~」


 けらけらと笑うけど、オブラートに包みなさいよ!

 言わないようにしてたのに!


「そうならなかったから良しとしましょう。はい、この話はおしまい!」


 パンッと手を打って無理やり会話を終わらせる真桜。その圧倒的な胆力を前に、二の句が継げなかった。

 なるほど、そうやるのか。参考になるなあ。さすがは真桜だ。



 しばらくした後、道場に行き汗をかくことにした。色んな意味ですっきりしたかった。


 道着を着ると身が引き締まる思いだ。頭から煩悩が退散するのを感じる。

 神聖な道場に一礼をしてから入る。

 厳かな空気を肌で感じると、俺も武道家の一人になれたような気がした。


「ほら! そんなんじゃ羽依を守れないわよ! 早く立って! ほら足元に意識しすぎ、ほらまたすぐ倒れた! さあ起き上がりなさい!」


 鬼だ。鬼がいる。

 さっきまで顔を真っ赤にしてたから赤鬼か。


 恥ずかしさや照れやら色んな感情が綯い交ぜになっての指導だろうけど、指導者として未熟すぎないか?

 なんて言ったら絞め落とされそうだから言わないけど。


 羽依は広い道場なのを良いことに、器械体操みたいなことしてる。倒立から側転、バク転、バク宙!? 何その特技! ちょっとすごくない!?


 運動神経良いのは知ってたけど、これは想像以上だ。美咲さんも天性の強さって話だったから、雪代家の血はきっとハイスペックなんだろう。


「久しぶりにバク宙したらできた! すごいでしょ!」


「すごいすごい! 羽依は運動神経ほんと良いね。頭だって良いし体操できて水泳上手で。苦手なものは何だろね?」


「おとこ」


「ああ、そうだったね。……はい」


 その一言に、全部詰まってる気がした。


 男性恐怖症が改善しつつあったところにあの事件だ。

 それも過去にないほどの悪質さだった。トラウマがより一層深くなってもおかしくはない。


 思い出すだけで腸が煮えくり返るが、羽依のことを思えば俺は冷静でいなくてはならなかった。必要なのは心のケアだ。思い出さないように出来るだけ楽しませてあげたかった。


 昨日の撮影会は余計なことを考える暇なんてなかったと思う。

 トラウマから楽しい出来事としての記憶の上書きという面では確かに成功したようだ。



「じゃあね、また遊びに来てね」


「またねー!」


 真桜の家を後にして、羽依と並んでのんびり歩く帰り道。日が落ちるのも早くなってきて、秋風が頬を撫でるたびに、なんだか夏の終わりを実感した。


「楽しかったね~撮影会。真桜は可愛かったな~」


 うっとりとしたような、しまらない表情をする羽依にちょっと笑ってしまう。


「そういや俺が気絶した後はすぐに寝たの?」


「あーね」


 頬をぽりぽりかく羽依。いかにもやらかしましたって仕草だ。


「真桜がテンション上がりきったところで蒼真を気絶させちゃってさ、パニクっちゃったんだよね。だから落ち着けようと思って、よしよししてたんだ」


「あらそっか、それでそのまま寝ちゃったんだ」


「いや~……。その、真桜があんまりにも可愛いかったから……悪戯しまくっちゃった……。そしたら真桜も寝ちゃった」


「……寝ちゃったんじゃなくて、それって落ちちゃったのかな」


「そうとも言うかも……」


 まさかのダブルノックダウン。勝者は羽依ただ一人だったようだ。


 それにしても限度を超えたスキンシップを見せた羽依と真桜。

 俺が気を失っていなかったら一体どうなっていたんだろうか。


 二人まとめて相手をするなんて芸当は、もちろんできるはずがない。それこそ成人漫画や官能小説の世界の話だ。

 そんなの見たこと無いから知らないけど。


 この夜の出来事は一体何だったんだろう。

 楽しく撮影会をしていたが、倫理観とかそういったものが思いっきり欠落していたのはさすがに反省しないとな。


 彼女たちも明らかに煽っていた。特に羽依が先導していたように思える。

 

 何か羽依に思惑があったのなら、それは一体何故なんだろう……。

 ただ確実に言えるのは、俺と真桜に向けた深すぎる愛情からだったと思う。


 明るく笑っているその裏で、どこか壊れかけているような危うさが心に引っかかって仕方なかった。

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