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7 ウィルの実家

 仕事後にレベッカと食事をして楽しく過ごしたけれど、家で一人になると沈んでしまう。

 クローゼットから資料を取り出した。写真を穴が開くのではないかというほど眺める。


「本当に素敵よね。もっと写真を撮ってきてくれないかしら」


 写真の中のウィルさんを撫でる。

 ボスに指示をされてから、すでに七日が経過している。あまりぐずぐず悩んでもいられない。


「明日、ウィルさんの家に行ってみようかしら」


 ウィルさんのお母様からも話を聞きたい。





 次の日は休日で、昼過ぎまでのんびり過ごし、午後二時に家を出た。

 昼食も終わって、夕食の支度にはまだ早い時間だから、ウィルさんのお母様が忙しくはない時間だと思って。


 港方面に向かう途中には中央の広場がある。サーカスのテントを目に焼き付けるように眺めた。

 ウィルさんとのデートを思い出す。はしゃぐ私の話を優しい眼差しで聞いてくれる落ち着いた人なのに、ピエロに嫉妬する可愛らしい姿も見せてくれた。


 サーカスの時は、ウィルさんを疑う気持ちなんて微塵もなかった。純粋にウィルさんを愛していたし、愛されていると自信もあった。全て忘れてその頃に戻りたいと、現実逃避したくなる。


 あまり港方面にはくることがないから、辺りに目線を移しながら進んだ。

 ウィルさんの住むお屋敷の前に立つ。白を基調としたシンプルな外観で、お母様と二人で住むには広すぎるお屋敷だ。


 ここまで来たはいいけれど、突然の訪問は迷惑なのではないかと気付く。私はお母様に一度しか会ったこともないし、一年近く前だから忘れられているかもしれない。

 お屋敷の前で思考を巡らせていると、扉が開いた。


「ルシルちゃん?」


 扉から顔を覗かせたのはウィルさんのお母様。

 私が会釈をすると、パッと表情を明るくする。


「ごめんね、ウィルは仕事なの。上がって待っていてくれる?」

「ありがとうございます」


 忘れられていなかったことも、快く迎え入れてくれたことにもホッとした。

 部屋に入り、柔らかいソファに腰をかける。

 大きな窓から陽の光が差し込み、部屋の中を暖かく照らしていた。

 お母様はガラステーブルに紅茶とクッキーを置く。


「突然の訪問で、申し訳ありませんでした」


 お母様は目尻の皺を深めて、優しく微笑む。


「来てくれて嬉しいわ。ウィルったらルシルちゃんのこと全然連れてきてくれないんだもの。自分が独り占めしたいからって」


 お母様はウィルと呼ぶ。ナイルは別人なのか、それともお母様もウィルさんとグルで話を合わせているのか。

 ホワイトブロンドの髪を耳にかけ、お母様はカップに口を付けた。


「あの、お母様にお聞きしたいのですが、ウィルさんの誕生日っていつでしょうか?」


 お母様は目を瞬かせてカップをテーブルに置く。


「あの子、自分の誕生日を伝えてないの? ウィルの誕生日は12月1日よ。まだ先ね」

「そこで24歳になるんですよね?」

「いいえ、今が24歳のはずだけど。……私の勘違いだったかしら? 子供の歳を間違えるなんて嫌ね」


 お母様は頬に手を当ててしゅんと肩を落とした。


「すみません、私の勘違いです。ウィルさんは私の4つ上でしたわ」


 誕生日も年齢もウィルさんのものだ。

 お母様に確かめてスッキリするためにここに来たのに、お母様の言葉も疑ってしまっている。これでは何をしにここに来たのかわからない。


「あの子は私に本当の母親のように接してくれる優しい子だから。ウィルのことを忘れたわけじゃなくてよかったわ」


 私は掴んだカップを落としそうになった。

 本当の母親のよう? ウィルさんはお母様の子供ではないの? そんな話はウィルさんから聞いたことはなかった。


 ウィルさんはお父様の連れ子なのか、養子なのか。

 ウィルさんには亡くなったお兄様がいて、一緒に住んだことがないと言っていたが、今思うとおかしな言い回しだ。


 私はお兄様はウィルさんが生まれる前に亡くなったのだと思っていた。生まれる前ではなく、養子だからそんな言い方をしたのだろう。


「お母様、ウィルさんの子供の頃の話を聞かせていただけませんか? ウィルさんのことがもっと知りたいです」

「ええ、いいわよ。写真を持ってくるわね」


 お母様は奥の部屋に入ると、すぐにアルバムを持って戻ってきた。

 ページを捲る。


 こちらに向かって笑顔を見せる男の子が写っていた。ウィルさんは精悍な顔の美丈夫だけれど、写っている男の子は天使のような美少年。でもウィルさんの面影がある。


 それよりも頭の中でモヤがかかったようにはっきりしないけれど、写真を見ていると何かが引っ掛かる。

 子供の頃のウィルさんが気になって仕方がない。


 ページを捲るたび、お母様が懐かしそうに話を聞かせてくれる。私は相槌を打ちながら、それを聞いた。

 お母様はウィルさんの思い出をたくさん話してくれた。でも、写真に写っているのは10歳くらいから。それ以前の小さな頃の写真はない。

 その頃にお母様と家族になったのだろう。


 あと気になるのは、お父様が一切写っていないこと。お母様はたまにウィルさんと笑顔で登場している。ウィルさんとお母様にカメラを向けているのがお父様なのだろうが、1枚もないのは気になった。


 一緒に住んではいないけれど、ウィルさんは事業を継いだ。お父様がいるはずなのに、全く存在が見えない。


 写真を見ながら話していたら、時間はあっという間に過ぎていた。陽が傾き、部屋をオレンジ色に染める。


「ルシルちゃん、夕飯も食べていってくれる? 3人で食事をしましょう」

「ありがとうございます。私にもお手伝いをさせてください」

「嬉しいわ。娘がいないから、一緒に料理って憧れていたのよね」


 お母様は頬に両手添えて頬骨を上げる。可愛らしく笑う姿に、私は頭を振って空にした。

 疑ってばかりの自分に嫌気がさす。

 お母様が笑ってくれるのだから、一緒に料理を楽しもう。


「ウィルさんの好きな味付けを教えてください」

「ええいいわよ。任せて」


 キッチンに二人で立って、教えてもらいながら料理を作った。





 料理中にウィルさんが帰ってきて、お母様と食事を作る私に驚いたようで固まった。


「ウィルさんお帰りなさい」

「ああ、ただいま。どうしたんだい? 帰ってきたらルシルがいて、僕はルシルが好きすぎて、とうとう幻覚を見るようになったのかと思ったよ」


 ウィルさんはすぐに破顔して、お母様の前だというのに私の頬にキスをした。


「突然来てごめんなさい。ウィルさんに会いたくて」

「僕も会いたかったから嬉しよ」

「ウィル、ルシルちゃんに夢中になっていないで、着替えくらいしてきたらどう?」

「ああ、そうだね。着替えてくるよ」


 ウィルさんは2階の自室に向かった。


「デレデレよね」


 呆れたようにお母様が肩をすくめる。


「ウィルさんは素敵な方だから、私と出会う前にも同じようなことがあったのではないですか?」

「いいえ、家に女の子を連れてきたのはルシルちゃんが初めてよ」


 お母様は声を顰める。私は耳を傾けた。


「いきなり私にお花を買ってきたの。誕生日にプレゼントをもらうことはあっても、何もない日にお花を渡されて驚いたわ。これは何かやらかして、私の機嫌を取ろうとしているのかと思ったの。お花の理由を聞いたら、お花屋さんの女の子と話す口実が欲しかったって言うのよ」


 お母様は、奥手よね、と眉尻を下げて笑う。

 ウィルさんに告白された時に、同じようなことを言われた。


「ルシルちゃんに出会って、ウィルは毎日イキイキしているわ。あなたのおかげ。ありがとう」

「いいえ、私の方こそウィルさんに出会えて、たくさんの幸せをもらっています」


 ウィルさんが戻ってきて、お母様との話は途切れた。

 テーブルに食事を並べて、3人で美味しくいただく。


 お母様がプレゼントの話を知っているということは、私と出会ったのは偶然? それともそんなに細かいところまで、口裏を合わせているの?


 目の前で談笑している親子は、心からの笑顔に見える。私がそれを望んでいるから、そう見えるのだろうか。


 食事を終えて帰ろうとしたけれど、外は暗くなっているから泊まるように言われた。

 お風呂に入ってウィルさんとベッドに寝転がる。

 抱きしめられて、心地いい温もりに包まれた。


「ウィルさん、好きよ」

「僕もルシルが好きだよ」


 額にキスが落とされる。唇にもして欲しくて、私は口を尖らせた。ウィルさんは目尻を下げて笑い、キスをくれた。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 私たちはピッタリと身体を引っ付けて眠りについた。

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