表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

6 別人のような

 朝になって目が覚めても、ウィルさんは私を抱きしめたまま。

 触れ合う素肌からウィルさんの温もりが伝わり、いつまでもこの腕の中にいたいと願う。


 顔を上げて端正な寝顔を眺めた。穏やかな寝息を立てて、形のいい唇が横に広がっている。

 思わず唇を重ねる。名残惜しくてもう一度。離れると寂しくて、何度もキスをしてしまう。


「ふふっ」


 ウィルさんが小さく笑った。


「起きていたの?」

「おはよう。途中で起きたんだけど、ルシルからのキスが嬉しくて。寝たふりをしていたのにバレてしまった」


 ウィルさんは瞼を持ち上げ、寝起きでも完璧な顔を見せる。


「ウィルさんおはよう。起こしてごめんなさい。寝顔を見ていたら、思わずキスをしてしまったわ」

「寝顔を見られるのは恥ずかしいな」

「でもウィルさんだって私の寝顔を見ているでしょう?」


 私の方がいつも早く眠っていると思う。


「知っていたのか? 可愛くてずっと見ていたくて、眠るのが遅くなってしまったよ」

「ウィルさんの寝顔も素敵よ」


 ベッドの中で抱きしめ合いながらキスを繰り返す。幸せに浸っていたのに、時計が視界に入ると慌てて起き上がった。


「ウィルさん遅刻をしてしまうわ」


 ウィルさんも時計に目を向けると飛び起きた。

 慌てて服を身につけて家を出る。

 アパートの前でキツく抱きしめられた。


「いってきます。送ることができなくてごめんね」

「ウィルさんいってらっしゃい」


 手を振り、ウィルさんは港方面に続く道を駆けていく。

 花屋はアパートと同じ市民街にあるけれど、ウィルさんの働く港はここから少し距離がある。

 間に合うといいのだけれど。





 花屋の開店準備をしていると、仕入れからレベッカが戻ってきた。

 その後は二人で準備をして、終わると紅茶を淹れて一息つく。


「ねぇレベッカ。ウィルさんって私のこと、好きかしら?」

「どうしたの? 喧嘩でもした?」


 レベッカが目を瞬かせるが、私たちは喧嘩をしたことがない。ウィルさんが怒ることなんて想像できない。ピエロに嫉妬したのは、怒るとは違うし。


「喧嘩はしていないけれど、レベッカから見てどうかなって思って」

「私から見たらウィルさんはルシルにベタ惚れだと思うけど? ルシルを見る目が甘ったるくて砂を吐きそうになるほど。何? ウィルさんって、言葉にしてくれないの?」

「ううん、言葉にも態度にも出してくれる。今日も朝からイチャついて、遅刻しそうになったわ」

「惚気たいなら最初からそう言いなさいよ。深刻な顔をして言うから、心配したじゃない」


 レベッカは胸に手を当てて、ホッと息を吐く。

 惚気たかったわけではないけれど、説明ができないからそういうことにしておいた。


 レベッカから見て、ウィルさんは私のことが好き。私もウィルさんに好かれていることを信じたい。

 開店時間になり、紅茶を一気に飲み干した。

 お店のシャッターを開けて、仕事を始める。





 仕事を終えて片付けが終わると、レベッカに夕食を誘われた。


「惚気たいなら話を聞くわよ」

「じゃあいっぱい聞いて」


 家に一人でいると沈んでしまうから、レベッカの誘いに乗る。

 どこに食べに行こうか迷っていると、二人組の男が私たちの前に立った。


「お姉さんたち、一緒に食事しない?」


 距離を詰められて、私たちは後ずさる。

 迷惑だと顔に出しているのにしつこく誘われた。腕を掴まれ、鳥肌が立って身震いする。

 私を掴む男の手が呻き声とともに離れた。痛がる男の手を捻っているのはウィルさんだ。


「彼女に触らないでくれないか」


 いつもとは別人のような冷たい瞳と、怒気を含んだ声に目を瞬かせた。ウィルさんに威圧されて、男たちは逃げていく。


「ルシルもレベッカさんも大丈夫か?」


 先ほどとはうって変わり、ウィルさんは眉尻を下げて私とレベッカを心配してくれる。

 掴まれていた場所を撫でられ、私の鳥肌を怖がっていたのだとウィルさんは解釈したようで、奥歯をギリッと鳴らした。


「僕がもう少し早く来ていたら、二人を怖がらせることなんてなかったのに。ごめんね」

「いえ、助けていただいてありがとうございます」


 レベッカがウィルさんに頭を下げる。


「ウィルさんはどうしてここに?」

「ああ、今日の朝は慌てて家を出て、ルシルの家にジャケットを忘れてしまったから取りに来たんだ」

「ルシル、食事はまた明日行きましょ」


 レベッカは手を上げて帰ってしまった。


「レベッカさんと約束をしていたのかい? 気を使わせてしまって申し訳ないな」

「仕事後に誘われたの。元々約束をしていたわけではないわ」


 ウィルさんと手を繋いで家まで帰り、バジルのパスタを作って一緒に食べた。

 ウィルさんは今日も泊まってくれる。


 翌朝はやっぱり時間ギリギリまでくっついていて、また遅刻しそうになった。

 ウィルさんは今日はジャケットを忘れなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ