6 別人のような
朝になって目が覚めても、ウィルさんは私を抱きしめたまま。
触れ合う素肌からウィルさんの温もりが伝わり、いつまでもこの腕の中にいたいと願う。
顔を上げて端正な寝顔を眺めた。穏やかな寝息を立てて、形のいい唇が横に広がっている。
思わず唇を重ねる。名残惜しくてもう一度。離れると寂しくて、何度もキスをしてしまう。
「ふふっ」
ウィルさんが小さく笑った。
「起きていたの?」
「おはよう。途中で起きたんだけど、ルシルからのキスが嬉しくて。寝たふりをしていたのにバレてしまった」
ウィルさんは瞼を持ち上げ、寝起きでも完璧な顔を見せる。
「ウィルさんおはよう。起こしてごめんなさい。寝顔を見ていたら、思わずキスをしてしまったわ」
「寝顔を見られるのは恥ずかしいな」
「でもウィルさんだって私の寝顔を見ているでしょう?」
私の方がいつも早く眠っていると思う。
「知っていたのか? 可愛くてずっと見ていたくて、眠るのが遅くなってしまったよ」
「ウィルさんの寝顔も素敵よ」
ベッドの中で抱きしめ合いながらキスを繰り返す。幸せに浸っていたのに、時計が視界に入ると慌てて起き上がった。
「ウィルさん遅刻をしてしまうわ」
ウィルさんも時計に目を向けると飛び起きた。
慌てて服を身につけて家を出る。
アパートの前でキツく抱きしめられた。
「いってきます。送ることができなくてごめんね」
「ウィルさんいってらっしゃい」
手を振り、ウィルさんは港方面に続く道を駆けていく。
花屋はアパートと同じ市民街にあるけれど、ウィルさんの働く港はここから少し距離がある。
間に合うといいのだけれど。
花屋の開店準備をしていると、仕入れからレベッカが戻ってきた。
その後は二人で準備をして、終わると紅茶を淹れて一息つく。
「ねぇレベッカ。ウィルさんって私のこと、好きかしら?」
「どうしたの? 喧嘩でもした?」
レベッカが目を瞬かせるが、私たちは喧嘩をしたことがない。ウィルさんが怒ることなんて想像できない。ピエロに嫉妬したのは、怒るとは違うし。
「喧嘩はしていないけれど、レベッカから見てどうかなって思って」
「私から見たらウィルさんはルシルにベタ惚れだと思うけど? ルシルを見る目が甘ったるくて砂を吐きそうになるほど。何? ウィルさんって、言葉にしてくれないの?」
「ううん、言葉にも態度にも出してくれる。今日も朝からイチャついて、遅刻しそうになったわ」
「惚気たいなら最初からそう言いなさいよ。深刻な顔をして言うから、心配したじゃない」
レベッカは胸に手を当てて、ホッと息を吐く。
惚気たかったわけではないけれど、説明ができないからそういうことにしておいた。
レベッカから見て、ウィルさんは私のことが好き。私もウィルさんに好かれていることを信じたい。
開店時間になり、紅茶を一気に飲み干した。
お店のシャッターを開けて、仕事を始める。
仕事を終えて片付けが終わると、レベッカに夕食を誘われた。
「惚気たいなら話を聞くわよ」
「じゃあいっぱい聞いて」
家に一人でいると沈んでしまうから、レベッカの誘いに乗る。
どこに食べに行こうか迷っていると、二人組の男が私たちの前に立った。
「お姉さんたち、一緒に食事しない?」
距離を詰められて、私たちは後ずさる。
迷惑だと顔に出しているのにしつこく誘われた。腕を掴まれ、鳥肌が立って身震いする。
私を掴む男の手が呻き声とともに離れた。痛がる男の手を捻っているのはウィルさんだ。
「彼女に触らないでくれないか」
いつもとは別人のような冷たい瞳と、怒気を含んだ声に目を瞬かせた。ウィルさんに威圧されて、男たちは逃げていく。
「ルシルもレベッカさんも大丈夫か?」
先ほどとはうって変わり、ウィルさんは眉尻を下げて私とレベッカを心配してくれる。
掴まれていた場所を撫でられ、私の鳥肌を怖がっていたのだとウィルさんは解釈したようで、奥歯をギリッと鳴らした。
「僕がもう少し早く来ていたら、二人を怖がらせることなんてなかったのに。ごめんね」
「いえ、助けていただいてありがとうございます」
レベッカがウィルさんに頭を下げる。
「ウィルさんはどうしてここに?」
「ああ、今日の朝は慌てて家を出て、ルシルの家にジャケットを忘れてしまったから取りに来たんだ」
「ルシル、食事はまた明日行きましょ」
レベッカは手を上げて帰ってしまった。
「レベッカさんと約束をしていたのかい? 気を使わせてしまって申し訳ないな」
「仕事後に誘われたの。元々約束をしていたわけではないわ」
ウィルさんと手を繋いで家まで帰り、バジルのパスタを作って一緒に食べた。
ウィルさんは今日も泊まってくれる。
翌朝はやっぱり時間ギリギリまでくっついていて、また遅刻しそうになった。
ウィルさんは今日はジャケットを忘れなかった。