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4 知らない彼

 街の北にあるマリーノファミリーの本拠地に向かう。

 黒い鉄製の柵で囲われた、豪華な屋敷に広大な庭。私が重厚な門に近付けば、自動で左右に開いた。門の近くにある守衛室から私が見えて開けたのだろう。


 なんの飾り気もない庭なんて潰せばいいのに、と思えてならない。門から建物までが遠くて面倒ではないのだろうか。


 煌びやかな屋敷の中を歩いていると、構成員たちが端に寄って頭を下げる。

 私はボスの愛人だと思われていて、暗殺者だと知っているのはボスと2人の教育係だけ。


 階段を登り、ボスの部屋の前に行くと、扉の前に控えていた屈強な体つきの男が扉を開いた。私が入るとすぐに閉じられる。


「おう、来たか」


 執務机に向かっていたボスは、私に目を向けてから引き出しを開ける。


「立て続けで悪いが、頼めるか?」


 昨日の暗殺で問題があったわけではなく、別の暗殺依頼だった。

 ボスは言葉は穏やかだが、有無を言わさない圧をかけてくる。嫌だなんて言えるわけもなく「はい」と頷いた。


 私は執務机の前に立つ。

 見せられた写真には、短く整えられたダークブロンドの髪に、澄んだ緑色の瞳の美丈夫が写っていた。

 私はそれを呆然と見下ろす。


 他人の空似? いや、私が見間違えるはずなんてない。だって、さっきまでずっと一緒にいた。

 顔から血の気が引いていく。カタカタと震えそうになる身体を、腕を組むことで隠した。


 ウィルさんだ。どうしてウィルさんを?

 今までは街かマリーノファミリーにとって害のある悪人しか暗殺の依頼なんてされなかった。


 ウィルさんは貿易会社の善良な市民だ。ウィルさんの会社のおかげで、この街は潤っている。利益を産んでいる。街にもマリーノファミリーにとっても、必要な人のはずなのに。

 私のことを気にした様子もなくボスは口を開いた。


「こいつの名前は」


 ウィル・アルノーさんでしょ。知っている。


「ナイル・クレマー」

「え?」


 思わず顔を顰めて大きな声を出してしまった。

 ボスが片眉を跳ね上げ、私は頭を下げて奥歯を噛み締めた。

 ナイル・クレマー? でも写真は間違いなくウィルさんだった。もしかしてウィルさんって双子?


「年齢は22歳」

「22?」


 声が裏返ってしまった。ボスの眼光が鋭くなり、私は下唇を噛んで俯く。


「なんだ? そんなに驚くことか? 年相応だろ」


 ボスは写真のウィルさんを人差し指で叩く。見た目と年齢が一致していないから叫んだわけではない。

 ウィルさんは24歳。双子の線は消えた。


「敵対マフィアの次期ボス候補の男だ」


 ウィルさんがマフィア? 頭の中が真っ白になり、呆然と立ち尽くす。

 ボスは大きな封筒に写真を入れて私に向けた。条件反射でそれを受け取る。


「なるべく早めにやれ!」


 私は一礼をして部屋を出た。





 家に戻って封筒の中身を全部出し、片っ端から目を通す。


『ナイル・クレマー、10月5日生まれの22歳』


 私の知っているウィルさんのプロフィールと、一つも合致しない。


 ウィルさんは12月1日生まれだ。私は自分の誕生日を知らないけれど、ボスに拾われた日が12月1日だった。だから私の誕生日は12月1日に設定されている。

 偶然同じ誕生日だったことを、二人で驚きながらも喜んで、当日は盛大に祝い合った。


 あれは、なんだったのだろうか。誰の誕生日を祝ったの? 私は誕生日を知らない。ウィルさんは誕生日を偽っていた。

 資料に目を落とす。


『敵対マフィアのボスの息子』


 次期ボス候補というのは、血筋で選ばれたようだ。


「この敵対マフィアってどこなのかしら」


 いつもはもっと所属組織や行った悪事なんかも資料に入れてくれている。『敵対マフィアのボス候補』だけでは、なんにもわからない。意図的に隠している?


 マリーノファミリーの敵対マフィアといえば、フィベーロの北にある街のカファロファミリーか、東にある街のジーリファミリーだ。私の知っている限りではだから、他にも敵対しているところはあるかもしれない。


 写真を掴んで眼前に持っていく。

 目線の向いていない隠し撮り写真。ウィルさんにしか見えない。


 もしかして、ウィルさんは私がマリーノファミリーの暗殺者だと知って近付いた? 私のことを知っていれば、偶然のように同じ誕生日だと言うこともできる。


 あの出会いから、全部仕組まれていたことなの?

 一年近く一緒に過ごしたウィルさんとの思い出が、頭の中で溢れていく。全部が嘘なの?

 優しく笑いかける顔も、私のことを宝物のように触れる手も、愛を囁く声も。


 でもそれならウィルさんにとって、私といるメリットはなんなのだろう。ウィルさんにマリーノファミリーについて、探りを入れられた記憶はない。


 プロフィールは嘘でも、私を愛していることは本当? ウィルさんからはいつも深い愛を向けられていた。それは勘違いで、私がそう望んでいるから、そう思えるだけ?


 考えてもわからない。資料を封筒にしまい、熱いシャワーを浴びる。

 気力が湧かず、髪を乾かすこともせずにベッドにダイブした。


 ウィルさんに良く見られたくて、欠かしていなかったボディケアもせずに瞼を下ろす。

 何も考えたくない。このまま寝てしまおう。

 ウィルさんのことがわからない。

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