12 結婚報告
家に入り、扉が閉まると同時に抱きしめられる。玄関で深いキスを繰り返した。
顔を見合わせて笑い、腕を絡めて寄り添いながら部屋に入る。
テーブルの真ん中に置いた、レベッカへの手紙を掴んだ。ビリビリに破いて、ゴミ箱に捨てる。
「今のは何?」
「レベッカに手紙を書いたの。もう会えないと思ったから。でも必要なくなったわ」
ウィルさんに上着を脱がせられ、身体に取り付けている武器を手際よく外された。
服だけになると、キツく抱きしめられる。
「言えなくてごめん。ルシルを苦しめた」
「私が足を洗うためには、必要なことだったのでしょう?」
ウィルさんの背中に手を添える。
大好きな腕の中を手放すはずだった。これからはずっとここに好きなだけいられる。私が一番落ち着く場所。
ベッドに並んで座り、身体を寄せ合う。
「ウィルさんは子供の時、どうして私に食べ物をくれたの?」
ウィルさんはいつもお腹を鳴らしながら食べ物を分けてくれた。自分で全部食べればいいのに。
優しく髪を梳かれる。
「最初はここで死なれたら嫌だな、って思って気まぐれに渡した。そうしたらルシルは僕に汚れた顔でとびっきりの笑顔を向けてくれた。日が経って乾燥したパンをほんの少し渡しただけなのに。それで僕はとてもいいことをしたような気になった。次の日に渡した理由は、自分の自尊心を満たすためだった」
ウィルさんは懺悔するように、ゆっくりと話していく。
「最初の頃は自分のためにルシルに食べ物を渡していた。でもいつの間にか、笑って欲しいと思うようになった。……これも僕のためだね」
ウィルさんは眉尻を下げて笑う。
どんな理由であれ、私がスラムで生きられたのはウィルさんのおかげ。
「言いにくいことを言わせてしまったわね」
「ルシルに嘘はつかないと言ったから」
「養子になった後に、スラムに探しに来てくれたのは?」
「もう一度ルシルの笑った顔が見たくて」
ウィルさんの脚の上に跨る。指をウィルさんのうなじで組んだ。見下ろして、口角を上げる。
「この先ずっと見ていて」
「ああ、ずっと一緒だ」
ウィルさんが曇りなく笑った。
ベッドに寝転がり、話していたらいつの間にか眠っていた。
ウィルさんは寝ている時、いつも私を抱きしめてくれている。今日も私の身体はウィルさんの腕に閉じ込められていた。堅牢な檻のようで、私を離さないと意思表示しているみたい。もう私がここを出ることはない。
ウィルさんの整った寝顔をじっと見ていると、まつ毛が震えた。
「んっ」
ウィルさんは小さく唸って、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「ウィルさんおはよう」
「ルシルおはよう」
ウィルさんの寝起きで掠れた声が色っぽかった。
「ねえ、結婚することをレベッカに話してもいい?」
「もちろん。僕はルシルと結婚するって町中に自慢したいくらいだよ」
本気なのか冗談なのかわからないことを言うけれど、私に嘘はつかないと言ったのだから本気なのだろう。
「少し早く家を出ようか。僕もついていく」
身支度を整えて、いつもより早く家を出た。
空は快晴。私の心も同じように晴れ渡っている。
裏口からウィルさんと花屋に入った。
「ルシルおはよう。早いわね。あら、ウィルさんも一緒なの?」
レベッカは視線をこちらに向けて、目を瞬かせた。
「レベッカおはよう。あのね、私、ウィルさんと結婚するの。レベッカに一番に聞いて欲しくて」
レベッカは飛び上がるほど喜んでくれた。私をギュッと抱きしめる。
「よかったわね。ウィルさん、ルシルのことを世界一幸せにしてあげてくださいね」
「もちろんです」
レベッカがもう一度「よかった」と言って泣き出した。自分のことのように喜んでくれて、私は心がいっぱいになる。
「ありがとうレベッカ。大好きよ」
「私だってルシルが好きよ」
レベッカに腕を回して、ギュッと抱きつく。レベッカが「あっ!」と大きな声をあげて私の肩に手を置くと、腕の長さだけ距離を取る。
「どうしたの? 大きな声を出して」
「この店はどうするの? 結婚しても辞めない?」
ウィルさんの貿易会社を手伝うことになるのだろうか? ウィルさんに目を向けると、にっこりと微笑まれる。
「僕はルシルの好きなことをしてほしい。花屋で働いているルシルは格別に輝いているからね」
「私はここで働いていたいわ」
レベッカに伝えれば「もちろんよ」と笑ってくれた。
「僕からレベッカさんにお願いがあるのですが」
「なんでもおっしゃってください」
ウィルさんが伺うよに声をかけると、レベッカは何度も頷く。
「まだ何も決まっていませんが、僕たちの結婚式ではレベッカさんにブーケを作っていただけたらと思いまして」
「素敵! 私もレベッカに作ってもらいたいわ」
顔の前で手をパチンと合わせる。
「ルシルはレベッカさんが大好きなので」
ウィルさんの言葉に、レベッカは満面の笑みを見せる。
「任せて! とびっきり綺麗なものを作るわ!」
レベッカは胸を張って、ドンと叩いた。




