第7話 生存者
時間がない――!
衝突はしたが、いやな手ごたえは感じなかった。おそらく大丈夫。被害調査はあとだ。
土煙がおさまると、もう遭難船の乗員は、本船の左舷側に集まっていた。その場所は、今まさに昇ろうとしている恒星と逆側、本船の影のなかだ。そこならしばらく熱にさらされない。考えうる限り最良の行動だ。
遭難者たちは、ほぼ真空のこの場所でなにも付けずに立っているように見える。だが、背中に背負ったリュック状のものが、救命具。宇宙服の代わりだ。魔法の技術もはいっているあれを背負っていれば、バッテリーが尽きるまでのあいだは真空でも生きられる。
でもそう長くはもたない。急ぎ収容しなければ。
左舷側のエアロック3つ、ただちに解放操作にはいる。エアロックの位置が高いから、ハシゴを降ろさなくてはならない。
背負い式救命具には、通信機能もついている。この距離なら話せるはずだ。
「救助待ちの総員へ、こちらはGSL209船長。指揮官はだれか」
指揮官――通常なら、むこうの船長のばず。
『おい早くしろ、おれを殺す気か!』
ヘッドホンを割らんばかりの大音声が入ってきた。
モニターをみると、応答したのは「救命1号」。これは救命具に振ってあるナンバーだ。
的確な緊急着陸と、本船への合図――これまでの相手船のみごとな対応からは、想像できない台詞だ。別人だろうか。
「救命1号、あなたは船長か」
『そうだ船長だ。いますぐエアロックを開けろ』
この人が船長らしい。宇宙船の最高指揮官だ。
しかし開けろといわれても、たったいま急に着陸したばかりだ。こうなるとは分かっていなかったから、準備はできていない。エアロックはさっき減圧をはじめたばかりで、すぐには開けられない。船外と同じ、ほぼ真空になるのを待たなくては。
「救命1号、いまエアロックを減圧している。使用するエアロックは3つ。ハシゴがおりたら、すぐのぼれ」
『急げ!』
「救命1号」の言葉が、ここまで頑張ってきたぼくのこころを冷ましていく。焼け死ぬぎりぎりの状況とはいえ、あなたはくさっても船長だろう。もうすこし落ち着いてくれないか。
近くでみると、相手船の損傷はひどい。両舷にえぐられたような傷が前後方向にはしっている。何とどうぶつかったら、そうなるのか。まるで、エネルギー・ビームの砲撃をかすったみたいな壊れかただ。
遭難船の左舷側に、損傷した救命艇が降ろしてある。救命艇は使えないと言っていたはずだが――
そうか、損傷のせいで舷側のエアロックが壊れて使えず、かわりに救命艇を使って降りてきたか。艇が動けなくても、降ろすだけなら機能する、と――うまい判断だ。
だれがその判断をしたのだろう。汎用モニターを表示し、それらしい者がいないか探してみる。モニターには、本船のシステムが捕捉した救命具の数とその位置、装着者の簡単なバイタルサインが表示される。
そうして救命具の数をみて、ふと不審な点にきづいた。
ひとつたりない――
モニター上では、「救命1号」から「救命10号」まで表示されているが、救命具の総数は「9」となっている。
――「救命7号」がいない。
ただちに問い合わせる。
「救命1号、事前に聞いていた要救助者の数と、いま居る人数が合わない。あとひとりはどうしたか」
『ああ? チッ、め――く―えな、……死んだ、死んだ!』
いま小声で「めんどくせえな」と言ったな、きこえたぞ。
しかし、そうか、ひとり死んだか。原因はなんだろう。
エアロックの準備が完了し、繰り出した軟ハシゴが地上についた。これは縄ハシゴのようなものだが、さすがに縄ではなく、強力な化学繊維だ。発光器もついていて、暗闇でもつかえる。
「こちらGSL209。エアロック準備完了。総員のぼれ」
言い終えるよりさきに、みなハシゴに飛びついた。
あっ、バカ――そこで奪い合いをするな。ひとりずつのぼれ。時間はあるんだ。
ヘッドホンから、各々の怒声がきこえる。無線で喧嘩をしている。緊急チャンネルだぞ、やめてくれ。
あ、ひとり押し倒された。
ハシゴの下で押し合いがおこり、結局、相手を押しのけた者からのぼってきた。
……見殺しにすればよかったかな、やっぱり。
こういうのを見るのは胸糞悪い。しかもこんなやつらと、次の寄港地までおなじ船内で過ごすなんて……いったいぼくがなにをしたというんだ。
いっそ死んでくれればよかった、めんどくさい。ああ、めんどくさい。
――『チッ、めんどくせえな……』
……あちらの船長もそう言ってたな。
ぼくが「救命7号」の安否をたずねたとき、たしか小声で「めんどくせえ」と言った。
「救命7号」が死亡したのであれば、なにも「めんどくさい」ことはない、「死亡した」とストレートに申告すればよい。これは海難事故なのだから、死者が出ても不思議はない。
「……」
――なんだろう、この違和感。
思えば、この「TSL2198」の乗員は優秀だった。
漂流物との衝突は痛恨のミスだったが、その後はこれだけ傷ついた船を、的確な状況判断とみごとな操船でこの星へ導き、考えうる限り最良の位置に緊急着陸させた。
無線が使えない窮状のなかで、高度20,000の空に滞空中のぼくに合図を送り、気づかせた。
収容直前の、救助される乗員の立ち位置も理想的だった。
救命艇をエアロックと軟ハシゴのかわりに使うとは、ぼくなら思いつかないだろう。
そのすばらしい能力と行動力――
それがかえって不自然だ。
この船長に、それが可能か――
ぼくが「救命7号」の安否をたずねたとき、船長はすこし口ごもり、「めんどくせえ」と漏らしたあと、死亡の報告をした。
なぜ口ごもった――?
なにか他人に言えない、まずい死に方をさせたのか。あるいは――
「死んだ」ということを確認できていないのか。
「……」
いや、今のぼくの考えだって確証がないが――
・・・・・・
無事にエアロックに入った9人の遭難者は、勝手に船内扉をひらくと、そのままずかずかと操舵室にやってきた。
まだ許可は出していないのだが……
ぼくは席から立ちあがり、新規乗船者たちと相対する。9人の遭難者は見たところ、年齢はバラバラ、男女比率はおおむね同じだ。
そしてまあ……あからさまに態度が悪い者、そこまでではないがマナーのかけらもみられない者――まともな者がひとりも見えない。ここを自分の家とでも思っているかのようだ。
しかしなぜだろう、一部の遭難者の態度は、ぼくに対して異様に高圧的にみえる。礼儀をわきまえない船乗りは多いが、今ここで、こうも高圧的になる必要はないはずだ。おとなしく乗っていれば、次の寄港地までつれていってもらえるのに。
――で、どうしてあそこの男は拳銃を手に持っているのか。船内への銃器の持ち込みは許可していないし、そもそもどうして銃を抜いているのか。
いちばん前の太いやつが、ぼくをにらんだ。目つきはなんとか、一丁前に悪くしてみせたらしい。
「なんだ若造か、手際がわるいぞ。助ける相手をさんざん待たせやがって。たいした経験もねえくせに出しゃばるな」
なかなかのごあいさつだ。この老いぼれめ、その汚らしいハゲあたまが「経験」ってやつか。
いちばん年上らしいこいつは、年寄り、というわけではないが、だいぶ老け込んだ男だ。声は「救命1号」と同じ――こいつが船長らしい。
あれ、こいつ腰に拳銃用のホルスターを――ああ、銃のグリップがみえている。銃器所持者が、これでふたり目か。おまえら、船の乗っ取りでもするつもりか。
銃を持って強くなった気分でいるようだが、このぼくはだませない。
この船長が持っている銃は――特徴的なグリップ形状から「PS-3型エネルギー式9ミリ拳銃」とわかる。エネルギー・ビームの銃は威力は高く、しかも反動がない。
ただエネルギーの消費が大きく、とくにこの「PS-3」はひどい。撃てるのはたった2発。しかもビームのくせに、なぜか発射時に銃身がぶれる。とんでもない欠陥銃だ。
だから、かなり安く買える。いかつい見た目と値段にだまされた素人が、よく持っている。
もうひとり、そこそこ若い男が持ってる銃は、ええと――ああ、みえた。船長とおなじ型の銃だ。
なら、大丈夫。あんなのは「撃てる装飾品」レベルだから。
――それで、いまの場合、慣例によれば、救助されて乗り込んだ側が先に敬礼するものだ。だからさっきから立って待っているのだが、いつまでたっても敬礼しない。
まあ銃を勝手に持ち込んで、しかも手にもってちらつかせている相手だ。この時点でもう、礼儀などない、とみるべきか。
しかたない――ぼくは姿勢を正して、ぴしり、と音がきこえそうなくらいの挙手の礼をした。
「GSL209船長、7ST-7037です」
非の打ちどころのない、完璧な敬礼である。もしまちがいがあるのであれば、明確な出典をそえて教えてほしいくらいだ。
「船長? いくら小船だからってこんな若造が――ああこいつ1人乗務か。そうだよな。だれも従えられないからって『お山の大将』決め込でんだ。こういうやつは見てて反吐がでるよ」
ならいくらでも反吐をだしてくれ、船外で。床をよごすな。
この老いぼれがぼくの挙手の礼に答礼しないので、もういいと思って手をおろした。
「あ? おれはやめていいと言ってないぞ。いいって言うまで敬礼しろよ。若いやつはだれが目上なのか分からんか、おい」
こいつ黙っていれば言いたい放題――
――いけない、こんなやりとりをしている場合じゃない。冷静に。
ぼくはあとひとりの乗員、「救命7号」の安否を確かめなければならないんだ。
「船長、『救命7号』の、死亡時の状況を報告してください」
――ダン!
相手は操舵室の床を蹴り、ぼくに向かってあるいてきた。だらしなく出た腹が、ぼくに当たりそうな距離まで。息がくさい。
「あ? 『報告しろ』だと? おまえ立場はわかっとるのか」
そりゃあわかっとる。ぼくはこの船の船長だ。いまのあんたはただの乗船者。すべての乗船者は船長の、つまりぼくの指示に従う義務がある。
こいつは、言いたい放題わがままいっぱいの、でかいお子様だ。だいぶ気が大きいようだが、老け込んだそのツラ、たるみきった体型――大して強いやつじゃない。ちょっとおどかせば、静かになる。
もし予想外に強いやつだったら、そのときは――もう、血をみてもらうしかない。
ぼくは姿勢を正したまま、すこし背の高いこいつを見上げつつ、続ける。
「本件事故報告書作成のため、調査を行います。報告書はこのあと航海中にまとめて、次の寄港地にて担当機関に提出します。人身死亡事故となっていますので、調べないわけにはいきません」
こいつの強硬な態度は、たぶん事故報告書を出させないためだろう。人命が軽視されるこの世界にあっても、宇宙船事故に対しては、大なり小なり罰則がある。だから嫌がってるんだ。
でも、相手がぼくみたいな「若造」なら、ハラスメントで委縮させて「なかったこと」にさせられる――そんなところか。
「報告書って……なんで書くんだよ」
書くに決まっているだろう、ここまで来たからには。
それ以上発言してこない船長に、しかたないのでとどめをさす。
「本件事故の重大事項である『救命7号』の死亡について、調べなければなりません。ただ――」
ただ、おまえの言動からすると死んだとは思えない。だから――
「あくまで私は、彼はまだ生存しているものと判断しています」
「救命7号」が「彼」なのか「彼女」なのかわからないが、とりあえず仮称で「彼」とする。違っていたらあとで謝ろう。
「私が彼の安否をたずねたとき、あなたは口ごもり、『めんどくせえ』と発言してから、死亡を申告しました。なぜ、すぐ断言しなかったのですか。実際に死亡を確認していないか、生きていると知っていたか――そうでしょう」
ぼくは名探偵ではないので、推理などできない。したら9割5分くらいは外れる。だから、いまの推理も大はずれかもしれない。
でも別にかまわない。あとで訴えられても、ちょっとした名誉棄損ていどだ。甘んじて罰をうけよう。
「ここには、法令に則って設置された操舵室ボイスレコーダーがあります。室内の音声と、ここで行われる通信はすべて録音されています。あなたの『めんどくせえ』等の発言もすでに記録済みで、消去できません」
これは全ての船に設置されているから、船乗りなら知らない者はいないだろうが……。
操舵室ボイスレコーダーは、操舵室の音声を記録しており、事故が起こった際に取り降ろされて、その内容が事故調査に役立てられる。
今回の件では、報告書を出せば、救助という形で関与した本船のレコーダーも調べられるだろう。小声でつぶやいた内容も、事故調査官が徹底的に調べあげるから、かならずばれる。まだ生きている乗員を「死んだ」と報告した、と調査官に知られれば、さすがに重めの処分がくだる。
「……いま『救命7号』の居場所を教えていただければ、報告書についても『考慮』いたしますが、いかがですか」
ぼくはそう言ってやった。
彼の居場所を教えてくれたら事故報告書を作成せず、あんたをかばってやる――そういう意味だ。
この発言もレコーダーに記録されたから、事故調査官にばれたらぼくもまずいことになる。これで、ぼくは事故報告書を出せなくなるわけだ。報告書を出さなければ、人身事故はなかったことになる。
船長はしばらく歯噛みしながらぼくの話を聞いていたが、報告書について「考慮」する、という台詞はだいぶ魅力的だったようで、すこし表情がゆるんだ。ゆるんだのがこちらにばれているのが、他人ごとながらなさけない。
「……あいつが、勝手に残ったんだ! あの女、勝手にああだこうだ指図して、おれの命令きかずに――いっつまでも出てこねえから、おれの判断でそのまま降りた。あいつのために、ほかの乗組員を危険にさらすわけにいかなかったんだよ」
「あの女」か……「彼」じゃなく「彼女」だったらしい。間違ってしまったから、後で謝ろう。
「ああクソ、ちったあかわいいから『それ用』に乗せたのに気が利かねえ。あんなの、さっさとヤっちまって降ろせばよかった」
なかなかの発言をいただいたが、とりあえずしゃべってくれた。ただそのよけいな発言も、レコーダーに入ったぞ――
「まだ船内ですか。どこにいたんです、最後に確認した場所は」
「操舵室だよ、操舵室。これ以上知らない、くどくど聞くな!」
それを聞き終わる前に、ぼくは操舵席にとびこんだ。
操舵室か――ならたぶん、まだ船内にいる。だとすると、こちらから助けにいくことはできない。そんな余裕は――
――ピピピピピピピ!
「……っ」
これはあらかじめ仕掛けておいた、55分のタイマー……もう救助できない時間としてセットしてあったが、たしか端数の3分を切り捨ててある。
だからあと、3分はあるのか。
こちらから助けに行って、連れて帰ってくる時間はもうない。自力で歩いてこさせよう。
歩いてこさせるって、どこを――?
もう日がのぼる。地上へは降りられない。むこうの左舷から降りる手段は、もう失われた。エアロックは全滅で、救命艇も降ろしてしまった。
右舷からは降ろせない。そちらは日なただ。降りたら焼け死んでしまう。
外部モニターの向こうで、本船の船首が遭難船に衝突しているのがみえる。
あそこを、甲板上を走らせればなんとか――相手の後部甲板から、衝突部をとびこえて、本船の前甲板へ。
前甲板は、外部点検用のエアロックがひとつある。そこから入れる。そしてたいていの船は、後部甲板にも点検用エアロックがある。あちらにもあるはずだ。
急いで後部甲板に出て走って、こちらの前甲板に飛び移れば――運が良ければ、恒星に焼かれるまえに、本船のエアロックに飛び込める。
ええい、時間がない――!
前甲板エアロックを急ぎ減圧する。エアロック船外扉の誘導灯も点灯。ほら、まっすぐここへ走ってこい――!
あとは、連絡の手段。
向こうからの無線は届かない。救命具の無線機出力は低く、金属にかこまれた船内からその弱い電波は出られない。彼女の声は、ぼくにとどかない。
だが、ぼくの声ならとどくはずだ。
船の無線機を操作し、出力をあげる。方向を指定し、遭難船へ向ける。これは宇宙空間の長距離通信にもつかう無線機だ。全出力で人に向けたら電磁波のせいで死人が出るくらいのパワーがある。だから出力は調節したが、この無線機なら聞こえないわけがない。船体を貫通して、内部まで届く。
送信ボタンを押す。
「『救命7号』、こちらはGSL209船長。きこえるか!」
どこにいるか、なにをしているか、生きているか、死んでいるか、ぼくの声はきこえているのか――
「『救命7号』、きこえてるだろう!」
マイクに向かって怒鳴りつける。
……いや、向こうからの無線は届かないんだ。怒鳴り続けても意味がない。一方的にしゃべる事しかできない。
指示を出そう。複雑な指示は、混乱をまねく。単純な内容だけ。
相手がのろまだったらダメだが、彼女はおそらく、ここまでTSL2198を実質的に指揮してきた、最善手をうちつづけてきた、優秀な乗組員だ。かならずこちらの意図を理解して、実行する。
「『救命7号』、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!」