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第6話 ハードランディング

 目一杯の降下率をとり、機関を後進で吹かし続ける。船は惑星の昼側を飛びきって、わずかな夕暮れを見たのち夜の部分に入った


 遭難船は夜明けまであと1時間少々の場所にいるはず。夜になったばかりのこの場所から見れば、ほぼ惑星の反対側だ。まだ通信できない。

 無線は地平線の向こうまでは届かない。通信したいなら、遭難船が地平線の手前に来るまで接近しなければならない。高度が高ければ通信範囲は広がるが、遭難船に近付く頃にはぎりぎりまで高度を下げている。通信は直前になるまで届かない。

 本船が救助に来ていることは、まだあちらに伝わっていない。頼むから、変な気を起こさないでくれよ。


・・・・・・


 現着後、本船がすべき行動は次の通りとなる。


 まず、遭難船の捜索だ。正確な着陸位置が分かっていないから、推定位置周辺を捜すことになる。通信がつながればすぐ済むが――ちょっと難しいかもしれない。

 大気が希薄なこの星は隕石が燃え尽きず落下するため、クレーターが多い。いま直下をスキャンしてみたが、結構深いクレーターが映った。また造山活動もあるらしく、山岳地帯らしいものも映っている。もし遭難船がこれらの地形に隠れた位置にいたら発見しづらいし、地形が邪魔をして通信が届かない可能性もある。


 無事にあちらを発見できたら、要救助者の収容に移る。


 こちらが上空待機して救命艇で上がってきてもらう手もあるが、向こうは救命艇が使えないと言っていた。本船は1人乗務のため救命ポッドしか搭載しておらず、自力航行できる救命艇はない。

 そうなると収容するには、本船が着陸する以外に手はない。


 着陸位置が問題になってくる。ここは人の手が入っていない無人惑星。人工の着陸場はないから、この船が降りるのに適切な自然地形をその場で探すことになる。

 しかもそれは、遭難船の近くでなくてはならない。宇宙船に車は積まれていない。移乗手段は徒歩だけ。両船の位置が離れてしまうと収容まで時間がかかる。


 意外に難儀しそうだ。もし運が良かったなら――つまり現場が平坦で開けた地形であれば、全て簡単に済む。逆に運悪く山岳地帯に入り込んでいたら最悪だ。それだと日の出に間に合わない。


 ……?


 ――日の出に間に合わない?


 しばらく、思考がとまった。


 本船が現場に到着してから、日の出までおよそ1時間。全ての手順をこなして遭難船の全員を船内に収容するのを、1時間で……?


 まてよ、そもそも相手が船の中にいるとは限らないだろう。一度も通信できていないんだ、本船が来ていることは知らない。もし何らかの理由で船から離れていたらどうするんだ? 向こうからは上空を通過する本船が見えるだろうが、最低高度10,000の高さを進む本船からは、地上を歩く人間なんて見えない。


 もう少し、時間があればうまくやれそうだが……

 くそ。あと30分だけ、多くほしい――


 ――おい、あったじゃないか。30分。


 ぼくが操舵室を離れ、エアロックの点検作業をやっていたあのとき。

 あれをしなければぼくは操舵室にいたわけだから、不意の速度低下にすぐ対応できた。あの時に発生した遅れは、30分……

 そもそもそれ以前に5時間、仮眠と食事をとりつつ過ごしていた。なぜ、あのときに点検作業をしなかったのか。


 これは、このミスは――ぼくのわずかな不注意で、全員死なせる……?


 おい……何のために、ここまで来たんだよ……


「……」


 むかし遭難した記憶――遭難者たちの絶望のあの表情を、今度はこの手で晴らしてやろう、と――


 そういうのを、「天狗になっている」って言うんじゃないかな。


 張りつめていた身体の力が、一気に抜けていく――

 計器盤をぼんやりと見ながら、背もたれに寄りかかる。握ったままの操縦桿が動いたのか、針路が乱れた。

 自動操縦の設定画面が、計器盤の隅の方に出ている。降下前から自動操縦はいじっていない。当初設定したコースが残っている。そしていま航行しているコースも、手動に変えただけでコース自体は変更していない。自動操縦に入っているのと同じコースだ。


 ……あれ? 自動操縦の「執行」ボタンが点灯している。――どうした? おまえは動けないはずだろう。

 ああそっか、星の裏側に回って主星の影響を受けなくなったんだ。外力が規定値を下回り、自動操縦の許容範囲内になった。それで自動操縦は、ぼくと操縦を代わろうとしてくれているんだ。


 「執行」ボタンを押すと、自動操縦が立ち上がった。乱れた針路が、速やかに戻される。


 緑色のラインが、モニター上をまっすぐ前方に伸びていく。真っ暗闇の無人惑星の空を、遭難船の推定着陸地点へ向けて――


 計器類が示すパラメータが、めまぐるしく変化し続けている。速度計と高度計の指示値がぐんぐん下がっている。昇降計は最大の降下率を示している。機関表示盤は後進を示し、上がった回転計の指針がわずかに震えている。

 船はモニター上の緑のラインに乗って降下を続けている。まだ目標地点に向かっている。

 あくまで当初のぼくの命令に従い、行く気でいる――こいつは。


 計器盤の端を、そっとなでてやった。

 こいつは、まだ救助に行く気で操舵をしている。


 正直、時間は足りない――おそらく、現時点ですでに失敗だろう。

 でも――まあ、後悔するのは本当に失敗した後にしても、いいかな。いま残された1時間だけは、いまからでもできる最善を尽くそう。


 自動操縦が船を突っ走らせていく。緑のラインが、まだ先へと伸びている。


・・・・・・


――ビーッ


 注意音声が鳴った。計器の数値が、セットした値に近づいたという合図だ。

 セットしてあるのは、遭難船「TSL2198」の推定着陸地点。目的地が眼前に迫ってきた。ちゃんとこの辺りに降りていてくれ。


 日の出まで、あと58分。

 タイマーを設定――40分と、55分に。


 40分のタイマーは、残り時間が少ないという警告のため。55分は、救助に失敗し撤収する合図だ。3分切り捨てたが、いいだろう。どうせそれだけの時間では何もできない。


 後進にかかっていた主機関の出力が上がり、最終減速に入る。まもなく到着――


 目標地点が、地平線からこちら側に入った。通信がつながる……!


「TSL2198、こちらは特高速貨物船GSL209。貴船の救難要請を受理した。ただ今、貴船の推定着陸地点に向けて第3惑星に降下中。まもなく到着する。この通信が聞こえたなら、応答せよ。こちらはGSL209」


 聞こえているか――こちらの送信機出力は最大だ。

 メインマストに「救助中」を示す国際信号旗を掲げ、識別信号も救助活動中の番号に切り替えた。

 減速完了。引力に逆らって空中に浮かぶ「リフティング」航法に移行する。下側サイドスラスターの推力が全開まで上がり、主機関の出力方向が下向き一杯に変わった。

 リフティング移行完了、船体バランス安定。現在高度10,000。すぐ遭難船TSL2198の捜索に入る。


 ――まずいな。地形にかなり起伏がある。この辺りは山脈がいくつもはしっている。標高もだいぶ高い。

 もしこの山脈の中にいるなら、奇跡がない限り見つけられないぞ。さっきの無線への応答もない。地形が邪魔しているのか――まさか、着陸地点が推定位置からずれているのか。

 もう一度呼びかけてみよう。


「TSL2198、こちらはGSL209。ただ今、貴船の推定着陸地点の上空を航行中。この通信が聞こえたなら、応答せよ」


 送信してから、ヘッドホンに耳を澄ます。

 ザザ、ザ……この雑音しか、入らなかった。


 交信できないとなると、本船レーダーを頼りに捜すしかない。だがこんな起伏の大きい地形で、たった1隻の宇宙船を捜し当てろと……? 確かに船は金属だからレーダーで捉えやすいが、山脈の間に居るなら画面に映るのはほとんど一瞬ではないか。


 ……高度を下げよう。海図の最低降下高度より下がることになるが、地上の様子は分かりやすくなる。危険ではあるが――

 自動操縦解除、降下開始。レーダー画面を正面に表示し、左右に高度計や速度計の画面をどけて操船する。地表面をなめるようにスキャンしているが、宇宙船らしいものは見当たらない。


 高度7,000――時々、対地接近警報が鳴る。地形にぶつかりそうな時に鳴る警報だが、今は近くの山脈の高い部分に反応しているらしい。


 ――くそ、いない。どこに入り込んでいるんだ。


 無線で何度も呼んでいるが、雑音しか聞こえない。推定位置の通りならもう距離が近く、電波は通じるはずだ。にも関わらず応答がないのは、やはり着陸位置がずれているということか――あるいは、向こうの無線機器が故障しているのか。


・・・・・・


 高度5,000――山に接触しそうだ。対地接近警報が止まらない。1,05Gの引力のなかで、リフティングしながら激しく舵を切り、ぶつかりそうな高所をかわす。

 山脈の間に遭難船が隠れていないか……くそ、速度が出ているせいでレーダー表示が目で追いきれない。減速したいが、速度を落とすと舵効きが悪くなる……


 慎重に減速をかける。失速警報が作動しはじめた。

 レーダー画面をよく見て、わずかな変化も見逃さないように。


――『警告、上昇せよ! 上昇せよ!』


 対地接近警報の音声警告。さっきから何度も聞いている。

 しばらく地表に向けたレーダーの画像を見ていたが、すこし気になって、航法画面を表示した。


――『警告、上昇せよ!』


 しまった!


 まっすぐ前方に山――避けられない! 舵効きが鈍すぎる!

 左手に握った操縦桿を、思いっきり引いた。推力をぐっと上げる。ここは主機関の力任せに飛び越すしか――


 舵を切ると、船尾は逆方向に動く。上げ舵をとった本船は、船尾が沈み込むように下がっていく。

 船底が山頂をかすめる。そして下がった船尾は――


 ――警報が止まった。


 ……船尾側のセンサーに、衝撃や振動は検知されていない。

 おそらく無事だ。ああ、心臓が止まるかと思った。


――ピピピピピピピ!


 今度こそ、心臓が止まるかと思った。


 ……タイマーだ。40分の。

 山への衝突は回避したが、ただそれだけだった。これだけの危険をおかして、遭難船を見つけられないまま、40分が過ぎてしまった。

 ああ、日が出てしまう。もうすぐ朝日が、遭難者たちを焼き殺しにやってくる。

 主星の強烈な光は、夜空に散りばめられた星々を飲み込んでしまう。それに抗えられる者はいない。


 ――知っている者はいるだろうか、本船のほんとうの名前。

 知るはずがないな。誰にも教えていないのだから。

 今にして思えばちょっと恥ずかしいが――その名は「ポーラー・スター」。宇宙船「ポーラー・スター」号だ。

 それはぼくの故郷の星から見えた、特別な星の名。夜空にあって、必ず北に見えることから、航海の目印として数多くの船乗りを導いた。

 ぼくとこの船もそんな存在でありたい――そう思ってつけた。


 その星も昼になればかき消されてしまう。「ポーラー・スター」もまた、そうなってしまう。遭難者たちは無人惑星の暗黒のなかで、この星を見上げることは叶わなかった。天高く輝くはずだった、そうでなければならなかったこの船は――


 ……!


 ぼくは計器盤に並ぶスイッチに手をのばし、乱暴にそれらを切り替えた。

 すべての灯火が点灯する。両舷の航海灯が赤・緑に点じ、白と赤のストロボライトが閃光を放つ。探照灯が虚空を照射し、外舷作業灯がずらりと並ぶ。


 急速上昇、目標高度20,000――!


 ――そうだ、星になればいいんだ。

 ぼくは迂闊だった。こんな山脈だらけの地形で、こちらから遭難船を捜そうというのが間違いだった。

 本船の灯火は全てつけた。通常の航行中には使わない探照灯や外舷作業灯までつけた。いまこの船は、まだ明けていない空にまばゆく輝いているはずだ。

 ぼくは相手を捜さなくてよかった。北極星さながらに夜空の目印となればよかったのだ。こちらから地表の相手が見えなくとも、あちらからはこの船が見える。


 夜明け前の空を「ポーラー・スター」が上昇する。人工の光のかたまりが、空高く昇っていく。


 ――高度15,000。


 あちらに本船の光が見えたなら、その後はどうすればいい――?

 無線による再三の呼びかけには応答がない。あちらの無線装置は使えないとみるべきだろう。

 無線以外で、なにかアクションを起こしてくれないと位置が分からない。故障しているのは無線機だけか? もしシステム全体が落ちていたら、船の装備は全て使えない。


 ――高度18,000。


 くそ……さすがにこちらにこれ以上は策がない。あちらがうまい策を思いつくことを祈るしかないか。

 この高度ならもう自動操縦が使える。さっきから操縦桿を握る手が煩わしい。

 高度と針路、速度を設定し「執行」ボタンを押す。操縦桿と推力レバーから手を放し、操舵席から身を乗り出して外部モニターを見る。このモニターは「飾り」程度の装備だが、しかしもう他に見るものがない。このモニターを、こうも真剣にみている航海士はぼくぐらいだろう。


 ――高度20,000。


 上昇完了。日の出まであと15分。

 だめだ――なにもみえない。


 外部モニターの視野を変えるため、針路設定を変更して船を回頭させる。自動操縦の操作で、船は低速で前進しつつ船首をゆっくり右に回していく。

 探照灯を下向きに照射してみたが、高度がありすぎてなにも照らせなかった。


 ――日の出まであと13分。


 モニターの視野が右に回る。眼下を見れば、生者などいない――そう言わんばかりの真っ暗な地表が見えている。


 ――?


 いま、白い光が――?


 外部モニターの右端、下の方に何か光った。

 その方向を注視すると――また光った。ゆっくりと明滅している。航法画面の時計で確認すると、点滅間隔はちょうど3秒――


 ――人為的な光だ!


 ぼくは計器を見ずに、左手で操縦桿をつかんで思いっきりひねった。自動操縦が強制解除され、警告音が鳴る。外部モニターの映像が横転し、姿勢指示器の表示が無茶苦茶に動き回る。まともな航海士が見れば、墜落していくように見えるだろう。でも大丈夫だ、船体はもつ。あの光までたどりつけば、それでいい。

 空の光と地上の光が互いを呼び合う。ふたつの人工の星が、急速に距離を縮めていく。

 あちらの船が、うまくやってくれた。なにかの灯火で、合図をくれた。顔も見えない、声も聞こえない相手と、意思が通じたのだ。


 ――あと12分。


 ここからはぼくの手番だ。かならず最善手を打ってやる。


 地上に降りるため、船首を斜め下に向け、猛烈な急降下を行う。昇降計が下に振り切れ、赤い警告表示が点灯する。操縦桿が振動警告をはじめ、左手がぶるぶると揺さぶられる。

 光が見えた方向をレーダーでスキャンしてみると、遭難船はやっかいなところにいた。山岳地帯、その山脈の間の、細長い平地に入り込んでいる。

 安全な着陸位置を探したいが、遭難船からあまり離れると収容の時間が――


 ――あと10分、時間がない。もういい、まっすぐ突っ込む。


 急降下しながら右旋回し、遭難船のいる細長い平地へ船体をねじ込んでいく。探照灯を遭難船に向け照射し、位置を正確につかむ。

 船はぼくの無茶苦茶な操船に身をよじりながら、遭難船に向かって突っ込んでいく。このまま遭難船に体当たりする進路で――できるだけ船体を近寄せて、乗員を最短時間で収容しないと、日が昇ってしまう。

 遭難船は着陸時に船体を引きずったようで、地面に細長い接触痕がみえる。接地したあと、前方へ滑っていったらしい。おかげで、遭難船の後ろに本船が着陸する余地ができている。

 地表接触寸前、操縦桿を引き戻して船首を起こす。主機関を後進にかけ、急減速。体当たり直前で、わずかに手前に――


 遭難船のすぐ外に、動くものが見える。おそらくは乗員。すぐ移乗できるよう、船外に待機しているらしい。本船の着陸には支障ない位置だ。


 目前に迫った遭難船から目を離せない。計器表示に目が行かず、高度も速度もカン頼みだ。

 船体はまだ接地しておらず、前進している。この惰力を止めなければ――


 目算だけで急停止をかけつつ、強く接地。停止しきれず船体を引きずり、土煙が巻き上がる。船首がすこし右に振れながら、遭難船の船尾に衝突して――

 

 ――止まった。

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