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第5話 これでいいはず

 航路変更から、5時間経過……


――ドシン!


 横殴りの衝撃が船体を打った。針路が狂い、自動操縦がそれを修正する。悪天候はおさまる気配をみせず、難航が続いている。


 いま本船が向かっている第3惑星はすでに外部モニターに映っている。だいぶ近くに見えてきているが、これだけ見えていても到着までにはまだかかる。


 もしも巡航速度で通過するだけであれば、とっくに通り過ぎているだろう。また、単に地表面に着きたいだけならそれもすぐできる。惑星と船の軌道を交わらせれば済む。ただしその場合、隕石のように高速で飛び込む状態となり、船はまっすぐ地表に突っ込んで粉々になる。

 惑星への着陸を目指して航行する本船は、機関と舵を種々に操作しつつ、第3惑星を回るため所定の周回軌道に乗ろうとしている。船の速度を惑星の公転速度に近付けながら、海図の情報と自船の状態を確認しつつ、慎重に。これらを適当に処理した結果、進路を誤って星に墜落したり、衛星が近いのに気付かず衝突した事故報告は多い。


 あくまで海図の情報通り、記載された制限速度を遵守してゆっくりと。時間はあるのだ、心配ない。

 遭難船の推定着陸地点はまだ夜の時間だ。船体が日中の高温に耐えられないとのことだが、日の出まではあと3時間ほどとみられ、また本船はこのまま接近を継続すれば1時間半程度で到着できるので、救助の時間は十分にある。


 ここまでの5時間のあいだに仮眠をとり、食事もとった。こちらは救助する側だ。救助中に想定外の事態が起きたとき、腹を鳴らしてへこたれるようではいけない。

 これから救助活動に備えて、設備点検を行うこととする。今回は命に関わる場面で、しかも時間制限付きだ。特に今回、絶対に必要となるエアロックの様子は、見ておいた方がいい。


 エアロックは、1気圧の船内と真空の船外とを出入りするための設備だ。内側と外側に頑丈な扉があり、内部には待機用の空間がある。例えば外から中へ入る場合、船外扉から入って扉を閉め、内部に空気を満たしてから船内扉を開くと、船内へ入れる。

 救助に使えそうなエアロックは左右舷側に3つずつ、計6つだ。地表から高さがあるから、特殊繊維でできた軟ハシゴも使うだろう。


 行ってこようか。動作確認を済ませて戻って来る頃には、周回軌道目前まで来ているはずだ。


・・・・・・


 エアロック周りの点検を済ませ、操舵室に戻ってきた。右舷3番の軟ハシゴがねじれていて、直すのに少し手間取った。直近1年間でぼくが使った覚えはないから、船を整備に出した際に作業員が適当に巻き取ったのだろう。見ておいてよかった。

 操舵席に座って、計器表示を見る。作業に時間がかかったぶん、だいぶ周回軌道に接近しているはずだ。


 ……なんだ? 妙に接近が遅いな。

 まだこんなに距離がある? 計器の誤表示か……?


 モニターの隅に、黄文字の注意表示が小さく出ている。

 「CHECK APPROACH SPEED」――接近速度を確認せよ……?


 ――! 速度が足りない!


 急ぎ各計器を確認すると、船体が圧流されかけているのが分かった。天候が急に悪化しており、船体に作用する外力が強まったのだ。針路を保つため、自動操縦が船首を外力の作用する方向に振っている。そのため針路は保持できているが、前進速度が落ちてしまい回復しない。本来なら自動で推力が上がり、速度を回復するはずだが――


 ――そうか推力制限に当たっているのか、星が近いから。


 天体へ接近する際は通常航行より危険が増す。そのため、各天体によって速度や推力の制限値が設定されている。いま本船は第3惑星に接近中――機関計器を見れば、現在推力は制限値一杯。


 ……油断した。

 まさか点検中の、それほど長くない時間でこんな天候変化が生じるとは。


 1人乗務だから仕方なかった、では済まされない。1人乗務を許される船長は、すべてをひとりでこなせると公式に認められた者なのだから。それがこんな失態を……


 ――いや、いい。それはいい。後で考えよう。今やるべきことは、失敗をカバーし次善の策をとることだ。


 各探知装置の観測結果から、この辺りの天候はひどく悪化しており、もはや第3惑星に対する最低進入条件を満たしていない。マニュアル通りなら進入は中止し、宇宙空間で天候が良くなるのを待つか、進入そのものをあきらめるか――そのどちらかだ。


 だがそれでは救助が間に合わない。遭難船の着陸地点が夜明けを迎えれば、主星からの光と熱にさらされて彼らは焼かれてしまう。ここで待っている時間はない。


 本来なら、この状況でこの惑星に進入してはならないと規定されているが――


 ――いやだめだ。ここは進入を強行しよう。


 自動操縦は海図とリンクしているから、制限推力を超える動作は絶対しない。制限を超過した推力をセットしても、自動的に制限内の値に修正される。ここから先、自動操縦は使えない。


 両足をペダルに乗せ、右手を推力レバーに置く。左の手のひらで片手操作の操縦桿を握り、付いているボタンを親指で二度押した。

 甲高い警報音が鳴り、自動操縦が外れる。さらにボタンを押して警報を止めながら、推力レバーを前に出す。「EXCESSIVE THRUST」――推力超過の警告が表示されたが、これは警告だけだから大丈夫だ。勝手に推力を下げてくることはない。

 探知装置とリンクして操舵する自動操縦に対し、手動操縦は計器表示の値の変化を見てから操作を行う。ぼくの手動操作のせいで船体は揺れ動き航行効率が低下したが、推力を上げたから速度は回復してきた。


 ぼくのミスによる航行の遅れは、この後の若干の軌道修正も勘案すると、おおよそ30分だ。予定より遅れるが、それでも現地の日の出より1時間早く着くから問題はない。ちゃんと間に合う。


 ……間に合うはずだ。


・・・・・・


 ずっと前方に見えていた第3惑星は、ついに眼下に見えるようになった。


――ピ、ピ、ピ


 小さな注意音声が鳴る。

 第3惑星に対する「最小接近距離」に着いた合図だ。これは通常航行でこの星に近寄ってよいとされる最小の距離であり、ここから下は宇宙ではなく惑星内という扱いになる。


 本来ならここで一旦停止して、惑星内航行に向け計器切り替えをするところだが、時間が惜しい。片手で計器を切り替えつつ最小接近距離を通過した。


 ここからは着陸に向けた減速に移る。まず推力レバーを「STOP」位置まで引き戻し、その前に付いている逆推力レバーを引いて機関を後進に切り替える。表示が「ASTERN」に変わったのを確認して推力レバーを前に押し出すと、後進の推力が出始め船底から響く機関音が高まってくる。対地速度計の指示値が急速に下がり始めた。


 本船の現在位置は惑星の昼側だ。早く遭難船と交信したいが、惑星本体が邪魔で通信は遮られ届かない。夜側から降下開始すれば通信できるが、その軌道では降下が間に合わず、目標地点を飛び越してしまう。いま通っている軌道を行くしかない。


 これでいい。これでいいはず……

 それでも、なぜか胸がざわつく。


 さっきぼくは、一度まずいミスを犯した。


 ――こういう時、ぼくはたいてい別のミスも犯していて、しかもそれに気付いていない。

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