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第23話 災いの種

 空き部屋……「仮設営倉」へ。9人の不届き者たちが、このなかにいる。


 ロックを解除した自動ドアが開くと、全員がぼくをみて、顔をひきつらせた。口は塞いでいないが、手足をしばってある。その状態でぼくをみたら、そりゃあこわいだろう。


 私服姿の男、こいつだな。


「きみ、なにか隠していることははいか」


 男はあわてて首をふる。ここで隠しごとをしても痛めつけられるだけ――と本人は思っているだろうし、ほんとうに隠しごとはないのだろう。


「なら、TSL2198に乗船した理由は、なんだ」


 すこし目が泳いだ。こちらは心当たりがあるようだ。


「話せ、ゆっくりでいい」


 男はあちらこちらに視線を泳がせながら、話しはじめた。


「こ、殺されそうになって……3回も。一緒にいた奴らは、みんな死んじまって、もう、ダメだと、思って――」


 そこまで言って、黙った。

 この男としては、説明を終えたつもりらしい。でも状況が、いまいちよくわからない。

 女のほうは、なにか知っているか。


「おい、おまえはどうだ。船に乗った理由は? ふつう、高速貨物船に乗客はのらないよな」


 女は男ほどおびえていない。腐っても護衛役か、まだしっかりしている。


「詳しくは、知らな……ただ、とつぜん命を狙われるようになったとしか。3回暗殺されかけたって聞いて、お金もありそうだから、接触してみた。あたしがかくまって、報酬をもらって護衛して、バレないように星から出ようと、それで貨物船に。乗ったのはひとつ前の港から」


 やはり護衛か。あまり素性はよくなさそうだ。貨物船にもぐりこんだのも、こいつの手引きだろうか。

 そういえば、「TSL2198」には拳銃所持者が3名いて、さらに1名は戦闘用ナイフを持っていた。まるで海賊船だが、これは「隠しごと」がある乗客を乗せるためか。表向きは高速貨物船、実情はおおっぴらに客船に乗れない者を乗せる裏チャーター船。なにかあったら、乗員自身が戦うつもりだったのだろう。

 船も乗客も、潔白じゃないな。


 しかしそれ以前に、暗殺されかけたとはなんだ。3回は尋常じゃないだろう。何をした?


「暗殺未遂の理由はわかるか」


 聞いてはみたが……


「知らない。仕事に必要な情報じゃ、ないから……」


 「仕事」ね。まあ、余計な情報を聞こうとすれば、相手が嫌がってこいつの「仕事」はできないだろうからな。いつもそうなんだろう。

 男のほうには、心当たりがないだろうか。


「おいお前、暗殺のきっかけは分かるか? お前の推測でいい。なにかやったとか、知っちゃいけないことを知った、とか、何かないのか」


 しかし本人はぶるぶる首をふる。


「知らない、知らない! 急にやられたんだ。それまでは何もなかったのに。おれはなにもしてない!」


 うーん……


 でも義勇団が狙うとすれば、こいつだ。船のほうに狙われる理由があったなら、とっくの昔に沈んでいるはず。こいつを乗せたから、狙ってきたんだ。

 いっそいま、ここでこいつだけ消し去るか。そうすれば義勇団が狙う「なにか」ごと、消滅するだろう。

 ……でも、それだと完全に消せたかわからないか。義勇団の狙いが何なのか、できれば知りたい。


 ここで意外にも、女が口をひらいた。


「すこし、気になるのは……詳細は聞いてないから、わからないけど……」


 ぼくはそのまま発言をうながす。


「指輪――その人の、指輪」


 指輪……? よほど変わった指輪でもつけていたか。

 いや、この女は「仕事」の都合上、ぼくより観察力はいいはずだ。こいつが気になるというなら、なにかありそうだ。


「おまえ、指輪を持っているか」


 男に聞いてみると、うなづいた。ただ、いまいち表情が締まらない。その指輪が暗殺未遂とどう関わるのか、理解できていないようだ。

 現物を見てみよう。もしぼくで分からなければ、女に確認させる。すこしくらい何か分かるはずだ。


「どこにある? いまつけているか」


 男はただうなづく。体の向きを変えさせ、後ろ手に縛ったその指を見ると――左の中指、地味な指輪がはめられている。

 指から引き抜くと、それはするりとぼくの手のひらにおさまった。


 見ればちいさな宝石がひとつ、はめこまれている。宝石のことはよく分からないが、この透き通るような輝きには、ぼくでも視線を引き寄せられる。ああ、意識さえも吸い込まれそうだ。

 角度を変えると、色が変化した。見る角度によって、様々に。そのひとつひとつが、えもいわれぬ美しさを秘めている。


 こんな宝石が、この世に――


 男に指輪を見せ、問いかける。


「これ、小さいけど、なかなかのものだな。たぶん、こんな宝石だれも見たことないよ」


 男はちょっとうれしかったのか、顔にかすかに笑みがうかんだ。

 ぼくは次々とたずねていく。


「こんなものを、どうやって……いつ手に入れた? どこで? いくらしたんだ?」


 この指輪は男の自慢の品なのだろう、まだぎこちないが、すこし自慢げに話しだした。


「へ、いいだろ、それ。おれは宝石なんてよく見てきたが、どこの宝石店でも、そんなものは、置いてなかった。本当に良いものってのは、そういうところには、ないもんだ。その指輪は、路地の裏の、さらに奥のほうに、露店をだしてた爺さんから買ったんだ。これは探してみつけるもんじゃねえ、偶然と、運命がなきゃみつからねえよ」


 路地裏のさらに奥の露店……その爺さん、何者だ。どうしてこれを売っていた。そもそも、どこからこれが流出したんだ。


「そう……たしかに、偶然と、運命がなければこれは手に入らないな」


 男は機嫌がよくなったか、にやりと笑みをうかべる。

 ぼくはその顔に嫌気がさしながらも、続ける。


「宝石店なんかに、置いてあるもんじゃない。ほら――」


 男の顔に、その「宝石」部分を近づける。七色、いやそれ以上の、あらゆる色の光が、キラキラと放たれる。


「――これは、宝石じゃねえんだよ!」


 一喝すると、周りはみなびくりとしたが、男だけは動かなかった。まるで理解できない、というふうだ。

 こいつとんでもないものを持ってやがった。


「これは情報記憶装置、だからこんなふうに光るんだ。光ディスクひっくり返して見てるのと同じだ。こんなもん宝石店にあるもんか!」


 男の表情は固まったまま。まあ、一般人には理解できないだろう。


「たしかに、偶然と運命がなきゃあ手に入らない。『あっちゃいけない』偶然と、『あとで殺される』という運命が、だ」


 ぼくの手のなかで輝く指輪、それは――


「これは、義勇団の『指輪擬装型記憶装置』。本来なら諜報員か秘密偵察員が付けているはずの、機密情報を記録する機械だ。こんなもん持ってたら、義勇団に脳みそごと消されるぞ!」


 まずいぞ、こいつは――


 手の中で、指輪がころがる。そこにはめこまれた「メモリ本体」が、不気味な七色の光を放つ。おそらく機密情報がはいったままの、あってはいけないその光――


・・・・・・


 仮設営倉の扉をロックして、ぼくは操舵室へ向かい通路を歩く。左の手のなかには、おそろしい機密情報を保存された指輪を握っている。

 諜報員か、秘密偵察員用の記憶装置。なにが入っている、こいつに。


 いいや、なにが入っていても、まずいんだ。これは。


 ぼくは秘密任務に従事したことがない。だから実際にこの装置をつけたことはないが……この装置は、生体エネルギーで動くと聞いている。だから指にはめた時点で稼働するはずだ。なのにこれまで、データが展開されなかったのはなぜだろう。所持者を識別する機能でもあるのか。

 いや、それならあの男を消しにくる必要がない。データを展開できないなら、持ち去られても情報流出は起きないのだから。

 でも実際には、消しに来た――


 ……。


 だんだん、歩みがおそくなる……


 展開、できるのか。いまの状態でも、やりかた次第では中身が見れるのか。


 ぼくは無人の通路に立ち止まった。


「……」


 左手をひらいて、おそろしい記憶装置を見る。

 いけない、はめたらどうなるか、試してはいけない――


「…………」


 だんだん、その指輪が、ぼくの人指し指に近づいていく――


 ……なんだ、なにも起こらないじゃないか。


 拍子抜けしたぼくは、ちょっと安心して、それからなんとなく、それを別の指にはめていった。はめて、はずして、またはめて――



- SECRET DATA STORAGE DEVICE -



「うわあ!」


 指輪についたメモリ本体から、仮想空間モニターが表示された。不意をつかれたぼくは、指輪をつけたままのけぞった。


 つ、つける指で識別していたのか、こいつ。特定の指にはめた時だけ、中身を見れるんだ。

 ……よりによって、左手薬指か。


 すぐ外そうと思ったが……中身が、気になる。

 あたりを見回す。だれもいない。


 右手の指で、モニターを操作した。中のフォルダ名は……


「秘密作戦行動手順」「第27895海域における個別作戦計画」


「全体暗号表」


 ――!


 ぼくはすぐに、指輪をはずした。


・・・・・・


 ぼくは操舵室に戻らなかった。船内の通路を何度も曲がって、ながい道のりを歩いて――

 ひとつの扉のまえで、立ち止まった。


「第12倉庫」


 扉に近づく。モーターの音が数回鳴って、エラーを示すブザーが鳴る。開閉機構の故障。

 ぼくは扉をノックする。特定パターンで、数回――


 スッと扉がひらいた。


 これはぼくが設定したセキュリティ。自動扉の故障にみせかけ、特定のノックをしたときだけ、扉がひらく。


 入室すると、すぐ扉は閉じた。

 照明が点灯し、中に鎮座する無言の機械が姿をあらわす。なんの表示灯も点灯せず、駆動音すらしていない大きな機械。


 「停止」ボタンを3回押して、操作卓下に隠れたなにも書いていないボタンを長押しする。

 モニターが立ち上がり、読み取り装置がぼくの全身をスキャンした。認証コードを求められ、ぼくしか知らないそれを入力する。

 駆動音が鳴り、表示灯が光りはじめる。機械が起動し、大型モニターが点灯した。


 ここは「秘密の部屋」。本船のバックアップデータを守るためにつくった、最後のとりで。目のまえにあるのは、誰にも場所を明かしていない記憶装置だ。膨大なデータを保存するため、かなり大きい。

 これは、船内の他のシステムとは接続していない。つながっているのは電力線だけで、完全に孤立したシステムだ。

 データを守るためにこうしておいたのだが――いまぼくは、別の目的でこれを起動している。


 手のひらににぎってきた指輪をみる。こいつの中身……行動手順とか、作戦計画とかはどうでもいい。前者はたぶん、もとの持ち主への行動命令。後者はどこかの海域で行う作戦のデータ。いらない。ほしいのは――


 3つ目のフォルダ……「全体暗号表」。


 とんでもないものが入っていた。さすがにおそろしくて、まだ中をみていないが……「全体」ということは、もしかしたら義勇団で使用するすべての暗号が記録されているのではないか。もとの持ち主は司令部直属か、あるいはもっと上、総司令部の関係者か。明らかに普通の団員ではない。全暗号の解読表を、持たされているのなら。


 そして――


 これを、これをぼくのものにすれば、義勇団の暗号通信が読めるようになる。むこうの通信内容が、すべてわかる。これさえあれば、あいつらの行動がわかり、それを事前回避することができる。


 もしこれを船のシステムに記録しようとして、中にシステム破壊用のプログラムが入っていたらおしまいだ。でもいま目のまえにある装置は、どこにもつながっていない。このシステムを破壊されても、航行に支障はでない。


 ここに……ここに、この暗号表をコピーしてしまえば――


 指輪を左手薬指にはめる。表示されたモニターに出ているフォルダ、そのなかの「全体暗号表」に指を近づける。いったん、指がとまって―――


 ……押した。


「A種暗号表」「B種暗号表」「C種暗号表」


 でる、出る、次々と。欲しかった暗号表が。


「イ号親展暗号表」「ロ号親展暗号表」「ハ号親展暗号表」


 高度な命令に使われる親展暗号もある。すごい。

 そして――


「総司令部最高度暗号表」


 ……あった。

 震える指で、そこをタップする。


 本当に暗号表だ。暗号化方式、復号用秘密鍵、それからまだ――


 このファイル名が合っているなら、これは総司令部がつかう最も機密性の高い暗号の解読表。義勇団が活動するようになって以来、一度も解読されたことがないという、最高難度の暗号の解読表だ。


 これを、目のまえの機械に入れてしまえば、ぼくは――

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