第2話 テレポート
『GSL209、こちら指令船03、ハロー。待機列Eの15番まで進んで停船せよ。あなたは58番目』
「ハロー指令船03。Eの15番で停船、了解。GSL209」
58番目……ここで数時間は待たされそうだ。
貨物ターミナルを出港した宇宙船「GSL209」は、大きく推力を上げて第4惑星の軌道から外れ、星系外縁へむけ航走した。
本船は通常の船とは性能が異なる「特高速船」であり、機関系統や船体強度などがかなりの特別仕様になっている。普通なら1週間はかかる区間だったが、ぼくのこの船は1日と少しの時間で走りきってくれた。
いま停船しているこの場所からは、星系外へ向かう複数の航路が出ている。本船はここから星系外へ出て、いくつかの無人星系を経由しながら目的地の星系へ到達し、いま積んでいる荷をおろす計画となっている。ぼくの船は「特高速貨物船」。ゆえに積荷はすべて急ぎのもの。それも高速船ですら間に合わないほどの急行便だ。すみやかにこの星系を出たい。
……だが、管制によれば本船の前には57隻も順番待ちをしているそうだ。これでまた予定より遅れるだろう。後で航路算定やり直しだな。
無線を聞くかぎりでは、事故や故障などの情報は入っていない。どうやら普通の混雑だけで、こんな大渋滞になってしまったようだ。この星系はいつもこうなのだろうか。
ここで待たされる理由は、この辺りの世界の特有の事情にある。
思い返せば懐かしいが、ぼくが初めて宇宙船というものに触れた時は驚いたものだ。人類の科学技術の結晶だと思っていたそれには、科学以外の技術も使われていた。
当時は信じ難かった。この世界の高度な技術は、「科学」の技術と、そして「魔法」なるものの技術が精密に組み合わさっているなどとは。
だが、宇宙船を見るまでもなかった。その辺の普通の人間が、何食わぬ顔で魔法を使っていた。その様子は、あたかもリモコンでテレビをつけるかのようだった。ここでは魔法というのは、科学と大差ないものなのだ。
本船搭載の主機関も、科学技術で魔法を制御するものだ。正式名称は「魔法式魔力―運動エネルギー変換装置」といい、かみくだいていえば、「魔力」というものを使って船を動かす装置。一般に「魔力機関」といわれる、エンジンの一種である。
話が少しそれた。なぜ、本船はこの場所で待たされているのか。
この広大な宇宙を航海するにあたっては、何とかして光の速さを超えて航行する必要がある。ところがそれは、科学の技術では不可能だ。物体が光速を超えることなどあり得ない。
だが、法則が異なる魔法の技術では、光速突破は普通に可能である。
魔法としてはありきたりなものだ。それは「空間転移」――魔法名称「テレポート」である。
「テレポート」は、太古の昔、まだ人々が天体の地表で暮らしていたころから使われていたという魔法だ。当時はだいたい人間ひとりくらい、優秀な魔術師がいると5人くらいがテレポートできたらしい。当時は瞬間移動と思われていたようだが、移動距離が長くなった現在では、テレポート中に時間経過が発生することが分かっている。
船の魔力機関だけでもテレポートは可能だが、宇宙の広大さは尋常なものではなく、船のテレポートだけでは速度が足りない。そのため、航路の要所では特別な装置を利用し超長距離テレポートを実行する。
本船ほか50隻余りの船が待っているのは、その装置の使用順だ。
操舵席から外を見やれば、「その装置」は見えている。
まあ外といっても窓があるわけではなく、操舵室の壁面が外部モニターになっているだけだ。このモニターは実際には無くてもよく、計器盤さえ見れれば航行には支障ない。乗員が外の景色を楽しむためのものだ。
そのモニター越し、前方に赤と青のまばゆい光を放つ物体が見えている。
あれの名前は「空間転移ゲート形成用凝縮魔力結晶」。この長すぎる名称が公文書でやたらスペースを占有するのだが、一般には「転移クリスタル」と呼んでおけば通じる。
「転移クリスタル」のテレポート性能は凄まじい。物にもよるが数万光年離れた場所へのテレポートは当たり前で、移動距離が百万光年クラスのものも少数ながら存在する。
この転移クリスタルに魔力機関を同調させれば、長距離テレポート魔法が発動して、遥か遠方へ数時間程度で到達できる。
ただ、これには問題がある。人類の未来に影を落とす、大きな問題が……
転移クリスタルは、「超高度古代技術遺産」とされているのだ。
そうだ。もう「遺産」なのだ、これは。転移クリスタルは、現在の技術では製造はおろか解析もできない。魔法技術だけで作ったのか、科学技術も使われているのかさえ判然としない。
はるか昔は、いまよりずっと技術が発展していたそうだ。裏を返せば、今の技術は過去のそれより劣化したものであり、ぼくたちは過去の技術の残照によって文明を維持しているに過ぎない。
いくらそれを否定しようとも、事実は変わらない。いまモニターの向こうに浮かんでいる転移クリスタルが、否定することを許してくれない。
幸い、まだ多くの転移クリスタルが現存し稼働している。だから今はまだ、文明が光を失うことはない。
だがもし転移クリスタルを壊したら決して直せない。そもそも、記録が見つからないくらい昔に製造されたそれがどうして稼働し続けられるのかも分からない。そして実際に、破損していないのに機能が停止してしまったものもある。
魔力機関にしても、そうだ。それは人類の科学・魔法技術を高度に融合させた、いま作れるなかでは最高のエンジン。ひとが宇宙を駆けるための大いなる翼。
……そして、それを製造できる工場はすでに少なく、いまも減少を続けている。
今はまだいい。まだいいが――
――いつか必ず、人類の宇宙飛行の歴史が終わる日がくる。
・・・・・・
テレポートの順番待ちは、やたら長かった。
ここから出発する船だけでなく、同じくらいの到着船もあり、転移クリスタルの使用順はなかなかまわってこない。その間、主機関はかけっぱなしとなった。エネルギーがもったいないが、岸壁に係留しているわけでもなく、天体に錨をうちこんでいるわけでもないので、法律上、ここで機関停止はできないのだ。
いつ管制指示があるかもわからなかった。ここに管制塔はないので、星系国家が派遣した「指令船」が管制を行っているが、その指令船が急に呼んでくることもある。だからずっと無線を聞きつづけていた。
・・・・・・
『――GSL209、指令船03。行き先を申告せよ』
ついに本船が呼ばれた。何時間かの待機はいま終わり、これからテレポートに向けて一気に手順が進み始める。
転移クリスタルを利用したテレポートは、行き先が固定されている。ここにある転移クリスタルの転移先は4つ。そのうちのどれに向かうのか、いま申告しろと管制官は言っている。
ぼくは電子海図画面をひらき、航海計画を指でたどった。ここから向かう転移先は――
「指令船03、GSL209。行き先は第18945恒星系、本船は『特高速』です」
今から本船が向かう「第18945恒星系」は、自然物と転移クリスタル以外になにもない。次の転移クリスタル目当てで船が通過するだけの無人星系だ。
ただ、海図をみる限りでは、主星の引力が強く、通過するのにそれなりの機関出力が必要とされている。高速船か、それ以上の動力性能でないと通過できないらしい。だから念のため、本船が十分な性能を持つ「特高速船」であることを併せて申告した。
『行き先は第18945恒星系、特高速、了解。指令船03』
管制からの応答があった。
ここには3つの転移クリスタルがある。空港でいえば滑走路が3つあるようなものだ。いま指令船03の管制官は、本船の使用する転移クリスタルを選定し、そこまでの移動ルートを作成しているだろう。それが決まれば、前進の指示が出て、この星系とはおそらく永遠の別れとなる。
・・・・・・
『GSL209、指令船03。第3号転移クリスタルを使用せよ。航行指示データを送信した。確認番号送れ』
無線とほぼ同時に、第3号転移クリスタルまでの経路を示したデータが送られてきた。データ内には確認番号が含まれており、これを返信することで復唱扱いとなる。今回は"619348"だ。
「指令船03、GSL209。第3号了解、確認番号『619348』」
復唱しつつ、送られてきたデータを自動操縦装置に読み込ませる。予定航路が緑のラインで表示され、「執行」ボタンが点灯した。
『GSL209、出発支障なし』
指令船からの出発許可が出た。
「出発支障なし、GSL209」
復唱し、「執行」ボタンを押下。モニター内表示の各パラメータが変化し、操縦桿がひどりでに動く。指示データ通りの経路を、微速力で進み始める。
姿勢指示器、速度計、衝突防止装置、機関回転計――自動操縦が正常に動作しているかを、ぼく自身が計器をみながら確認する。それと並行して、テレポートのための準備もすすめていく。
メインマストに設置された探知魔法装置を起動し、標的マークを第3号転移クリスタルに合わせる。すぐに観測データが入り始めた。
魔法には、その魔力由来の「波」のような性質があり、探知魔法でみるとその波形を観測できる。これは「魔力波」と呼ばれており、波形はそれぞれに固有のもの。ちなみにここの人間は、自らの生命維持にわずかな魔法を使っているので、その魔力波をよく測定すれば個人の識別もできる。
これから使う「第3号転移クリスタル」も、他の2基とはわずかに違う、固有の波形を示している。
これに対し、本船の魔力機関が発動させるテレポート魔法を調定する。転移クリスタルの波形とテレポート魔法のそれが同調するよう、慎重に魔法の出力を設定していく。
――調定完了。あとは自動だ。テレポート中は、どう頑張っても操船できない。魔法発動に失敗したら、遭難確定。成功すれば、待っているだけでテレポート先へ出られる。
自動操縦装置の「執行」ボタンが点灯した。
「確認よし。テレポートはじめ」
「執行」ボタン押下。主機関がこれまでと違う高音を発し、外部モニターの映像がじわじわと消えていく。
「――はい、さよなら」
二度と帰航しないであろうこの星系に、とりあえず別れの挨拶を。これまでいくたび、この台詞を言ったかわからない。
外部モニターの映像が消え、航海画面の表示が「テレポート中」に切り替わったので、ぼくはひとまず航海記録をまとめることにした。テレポート完了まで船内時間で2時間弱。暇をもてあましそうだ。