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第19話 恐怖への入り口

 操舵室の自動扉が、ひらいた。


 目のまえに若い男。こちらを見た。手には拳銃をもっている。


「お、来た。船長、来ましたよ!」


 男がむこうを向いてそう呼びかける。

 室内前方、ふたつ並んだ操舵席にはどちらも着席者がいる。左側、主操舵席のハゲ頭はおそらく「船長」だ。隣の副操舵席のやつは誰だかわからない。

 ふたつの席のあいだを隔てる中央計器盤、そのうしろからモニターをのぞき込んでいる者が1名……いま振り向いた。


「船長、あいつです。来ました」


 操舵席の「船長」は振り向かない。


「あ、来た? おっせえよ。なんだこのシステム、エラーばっか出るぞ」


 ――いまは無視していい。


 本船は一人乗務で運航可能なように作られているが、複数名での乗り組みにも対応している。この操舵室内には、ふだんぼくが使っていない席が複数ある。

 誰が、どこに座っているか。


 操舵室左側面、機関操縦席と電気管理席は空席。

 右をみると、操舵室中央、1段たかい位置にある「指揮台」にふたり。中央の「指揮席」に男、その左後ろに女が立っている。男はこちらを見たが、女は振り向かない。

 指揮台は本来、複数名で運航するさいに船長が乗る場所だ。そこに座っているのは、ヒエラルキーが高いやつだからか。着衣はふたりとも、船乗りの服じゃない。おそらく貨物船に非合法に乗り込んでいた、「乗客」だろう。たまにいる。

 指揮台よりむこうは死角になり、みえない。


 手前の男が、もういちどこちらに振り向いた。

 手にした銃は、斜め上を向いている。まだ狙われてはいない。


「おい、船長がお呼びだ。ほら行け」


 男はすこしだけ下がり、ぼくに道をあける。


 どうする……

 ここで進んだら、こいつに背中をさらすことになる。


 やめよう、危険だ。うしろから撃たれる。

 もしぼくが前に進んでうしろから撃たれたら、そのビームは前方に――航海計器に当たることになる。

 いまの位置関係を保てば、たとえ発砲されても、計器には当たらない。ぼくのうしろはドアと壁だけだ。分厚いそのドアは閉まっており、向こうにいる85Kにも当たる心配はない。


 ぼくはその場で、あえて常識的に抗議する。


「どういう事ですか、これは。無断で座席にすわらないでください。許可していませんよ!」


 だが予想通り、だれも席を離れない。

 銃を持った男が、あきれたように笑う。


「はっ、まだ船長のつもりか。見てわからない? これ、もう俺たちの船になったから」


 知ってる。だから取り戻しにきた。

 「船長」がバン、バンと計器盤をたたく。


「早く来い、はやく。出航するんだ。こいつ特高速船だろ、これならあいつらから逃げきれる。はやく来い」


 逃げる……? 「あいつら」って、なんだ。


「なにを言っているのか分かりかねますが、はやく席から――」


「『義勇団』が来てんだよ、『義勇団』が! 撃たれたんだよ俺たちは」



 「義勇団」……?


 おい……そういう冗談は、言っちゃいけない。


「あいつらこの海域に出たんだ。でかいビーム撃ちやがって、両舷にかすっちまった。だがうまく振り切った。まだここに来ないってことは、追ってきてねえ。いまからここを出て、全速で飛ばす。テレポートしちまえば、もうこっちの位置は分かんねえだろ」


 でかいビーム……


 外部モニターのむこうの遭難船、もう熱で崩れているその船体。右舷はもう原型がないが――


 左舷には、前後方向にえぐられたような跡。

 あれは……


 いや――

 メッセージでは、漂流物と衝突したと――


「は、あの……漂流物との衝突と、聞いていますが。『義勇団』の話は、知りませんが」


「はあ、うるせえなあ。おい若造、もし本当のこと言ったら、おめえ来なかったろうが」


 こいつら、救助メッセージにウソ書いてたのか――


 ふ、ふざけるな。ぼくは、ぼくは――


「・・・・・・」


「突っ立ってんな、はやく来い! てめえみたいな若造より、俺のほうが経験がある。俺が指揮したほうがいい。おめえじゃダメだ。俺がこの船を指揮すれば、みんな助かる!」


 「船長」、あんた……


 銃を持った男が、ぼくの前に進み出た。


「そういうこと。経験のあるクルーのほうが、この非常時には役に立つ。さ、あんたも少しは役に立とうや」


 「船長」が言った「でかいビーム」……なら、戦闘船がいる。


 遭難船のあの擦過痕、ビームだとすれば、口径20センチ程度のエネルギー砲か。

 相手はたぶん2級戦闘船……

 いや、それはおかしい。でかすぎる。あんな小さな船1隻にぶつける戦力じゃない。ビームは奇跡的によけられたようだが、これは完全に船を消滅させるつもりで撃ったやつだ。

 ここは小さい5級戦闘船でもいいはず。あれは速力が高い。武装は貧弱だが、あの遭難船をを破壊するだけなら、あれでもでいける。

 なのにどうして2級戦闘船が来ている……



 ――そうじゃない


 そうじゃないんだ。

 ぼくは……


 ぼくは、その「義勇団」の脱走員だ。命からがら逃げだして、泥水すすりながら潜伏して、なんとか追跡を振り切った脱走員だ。

 それから手に入れた船――GSL209「ポーラー・スター」。この船がぼくの安息の場所になってくれた。

 ずっとひとりきりだったけれど、そのほうがよかった。

 表情のない人間たちと最低限のコンタクトだけをとりつづける、あの義勇団よりは、ひとりでいるこの船のほうがずっとよかった。

 あの殺戮集団で武器を手にしているよりは、ひとりで黙々と操縦桿を握っているほうがずっとよかった。


「……」


 生身の人間をころすあの感触、おまえらにわかるか?

 ひたすら心を無にして、あいての骨が砕ける音と振動を味わうあの感触が、わかるか?


 ぼくがどんな思いでここまで逃げてきたか――わかるか?


 この2~3年、義勇団とは遭遇しなかった。

 もう大丈夫だとおもっていた。実際、もう追跡は打ち切られていたのだろう。


 でも見つかった。義勇団の船が、近くまで来ているのなら。

 まだ見つかっていないかもしれないが、この星から飛び立てば、確実に見つかる。義勇団の魔力探知能力は抜群だ。よく知っている。

 船内にいても、ぼくの魔力波は見破られる。ぼくは義勇団でも数えるほどしかいない、「異能持ち」。このちからは、絶対に探知される――


 あいつらが、来ているのだ。

 それと分かっていれば、引き返したのに。


 ――引き返せたのに


 やっと手に入れた、ぼくの安息の場所、安息のじかん。

 引き返していれば、もっと続いた、安息のじかん。


 こいつらは、こいつらはそれを、こんなにも無造作に――



 ――なぜ、笑ってる?

 なぜ座っていられる? このぼくのまえで。

 爪をてのひらに食い込ませたぼくのまえで、なぜ堂々と生きていられる――?


 ――生きる資格も権利もないおまえらが



 ほしい情報だけきいたら、あとは「処分」しよう。


「おい、何隻いる? 敵船は」


 できるだけていねいに、きいてみた。

 聞かれた「船長」は、振り返らない。


「あ? なんだその口のききかたは。おめえ何様のつもりだ」


 だめか。


 ぼくは、歩みだす。

 手前の男が、ぼくのようすをみて、表情を険しくした。


「待て、そこで止まれ」


 命令するか、このぼくに。


 副操舵席の男と、そのそばの男も、こちらを振り向いた。

 構わずぼくは歩いていく。


「おい、止まれ!」


 ついに銃口を向けられた。


 急にどこからか、甲高い笑い声が発せられた。


「あははは、なに? その子どうかしたの?」


 指揮台のむこう、死角のさき。

 通信席か、システム制御席だ。女が1匹。


 目のまえの男は、顔だけは一丁前にして、ぼくに銃口を向けている。


「撃て」


 ぼくはそう言った。


「は……?」


 銃は、人をころすためにある。

 向けるだけじゃだめだ、撃たないといけない。


「撃てと言った」


 なにボケっとしてる、はやく撃て。

 なんだ、そのアホみたいな顔は。


「狙いをあわせろ。急所をねらえ。その銃は2発しか撃てない、一撃で決めろ」


 こう言ってやっても、まだ呆けている。

 すぐ、操舵席から怒鳴り声がとんできた。


「おいそこで何やってる、このグズ野郎!」


 おまえこそ、そこで何やってる、このグズ野郎。

 あいつ、自分が「歴戦の名船長」だと思っていやがる。「俺がこの船を指揮すれば、みんな助かる!」とかバカみたいなこと言っていた。


 ぼくはまた歩き出した。

 男は銃を向けたまま、ぽかんとぼくを見送る。おまえ、何のためにそこにいた?


 中央計器盤のまえ、ぼくのほうに向きなおったべつの男……航海士か。邪魔だ、そこ。

 手でどかす。飛んだ距離は5メートルほど。


 「船長」も振り返った。この操舵室で、みなの視線がぼくにあつまる。


 ぼくは「船長」の顔をみる。

 「船長」は目をむいた。


「な……なにしやがる、てめえ! ひとを――」


 左手で、頭をつかむ。

 きみ、悪いことしたよね。そういうとき、なんて言う?


「なにか、言うことは?」


 「船長」はぼくの手からのがれようともがくが、無駄だ。


「てめ、離せ、この……」


 持ち上げる。「船長」の体が、座席からあがってくる。「船長」は、ぼくがききたいことばを言ってくれない。それでは離せない。


「……ごめんなさいって、言えよ」


 頭をつかんで、首ごと全身を引き上げる。そこはぼくの操舵席だ。

 「船長」は、なにもいわない。うめいているだけだ。


「ごめんなさいって言えよ!」


 ぼくは「船長」を座席から引き抜き、大きく勢いをつけて、床に叩きつけた。


 ――っ!


――バシュ!


 ビーム銃の発砲音。

 着弾よりまえに、ぼくは身をひるがえし、そのビームを左胸で受けた。


 なんてことを――


「ばかやろう! おまえ、自分がなにをしたか分かってるのか!」


 ぼくはあいてを全力で叱責する。

 さっきまで呆けていた男が、ぼくに銃を向けていたのだ。「殺気」を感じてから、発砲までにだいぶ時間があった。その間に、ぼくは余裕をもって行動できた。


「狙いがずれてた。計器に当たるところだったぞ!」


 その銃口は、ぜんぜんぼくを向いていなかった。あいつは、操舵席のだいじな航海計器に、ビームを当てようとしていた。

 ぼくを撃つつもりで、はずしたのだ。

 なんとか計器は体でかばった。


 操舵室が、異様な静けさにつつまれる。

 口を半開きにした男に、ぼくは歩み寄っていく。


「一撃で決めろといったろう! あと1発しか撃てないぞ、それ」


 ぼくは男のまえに立ち、両腕を広げた。

 男を叱咤する。


「目標はここ。さあ、急所はどこだ。狙え。そいつは銃身がぶれる、よく保持しろ。のこり1発、今度こそ決めろ!」


――バシュ!


 発射されたビームは、急いで伸ばした左のてのひらに命中した。

 だめだ、こいつは射撃ができないのか。


「はずれた、これだけ当てやすくしたのに。通信席に当たるところだった。おれが手で止めなければ」


 男はまた呆けている。なんだ、エネルギー・ビームを手で止める人間がめずらしいのか? それより、はやくやることがあるだろう。


「ほら、エネルギーパック、交換。すみやかに!」


 男はすこし首を振りながら、あとずさった。銃口が、ゆっくり下を向く。

 まさか……


「おいまさか、その銃で予備弾倉を持たないやつがあるか。どうするんだ、それ。もう撃てないぞ!」


 そのとき――


 あらたな「殺気」、後方近距離から。銃を持っているのは船長とあそこの男だけのはずだが……隠していたやつがいたのか、なるほどそれはいい。


――バシュ!


 背中に感じたこれは、レーザーだ。エネルギー銃より低威力だが、人は殺せる。発射可能数も多い。

 命中箇所は、背中の中央よりわずかに左。心臓狙い、いいぞ。


「狙いはいい。あとすこし左へ。次弾用意、撃て!」


 ……撃ってこない。


 まだ1発目しか撃ってないだろう。これで終わりなわけがないだろうに。もう「殺気」が、きえている。


 振り向くと、発砲者は副操舵席にいた。胸のマーク……システム技師か。本来はシステム制御席にいるはずだが、操舵システムの問題に対処するため、「船長」の隣まで来ていたのだろう。

 「システム技師」はインテリっぽいイメージがあり、よわそうだ。だからこそ、こういう不意打ちに適している。インテリっぽくて弱いと思われているだけで、戦えないとは限らない。そうかこいつが本当の「戦力」か。


 だがいま、そいつはちいさなレーザー式拳銃をこねくりまわし、ひとりで慌てている。どうしたんだ。


「どうした、撃てないか。不具合か? さっきは撃てただろう」


 銃をかまえない。ほんとうに不具合らしい。


「見せてみろ、ほら」


 おずおずと銃を渡してきた。いい子だ。

 試射をおこなう。いちばん不要そうなやつ……銃をおろしたままのあの男がいい。

 ぼくに銃を向けられた男は飛びのいて、そのまま転んだが、ぼくはそのずっと前に引き金をひいていた。


 ほんとうだ、撃てない。


 どこがおかしい、レーザー発生器か、射撃用コンデンサーか。レーザー銃は電気で撃つのだ。


 まさか……


 カートリッジ式のバッテリーを、グリップから引き抜く。残量確認窓をのぞくと……ああ、ゼロだ。

 こいつ電気で撃つ銃を、充電してない。試射をしたあと放置したのか。それとも点検を怠って自然放電に気づかなかったか。1発ぶんしか、電気がなかったのだ。

 小言をいおうと思ったが……なんだ、うしろにまた「殺気」がでてきた。こいつ、銃はもうないのに。


 振り返るとそこには、操舵席から立ち上がりつつ、戦闘用ナイフで切りかかろうとするシステム技師がいた。

 なるほど、隠し武器が、もうひとつ。


 さすがに不意をつかれたぼくは、一瞬、「生体防護フィールド」の展開がおくれた。

 ぼくは左胸を切り裂かれた。


 が……ざんねん、切れたのは服だけ。


 フィールド展開が遅れたといっても、このていどだ。

 せっかくの制服が切れ、肌が露出する。みっともないが、着替えるまで我慢だ。


 当然だが、この、機械のちからに頼らずに自分で張る「生体防護フィールド」なんて、「異能持ち」のぼく以外だれもつかえない。

 システム技師はぼくをみて、のけぞった。


「あ、ああ……こいつ……」


 ん? どうした。なにをそんなにおびえてるんだ。


「こ、ここ、こいつ、『義勇団』だ!」


 あれ――

 どうしてわかった……?


 切り裂かれた左胸……の服。その下の素肌――


 - ⅯSL03-99-3994 -


 「刻印」、か――


 義勇団員はみな、入団時に個別に名前がつけられる。それは必ず、本人の左胸に刻印される。記号と番号だけなのは、一般人とおなじだが……

 名づけかたが、ふつうの人とはちがう。


 ――だから、みればだれでもわかる。


 ぼくの「偽名」は7ST-7037。一般人と同じようにみじかく、ハイフンはひとつだけだ。

 義勇団でつけられる名前は、桁数がおおく、ハイフンもふたつある。出身地と所属がなまえでわかるよう、こうなっている。

 ぼくにつけられた名前は「ⅯSL03-99-3994」。

 脱走員となったいまでも、この胸の刻印はきえない。だれかに消してもらおうにも、見られたら義勇団員とばれるから、消してくれと頼めないのだ。


 これはたぶん、一生きえない。

 だからだれにも、この肌はみせられない。


 システム技師はこれをみて、「こいつ『義勇団』だ」と言った。

 つまりこれがある限り、ぼく以外の人にとってぼくは義勇団員ということ、なのだろう。


 義勇団は、ここまで来てもぼくを離してくれない。そうだ、おそらく死ぬまでずっと……


 ――ちくしょう!


 湧き出す不満感、不条理、理不尽……おさまらない。相応の「代償」がなければ。

 ここにいるやつらで、この気持ちをはらさなければ――!

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