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第14話 新たな緊急事態

 わたしの「冷却」には、時間を要した。


 ふたりでせまいエアロックに入っているのだから、どうあがいても彼がすぐ目のまえにいるのだ。

 もう、彼はここにいないものと考えて、こころを無にして、ようやくわたしは顔を冷ました。


 でも、その時間経過はよかったらしい。


 彼はずいぶんおちついた。「たましい」を削ったようだけど、それは時間経過で回復するものなのだろうか。


「大丈夫、ですか。その――あなたの『たましい』、削ったんですよね? もとにもどるんですか?」


「うーん……まあ、こんなの輸血みたんなもんでしょ。自己回復するよ」


 「たましい」は造血細胞でつくれるのか。あなたのからだの中身、いったいどうなっているの。


 わたしはのんきにそんなことを考えていたが――


「それよりも、さ――」


 彼がエアロックの外へ視線をうつした。


 ……わたしの船の乗員がひとり、床にたおれている。あれは機関士だ。


「まだ、終わってないんだ。あわててこっちに来ちゃったから、いま操舵室にいるのはきみの船の乗員だけ。ぼくは彼らとは初対面だけど……あの人たちの、あの態度。いやな感じがする」


 ……。


 そうだ――あの人たちのことは、わたしのほうがずっとよく分かっている。

 わたしの船の乗員たちは――じぶんの船がなくなったいま、この船を自分のものにしようとしているのではないか。まさに「渡りに船だ!」などといいながら。


 わたしは、どうする――?


 この船の船長は、このひとだ。わたしはひとりの乗船者で、かつ航海士ライセンス所持者。指揮系統は――おのずと明らかだ。

 いまわたしに「命令」できるのは、本船船長であるこのひとだけ。そしてわたしは、このひとのほか、もうだれの命令もきかなくていい。

 わたしはこの船の正規乗組員ではないけれど……緊急時に現地任用される「応急乗組員」として、行動が可能なはず。


 それなら――


 今だけでも――せめて次の港までだけでも。たましいを削ってまでわたしを生きさせてくれるこのひとの、ちからになろう。


「本船の、乗員の配置をおしえてください」


 彼は「いま操舵室にいるのはきみの船の乗員だけ」と言った。なら、本船のほかの乗員はどこに?

 操舵室にいないのなら――主コンピュータ室か、機関制御室だろうか。

 この船やわたしの船のような小さな宇宙船は、内部構造が似ていることが多い。たぶん、乗ったばかりのわたしでも分かる。


「ほかにはいない。一人乗務だ」


 彼は落ち着いてそうこたえた。

 本船に他の乗員はなし、「相手」は9人。ひとりはもうそこに倒れているが、それでもあと8人いる。こちらはふたりか……わたしは、「味方」になるから。


 ――でも、わたしがなにか役に立つだろうか。銃をもっている人がいるのに。


「きみはうしろから来てくれ。銃をもってるやつがいる、きみが当たると危険だ」


 彼はもう把握していた。あの人たち、またこれ見よがしに銃をちらつかせていたのだろうか。

 でも、「きみが当たると危険だ」って……あなたは、銃弾に当たっても平気なの?


「持ってるのはたいした銃じゃない。2発しか撃てない欠陥銃だ。あんな銃を買うのは素人だけ。たぶん撃っても当たらないだろう」


 彼の声は、力強い。どうやら、ここで倒れてしまうことはなさそうだ。

 よかった――


「……」

「……」


 通路から、高い靴音がひびいてきた。しだいに大きくなる。だれか、来る。


 彼の顔をみる。彼は首をふり、いくつかのハンドサインをだした。


 『いま出るな』『声を出すな』『物音をたてるな』『指示を待て』


 息をひそめ、気配をころす――


 靴音は大きく、すぐ近くまで迫ってきた。


「なにやってんだ、あんた。こんなところでノビてやがって」


 女の声……これはわたしの船の機関長。銃は持っていないはず。腕力はよわい。


 伝えよう。彼にジェスチャーを送る。

 彼はうなづいて、右手を握り、すこし笑顔をつくって親指をたてた。


 しらないハンドサインだけど……たぶん、「わかった」または「よくやった」だ。あ――いまちょっとだけ笑顔がみれた。


 機関長が、エアロック内からもみえる位置にきた。開きっぱなしの船内扉……彼女が振り向けば、こちらも見える。


「おら、起きな!」


 機関長はこちらを見もせず、床にのびている機関士を蹴飛ばした。

 あれは要領がわるくて、おまえは使えないといつも言われている人。ほかの乗員にはへこへこしているけど、わたしにだけは敬語をつかわない。


「う、うう」


 苦しそうに起き上がる。そういえば、なぜたおれていたのだろう。

 あなた――わたしのすぐそばのあなた、何かやったの?


 ――機関長がこちらをみた。


「おう、居たんだ。なに、そんなところで死体抱いてたの? だいぶ凝った趣味してるね、あんた」


 彼はわたしに、うごくな、とハンドサインを出しながら、エアロックの扉をくぐった。


「すみません、おたくの乗員を吹っ飛ばしました。ぺらぺらと不躾なことをいうもので、ほんとうは舌を切りたかったんですが、両手がふさがってたんです」


 けっこうきついことを言うなあ。

 あの機関士、なにをいったんだろう。


「ははは、言うねえ。で、あんたは両手ふさいで、ナニやってたんだい、その女で」


 ……。


 そうだ――彼にはいずれ知られてしまう。わたしがもとの船で……そんなものとして、使われていたって。

 知られたくない。彼がくちづけしてまで目を覚まさせた相手が、そんなものだったって。


 ……もっと、きれいな人としてみられていたい。


 でも――だめだ、隠せない。操舵室にあと7人、わたしの船の乗員がいる。みんな知ってる。


 彼からのハンドサインがあった。出てこい、と。


「『応急救護』にいそしんでまして……いやあ大変でした、蘇生措置。だれも手伝いにこないものですから」


 彼が話しているあいだに、わたしは、指示通りにエアロックの扉をくぐった。

 機関長が、ぽかんとわたしをみる。


「なんとか生き返ってくれましたよ。ほら、ぴんぴんしてます。これで10人全員、救助成功です。万々歳ですね」


 彼はおどけたようにそう言うが、機関長はまさかわたしが生きてたなんて信じられないだろうな。わたしだってまだ、四分の一くらいは信じきれてない。


「で、我々をむかえてきてくれたわけですか。すみません、時間がかかりまして。すぐ操舵室へ戻って、出航準備にかかります。後進離陸になるんで、ちょっと面倒ですがね、すぐやりますよ」


 機関長は彼をみて、不満そうな顔をした。わたしのことは、考えないことにしたらしい。わたしとしては、ありがたい。


「なんか癇にさわる言いかたするね、あんた。自分がまだ船長だとでも思ってイキってんだろうけど」


 「まだ船長」……まるで、もう彼は船長でないかのように。


「ええ、私が船長です。本船は私の指揮下で運航を開始してから、ずっと無事故で通してきたんです。船長として、誇らしいですよ」


 彼はそれとなく「船長」を強調する。彼が船長権限移譲を宣言していないのなら、ほかのだれも船長を名乗れないはずだが――


「この船、あたしらが使うからさ。もうあんた、船長じゃないんだよね。これからしばらく、あんたはここで小間使いとしてはたらいてもらうよ。ただこの船、操舵システムが特殊らしくてさ、あんたから船長に説明してやってよ」


 乗っ取り確定、か。「操舵システムが特殊」と分かったのは、もう操舵席に座っているからだろう。


 これは彼の、おそらくたいせつな船。一人乗務の特高速船。わたしも、こんな船にのって宇宙をめぐるのが将来の夢だ。考えてみれば彼は、わたしの夢がかなったときのすがたをしている。

 もし、わたしが彼の立場だったら……じぶんの船のじぶんの席に、勝手に座られて、たぶんシステムもいじられてる。それは絶対、許せない。許さない。


「なに、操舵システムをひらいているんですか? だれか操舵席に座っている? いけません! あなた、はやく止めにいってください。許可してませんよ、それ、まずいです」


 彼はどうして、こんな会話を続けるんだろう。急いで行かないと、勝手に設定までいじられてしまう。この女は腕力ないんだから、わたしたちふたりで殴ってしまえばなんとか――


「だーかーら、もうこいつはあたしらの船なんだよ。いまシステムを使えるように変更してるとこ。いいからはやく教えろよ」


 ――わたしが反応する時間は、なかった。


「聞いたぞ! てめえ痛い思いしたいんだろ、ほら味わえ!」


 彼は言い終わらないうちに、右のてのひらを突き出して――


「げぐっ――」


 手は当たってないのに、機関長がへんな声をだして、空中を飛んで――

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