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第13話 気まずいはじめまして

 なんだろう、この感触――


 口から「なにか」を吸うたびに、暖かなものがはいってくる。

 唇がすこし、こそばゆい。


 まだ、なにか足りない気がして――物足りずに、もっと吸いよせる。

 きもちがいい。唇をおおうじんわりとした暖かみと、背中を抱かれて、だれかの胸に安心してからだをあずける、このきもち。

 ここからでたくない。


 ……いま、わたしどうなっているんだろう。


 身体の奥からわきだす、さわやかな風。なかから、そとへ。いままでとちがうあたらしい色が、わたしのからだを塗りかえていく。

 からだの奥から指の先まで、活力がはいる。心臓がつよく鼓動し、血液と、そのほかのすべてが体内をめぐった。


 ……え?


 だれかが、わたしを抱いて――


「――! ん――!」


 目をひらいて、腕をふりほどこうと全身でもがく。唇がはなれ、がつん、と何かに頭をうった。


「あっ……ああ!」


 誰かがこえをあげる。


「あ――あれ?」


 すぐ目の前に、しらない男。無遠慮にわたしの顔をのぞき込む、若い男。


「あ……ああ、はあぁ――――」


 ――その男はとつぜん壁に背中をぶつけ、そのままどさりと横にたおれた。


 この男……いままでわたしの唇を――


「……」


 でも――どうしたのだろう。「続き」をしようとしない。

 いちど大きく息をはいて、じぶんからたおれた。わたしがたおしたわけじゃない。

 たおれた男は、息がすこし荒くなっている。それになんだか顔色もわるい。すこし待っても、なにもいわない。もう、わたしを見てすらいない。


 わたしとおなじ、くろい髪。くせ毛だ、よくみると髪があちこちはねている。すこしめずらしい顔立ち……目はとじたままでひとみはみえない。服装は船乗りの標準的な制服……あ、ワイシャツに少ししわがある。ネクタイの結び方がへたくそだ。靴はいちどみがいたほうがいい。

 でも……上衣の袖には金線が4本。肩章も同じく金線4本。そして、胸には金色に輝くバッジに「CAPTAIN」の文字。


 わたしよりずっとえらい人――宇宙船長だ。

 誰だか分からない、しらない船長だ。


 ――え?


 しらない「船長」?


 わたしは――そうだわたしの船は、無人惑星に不時着したんだ。

 ここは無人の惑星――だからいま、この星にいるのはわたしの船の乗組員と……あの無茶苦茶なことをする、救助船の乗組員だけのはず。


 この星にいる船は2隻――「船長」は、ふたり。


 そしてわたしが顔をしらない「船長」は――この星でひとりだけ。


  『「救命7号」、船尾上甲板へ移動せよ、いそげ!』


  『えと、こちらはGSL209船長――』


 それは無線のむこうで、ずっとわたしを呼んでいた、あのひと。

 まさか――


 このひとが――?


 いそいで近寄って、ちからの抜けた肩に手をそえる。


「あなた――」


 あのとき無線で聞いた、たいせつな――


  『7ST、たいせつにおぼえておきます』


「――7ST、さん?」


 男は、力なくうなづいた。


 ああ、ついに顔がみられた。ほんとうの声がきけた。


 でもどうして、さっきわたしにあんなことを――

 この人……「7ST-7037」も、やっぱり結局は「そういう人」か。


「……」


 それにしてもなぜ、こんなに弱っているんだろう。



 まて。

 たいへんなことに、気付いてしまった。


 ――わたしは、なぜ生きている?


 見回すと、ここはエアロックのなかだ。船内扉がひらいている。壁のパネルもひとつひらいていて、床には黒いボンベが転がされている。

 非常用酸素供給器――これを使ったのか。


 いや、それではだめだ。生きられるはずがない。


 わたしがさいごに見たもの――

 防護フィールドが破れる寸前、その瞬間に見た気圧計……その指示値はほとんとゼロ、すなわちほぼ真空だった。

 そこで、記憶は途切れている。


 防護フィールドが破れて、わたしが吸える空気はなくなった。だから、わたしは窒息して死んでしまったはず。あの状態から、加圧が間に合うはずがない。


 じぶんの身体に触れてみる。どこも異常はない。とても軽やかにうごく。思考も明瞭。低酸素の影響はみられない。わたしはいま、生きている。


 このひとが、わたしを生かした……

 どうやって――?


 7STは、ようやく目をひらいた。ああ、ひとみの色も、わたしとおなじ。まるで宇宙のような黒色だ。


「どこも、痛いところ、ない? 怪我、してない?」


 わたしはなぜか大丈夫。あなたこそ、それはその顔色で言う台詞じゃない。

 彼はいったん上体を起こしたが、そのままばつの悪そうにうつむいた。


「ごめん、きみのしらないうちに、その、あの、く、唇を……」

「……」


 そう、わたしがしらないうちに、一方的に―――


 ……そしていま、自己申告した。


 その行動も、ぜんぜんわからない。なぜ、わたしが目を覚ましたとき、このひとはわたしと……キス、なんてしていたのだろう。


 キスされたから、目がさめたのだろうか。


 ばか、ありえない。それができるのは童話のなかだけだ。

 どこか遠い星から伝わったというお話――白馬の王子様なら、眠れるお姫様を、くちづけだけで目覚めさせたけれど。

 現実はちがう。それは不可能だ。科学的にも、魔法学的にも――


「……」


 いや、魔法学的には――


 ……そういえば聞いたことが、ある。すこしだけ。魔法は専門ではないから、詳しくはしらないけれど。

 何百年か前に、魔法学会で幾度も検討された、「夢の極大回復魔法」。

 それは究極の回復魔法――死んだものを生き返らせる魔法だったそう。


 聞くところによれば――それは、術者のもつ「たましい」ないし「生命」を分割し、すでに死んだ者に移すことで、「再活性化」する魔法。

 つまり――じぶんのいのちを削って、死者をよみがえらせる魔法だ。


 もちろん技術的な問題があまりに多く、実現しなかった。いちおう「理論的には可能」らしかったが、「実質的には不可能」だったのだ。


 できるはずがない。


 でも――

 さっき行われていた不自然なキス、そしていま生きているわたし。


 前者を「実行」、後者を「成功」ととらえると……説明が、ついてしまう。


 まさか――


「あの、さっきの……キス、って、その――私を、生かすために?」


 7STは、きょとんとした顔でわたしを見た。


「あれ……どうして、わかったの?」


 そして伝説へ――

 あなたはいったい、何なのか。本物の童話の王子様なのか。


 わたしは死んだ。命を失った。

 そしてわたしを呼び続けてきたこのひとは、ついにわたしの死すら覆して――


 ――助けてくれた。


「その、ほんとう……ごめん……」


 彼はまだなにか謝っているが、それどころじゃない。

 聞いた話の通りなら、それは自分のたましいを削る魔法だ。さっきからぐったりしているのは、そのせいか――


「あなたこそ、大丈夫なんですか! まさか、ここで死なないですよね、あなた大丈夫ですよね」


 わたしは彼の肩をつかみ、揺さぶる。

 彼はぐらぐらと揺さぶられたあと、えへ、と笑った。


「だいじょうぶ、むかしから持久力はあるから」


 持久力でたましいは回復するんだろうか。


 わたしは手をはなし、片膝をついて彼を顔色をうかがう。さっきよりはよくなってきけど……まだここから動かさないで、様子をみていよう。


 ……?

 彼が急に視線をそらした。なんだかきまりがわるそうに。


 あっ――


 これだから……スカートなんて嫌いなんだ。こんな丈で、片膝だけついたら――


 ……我慢しよう。隠したいけど、だめ。もし隠しても、また戻させられる。隠すまえよりも、もっと大きい屈辱を味わう。だから――


 ぐっと歯をかみしめて、意識しないで――


「……」


 ……どうして彼のほうが、そんなにけわしい顔をするんだろう。視線をそらしたまま、わたしを見ない。

 わたしは「それ用」に乗せられただけの「オモチャ」だから――視線をそらしてなんかいたら、乗せた意味がない。


 すこし横を向こうとして動いた彼の左胸で、金色のバッジが光る。「CAPTAIN」の文字が、誇らしげに。

 金の「CAPTAIN」マークは、船長資格のなかでも最高位のもの。わたしの船の船長だって、金じゃなかった。他にとがめる人もいないここで、あなたは最高権力者。だれもあなたには逆らえない。


 ――!


 そうか、ここは――

 この船は、「ちがう船」なんだ――!


 宇宙船において、船長は最高権力者。安全上の観点から、という名目で、船長の命令は絶対守らなくてはならない。

 そしてここは、もうあの船じゃない――このひとの船、「GSL209」。


 ここでの最高権力者となるのは、このひと。まえの船の、あの船長たちの命令は、ここでは効力がない。このひとの命令が、このひとの態度こそが、ここでの絶対のルール。

 そしてその彼はずっと視線をそらしたまま、気まずそうに固まっている。


 つまり――

 隠しても、いい――?


 わたしは、ゆっくり、ゆっくり、気づいていないふりをしながら、膝をおろした。


 彼はすこしおちついたようにみえた。

 でもちょっと、視線がさだまってない。わたしでも分かるくらい、どぎまぎしている。


 やっぱり、そう見えてたんだ……


「……」


 あ、れ――?

 顔が、熱い。

 なんだか耳まで、熱い気がする。


 ――!


 これ、顔あかくなってる……? まずいまずい、とめないと!


「……」


 だめ……とめようと思うと、もっと熱くなってく。たぶんいまのわたしは、ポットみたいに湯気を噴ける。


 おそらく真っ赤な顔のわたしと、その前で妙にどぎまぎする彼と……ものすごく気まずい空気が、この場をみたした。


「あの、えっと、その……ご、ごめんなさい」


 ……どうしてわたしがあやまるんだろう。


「いや、その、べつに……」


 なにこの空気。


 でも……この空気――

 すごく気まずいけど……過去変えて、なかったことにしたいくらいだけど――


 ――わたしとおなじくらいの女の子って、おなじくらいの男の子と、こんな経験してるのかな。


 「性処理要員」じゃなくて、同い年くらいの男の子と、こんなふうにどぎまぎして。ぜったいに恥ずかしいだろうけど……わたしはこれまで、それも許されてこなかった。


 いまわたしは、「ひとりの女の子」としてみられたんだろうか。

 それは……これまでの人生で、はじめてかもしれない。


 でも、いまが幸せとはおもわない。この顔が熱いのが、とまらない。くそう、彼の顔がみられない。

 お願いだから、いまここに居ないで。ひとりにして。とりあえず顔がさめるまで!

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