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第11話 おぼえてなかった

 ぼくがもういちど顔を上げたそのとき、きらきらとした綺麗なひかりの粒が、宙を舞っているのがみえた。

 遭難船の後部甲板上、しだいに拡散してきえていく。


 異物か?

 いつ出てきた、どこから出てきた――?


 あのひかりの粒……「氷」か。

 空気中にふくまれた水分が、急速に吹き出して凍ったものだ、と。


 つまり「空気」がでてきた――? どこから――?

 いや、愚問だ。ほとんど真空のこの星にあって「空気」が存在するのはこの船と、モニターの向こうの遭難船だけ。


 つまり……あちらのエアロックが、開いた?


 ――後部甲板で、なにかがうごいた。


 なにかの蓋らしきもの、すこしずつ開いてくる。

 外部モニターで拡大表示して、確認する。


 まちがいない――あれはエアロック船外扉だ。


 開けたのか、じぶんのちからで。

 あなたは、本当にそこにいたのか。

 ぼくのこえは、届いていたのか。

 あくまでぼくのことばを、信じてくれたのか。


 なら……


「……」


 ――まだ終わってない!


 ぼくの「作戦」はまだ崩れてない。出てこれたのなら、まだ助かる可能性はのこっている。


 外板温度計を確認――さすがに上がってきたか。

 でも、思ったよりは低い。このまま作戦決行だ。


 エアロックの中から人が出てこようとするのが見える。画像がやや荒くよくみえないが、長く伸びた黒い髪はなんとなくみえた。

 これが、ぼくが呼び続けていた人の姿。


 彼女はすこし顔を出した後、すぐエアロックに引っ込んだ。

 日が出でいることを、理解したのだろう。ぼくは「まだ日は出ていない」とか言っていたはずだから、驚いただろうな。


 いや違う、早くしなくては!


 送信ボタンを押す。これまで何度も押してきたが、すべて無駄ではなかった。ちゃんと聞いている人がいたのだ。


「『救命7号』、そちらを視認した。いまから、本船への移乗手順をつたえる」


 すこし待っても、応答がない。この位置関係なら通じるはずなのに。

 ここに出てきたということは、こちらの声は聞こえていたということ。無線機は動作しているはずだが……


 とにかく、作戦をつたえる。いちばん気になるのは、防護フィールド。たのむ、正常動作していてくれ。


「『救命7号』、救命具の防護フィールドは生きているか」


 エアロックのなかで、なにを思っているだろう。「こんな防護フィールドでなにができる、この能無しめ!」とでも言っているだろうか。無線を切って。

 無線を使って文句を言ってこないだけ、だいぶ良心的な人なんだろう。


 応答がまだない。ほんとうに無線を切ってしまったのだろうか。

 すでに日が出ているこの状況、まのあたりにすれば、絶望してもおかしくない。


 たまりかねて、ぼくから無線を送信する。


「『救命7号』、無線送信は可能か」


 無線を切ったか、送信機故障か。

 応答してこない。


 もういちど送信ボタンを押そうとしたとき、無線管理モニターの計器の指針が、わずかに振れた。


『GSL209、救命7号。ハロー、きこえています。防護フィールドに問題はありません』


 聞こえた――応答してきた!

 この絶望的状況のなかで、落ち着いて、凛とした声。雑音が入りがちな無線交信にあって、理想的な、聞きやすい発声だ。

 声の雰囲気からして、いまは落ち着いているようだ。防護フィールドにも問題はないとのこと。

 なら、ただちに移乗作業だ。急がないと、ほんとうに焼けてしまう。


「『救命7号』、こちらもきこえています。これより移乗手順を説明します、よろしいですか」


 前甲板エアロック、準備よし。誘導灯点灯よし。

 あちらの防護フィールドは、エアロックに入るまでもてばいい。大気がないから、空間そのものは熱くない。恒星の光から隠れてしまえば、それでゴールだ。


 応答あり次第、移乗手順を――


『GSL209通信担当、わたしは航海士の85K-L1LYです。あなたの名前をおしえてください』


 は……?


 名前って……コールサインは知っているだろう、いまじぶんで言ったじゃないか。


 頭が混乱しているのか。

 いや、それにしては落ち着いて話していた。


 むこうは、コールサインではなく自分のなまえを名乗ったが――


 つまり、コールサインではなくて、ぼくのなまえを知りたい、と?

 どうして。必要ないだろう。


 でも……無視するわけにも、いかないか。


 送信ボタンを押す指が、一瞬だけとまったが――


「えと、こちらはGSL209船長、7ST-7037です」


 ちょっと戸惑った無線送信になった。


『7ST、たいせつにおぼえておきます。ありがとう』


 妙なことをいう。口調もなんだかやさしげになった。

 想像に反して、へんなやつだったのか。


 いや、ちがうな。声色はすこし変化したが、それでも無線ではっきりと聞きとりやすい声をだしてくれている。

 それに、電動エアロックをおそらく手動で突破した。とてつもない問題解決能力を持っている。まちがいなく優秀な人だ。


 最後に「ありがとう」と言ったか。もう、生き延びれないと思っているらしい。

 それと、だいぶ感傷的になっているようだ。なんだろう、意外にロマンチストなのか、この人は。


 時間がないのに――


 ……それなら言ってやろう。


「『救命7号』、おぼえなくてよい。移乗手順を説明するが、よろしいか」


 彼女がせっかく教えてくれた名前ではなく、コールサインで呼びかける。あなたの名前は、おぼえていないよ、と。

 ここでいったん無線を切ったが、ふたたび送信ボタンを押した。


「名前は直接会ってからおぼえてくれ、いまから移乗手順を説明する」


 応答はない。でも、さっき向こうの声がきこえたのだから、無線は生きている。

 もう話をきいている時間はない。強制的に指示をきかせる。


「『救命7号』、本船は、貴船の船尾に衝突している。船首が当たっている」


 すこしぶつけてしまった船首、いまはそれが唯一の生存ルートとしてつながっている。


「エアロックから出て、船尾衝突箇所へ走れ。そこから本船に飛び移れる」


 簡単に言いはしたが、内容はとんでもない。死の熱線を放射する恒星のひかりを浴びながら、甲板を突っ走って船体の衝突部位を飛び越えろと――われながら、無茶苦茶なことを言っている。


「飛び移ったら、本船の前甲板エアロックへ向かえ。緑の誘導灯がついている」


 言うべきことは、すべて言った。

 あとは……すこしロマンチストらしい彼女に、前へ進むちからを送り届ける。


「『救命7号』、これまでの状況からみて、あなたは優秀な乗組員のはずだ」


 ぼくのうしろで、まるで自分の家のようにふるまっている9人のクズと同じ船に乗らされて、それでもここまで頑張った人だ。優秀にちがいないのだ。

 見捨てられてひとりだけ残され、そして誰だかわからない男の無線指示に従って、さいごは電動エアロックを手動で突破し、ついにここまで来てくれた人だ。


「本船の受け入れ準備はできている。あなたの、すぐれた行動力に期待する」


 さあ――来い!

 マイクに向かい、声を張る。


「『救命7号』、準備はできている。こちらに来てくれ!」


 そこから動き出せ。そうすればたぶん、あなたはもう止まらないはずだ。

 うまくいくかどうか、もはやだれにもわからない。ぼくの故郷なら、「神様」に祈ったりするのだろうけど、ここにはそういう信仰がない。とおい故郷の「神様」も、こんな宇宙の果てまでは見えていないだろうか……

 もし、見えているのなら……どうか彼女を、守ってください――


『7ST――指示了解。今からいきます!』


 ついに心を決めたらしい。無線の声も力がある。


 相手船の後部甲板、そのエアロックから、人影がひとつ飛び出した。本船のシステムがそれを自動認識し、モニターに矢印つきで「救命7号」の表示を出す。バイタルサイン――脈拍と呼吸がはやい。たぶん……いや、確実にこわいんだ。


 エアロックから甲板に着地すると、彼女はまっすぐに走り出した。迷いがない。こわくても、恐怖にすくんで止まることはない。あれはぼくには真似できない、まるで超人だ。


 「救命7号」の状態表示に、「バッテリ残量低下」の赤文字が点灯した。


 おかしい、さすがにまだレッドゾーンには……


 あ、このクズ船長、救命具の定期点検をしてなかったな。だから放置されていたバッテリーが徐々に放電して、もうだいぶ減ってたんだ。

 せっかく助けられそうなのに……ここで死なせたら、あんた人殺しだぞ。


 警告表示は、彼女のほうにも点灯しているはずだ。これは精神に影響するはず。精神の乱れは身体のうごきに直結するから、これはまずい。

 まずいからといって、こっちの操作で切れるわけじゃない。彼女はおそろしい警告表示を見せられながら、走ることになる。


 ぼくは前甲板のようすを、モニターごしに見ている。もしぼくの「作戦」が失敗したなら、彼女が熱にとけて消滅するありさまを、この特等席から見物することになる。断末魔のこえも、一瞬聞けるかもしれない。

 われながら、いい気なものだ。ひとに無茶苦茶な指示をだして、じぶんは安全な場所から座席に座ってそれをみている。


 彼女はあくまで一直線に、衝突部へ向け走っていく。あとすこしで、飛び越し地点だ。もし足をすべらせたら、着地点を誤ったら……上甲板から地面までは高さがある。

 もし失敗したら――彼女が墜死するところを、ぼくは見るわけだ。


 ぼくはただ見ているだけだ。正直、もう目をそむけたい。

 でも、見ないのはもっといけない気がする。ぼくがやらせた「作戦」だ。目をそむけちゃあだめだ。

 「結末」がおとずれるまで、この目に焼き付けなければならない。彼女が死ぬさまを見たら、それをぼくの「罪」として、しぬまで覚えておかなければならない。


 飛び越し地点……彼女は、きれいに跳躍した。


 本船のシステムが「不明な乗船者あり」との表示をだす。おそらく、甲板についた彼女の足を検知したのだ。あとすこし――


 あ――!


 「熱入力過大」――

 「救命7号」からの警告表示だ。防護フィールドが、もう熱で破れかかっている。


 やはりだめ、か……


 それでも、彼女は突っ走ってくる。同じ警告がみえているはずだが、あくまで、走ってくる。

 この状況で、まだあきらめてはいない。


 背中を押すんだ、無線送信。


「『救命7号』、緑の識別灯だ。エアロックがある!」


 防護フィールドの強度と、バッテリー残量。どちらかがゼロになったら、彼女は死んでしまう。エアロックに飛び込めば熱は大丈夫だが、加圧が完了するまでもたないと窒息する。


 たのむ、間に合え――!


 よし、エアロックまで来た!

 前甲板エアロック、加圧用意。船外扉、閉鎖用意。


 彼女がエアロックへ飛び込んだ。

 ぼくはすぐタッチ式モニターを操作する。


「船外扉閉鎖――閉扉よし! ハンドル締めよし! 加圧目標1気圧、加圧はじめ!」


 うまくいった――!


――「防護フィールド、作動限界」


 真っ赤な警告表示。「救命7号」からの。

 防護フィールドが、切れる――


 「おい――!」


 彼女を呼ぼうとして、ぼくはその名前をおぼえていないことに気づいた。

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