表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第6話

 スライスサーブ教えてくんない? 守護霊女はそう言った。

「スラ……イス、サーブ……? なに言ってんだ? つーか、お前、どっから入りやがった!?」

 俺は混乱してた。勝手に部屋に入り込んでいる女。

 ありえねぇ。

「んと、窓? っていってもすり抜けたから開けてないけど。便利だけど、ちょっと変な気分なんだよな……」

 意味が分からない。 

 相変わらず、女はケラケラと軽く笑う。

 女が、現れなくなってから2週間が経っていた。てっきり俺の守護霊をやめたか、それとも気弱な俺の幻覚なんだとばかり思ってた。守護霊なんて都合のいいものが、存在するわけねぇんだし。

 なのに……何でこいつは、ここにいる? 本当になんなんだ?!

「……何してんだ? 人の部屋で」

 俺は、やっとのことで質問した。

「ああ、うん。だからさ……こないだの事、智明に謝ろうと思って。だけど……謝るだけじゃダメだと思ったんだ。だから、あたしもテニスしてみたんだけど……」

 女は俯きかげんで話す。時々、背中で翼が小さく揺れていた。

 手にした水色のラケットを見ると、メジャーなメーカーもので水色をベースに黒が配色されたレディースモデルだった。

「……テニスしたのか……?」

 驚いた俺を見て、女は苦笑した。

「うん。でも、全然ダメだった。ラケットには当たるようになったけど、コントロール難しいし、ボレーとかすぐネットになるし、サーブは遅いし。テニスって難しいんだなぁ」

 両手で抱えたラケットのフレームに顎をのせて、小さく溜息をつく。

 もしかして、あれから、ずっと練習してたのか。わざわざ? 俺に謝る為だけに。

 あの時、八つ当たりしたのは俺の方だった。なのに、先に謝罪された……。 

 俺は、女の横顔を見ていた。大きくはないが黒いハッキリとした瞳に、長い睫毛(まつげ)(かぶ)さっている。すーっと通った鼻筋と細く綺麗な曲線を描く顎のライン。窓から差し込む西日が顔に影を落とすせいで、なんだか悲しげに見えた。

 すると、女が顔を上げて、俺は女の瞳を正面からまともに見る破目になった。

 心臓がドクリと跳ねた。一瞬、息が止まったかと錯覚した。

「智明?」

「っ…………テニスに限らず……簡単なスポーツなんかねぇよ」

 何言ってんだ俺?

 言いながら視線を逸らした。

 違う。そうじゃねぇ。悪かったって言えよ。

「そりゃそうだ。あたし、球技苦手だからなぁ。水泳なら得意なんだけどさ」

 俺には、女の言葉は届いちゃいなかった。

 ただ謝るだけじゃねぇか。簡単だ。悪かったって言うだけだ。わりぃでもいい。

 けど、女を見ると何故か言葉が喉で詰まった。

「……スライスサーブを打ちてぇのか?」

「打ってみたいっ! だって、跳ねないから打ちにくいんだろ? 相手がっ」

 女は無邪気に言った。

「……テニスの事を自分で調べたのか? ラケットまで買って? 守護霊が何でそこまでするんだよ?」

 俺が質問した途端、女の顔から笑顔が消えた。

「まあ、守護霊ってのは本当は違うし。幽霊と天使の間ってとこかな。本来はこうやって人前に出ちゃイケないらしいんだけど……やっぱ、迷惑だったかなぁ? 良く言われたんだよな……親切でも、必ずしもその人が喜ぶとは限らないって」

「……俺の怪我を治すつもりだったとでも、言いたいのか?」

 女は答えなかった。

「……テニスはね、図書館とかで本を閲覧させてもらったんだ。あ、夜中にこっそり見たのは悪いと思ってるから謝るけど、本屋で売り物触るよりいいよな? ラケットは、訳を話したら仲間が作ってくれたんだ。すげぇっしょ?!」

「仲間? 仲間がいるのか? お前と同じ守護霊が?」

「うん、まあね。でも、守護霊じゃないって。天使だよ。もっと翼が大きくて、何でもできるんだ。それに比べたら、あたしは何にも出来ない。天使になったばっかりってのもあるんだけど。でも……上から見てるだけってのは…………」

 だんだんと声が小さくなって、そのうち、女はしゃべらなくなった。

 俯いてはいないがどこか遠くを見てるような視線は、女が今にも泣くんじゃねぇかって、俺は慌てた。

「……わりぃ……」

 言えた。今度はすんなりと、言葉が口から出てきた。

 謝ってる内容は違うが……。

「違うっ、智明のせいじゃないっ。ごめんっ! あたしが自分で沈んじゃってどうすんだよっ、あはは。そんなことより、テニスしよう。な? 智明」

 明るく振舞い始めた女は、俺を期待するような目で見ていた。

 けど、俺は……。

「できねぇよ。俺は、走れねぇんだ」

「……うん。知ってるよ」

「じゃあ――」

「でも、テニスしたいんでしょ?」

 俺の言葉を奪い取った女は、強い視線を外そうとはしなかった。

「走らなくても、テニスすることはできるよ。コートに立つ事だけがテニスじゃないだろっ。生意気な事言ってるかもしんないけど、テニスしたいのに、その気持ちを隠そうとしてる方がおかしいよっ。テニスしたいって言えよっ! 智明!」

 何も言えなかった。こいつの言ってることはいちいちムカツク。

 でも、間違っちゃいねぇんだ。

 俺は、テニスがしたかった。

「……グリップは? セミウェスタンか? それとも――」

「は? セミ? ウェ……? 何て?」

「だからっ、グリップはどうやって……って、お前まさか……おいっ! ラケット握ってみろっ! いいから言われた通りにしろっ、早く!」

「わ、分かったよっ…………はい、これでいい?」

 案の定、女は水色のラケットを両手でギュッと握っていた。

「何だっその握り方はっ?! それじゃ野球じゃねぇかっ! そうじゃねぇっ。本当に本で調べたのかよっ?」

「んと……サーブの打ち方とか? ボレーとか? 線の中に入れればいいんだとか?」

 読んでねぇな、こいつ。普通のテニス解説ならグリップの説明は書いてある筈だ。

「スライスサーブはまだ早い。とりあえず、グリップを固めるぞ」

 ブーブーと文句を言う女をよそに、俺はテニスのDVDと専門雑誌を取り出してベッドに広げた。

 すると、女は俺の顔を見て言った。

「あたし、ルカっていうんだ。ヨロシク、智明」

 満面の笑みだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ