表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

第5話

「白上! 体育祭の種目のことだけどさ……」

 帰宅しようと思って教室を出たところで、クラスの友達に声をかけられた。

 事故にあってから約2ヶ月。暦は10月に入って季節は秋だけど、俺は相変わらずリハビリを続けていた。

「は? 俺、どうせ走れねぇよ」

「ああ、うん。それは分かってるんだけど、それじゃあ、つまらないだろ。だから、走らなくていい種目に参加するのはどうかと思ってさ。せっかくだからメインで。応援団長とかどうよ?」

「……応援? 団長?!」

 驚いた俺を、棚橋(たなはし)は爽やかな笑顔で応対する。

 実行委員長をする責任感の強い優等生の棚橋(たなはし)は、担任の井上からの信頼も厚い。その上、押し付けがましいところがなくて女子からの人気も高いらしい。

 どうせ、お節介な井上に頼まれたんだろう。

「体育祭は生徒全員参加だし、お前だけ不参加っていうのもな。怪我だからムリさせるつもりはないけど、応援なら出来るだろ? やってみないか?」

 全員参加というのは、学校側が決めた強制事項だ。皆で楽しく、なんてもっともらしいことをいってるが、要するにサボる事は許さないってだけだ。

「井上の差し金か? 悪りぃけど、俺は、そういうのはパスだ。応援はどうせ全員でやるんだろ? わざわざ団長やる必要なんかねぇじゃねぇか。話はそれだけか? なら、俺は帰るぜ、じゃあな」

「あ、おいっ。白上! 一応、考えといてくれよっ!」

 棚橋は、後ろから念を押すように言ってきたが、そんなこと考えるまでもなくNGだ。話を聞くだけ面倒だった。

 今月末には一部の連中が妙に張り切ってる体育祭がある。足が完治していない俺に参加種目はない。体育の時間さえ見学しているんだ、当然といえば当然だろう。

 そのことが、担任の井上には気になるらしく、何でもいいから参加しろとしつこい。

 いいかげん、放っておいてくれと俺は思う。忙しい合間を縫って、わざわざ俺のこと考えてくれなくても結構だ。

 リハビリもないのに、俺は早足で靴箱を後にした。

 校門の所までくると、ラケットがボールを打ち込む小気味いい音が響いてきた。それは、随分と遠ざかっていた音だ。

 自然と足が動いた。

 学校の隣に設置されたテニスコート。近づくと、フェンスを通して長方形の砂地の領域が、まだ踏み荒らされる前の状態で広がっていた。

 ボールの跳ねる音は、奥の方からリズムよく響いてくる。多分、誰かが一人で練習しているのだろう。

 まだ、学校が終わったばかりで部活が始まるには早い時間だ。ストロークをする相手がいねぇんだろうな。

 俺は、誰もいない方のコートに近づき、見えないように木の陰に身を寄せてコートを眺めた。

 もう2ヶ月以上もコートには立っていない。走れなくなってから、ラケットも握ってはいなかった。

 夏に出れるはずだった大会も欠場して、リハビリだと言ってはコートから逃げるように遠ざかった。

 井上が俺を気にするのは、部活にも参加していないからだろう。直ぐに復帰できると思っていたのに、テニスどころかまともに走ることも許されていない。

 俺の足は、本当に元に戻るのか?

 命は奇跡的に助かったかもしれないが、その後遺症で一生走ることができねぇ……そういう事なんじゃねぇのか?

 俺は、このままテニスを出来ないまま高校生活を終えるのか……。

 ゾッとした。

 テニス意外の部活動なんて想像できねぇし。

 じゃあ、帰宅部のままってことか?

 毎日ボーっと帰るだけの生活。

「俺は、何の為に生き延びたんだよ」

 なあ? 守護霊さんよ……。

 あれ以来現れない守護霊の女。街中でつい興奮して八つ当たりした俺に、愛想をつかして守護霊をやめたのかもしんねぇ。それとも、テニスが出来なくて悶々としてる俺の幻覚だったのか……。

 今更、どっちだって違いはない。非現実的なもんに(すが)ろうとするなんて、俺はこんなにも弱かったのか……。

「智明っ? そんなとこで何してんだ?」

 ビクッとして振り返ると、ラケットを持ったジャージ姿の影沼がいた。ボーっとしてた俺は、影沼が直ぐ傍まで来てることに気付かなかったらしい。

「……別に」

「見に来たのか?」

 ラケットをさすりながら近寄る影沼は、いつもより話しずらそうだった。

「あぁ、まあ……そんなとこだ。お前は……サーブ? してたのか?」

 影沼の額に汗がとめどなく溢れているのをみて、さっきから響いていたボールの音は影沼だったと気が付いた。

「まあね。誰もいないし、やる事ないから苦手なサーブ練習をちょっとな」

「そうか……」

 二人で顔を見合わせて苦笑した。

 影沼と言葉を交わすのは何日振りだろう?

 特に話題もなく、俺たちは沈黙したまま突っ立っていた。

 先に口を開いたのは影沼だった。

「……ボレーでもしていかないか?」

 思い切って言ってみたというのが分かるように、俺の返事を待つ影沼はどこかそわそわしている。

 ボレー練習なら走る必要はない。

 だけど……。

「いや、遠慮しとく。アップもなしに体動かすのはちょっとな。それに、ラケット持ってきてねぇんだ」

 言い訳だった。

「そっか、それじゃあ仕方ないな。また今度にすっか」

「悪いな」

 影沼は明るく、いいよと笑った。

 俺は、影沼に気を使わせたままその場を後にした。どこか後ろめたくて、気持ちが浮上しないまま俺は帰宅した。

「お兄ちゃん、おかえりーっ。頼まれてた本、部屋に持ってったよー。綺麗に使ってよねっ」

 やたらと明るい3つ年下の妹は、友達と遊びに行くのだと言って俺の脇を駆け抜けた。俺が部活をやってる時は分からなかったが、妹の部活は1日おきらしい。

 2階への階段を登り、西側にある俺の部屋へと向かう。夕方は、西日が差し込んで部屋が朱色になるが、それ以外の明かりは一切差し込まない薄暗い部屋だ。ドアを開けて正面にある机に鞄を置いた。気だるい体をベッドに沈めようと視線を移した時、俺はその先にあるものをみて固まった。

「あ。おかえり、智明」

「なっ!!」

 綺麗に翼を折りたたみ行儀良く俺のベッドに座る守護霊の女。

 何してんだ人の部屋で!? っていうかどっから入った?!

 つーか、勝手にクッション抱えるなっ!

「えっとね、こないだはごめん。悪かった。分かったような事言って。で、色々考えてみて、あたしも智明の気持ちをもっと理解してみようと。だから、えっと……あーーーもう! ってか、スライスサーブ教えてくんない?」

 そう言って笑った守護霊は、どっから持ってきたのかaccessとロゴの入った水色のラケットを俺に見せつけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ