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第4話

 何やってんだ俺は。こんなところで。

 手にとって見ていたマンガの新刊を陳列棚に戻して、俺は本屋を出た。

 外は休日らしい雰囲気に包まれて、濁流のような人ごみが出来ている。どいつもこいつも自分の世界に浸りきって、周りなど気にもしてない。まったくの赤の他人が、こんなにもすぐ近くをすれ違っているってーのに、何の関心も示さねぇ。

 まあ、示されても鬱陶しいだけだが。

 俺は、目的もなくとりあえず足を動かした。

 影沼と別れた後、俺は帰るフリをして街中をぶらついていた。財布は持ってきているが、精力的に買い物をする気分にはなれず、だからと言って、素直に帰る気にもなれなかった。

 テニスをするだけの能力を発揮しない足は、歩くだけなら支障をきたさないのが、あり難くもあり腹立たしくもあった。

 俺は、何となく入ったCDショップで、今まで聞いた事もなかった洋楽のジャケットを眺めながら視聴した。

 何を言ってるのかサッパリ理解できねぇが、言葉の意味を考えずに済むことが今は楽だ。

 家にいても学校にいても、「不幸中の幸い」が俺の代名詞になっていた。事故にあってから病院で目覚めるまで意識不明だった俺には、細かい経緯を説明されても実感が湧いてこねぇ。

 それなのに、「良かったね」とか、「歩けるだけ感謝しなきゃ」jとか勝手な事ぬかしやがる。

 歩けるけど、テニスは出来ねぇんだよっ。確かに、俺たち2年には来年もある。

 けど、俺は走ることから始めなきゃならねぇ。スタートに戻ったどころか、マイナスじゃねぇか。

 夏休みの殆んどをベッドで過ごしたのだ。大会に向けて調整しているはずだったのに。

 いや。将来テニス選手になるとかって夢があるわけでもなく、テニスで飯を食っていこうなんて、思ってもいない。

 じゃあ、なんで俺はこんなにもテニスのことばかり考えているんだ。そんなに好きだったか。

 大会の選考から外れたって、こんなに悩んだりしたことなかった。部内で俺をライバル視してるヤツに試合に負けたって、悔しいと思ったこともなかった。

 俺は、趣味でテニスをしているんだって思ってた。

 視聴してたヘッドホンを外して手にしてたCDを持って会計カウンターへ行く。知らないミュージシャンのCDを差し出すと店員が値段を口にした。

「2580円になります」

 俺は我に返って、店員の顔を見た。店員も値段を言い間違えたんじゃないかと一瞬目線を外したが、俺は後には戻れなくて財布から金を出す。おつりとCDの入った袋を渡されて、自分の取った行動に戸惑いを覚えながら店を出た。

「ホントに何やってんだ……」

 大きな溜息つくと、それは街の喧騒に吸い込まれた。

 俺は、公園というには程遠い小さな広場にあるベンチに腰を下ろした。同じく小さな噴水に流れる水が、太陽の光を反射してまぶしく光る。

 その輝きは、今の俺には刃にしか見えなかった。

「……テニス……してぇなぁ…………」

 今頃は、砂地のコートを自由に走り回っているだろう影沼の姿を脳裏に浮かべた。

「じゃあ、やれば?」

 それは、あの時と同じ女の声だった。

「は?」

 聞こえた! 確かに聞こえたぞっ。俺は急いで振り返った。また、すぐに消えちまうと思ったからだ。

 でも、姿は見えなかった。

「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと待って。えっと……これで、見えるのかな?」

 なんだよ?! 何処にいんだ? どっから声をかけてやがる? きょろきょろと首を左右に振ってた俺は、周囲から見たら不自然だったかもしれない。

 女の声は俺のすぐ近くから聞こえてきた。最初はスピーカーを通したようなこもった声だったのが、少しずつ明瞭になっていく。

「見える? どう? 智明? まだかな? 集中力足りないかな?」

 随分と曖昧なことを言う。その内に、俺の隣に人間の姿がうっすらと浮かび上がった。

「おまっ……誰だ? つーか透けてる」

 人間が突然現れたってのに、俺も我ながら冷静だったと思う。

「え?! 透けてる?! マジで?! まあ、慣れないことしてるし。その内濃くなるよ。たぶん。あはははは」

 笑ってやがる……。なんだこいつ。霊にしては口調が現代風だし、明るすぎねぇか。

「……お前、守護霊なのか……?」

 さっき影沼が、そうかもしれないと言っていた。

「ああ~。守護霊かぁ。んー……そんな感じ? 一応、智明のことを見てるから当たらずも遠からじってとこかな。あたしにもよくわかんないけどね」

 そう言って、女はただ1点を覗いては普通の人間にしか見えない笑顔を浮かべた。姿を通して景色が透ける事もなくなっている。

 女は耳が出るほど短い髪に、ロックなロゴがプリントされた白いTシャツを着て、ジーンズと黒い編み上げブーツ。そして、シルバーの小さなピアスとごっつい指輪をしていた。

 どう見ても、守護霊とかじゃねぇ気がした。

 だけど、人間じゃない事は分かった。

 なぜなら、女の背中には、でっかい翼が生えてたからだ。

「ん? 智明? ああこれ? カッコいいだろ~? ちゃんと飛べるんだよ。ほら? 自分の意思で動くしね。まあ、全部真っ白じゃないのがアレだけど。あ、これも皆に見えてんのかな? ってか、あたしの姿って智明以外にも見えるのか?」

 マンガのファンタジーに出てくる天使のような翼を、女は器用に広げたり畳んだりして俺に見せ付けた。

「さあ? 知らねぇよ。ってかお前何しに現れたんだ? 何で今更守護霊とかって言ってんだよ」

 どうせなら、ケガをしないで済むように事故を防いで欲しかった。八つ当たりめいた感情が俺の中にふつふつと湧き上がってきていた。

「智明、怒ってんの? そりゃ、突然現れて混乱させたりして悪いとは思ってるけど、でもバスの事故ん時にもう見えてたみたいだったし。なんか、話し相手が欲しいかなぁって思ってさ、姿現す方法を教えて貰ったんだけど」

「うるせーよっ。余計なお世話だ! 話す事なんかねぇ」

「え~、そんなに怒らなくたっていいじゃん。さっきテニスしたいって言ってたよね。リハビリ頑張ったら、また走れるようになるよ」

「ふざけんなっ、お前! 勝手な事言ってんじゃねぇよっ。テニスはそんな甘いもんじゃねーんだよっ!! 守護霊だかなんだか知らねぇが、知った風な口きくなっ」

 俺は感情のままにまくし立てた。

 女は、言い終わった俺を黙って見つめて、嫌そうな顔も馬鹿にした顔もしなかった。

「……そうだね。ごめん。あたしはテニスした事なかった。うん、智明の言う通りだ」

 そう言うと、女はまた景色に溶ける様に消えた。

 残された俺は、自分の器の小ささに嫌気がさしてベンチに拳をぶつけていた。


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