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第2話

 長ったらしい井上の話が終わって、やっと放課後になった。

 俺は、鞄をもって廊下へと出る。部活へ行くヤツも、そうでないヤツもみんな同じように楽しそうな顔をしていた。

「智明ー。帰るのかぁ?」

 靴箱からスニーカーを取り出していると、影沼が小走りに近づいてくる所だった。

「やっぱ、部活にはでないのか? ちらっと、顔だけでも出さないか?」

 テニスに真面目な影沼は、次期部長候補として先輩からも信頼され、後輩からも慕われている。だから、躊躇いもなく否定する俺の言動なんか理解できないだろう。

「いや。病院あるし、帰るよ。それに、ラケット振れねぇのにコートに入ってもな……」

「そうか……そうだな。大変そうだけど、リハビリ頑張れよ。じゃあ、俺、部活行くわ。また明日な」

「ああ、また」

 決して嫌味でもなく、爽やかに言葉を残して部室へ向かう影沼を見て、俺はホッとしていた。あいつの事だから、熱血教師バリに部活のなんたるかを語るかと思っていたが。

 あいつなりに、俺を気遣ってくれているんだろう。

 通学に自転車を使っていた俺は、徒歩での道程が思ったりも長い事にうんざりしながらバス停へと向かっていた。

 9月に入ったというのに残暑は厳しくて、顎のラインにそって汗が垂れてくるのが気持ち悪い。

 松葉杖を使わなくても歩く事はできるようになって、まだ2日。足を曲げると間接に痛みが走る。これ以上悪化させない為に極力足を曲げるなと言われた。

 自転車に乗ることもムリなのに、ハードなテニスなんか出来るわけがねぇ。

 影沼みたいにテニスに一途だったわけじゃないが、いざ大会に出れなかった事実にぶち当たったら、怒りで頭が割れそうだった。

 事故も天候による災害で誰のせいでもない。怒りの矛先がなくて俺はしばらく悶々としていた。

 でも、考えたって仕方がねぇ。過ぎた過去は戻ってこねぇんだから。

 そう思い込むことで、俺は平静を保っていた。

 バス停には、既にバスが来ていて、同じ制服の生徒が数名乗り込もうとしているところだった。

 走ることはできないから、そいつらがもたついてくれる事を願って、俺は気持ち足早になった。どうせ、変わらなかっただろうけど。

 帰宅ラッシュにはまだ早いようで、バスは意外と空いていた。座る場所があって助かった。駅までずっと立ちっぱなしじゃあ、車体が揺れる度に痛みに耐えるのが辛い。

 視線のやり場が定まらず、俺は窓の外を眺めた。

 バスの速度に合わせて景色が流れる。信号や軽い渋滞の度にバスが止まると、何故か早く動き出さないかと気持ちが焦った。

 駅までは20分弱かかる。そこから、また別の路線のバスに乗り換えて25分。自転車だったなら、直線的に道を選んでいけるから25分で家に帰ることができるのに。

 もどかしいったらねぇ。

 大通りに出ると、バスは速度を上げた。それでも、バス停でいちいち止まるからイラッとする。

 後10分。携帯の時計を見て、俺は溜息をついていた。

 すると、誰かが「危ない」って言った気がした。顔を上げると、前に座っていた乗客が全員窓にへばりついて、小さな悲鳴を上げたり、危ないを連呼していた。

 俺も同じように、窓の外へ視線を移そうとした、その瞬間――


―― キキキキキーーーッッッ、ドドーーーーーンッッ!!!


 そうして、俺の体は車内の床に放り投げられた。

「っってぇぇぇぇっ」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 その後も、車が激しく揺れて俺は椅子やポールに体を打ちつけていた。何かを掴もうともがいても、体が揺れて自由がきかない。周囲は、乗客の悲鳴と車体を何かが打ち付ける音で満ちていた。


―― ドーーーーーーーーン、ガシャーーンッ!!

 

 でかい音と衝撃を最後に、車体の揺れは収まった。

 車内は、静まり返っていた。ゆっくりと顔を上げる。乗客の一人と目が合うが、すぐに不安そうに視線をさまよわせいた。

 俺と同じように床に投げ出された者もいれば、椅子にしがみ付いている者もいる。

 いったい何が起きたんだ?! なんだこの惨事は! また、事故なのか?! 怪我で夏休みの殆んどを病院のベッドで過ごした事を思い出し、俺はやりきれない気持ちになった。

 刹那、女の声が聞こえた。

「はぁ、危なかった。何とか助けられて、マジ良かった」

「は?」

 俺は声のした方を振り返った。

 でも、そこにいたのはスーツ姿のおっさんで、俺と目があって困惑していた。そのうちに 「大丈夫ですか?」と言われたから、「はい……」と混乱気味に答えた。

 確かに女の声がした。助けられて、とかなんとか言ってなかったか? 空耳なのか?

「大丈夫ですか?! 皆さん、お怪我はありませんか? 怪我をしている方がいましたら手を上げてください」

 叫んだのは、バスの運転手だった。その声を合図に、乗客がざわつき始めた。

 俺は立ち上がろうとして、足に痛みが走り思わずうめき声を上げてしまった。それが災いして、そこから俺は怪我人扱いとなった。

 バスを降りると、車体はボコボコにへこんでいて、あろうことか歩道に乗り上げていた。

 ありえねぇ。なんだこれっ、この状態! どうすりゃこんなことになるんだよ。

 周りは野次馬で騒然としていた。乗客の殆んどは放心状態で無残な姿のバスを眺めていた。

「なんだよ……これ…………」

 そんな言葉しか出てこなかった。

「結構、力使ったなぁ。まあ、いいか。皆、無事みたいだし。あーあ、バスペシャンコだよ。この後の処理は、どうしようかなぁ」

 さっきの女の声だ!

 俺は、反射的に声をした方を振り向いた。

 そこには、確かに女らしき人物が立っていて、そいつと俺の視線が重なった。

「あれ? 見えるの? あらぁ、見えちゃった? おすっ、智明。守護天使です、なんつって。あはは」

 言い終わった女は、信じられねぇ事に、空気に溶けるように消えちまった。


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