第1話
空は澄んだ青。久しぶりに登校した俺の気持ちを表してるかのような快晴だ。
季節は、クソ暑い夏が終わって、これから涼しく快適な秋がやってくる。
それでもまだ、窓際の俺の席は最後の足掻きとでもいうべき太陽光が容赦なく射し込んでくる。
「おいっ、智明。もう、怪我は大丈夫なのか?」
昼休みになった途端に、隣のクラスからやってきた高校生にしては厳つい顔つきのこいつは、俺の親友で幼馴染。
幼稚園から一緒だ。
「ああ、まあな」
「完治したのかよ? 部活は出来るのか? それにしても災難だったよなぁ・・・・・・でも生きてるんだから不幸中の幸いか」
人の不幸を笑いの種にするのが学生の定石なのに、律儀に俺のケガの具合を心配するのは、こいつ、影沼弘幸のいいところだと、俺も素直に認めている。
「テニスはしばらくムリだな。リハビリにも通わないといけねぇし。日常生活には問題ねぇとか言われたけど」
「リハビリかぁ・・・・・・」
勝手に俺の前の席に座って、影沼は思案顔になった。
「白上くん」
「あ?」
振り返ると、購買の紙袋を抱えた女子が、少し距離を取る様にこっちを見てた。
「あの・・・・・・井上先生が、その、話があるから職員室まで来るようにって・・・・・・」
その怯え方は過剰じゃねぇか。
「ああ、そ」
俺が返事をしたのを確認すると彼女は、睨んだわけでもねぇのに、数人の女子とお互いを庇い合うようにしてそそくさと教室を出て行った。
「おまえさぁ。もうちょっと普通にできないの?」
影沼が溜息まじりに言う。
「なんだよ、普通って」
「だからさ、笑うとか。それがダメなら、ありがとうとかさ。怯えてたじゃん」
「はぁ? そんなの向こうが勝手にやってるだけだろっ。つーか、笑うって何だよ」
そんなことできるかっ。俺が何かしたわけでもねぇのに。
俺が職員室に行く為に立ち上がると、影沼は 「また、放課後に」 と言って自分の教室に帰っていった。
廊下は、これから昼飯を食べようとする生徒達でざわついていた。
職員室は北校舎の2階にある。南校舎の3階にある俺の教室からは少し離れている。
井上は、俺の担任で、神経質なくらい生徒の心配をする教師だ。それを鬱陶しがって反抗する生徒もいるが、それがかえって井上の責任感に火をつけているのは分からないらしい。
その井上が俺を呼び出す理由は、だいたい検討がついた。
夏休みに入った途端、家族で行った旅行先で俺達は事故にあった。家族は皆軽傷で、俺だけが1週間意識不明の重態だった。意識が回復して起き上がれるようになると、命を取り留めたのが不思議なくらいだったと医者に言われた。親父は、ゴキブリ並みの生命力だと言って笑ったが、お袋は、何も言わずにずっと泣いたままだった。
いつも生意気な妹でさえ、泣き崩れるしまつだった。
俺としては、記憶が事故の直後で止まっていて痛みも感じていなかったから、その時は何が起こったのかさっぱりだった。いきなり目の前で家族が泣いたり喜んだりしているのを見せられて、正直困惑したし。
その後、家族と医者から説明をうけて、包帯やらギプスやらで固めてあった俺の体を見て状況を把握したんだ。
まだ、夏休みに入ったばかりだったのに。俺の夏は、意気込んでいたような幸せをゲットできずに、むしろ悲惨な思い出と傷跡を残して終わった。
「白上、こっちだ」
昼休みモードな職員室に入ろうとすると、後ろから井上に声をかけられた。
井上は小脇に教科書らしきものを抱えて俺を手招きしてた。174センチある俺を上から見下ろす井上はひょろりとしていて、見た目からは想像できないが運動神経はいい。
案内されたのは、印刷室。といっても、普通の教室にただコピー機や印刷機を沢山並べただけの部屋だ。
「お前、レポートを書いてこい」
「は?」
井上の話はいつも唐突すぎる。
「夏休みの宿題は免除にしてやる。他の教科の先生達にも許可はとってあるから、レポートを原稿用紙で最低20枚書け」
「20枚?!」
貴重な夏休みは、一週間前に終わってしまっていた。ずっと入院してたわけじゃないけど、殆んどをベッドの上で過ごしてすげぇ退屈だった。
それにしても20枚は多すぎだろ?! それなら普通に夏休みの宿題を終わらせた方が楽だぜ。
「期限は9月中だ。なんでもいいぞ、本の感想文でも事故についての作文でも、会計学についてでも」
会計学なんてぜってー書かねぇ! にやついてんじゃねぇよ、井上。
「それから、部活はしばらく休め。医者の許可が下りたら試合にも出してやる。それまでは大人しくリハビリに専念しろ、いいな」
井上は、担任であると同時に俺が所属するテニス部の顧問でもある。
「・・・・・・わかりました」
「それだけだ。戻っていいぞ」
井上に印刷室を追い出されて俺の足は教室へと向かった。
怪我の心配じゃないのか。てっきり、しつこいくらいに追求されると思ってたのに。ちょっと拍子抜けだ。
別に心配してほしかったわけじゃない。鬱陶しいことを覚悟してたのに、案外あっさりしてたと思っただけだ。
「どうやって書くんだよ、レポートって」
溜息をつきながら、俺はすり変わった宿題の内容にげんなりしていた。