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第11話

 宿題の論文を担任の井上に提出する為に行っていた職員室から戻ると、影沼が俺の席に座っていた。

「お! やっと戻ってきた。一緒に帰ろうぜ」

 なんだよ、急に。

「部活は、どうしたんだ?」

「今日は休みなんだ」

 それで、井上がまだ職員室にいたのか。

「いいけど、なんかするのか?」

 影沼が俺のところに来るのは、テニス関連か買い物に付き合ってほしい時くらいだ。

「ああ、三浦さんに呼ばれたんだ」

「三浦さんに? 何でまた? ガットはこないだ買ったばっかだろ?」

 俺は、机の上に準備しておいた鞄を脇に抱えた。すると、影沼も席を立つ。

「そうなんだけど。俺も良く分からないんだ。ただ、時間のある時に智明と一緒に店に来てくれって言われたから」

「ふーん」

 なんだろう? また何かイベントでも催すのか?

 俺達は二人で並んでゲタ箱へと向かった。





 まだ4時前。平日の街中はガランとしていた。

「ちわーっス」

 相変わらず、影沼の声はでかい。幸いにも客がいなかったので恥ずかしい思いはしなくて済んだ。

 レジカウンターへ向かうと、三浦さんではなく若い男のスタッフが立っていた。

「三浦さん、いねぇな。今日来るって言ってあったのか?」

「いや。いつでもいいって言ってたから……」

 影沼が首を横に振る。

 アポなしかよ。

 そんな俺達の会話が届いていたのか、カウンターにいたスタッフが奥を覗いて声を張り上げた。

「オーーナーー! お客さん来てますよー」

 呼ばれて慌てたのか、店の奥から出てきた三浦さんは、商品の入っていたらしい小箱を抱えていた。

「おおう。お前らか。呼びつけて悪かったな。えっと、どうするかな? まだ整理できてないんだよな」

 店の仕事が忙しかったのかもしれない。

 三浦さんはキョロキョロしながら、どうしようか迷っている様子だ。

「あの、忙しいなら俺達出直しますけど?」

「いや、そうじゃないんだ。じゃあ、とりあえずこっちへ」

 そういうと、小箱を抱えた三浦さんは俺達をスタッフルームへと案内した。

 そこには、三浦さんくらいの背丈のロッカーと、簡素なパイプ机が置いてあり、隅に追いやるようにダンボールが積み重なっていた。

「えっと……話って何でしょうか?」

 見た目とは裏腹に小心者の影沼は、いつもとは違う三浦さんの対応に耐えられなくなったのだろう。

 動揺気味だ。

「ああ、まずは座れ。えっと、この間は交流試合の手伝いをありがとう。おかげで順調に終わらせる事ができたよ。助かった」

 三浦さんの表情はいつもと同じ爽やかな笑顔なのに、どこか落ち着かない印象を受けた。

「いえ、こちらこそ楽しかったっス。またいつでも呼んで下さい」

 なんだそんなことか、とホッとしたように影沼が言った。

「それで、今日は、わざわざ来てもらって悪かったな。まあ、あれだ。話ってのは、俺の個人的なことなんだが……」

 歯切れが悪かった。こんな三浦さんは始めてみた。

「何かあったんですか?」

 思わず問い返した。

「うーん、嫌、あったっていうか、別にないっていうか……それは、いいとして。実は……店をやめる事にしたんだ」

 は?

「ええぇぇぇぇぇっ!!」

 呆然とする俺の横で、影沼が叫ぶ。

 一瞬、何事かとスタッフが覗きにきた。

「と言っても店はなくならないんだけどな。俺は完全に畳むつもりでいたんだけど、仲間達が協力してくれる事になって。お前達みたいなヒヨっ子少年もいる事だし、店だけは残すことにしたんだ」

「何で? どうしてっスか!?」

 意外にも影沼が食い下がる。

「まあ、俺にも一応色々あってさ。実は、アメリカへ行くんだ。いつ帰ってくるかは決めてない。向こうでプロサーファーのタイトルを取るつもりなんだ」

 そういう三浦さんの目は、しっかりと上を向いていた。迷っている様子は微塵もなかった。

 アメリカなんて、スケールがでかすぎる。そんな簡単にタイトルなんて取れるもんなんだろうか。

 俺には分からないが。

「そう……なんスか……なんか、すごいっスね!」

「ははっ、すごくはないさ。そんな簡単に世界に通用するわけもないしな。でも一人で悶々としてても何も始まらないから」

 なんか、俺のことを言われてるみたいだった。

「いつ出発するんスか?」

「なるべく早くだな。なんだかんだ理由つけてずっとウジウジしてたからなぁ。やってもいないのに出来ないって決め付けて……そしたら迷ってる時に不幸が降って湧いて。そのまま、それに縋り付いて自分を正当化しちまったんだな。俺にはこんな不幸があるから出来ないんだ、ってな」

 三浦さんの瞳は、俺の目をジッと見つめていた。

 ああ、きっとコレは俺の事だ。

 三浦さんには、俺みたいなヒヨッ子の事はお見通しだったんだ。

「だから、とりあえず、アメリカへ行く。んで、ボロボロになるまで、メッタ打ちに打ちのめされてくるさ。それでも、根性で這い(つくば)って足掻(あが)いて。そしたら、胸張って帰ってくるからさ」

 三浦さんは、とても気持ち良さそうに笑っていた。

「寂しくなるっスね……」

 影沼がいうと、三浦さんは俺と影沼の頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

「んで、本題はこっちだ。俺が使ってたラケットとかお前達にやろうと思ってさ。持ってくか?」

 そういうと、三浦さんはダンボールの中から、無造作に詰め込んであったらしい使い込んだラケットや、まだ未使用のテニスボールなんかを取り出した。靴まであるが、サイズが合わない。

「いいんスか!? ありがとうございますっ! お、このダンプもらい……ん? 何だこれ?」

 楽しそうに物色している影沼が、ふと怪訝(けげん)そうに何かを拾い上げた。

 その手に納まっていた物は――指輪だ。

 しかも、俺はその指輪に見覚えがあった。

「ん? ああ、こんなところにあったのか。悪い、それは俺んだ」

 影沼から受け取ると、三浦さんはその指輪をネックレスのチェーンに通して、首にかけた。

「カッコいいっスね。竜? ですか?」

「いや、海の波をイメージして作ってもらったんだ。俺にとっては……絆みたいなもんかな」

「へ~」

 良く理解出来ていなそうな影沼の前で、三浦さんは照れくさそうにはにかんだ。

 そして、その首に掛かっていたのは、紛れもなくルカがしていたのと同じ指輪だった。

「……それって、オーダーなんですか?」

 聞かずにはいられなかった。

 ルカと同じ指輪。お揃いで持つなんて、理由は一つくらいしか思い浮かばない。

「ああ、オーダーした1点ものだ。ペアだから、物は2つだけどな」

 雷に打たれたような衝撃を受けた。

 じゃあ、ルカは……。

「へぇ~、ペアなんスね。ってことは、彼女いるんスね三浦さん」

 からかう様に影沼が言うと、三浦さんは酷く辛そうな顔をした。

「いや……もう、いないんだ」

 それは、かろうじて絞り出した様な声だった。


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