囚人
彼女のことが好きだ。
僕を退屈な人間にさせるあの城が嫌いだった。個性を潰し、型に押し込め、あらゆる行動が憚られるあの収容所が嫌いだった。12年間、色々なことがあった。だけど、僕は一度たりとも、それを好きになることは無かった。
友達は出来た。だけど、他の人たちとは、あるいはその友達とも、システマティックな会話をするまでだった。挨拶をすれば返し、されなければしない。簡単な条件分岐だった。
下らない、下らないことからやっと釈放される時が来る。心残りなど無い。最初から、この場所に心など無かったのだ。
…だけど、その中にも、唯一の安らぎがあった。あの彼女のことだ。
彼女もまた、外面は身にこびりつくプログラムを常時実行するロボットに見える。だが、その内面は違った。僕が初めて彼女の内面を見た時、例外が起きたのだった。
告白という文化に敢えて乗ろうと思った。これがDNAに記述された獣臭い機能だとしても、そんなことはどうでもよかった。
とある日のことだ。釈放が近づく中、この日が最後のチャンスだと思った。時間がない。彼女がいま何処にいるかは知っていた。 文明とはこういう所で役に立つのだ。僕はスマホの画面を見ながら、屋上行きの階段に差しかかろうとしていた。そうして、画面に釘付けの目線を無理やり上にあげる。
そうしたら、
美しい光景が僕を待っていた。
彼女は踊り場で座り込み、光を失った目を少し開けて、俯いている。そのシルクのような髪は、まるで可憐に咲く薔薇のように、紅く染められていた。
ぴちゃん。
階段を一段一段降りていく、雫が見えた。赤い雫である。彼女を象徴する色だと思った。でも、やがて醜い黒のシミに変わることも明白であった。
スマホはどこかに行っていた。僕にはもう必要のないものだった。階段を、一段一段上がっていく。そうすると、一段一段降りていく雫と、すれ違う。途中、邪魔なものがあったので、どかす。そして、ついに彼女の前まで来る。
「あなたのことが、好きです」
返事はない。
ただの、