無敵な公爵令嬢は殺人を犯したようです?
二年程前に思いついた小説の供養です。
ご都合主義で、めちゃくちゃな部分もあるかと思いますので、何も考えずに読んでいただけると幸いです!
推理ジャンルで投稿したものの、合っているかどうかわかりません。ご意見いただけると助かります。
デビュタント。それは貴族にとって、正式な社交界入りへの扉であり、即ち成人だと認められる儀式である。デビュタントを迎える貴族たちは皆、王宮でのパーティーに招待される。そこで国王陛下と王妃殿下から直々に名前を呼ばれることにより、大人だと認められる。
そんなデビュタントの前日、公爵令嬢であるメアリ・ペンネの元に届いたのは、パーティーへの招待状……ではなく、令状であった。
『――メアリ・ペンネ公爵令嬢
貴殿にハンネ・ベルーナ伯爵令嬢殺害の疑いがかかっております。
つきましては事情を徴収したく、明日の午前十時、王宮にてお待ちしております。』
丁寧であるものの、否やを許さない文面と差出人を示す月の紋章。さすがは優秀と言われる宵闇団なだけある、とメアリは目を伏せた。
この国には騎士団があり、そのツートップが宵闇団と東雲団だ。表舞台で活動することが多い東雲団に対して、裏で活動するのが宵闇団である。表立って報道されることはないが、悪徳領主が忽然と姿を消したり国王への反逆の意思があると言われていた大臣が辞職をするなどの裏に宵闇団が関わっていると貴族の中ではまことしやかに囁かれている。もちろん、平民の知るところではないのだが。
そんな宵闇団からの直々の呼び出しだ。彼らはメアリが犯人だという確たる証拠をもって問い詰めるのだろう。明日は大変な一日になりそうだと思いながら、メアリは部屋の呼び鈴を鳴らした。
「お嬢様、お呼びでしょうか」
そう言って現れたのは専属侍女のカエラだ。呼び鈴を押した直後には扉がノックされた。優秀で忠実なメアリの侍女である。
「お父様とお母様に話があると伝えてちょうだい。それからさっきこの手紙を受け取った者を呼んで欲しいの」
「かしこまりました」
明日のためにまずは家族で情報共有と自分自身での情報収集だ。カエラが去っていったドアを見つめながら紙とペンを引き出しから出した。
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翌日、メアリはカエラと共に王宮へ向かった。簡素な一室に通されて待つこと数十分。
現れたのは一人の騎士だった。
「あら。宵闇団からの呼び出しと聞いていたのだけれど……個人的な呼び出しなのでしょうか。ユーリ・クルル侯爵?」
ユーリ・クルル侯爵。宵闇団に所属する騎士であると共に、今回殺害されたハンネ・ベルーナ伯爵令嬢の婚約者である。侯爵は不快な顔を隠しもせず、メアリを睨みつける。
「ペンネ公爵令嬢。ご足労感謝する」
それでも一応体面だけは取り繕うらしい。メアリからの問いかけには答えず、淡々と事情聴取を始めようとする。
「あくまで宵闇団としての聴取ということにするのですね。わかりましたわ。まずは私に殺害容疑がかかっている証拠を出して頂けますか?」
お互い手早く済ませたいのは一緒だ。彼は手元の魔水晶を起動させた。この魔水晶というものは、王宮の各場所に配置されており、そこで起きた全ての事象を記録している。起動させることでその映像を再生することができるのだ。おそらく、ハンネ殺害の現場にも設置されていたのだろう。
再生された映像にはハンネとメアリが映る。ハンネが後ろを向いている間にメアリは後ろ手に隠した刃物を出し、そのまま……。
「これで言い逃れはできないだろう。ハンネをこんな目に合わせた犯人は貴殿しかいない!」と怒鳴りつける侯爵。
「落ち着いて下さいませ、クルル侯爵。これでは証拠とは言えませんわ」
「言い逃れをするつもりか」
メアリを睨みつける侯爵。今にも殴りかかりそうな勢いである。
「事件が起きたのが昨日。そして解析魔法には少なくとも一日はかかりますわよね? 貴方様はそれを知っているはずですわ。かの宵闇団の騎士ですもの」
「そ、れは……」
解析魔法とは、魔水晶に記録された情報が魔法によって改竄されていないかを調べるもの。事件前後の数時間を解析する技術はまだなく、一日単位で解析するしかないため、丸一日はかかる作業である。
メアリは手紙が送られてきてから、家族と共に事件のあらましを調べ、事件がいつ起きたかを把握していた。だからこそ、魔水晶がまだ解析にかけられていないことを知っていたのだ。
「まさか、騎士様たるものが正当な手段で証拠を調べもせず、私を犯人だなんておっしゃいませんよね?」
「だが、彼女は君に嫌がらせをされていたと……」
「ですから、それはどこからの情報ですの? 本当に彼女から直接私に嫌がらせをされていると聞いたのですか?」
メアリは一呼吸おいて静かに話し出した。
「あぁ。全てわかりましたわ。本当に彼女を傷付けたのが誰なのか。きちんと調べもせずに私を犯人呼ばわりし、ほとんど関わりのない彼女に嫌がらせをしたなどとでっちあげ、あまつさえ宵闇団の権限を乱用して個人的に尋問するなんて。それで得をする人なんて、一人しかありませんわ。ねぇ、クルル侯爵?」
「なっ……」
メアリは侯爵をキッと睨みつけた。侯爵は呆気に取られて、言葉を発せなかった。
「私が犯人だと言いたいのか!」
「そうですわ。先程申し上げた通り貴方の行動にはいくつも怪しい点がある。宵闇団の判子を勝手に使って私に令状を送ったのは不用意でしたわね」
「戯言を……」
「では、宵闇団の皆様に判断して頂きましょう。やましいことがないなら来て頂けますわよね?」
メアリは立ち上がって服の裾を整えると、カエラを伴って部屋を出ようとした。
「これで事件も解決ね」と不敵に微笑みながら。
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『【ハンネ・ベルーナ伯爵令嬢殺害の犯人逮捕】
ハンネ・ベルーナ伯爵令嬢(18)が殺害された事件で、今日宵闇団所属の侍女、ルリ・ラウラ容疑者(20)が逮捕された。宵闇団の調べによると、容疑者はユーリ・クルル侯爵(20)に想いを寄せており、侯爵の婚約者であるベルーナ伯爵令嬢を殺害したとみられている。容疑者は――』
(××年×月×日、新聞より一部抜粋)
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「と、前置きはここまでにして」
メアリは一旦ドアノブから手を離し、侯爵の方へ向き直った。かと思えば再びドアノブに手をかけ、一気にドアを開けた。
「キャッ!」
声の主を見ると、宵闇団の侍女であった。青ざめた顔でメアリ達の方を見ている。
「ようやくお会いできましたわね。真犯人さん」
「なっ……真犯人だと!?」
「えぇ。犯人は私でも侯爵でもなくここにいる彼女ですわ」
侍女はふるふると首を横に振り、否定する。
しかし、そんな否定を誰が信じようか。
「愛する侯爵が犯人にされようとして、多少なりとも動揺したでしょう? 貴女の心拍数、聞こえていてよ」
そう。メアリは全属性魔法適性の持ち主。魔水晶に施された改竄魔法も、ドアの外で聞き耳を立てている人物の気配も、その心拍数ですらメアリにはお見通しなのだ。
だからこそ、この侍女こそがハンネを殺害し、魔水晶を改竄したと分かった。
おそらく彼女は、メアリが呼び出されて容疑者となったことに安堵しただろう。ドア越しに会話を聞き、すぐにその場を去るつもりだったはずだ。だが、途中から雲行きが怪しくなった。なぜか容疑が彼女の愛する人に向けられかけようとしている。心拍数が上がってしまうのも自然なことだ。
「あぁっ……」
一連の行動と思考を全て読み当てられて、侍女はくずおれた。
その後すぐに宵闇団の騎士達が現れて彼女を連行して行った。タイミングを見計らって、カエラが呼びに行ったようだ。
騎士達が去った後、侯爵は呆然と立っていた。犯人を自分で見つけて婚約者の敵を打ちたかったのだろう。その衝動的な行動で冤罪を起こしそうになり、あろうことかその相手に真犯人を見つけられる始末。そして犯人は宵闇団預かりとなり、侯爵が処罰することもかなわなくなったのだ。
もっとも、個人的に処罰するなどということは、宵闇団の管轄外であっても許されないことだが。
しばらく間が空いたのち、侯爵はメアリに向かって頭を下げた。
「メアリ・ペンネ公爵令嬢。この度は大変申し訳なかった。貴女のことを犯人だなどと決めつけてしまった。ハンネのことで頭に血が上っていて……私は、冤罪を生み出してしまうところだった……」
メアリは無言のまま続きを促した。
「宵闇団で、入団試験からやり直したいと思う。今度こそ、一時の感情に流されず冤罪を生み出さないと誓う」
冤罪騒動の中心となった侯爵は、宵闇団から除籍されるだろう。騎士にとっては大変不名誉なことだ。また、試験を受けたからといって再度入団できる保証もない。
「宵闇団での侯爵の噂はかねがね伺っておりましたわ。侯爵に救われた人々がいることも知っております。今度こそ、冤罪を起こさないでくださいね」
メアリに言えたことはそれだけだった。侯爵は力なく同僚の騎士達に連れられて去って行った。
そしてメアリは思い出す。
「カエラ、急がないとデビュタントに間に合わなくなってしまうわ!」
そう、今日は貴族としての門出を祝う日。なにもこんなめでたい日に聴取をしなくても良かったのではないか。大人しく解析魔法が終わるのを待ってから正規の手続きを取ってくれていれば……と今はいない侯爵に文句を言いたくなる。
宵闇団の紋章付きの令状が届いた時点で、侯爵が独断によるものであれその効力は発揮される。だから昨夜時点でメアリは家族と相談し、聴取が終わり次第超特急で準備をすることとしていた。
「今から帰ればギリギリ間に合うってとこかしらね……」
「お嬢様、すでに馬車の用意はできております」
「さすがはカエラ。すぐに行きましょう」
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かの事件などまるでなかったかのように、デビュタントは進行する。
国王陛下からの挨拶に始まり、国歌の斉唱と信仰神への祈りの時間を経て、次はいよいよデビュタントの儀式だ。
陛下に名前を呼ばれる順番は家格順であるため、公爵令嬢であるメアリは最初だった。
メアリは元々陛下とは面識がある。公爵夫人である母が陛下の妹で、メアリにとっては叔父に当たる。小さい頃はたまに国王夫妻に遊んでもらっていた。
玉座の前に立ち、カーテシーをした後に陛下にこっそり告げられる。
「メアリ、今回のこと済まなかったな……。クルル侯爵の独断で私達も知らなかったのだ」
王妃殿下もそれに続く。
「真犯人を見つけてくれたこと、感謝するわ」
二人の言葉に対してメアリも小声で返す。
「お役に立てて光栄ですわ」
そして内緒話はここまでという風に二人は真剣な顔になり、
「「メアリ・ペンネ公爵令嬢。今日をもって貴殿を貴族の一員と認める」認めます」
メアリは正式に成人となった。
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その後、改めて正式に調査がなされ、容疑者のルリは無期懲役を言い渡された。
クルル侯爵は宵闇団を除籍され、侯爵から伯爵へと降爵処分を受けた。入団試験からやり直すと言った言葉は真実となった。彼はもう二度と冤罪を起こさないように、公平誠実な騎士であり続けることだろう。
そしてメアリは。
今回の功績が讃えられ、宵闇団の特別顧問という地位を授けられることとなった。メアリに授与するためだけに新しく陛下が作った地位である。毎年一定額の給金が支払われる代わりに、難事件や未解決事件にメアリの能力を貸すのだ。姪のメアリに対して一定の名誉を与えると同時に、その能力を国のために生かしてほしいという目論見も伺える。流石は国王陛下である。
この話はメアリにとっても都合が良かった。メアリは公爵令嬢でありながら、結婚に対しては消極的な考えの持ち主であった。公爵家を継ぐのは弟であり、そうなるとどこかに嫁がなければならないことになる。貴族の生きていく道として仕方のないことだと理解はしており、デビュタントを終えてから本格的に婚約者を探す予定であった。だが、ちょうどそのタイミングで特別顧問という地位が舞い降りてきた。貴族社会での地位を自身で手に入れたメアリには、結婚が必要不可欠なものではなくなったのだ。
特別顧問が新設される前に陛下が非公式にメアリを呼び出して尋ねた。
「メアリ。今回の褒賞は何がいい。ひとまず何でも言ってみなさい」
「陛下から頂けるものでしたら何でもありがたく頂きますわ」
「そうか。では言い方を変えよう。金銭か地位かどちらがいい」
この陛下、もとい叔父はメアリのことをよく分かっている。メアリが確実に望んでいるものを選択肢として提示したのだから。
「でしたら陛下、いえ叔父様。私は地位を望みますわ」
こうして、デビュタント直後にメアリは特別顧問として宵闇団に就職したのだ。メアリに結婚願望がないことを知っていた家族は苦笑いしながらも、新しい門出を祝った。
その後のメアリの活躍については、言うまでもない。
ただ一つ、メアリ・ペンネ元公爵令嬢は宵闇団特別顧問として、その生涯をかけて国を支えたということだけを記しておく。
ここまで読んでくださった神様のような方!ありがとうございます(*^^*)
また別の作品でお会いできることを願って。