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CASE.3 爆弾魔 中編

       3


 ひよりからだ。

「吉原さん?」

『たぶん、こういうことだと思うんです』

 ひよりと結城が、被害者──坂田信夫に会いにいったという。そして、不審なものを感じたそうだ。

 保険金詐欺なのではないかと。

『どう思います?』

「そうだね」

『もっと坂田信夫を調べたほうがいいですか?』

 そういうセリフは、まるで本物の刑事みたいだった。

「いや、その事件の担当だった警察官を調べてもらいたいんだ」

『え?』

「現場じゃなくて、責任者を調べてほしい」

『責任者、ですか?』

「うん」

『となりに結城さんがいますから、すぐ伝えます。あ、っていうか、犯人のひと、聞いてますよね?』

 ひよりは、例の声に呼びかけていた。

『これ直接、桑島さんが話してもよくないですか?』

『認めません。ルールですから』

 声は言った。

『わかりました!』

 不機嫌そうな返事をして、しばらく無言になった。結城に伝えているのだろう。

『当時の刑事課長は、すでに退職されてるそうです。その方に会ったほうがいいですか?』

「いまなにをしているのかわかるの?」

『ちょっと待ってください』

 五分ほど待った。

『警備会社に再就職しているそうです。ここからすぐの場所なので、行ってみます』


     * * *


 次に訪れたのは、警備会社だ。自社ビルをもっているようで、かなり規模の大きなところだった。

「ここ、警察のОBが多く再就職する会社なのよ」

 結城が、遠慮がちな発言をした。

 当時の刑事課長だった松尾という元警察官を、受付で呼び出してもらった。

 やって来たのは、中年の男性だ。定年退職しているのだとしたら六十代以降のはずだが、まだ五十代ぐらいにしか見えない。

「現役さんが、なんの用ですか?」

 松尾は、毅然とした態度の男性で、まさに管理職が似合いそうだった。

 一階がロビーのようなつくりになっているので、そこに設置されていたイスに三人で腰かけた。

「あの、松尾さんは、三年前におこった新宿駅の傷害事件をおぼえていますか?」

 ひよりが切り出した。となりで結城が怖い顔になっていた。

「君は、ずいぶん若いね。君も一課なの?」

 それには、笑顔でごまかした。

「それで……」

「傷害事件だったね。新宿駅……どんな事件だったかな?」

「坂田信夫という男性が襲われた事件です」 

 しっかりと結城が伝えた。

「うーん、すまないね、覚えてないよ」

 嘘を語っている様子はない。新宿駅での事件ということは、この松尾は新宿署の刑事課長だったということになる。新宿署は管内で多くの事件をあつかっているはずだ。いや、全国でも一番多忙になるだろうか。その課長職になった人物が、小さな事件を覚えていることのほうが難しい。

「で、その事件がどうかしたんですか?」

 結城がなにかを答えようとしていたが、かまわずにひよりが横から入り込んだ。

「その事件は、保険金詐欺の可能性があります」

「詐欺? だったら、その方向で捜査されているはずだよ」

「いえ、その捜査は打ち切られているようです」

「……」

 松尾は、押し黙った。

 思い当たることがある──というよりも、思い出したというべきだろうか。

「なにかあるんですか?」

 ひよりは、さらに切り込んだ。

「い、いや……」

 狼狽している。

 と、電話がかかってきた。桑島からだった。

『どうですか?』

「いま、ちょうど……」

 松尾という当時の刑事課長と会っていることを説明した。

「なにか質問したいことはありますか?」

『息子さんの所在をお願いします』

「え? 息子?」

 ひよりのつぶやきを耳にした結城が、不思議そうな顔になっていた。

「息子がなんですって?」

「息子さんの所在を確認してくれって」

 桑島の言葉をそのまま伝える。

「松尾さんには息子さんがいますか?」

「……いますが、それがなにか?」

 松尾の様子が、あきらかにおかしくなっていた。まるで、そのことには触れられたくないかのように。

「いるみたいです……」

『そうですか』

「桑島さん?」

『犯人は、もうわかっています』

「え?」

 思いがけない言葉だった。

「まさか、その息子さんですか?」

『はい』

 桑島の返事に迷いはなかった。

『スピーカーにしてください』

「大丈夫ですか? ルール違反になりませんか?」

『大丈夫だよ』

 桑島に迷いはなかった。指示どおりにした。

『松尾さん、あなたの息子が犯人です』

 冷静に桑島の声が響いた。

「は、犯人? なんの犯人だというんですか?」

 もちろん、この声はすぐ近くにいる松尾にも届いている。

『あなたの息子さんは、保険金詐欺をはたらいていた。その尻ぬぐいをしていたのが、あなただ』

「な、なんの証拠があって!」

『これは、捜査ではないんです。三年前の件は、べつのだれかが追求するでしょう』

「な、なんのことを言ってるんですか!?」

 松尾は、憤慨していた。正直、ひよりにも理解できていなかった。結城の表情を見ても、同じ気持ちらしい。

「く、桑島さん?」

 そこで気がついた。桑島は、三年前の事件のことを言っているのではない。

「まさか、犯人って……」

『そうです。ぼくを監禁した犯人が、あなたの息子さんです。そうですよね?』

『くくく』

 今回の通話では黙っていた例の声だ。

「あなたが、松尾さんの息子さん?」

『さすがです、桑島警視』

 声は認めた。これまでとはちがって機械を通したものではなく、自然な声だった。

「ど、どういうことなんだ? 政孝? 政孝なのか?」

『そうだよ、親父』

「か、監禁って……おまえ、なにしたんだ!?」

『また親父がもみ消してくれるだろ?』

「ふ、ふざけるな! もう私は、警察官じゃないんだ!」

 松尾が激昂していた。いや、絶望と呼んだほうがいいだろうか。

『松尾さんは、定年前に退職されたんじゃないですか? 息子さんが原因で』

 桑島の声に、松尾はうなずいたようにみえた。

「松尾さん? そうなんですか?」

 結城が追撃した。

「……そ、そうです」

 あきらめたように、うなだれた。

「松尾政孝さんでいいんですよね?」

 ひよりは、例の声に呼びかけた。

『そうですよ』

 この犯人は、身元を隠すつもりはないのだ。というより、自身のことを調べさせた。

「桑島さんは、事件の犯人をみつけました。被害者ということになっている坂口信夫と、あなたが結託して保険金詐欺をはたらいていた……そうですよね?」

『そのとおりです』

「では桑島さんを、すぐに解放してください!」

『まだですよ。ここからが本番です』

「ルールを破るんですか?」

『いえ、あなたは聞いていないでしょうけど、私は「まずは」と最初に言っています。ですよね、桑島さん?』

「桑島さん?」

『そのとおりです』

 たとえそうだったとしても、納得のできるものではない。

「いいかげんにしてください!」

『そう怒らないでください。次の事件を解決してくれたら、本当に解放します』

「信じられません! それに、またあなたが犯人なんじゃないですか?」

『いいえ、今度は本当に犯人がわからないから、捜査してもらいたいんです』

「……」

 ひよりは、悔しさに身体が張り裂けそうだった。ここでゴネたとしても、結局は桑島を人質にとっているこの男の言いなりにならなければいけないのだ。

「はやく言ってください!」

『本来なら桑島さんにだけ伝えるのがルールなんですが、まあいいでしょう。事件は一年前におきました』

 渋谷にある飲食店で発生した傷害致死事件の概要を声は語った。

 客同士が喧嘩となり、片方の男性が所持していたナイフで相手を刺してしまった。そんなどこにでもありそうな事件だった。

「その事件を解決すればいいんですね?」

『そうです。私は、真相を知りたい』


       4


 ひよりとの通話は終えていた。

『なにか言いたいことがありそうですね』

 声が言った。松尾政孝という名前になるはずだ。

「名前はまだ、カムロと呼んだほうがいいですか?」

『そうですね……そうしてください』

「どうして、詐欺に加担したんですか?」

 主犯の可能性が高いが、桑島はそういう訊き方をした。

『私は、クズでした。おもしろ半分でなんでもやった。詐欺なんて、まだかわいいほうだ』

「……」

『そのたびに親父をつかって、もみ消してもらった』

「どうしていまになって、こんなことを?」

『私も変わったんだ』

「もうクズではないということですか?」

『皮肉ですね? あなたにこんなことをしているのですから、そう思うのも当然です』

「……」

『けじめ、という表現は陳腐でしょうか?』

「渋谷の傷害致死と関係しているんですか?」

『あのお嬢さんに言ったとおり、犯人ではありませんよ』

「被害者と関係があるんですか?」

 犯人と関係していれば、犯人を知っているということになる。

『そこもふくめて、解き明かしてください』

 電話がきた。

「もしもし?」

『桑島さん……いえ、犯人さん、聞いてますね?』

 ひよりは、カムロに直接伝えたいようだ。

『渋谷の事件の犯人を捜査してもらいたいんですよね?』

『はい』

『ふざけてるんですか!?』

 ひよりの声には、あきらかな怒りがこもっていた。

「吉原さん? なにがあったの?」

『その傷害致死は、すでに犯人が捕まっています。名前は榊原悠という逮捕時二四歳の男性です』

 どういうことだ?

「被害者じゃなくて、その犯人と関係があるんですか?」

 カムロは、答えなかった。

「吉原さん、その事件に冤罪の可能性がないかを調べてください」


     * * *


「──ということです」

 警視庁にもどっていた。桑島の部屋──特別特殊捜査室に、佐野と結城とひよりの三人で集まっていた。

「とりあえず、松尾さんの聴取は、おれがやっておく」

 松尾は、警視庁に連行されていた。

「桑島警視は、冤罪を考えているんですね?」

「はい」

 ひよりは、結城に答えた。

 犯人がすでに捕まっているのなら、そういうことになるのだろうか。もちろん、あの声の男が嘘をついていなければ、ということになる。

 もしくは、犯人は本当に捕まっているが、あの男はちがうと思っている……。

「犯人の榊原悠は、府中刑務所に収監されています」

「あの、一年前の事件なんですよね?」

 ひよりは疑問を投げかけた。

「もう刑務所に入ってるんですか?」

 一年前なら、まだ裁判で争っていてもおかしくはない。その場合、刑務所ではなく拘置所にいるはずだ。

「そうだね、スピード結審ってやつだ」

「冤罪だとしたら、裁判で無罪を訴えるはずじゃないですか?」

 佐野も結城も考え込んでいる。

 しかし、そういう時間も、もったいないと頭がはたらいた。

「行って話を聞いてきましょう」

「わかった。刑務所のほうには話を通しておく」

 こうして、府中刑務所へ向かった。パトランプを点灯させた覆面パトカーで急行したから、それほど時間はかからなかった。

 刑務所に入るのは、はじめての経験だった。

 通常の面会室ではなく、特別な個室に通された。やってきた榊原悠は、まさしく同年代の知り合いのようなたたずまいだった。

 どこにでもいる──大学でよくみかけるような好青年のようだ。

「わたしは、警視庁捜査一課の結城といいます」

「……」

 榊原悠は、無反応だった。

「こっちは、吉原」

 肩書きを曖昧にして、結城はひよりを紹介した。しかし、敬称なしの呼び捨てにしたのを聞けば、普通は同僚だと思うだろう。

「時間がないので単刀直入にお聞きします。あなたは、本当に罪を犯しましたか?」

「……」

「榊原さん?」

 まだ一言も発してくれない。

「松尾政孝という男性を知っていますか?」

 ひよりが、かわった。

「……」

「その人が、いまわたしの知り合いを監禁しています」

 結城が、にがい顔をしていた。

「……」

 榊原悠の表情にも、少し変化があらわれたようだ。

「榊原さん?」

「……あなたは?」

「わたしは、警察官ではありません」

 正直に告白した。

 結城の顔が、にがさを通り越して、怒りの相にまで変わっていた。この面会には刑務所の職員も同席していたので、その様子を気にしている。警察官だから面会を許された部分もあるのだろう。

「知り合いって……だれ? 大切な人?」

「そうです」

 恥ずかしがっている場合ではない。

「答えてください。あなたが犯人じゃないですよね?」

 もちろん、松尾政孝がそう思い込んでいるだけかもしれないが、この彼に会って直感した。

 彼は、無罪だ。

「だれの罪をかぶったんですか?」

「……いえ、おれがやりました」

 機械的な口調だと思った。

 ひよりは、結城と顔を見合った。

 さて、どうしたものか……。

「あの、携帯つかってもいいですか?」

 立ち合いの職員に問いかけた。

「ご遠慮ください」

 厳しい口調が返ってきた。ひよりが警察官でないという会話を耳にしたからだろう。

「そこをなんとか……」

「緊急事態なんです」

 結城が助け舟を出してくれた。ルールでは、ひよりがかけなければならない。

「……わかりました」

 ひよりは、桑島に連絡をいれた。

「もしもし? 桑島さん? 無事ですよね?」

『大丈夫です』

 とりあえず、ホッとした。

「いま眼の前に榊原悠さんがいます。ですが、冤罪であることを認めてくれません」

『榊原受刑者に、かばうような人間はいますか?』

 さすがにこの場所でスピーカーにはしていないから、結城に伝えた。

「両親は他界しています。兄弟もいないはずです」

 結城の言葉を桑島に教えた。その間も、榊原本人の表情に変化はなかった。

 残るのは、友人や恋人といったところだろう。だが、そういうデータを結城はもっていないはずだ。だとしたら、直接本人から聞き出すしかない。

「榊原さん、あなたに友人はいますか? 松尾政孝以外で」

「……」

「恋人はいますか?」

「……いません」

 いる、と思った。いなければ、同じように黙秘すればいいことだ。

「あなたの恋人が真犯人なんですね?」

「……そんなのは、いない」

 ひよりは、携帯の桑島に呼びかけた。

「たぶん、恋人だと思います」

『……いや、両方だ』

 意外なことを桑島は言った。

「え?」

『友人と恋人……どちらもかばってるんだ』

「どうして、そう思うんですか?」

 こちらのやりとりが聞こえていたのだろうが、そう考える根拠などあっただろうか。

『どっちかわからないから、こういうことを仕掛けたんだよ』

「え? どういう……」

 ますます意味がわからない。

「桑島さん?」

『そもそも榊原悠は、カムロとはなんの関係もないんだよ』

「カムロ?」

 おそらく、松尾政孝のことだ。

『彼は、すでに二人を拉致している。ぼくと同じように』

 不穏なことを桑島は口にした。

「そうなんですか!?」

 もちろん、いまの問いかけは、松尾政孝に対してのものだ。

 答えはない。

 それともこの会話は聞いていないのだろうか?

「桑島さん、どうすればいいんですか? 榊原さんに、事情を話しますか?」

『八方塞がりってやつだね。榊原悠に事情を説明したとしても、真実を語ろうとしないだろう』

 桑島の声は、どこかお気楽だった。

「もっと焦ってください!」

 結城をはじめ、なにを話しているのかと、厳しい視線が集中していた。

 松尾政孝は、真犯人であると思われる二人──榊原悠の恋人、友人を同時に監禁している。どちらに復讐するべきかを、桑島をつかって導き出そうとしているのだ。

「二人が共謀したってことなんですか?」

『殺人ではないから、どちらかが突発的に手を出してしまったはずだ。もしくは、二人ともが危害を加えたけど、どちらかの攻撃が致命傷になってしまった……』

「どうやって、つきとめるんですか?」

 しかし真犯人をあきらかにすると、松尾政孝が復讐を遂げてしまう。かといって、いつまでも解決を先延ばしにしていると、桑島が危なくなる……。

 まさしく、八方塞がりだ。

『うーん』

 桑島の声も、混迷を深めていた。

「とにかく、わたしが真犯人をつきとめます!」

 そう告げて、電話を切った。


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