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CASE.1 吸血鬼 中編

       4


 被害者三名が血液センターに登録されていたことがわかったのは、翌日の午後だった。ボンベイ型が二名で、Ko型ケーゼロが一名だった。遺族からも確認がとれている。科捜研のほうでも、もっと詳しい分析を再鑑定しているので、その結果もすぐに出るだろう。

 これで、三人の共通点がわかった。

 三件は同一犯でまちがいない。

 ここまでの報告を、まず警察庁刑事局長にして、会見の許可を得た。次いで、警視庁刑事部長にも話を通し、その日の夜七時に会見がおこなわれることになった。

 警視庁で出席するのは、桑島と佐野、捜査一課長の小室だった。生贄事件のときは、佐野はおらず、刑事部長の菅谷がいた。一課長がそのときにいたのかは、正直よく覚えていない。それほど緊張していたし、事件のことで頭がいっぱいだった。

 今回は、少し余裕があった。

 ──と、思ったのだが。

「桑島警視、声が小さいのですが!」

「も、もうしわけありません……」

「ですから、もっと大きい声で!」

 記者からの責めるような視線が痛かった。何度やっても(まだ二度目だが)、慣れることはなさそうだ。

「ええ、事件の概要を説明させていただきます……」

 場内はざわつき、これでは進行するのも難しい。気まずい心持で、桑島は会場全体を見回した。

 前列、隅の席に、立花渚沙の姿があった。桑島が刑事部長に、記者クラブ外の彼女も参加できるように進言したのだ。どうやら、大丈夫だったようだ。

「これまでに三件、同様の事件がおこっています……」

「三件ですか!?」

「そうです。最初が千葉、二件目が埼玉、三件目が神奈川」

 具体的な事件の概要を話しはじめたら、ざわつきはおさまっていった。

「遺体からは、全身の血液が抜き取られていました」

 記者たちに驚きはそれほどない。正式な発表はしていないが、噂としては出回っていたようだ。

「同一犯なのでしょうか?」

 質疑応答の時間ではななかったが、容赦なく質問はぶつけられる。たぶん、自分がナメられているからだろう──桑島は、そう自己分析していた。

「それは、まだ断言できません」

 桑島自身は同一犯と考えているが、いまの時点では明言をさけるべきだ。

 フラッシュの光が、いっせいに眼を射した。

「捜査は、順調に進んでいないということでしょうか!?」

 記者から厳しい質問が飛ぶ。

「そんなことはありません」

「生贄事件のときのように、単独捜査をされているということですよね!?」

 あのときも、単独捜査を糾弾する動きはあった。

「これからは、ちがいます。重要事件として合同捜査本部もたてられますし、大勢の捜査員があたります」

 単独捜査を認める発言をとった。桑島にとっては違反行為ではないし、マスコミもそのことはわきまえているはずだ。

「そして、市民のみなさんに注意してもらいたいことがあります」

 全員の興味をひいた。フラッシュの嵐が場内に吹き荒れた。

「これまでの被害者は全員、めずらしい血液型の持ち主でした」

「めずらしい血液型?」

「はい。稀血というそうですが、非常に少ない血液型のようです」

「RHマイナスとか、そういうものですか!?」

 矢継ぎ早に記者が質問をぶつけてくる。

 もう慣れていた。

「いえ、もっとめずらしい血液型です。ボンベイ型やp型スモールピーKo型ケーゼロ──ほかにもあります」

「そのような、めずらしい血液型の人が狙われるということでしょうか!?」

「可能性があります」

 場内が、これまでとはちがう、ざわめきに包まれた。

「被害者全員が血液センターに登録していましたから、同じようにめずらしい血液型をおもちの方は用心をしてください」

 こういう警告は、ヘタをすればパニックを呼び込むかもしれない。が、なんの対処もせずに被害が拡大するよりはマシだろう。それに稀血というのだから、そもそも対象になる人数は、けっして多くない。うまくコントロールすれば、混乱は最小限ですむはずだ。

「該当する方は、お近くの警察署に相談してください」


       5


 会見から一夜が過ぎ、各所で混乱がみられた。

 全国の警察署には問い合わせの電話が鳴り響き、実際にたずねてくる人々の対応にもおわれた。血液センターにも迷惑がかかっているようだ。

「悪手だったな」

 佐野の指摘には遠慮がなかった。

「おまえらしくない。もっと慎重にいくと思ってたんだが」

「……」

「上のオヤジたちは、なにか言ってたか?」

「いまのところ、なにも……」

 だが、それが望ましいことでないのはわかっている。佐野も、それを警告したいのだろう。

 あえてなにも言ってこないのは、いざというときに責任をすべて押しつけようとしているからだ。桑島一人の責任として処分を発表する。

 生贄事件のときも、そういう思惑があったはずだ。

「今日からの方針は?」

「地道に捜査を続けるだけ」

 それはイコール、なにも決まっていないことを意味する。桑島は、普通の捜査員とはちがうのだ。刑事は地道に足を使う──そういうものを求められているわけではない。

 飛躍する魔法のような発想を期待されている。



 被害者三人の携帯に登録されている人物で共通の番号がないかを調べてもらったのだが、残念ながら共通の番号はなかった。

 血液センターは被害者が登録されていたことは教えてくれたのだが、その他の人間の情報まではくれなかった。ある意味、究極の個人情報だ。いかに警察といえど、おいそれとは開示してくれない。そこで、携帯の番号を思いついたのだ。

 もし共通の番号があった場合、その人物はまちがいなく『稀血』の仲間ということになる。次のターゲットになる可能性が大きかったのだが、それについては空振りだったことになる。ただし、各県警も登録されている番号を捜査しているはずだから、いずれは稀血に該当する人物が浮上してくるかもしれない。とはいえ、それを待っていたのでは遅すぎる。

 まだ策はあった。

 佐野には「悪手」と指摘されたが、しかしそれこそが桑島の目論見だった。

 全国の各警察署に相談に来た、もしくは電話で問い合わせた人間の多くが、もしものために自分の連絡先を伝えている。その番号と、被害者三人の番号に登録されているものとを照会するのだ。

 照会の要請は、迅速に全国の警察本部へ伝達されたはずだ。こういうとき、管轄を無視して活動できる『特特室』の強みがでる。

 午後になって一致した番号の情報があがってきた。

 東京都在住の女性が二名。

 ともに、千葉の被害者である河野美紅の携帯に登録されていたようだ。

 さっそく、その二人に連絡をとった。

 しかし、港区に住んでいる女性とは連絡がとれたものの、もう一名にはつながらなかった。

 その女性は、東京は東京でも、伊豆大島に住んでいる。港区の女性には、すぐに保護をつけるように手配をしていた。大島の女性にも、早急に手を打たなければならない。

 地元の警察が女性の住居に急行したが、女性は行方不明となっていた。

 翌朝、桑島は大島に向かった。竹芝から高速ジェット船で一時間四五分で到着するという。生まれて初めての伊豆諸島だった。

「桑島警視ですよね?」

 船上で声をかけられた。

「わたしは、捜査一課の結城です」

 女性刑事だった。

「佐野管理官の指示で、ご同行します」

 化粧は薄く、男勝りなイメージのする女性だった。

 マスコミにも指摘されているし、生贄事件のときは単独行動をしたことで危険なめにもあっているから、佐野は心配しているのだろう。

 しかし彼女の表情を見ていると、この任務には納得していないようだった。そのことを遠回しにたずねてみると、少し恐縮したように本音を語ってくれた。

「いえ、不満があるわけでは……ですが、いまかかえていた事件がありましたので……」

 どうやら、なにかの事件の捜査本部に入っていたところを急遽、駆り出されたようだ。

「警視の功績は知っています。ご一緒できることを光栄に思います」

 お世辞とも本音ともつかないことを言われた。

 海は穏やかで、予定よりも五分遅れたが、無事に到着した。

 港に降りると、大島署の捜査員が待っていた。彼らの案内で、すぐに行方不明女性の自宅へ急いだ。

 女性の名前は、時田陽菜。二九歳。

 出身は台東区で、大島には一年前に移住してきたようだ。賃貸の部屋に入ったとき、本棚の書籍類が眼についた。

 医療系の本が多い。難しい学術書から、介護の本まで幅広い。だが、職業は看護師や介護士ではなかったはずだ。ダイビングショップでインストラクターをしていると地元の捜査員からは聞いている。

「職場は、三日前から無断欠勤しているそうです」

 結城が地元の捜査員から伝え聞いたことを報告してくれた。

 室内に、時田陽菜の行方にかかわりそうなものはなかった。携帯や財布もない。とにかく、彼女の安否を確認することが先決だ。島内は所轄署がかなりの人員をさいて捜索している。島外に出ていないかも入念に調べているはずだ。

 最悪の事態は考えたくないことだが、すでに殺害されていることも想定しておかなければならない。

 そして、その次に考えたくないことが……。

 桑島は、本棚の一冊を手に取った。

「どうしたんですか?」

 その本は、血液についての専門書だった。

 開いてみたが、とても難しいことが書かれている。

 桑島は眼をとじて、想像する。

 時田陽菜自身もめずらしい血液型であると思われ、血液について興味が出るのはそれほど不思議なことではない。

 が、特別な執着が芽生えて、道を踏み外したとすれば……。

 同じように稀血の人間の血を抜いて!

「警視!?」

 結城の呼びかけで、われに返った。

「どうしたんですか? 何度も呼んでるのに……」

「あ、いや……」

「いま本部から連絡がありました。時田陽菜は大島に渡るまで、看護師をしていたそうです」

 この情報は、時田陽菜を容疑者と仮定した場合、プラスにもマイナスにもはたらく。

 看護師ならば、血液を抜くことができる。

 が、看護師ならば医療系の本が家にあっても不自然ではない。

 どちらなのか、いまの材料では判断できない。時田陽菜の人となりをもっと知らなければ。

「仕事先の方たちに話を聞きたいですね」

「わかりました。手配します」

 結城はそう言って、所轄署の捜査員に話をしにいった。佐野が派遣しただけあって、優秀で気配りもできる。広報課の牧村もそうだが、佐野本人の性格に問題があっても、良い人材を見抜く適正だけは本物だ。

 それからすぐに、ダイビングショップで聴取できることになった。

 島の北側の海に面していた。

 店は思いのほか小さく、なかにはダイビング用品がところせましと陳列されていた。オーナーが一人と、インストラクターをかねた店員が一人。行方不明の時田陽菜を合わせて、三名だけの従業員らしい。

 その二人に聴取をした。オーナーは四十代の男性で、海の男らしく色黒で、服装だけを見れば二十代のようだ。

「みなさんで撮ったんですか?」

 店内には、三人の写真が飾られていた。

「そうです……」

 時田陽菜は、看護師だったという過去が想像できないほどに、健康的な焼けた肌をしていた。三人とも満面の笑みをみせている。

「時田さんは、どんな女性でしたか?」

「まじめな人ですよ。ダイビングが好きで、ここに移住したんです」

「いなくなる直前、彼女の様子はどうでしたか?」

「どうって……普通ですけど」

 表現に困っているように、オーナーは答えた。

「あの……」

 もう一人の従業員が聴取に入ってきた。次に話を聞こうと思っていたのだが、狭い店内なので、その従業員にも声は届いてしまう。二人同時に聴取しているようなものだった。

「なにか、おかしなことがあったんですか?」

「いえ、そういうわけでは……」

 その男性店員は自信なさげにそうこわりを入れてから、語り出してくれた。

「むかしの知り合いが事故にあって、危険な状態みたいだって……」

「時田さんから、そう聞いたんですか?」

「はい」

「いつごろ?」

「一ヵ月ぐらい前かな……?」

「それで、どうするか聞いてませんか? お見舞いにいくとか」

「さあ……ただ、その話をしてた数日は元気がなかったけど……」

 それを過ぎたら、いつもとかわらなかったという。

「その怪我をした人について、名前などは口にしていませんでしたか?」

「いえ」

 収穫と呼べるのものは、その話だけだった。

 時田陽菜のむかしの知人が事故に遭って、数日間、落ち込んでいた。それが一カ月ぐらい前のこと。

 はたして、彼女の行方不明と、一連の吸血殺人に関係があるのか……。


       6


 島全域の捜索にも、時田陽菜はみつからなかった。

 島を出た可能性も考えるべきだが、その形跡も確認されていない。が、大島は七千人以上が住み、観光客も多く来島する。人知れず出ていたとしても不思議ではない。

 ここにいても捜査が進展するわけではないと判断して、翌日の午後には本土へもどっていた。

 現在の最重要事項は、時田陽菜の身柄をいち早く保護、もしくは確保することだ。

「外園麻実さんが到着しました」

 特特室に、牧村が報告に来てくれた。

「ありがとうございます」

 空いている部屋に待たせてあるそうなので、牧村についていった。

 部屋に入ると、女性がパイプ椅子に座っていた。会議室でよく見る長い机を挟んで、向かい側に桑島は腰をおろした。

「桑島といいます」

 名乗るまえから、女性──外園麻実は、桑島のことを知っているようだった。

「会見に出ていた……あの事件のときも、そうでしたよね」

 生贄事件のことを言っているようだ。

「ええ」

 曖昧な返事にしておいた。

 どちらかといえば、地味な印象をうける女性だった。左の手首にまかれたミサンガが、それとは対照的にカラフルだ。

「おたずねします。時田陽菜さんをご存知でしょうか?」

 年齢は、同じぐらいではないだろうか。

「その方は知りません」

 これまでにべつの捜査員から同じ質問をされていたようだ。すぐに回答があった。

「ですけど、もう一人の方については知っています」

 おそらく電話番号が登録されていた河野美紅について言っているのだ。

「どういったお知り合いだったんですか?」

「報道でおっしゃっていましたよね。めずらしい血液型のサークルです。わたしも、そうですので」

 報道というのは、桑島の会見のことだろう。

「そのサークルに、時田陽菜さんは入っていないのですか?」

「たぶん……。わたしも全員を把握しているわけではないので……」

 サークルの規模はけっして大きいものではないそうだが、メンバーは全国にまたがっているという。彼女の話によれば、最初からいる創設メンバーなどは、もうわからなくなっているそうで、おそらくは献血でよく顔を合わせる同士が集まりだしたのだろうということだった。

 彼女が加わったころには、もうそのような状態になっていて、だれが代表なのかもわからないそうだ。

「では、そのサークルに所属しているべつの人を紹介してくれませんか?」

 彼女は、サークルに所属、という部分に違和感をもったようだ。

「そんな立派な集まりじゃないですよ。所属といっても名簿のようなものはありません」

 数人の名前と電話番号を教えてもらった。

「あの……わたしが狙われてるんですか?」

 ためらいがちに、外園麻美は質問していた。現実感はなさそうだった。

「そういうわけではありません」

 安心させるために言ったわけではなかった。まだ次の標的がだれになるのかわかっているわけではない。楽観視すれば、もう一連の犯行は終結しているかもしれないのだ。

「ですが、いつもよりも注意して過ごしてください」

 自分で言っておいて、そう忠告されても困るだろうなと、桑島は思った。警察による保護は、二四時間を超えることはできない。いまの段階ではこれ以上の保護もできないし、警護をつけるわけにもいかない。せいぜいが、パトロールを強化することぐらいだろう。

 不安な面持ちを残したまま、外園麻実には帰宅してもらった。

 特特室にもどると、今度は捜査一課の結城がやって来た。彼女とは、いっしょに本庁へもどってきた。

「警視、時田陽菜の人間関係についてわかったことがあります」

 それは、大島で得た情報についてだった。

 知り合いが事故にあって落ち込んでいたという話。

「高校時代からの親友らしいです。名前は、大森洋平」

「男性?」

「はい。ですが、恋人同士ではなかったようです」

 結城は、写真をみせた。

「湘南のサーフショップで働いていました」

 海で撮影されたものだ。サーフボードを片手に、ポーズをきめている。

「いま、大森洋平さんは?」

「亡くなっています」

「もしかして……この方も、めずらしい血液型ですか?」

「いえ……そうではないみたいです」

 不謹慎だったが、拍子抜けした。

「血液型は、一般的なA型でした」

「どんな事故なんですか?」

「バイク事故のようです」

「亡くなったのは、いつですか?」

「半月前だということです」

 事故にあったのが一ヵ月前。最初の犯行は、そのすぐあとにおこっている。だが、半月前に死亡しているのなら、三件目の神奈川は死亡後ということになる。その事故は、吸血鬼事件とは無関係なのだろうか?

「時田陽菜さんの行方は?」

「まだわかりません」

 大島を出ていることを視野に、捜索範囲を広げている。故意に隠れているわけでないのなら、すでにみつかっていても不思議ではない。もしくは、すでに……。

「警視は、どちらだと考えているんですか?」

「……」

 時田陽菜が、被害者になっているのか、加害者として逃亡しているのか──それをたずねているのだ。

「桑島警視、外園麻実さんがお帰りになりました」

 考えあぐねているときに、牧村が報告にきた。外園麻実を玄関ロビーまで見送ってもらったのだ。

「あ……」

 途端に、牧村の表情が変わった。

「?」

 よく見れば、結城も同じような顔をしていた。

「あら、結城さん……」

「牧村さん……」

「どうしたんですか?」

 桑島は、二人にたずねた。

「同期です」

 ボソッと、結城が声に出した。

 同期? だが、結城は警察官だが、牧村は事務職員のはずだ。同期というと、普通は警察学校でいっしょだったことをさす。

 警察職員も警察学校に通わなければならないが、警察官志望の生徒が、高卒では十ヵ月、大卒では六ヵ月なのに対して、事務職採用者は一ヵ月しか通わない。企業の研修と同じようなものだ。

 双方がいっしょに授業をうけることはなく、見かけることぐらいはあるかもしれないが、仲間意識が芽生えるようなことはない。

「同級生です。高校のときの」

 桑島の疑問が伝わったのか、すぐに牧村が言い替えた。

「どうして、あなたが警視と?」

「それは、こちらのセリフです」

「わたしは、捜査一課の刑事なの。そんなに不思議じゃないでしょう?」

 二人の空気感を読み解くと、あまり穏やかな仲ではない。

 そのとき、携帯に着信があった。

 二人を見たが、なにやら言い合いを続けているので、遠慮せずに出ることにした。

 相手は、吉原ひよりだった。

「もしもし?」

 桑島にとっての、象徴のような女性だった。

 五年前の生贄事件で唯一、生き残った少女──現在は女子大生となっている。

 新たなる犯行でも彼女は狙われ、桑島がそれを救った。いや、逆に救われた部分も大きい。

 ともに捜査をして、困難を乗り越えた。もう他人とは思えないような仲になっている。

『いま、大丈夫ですか?』

「うん」

『あのですね……』

「どうかしたの?」

 なにか言い出しづらい話題のようだった。

『ヘンなこと口にしちゃいますけど……』

「どうしたの?」

『女難の相が出てるんですって』

「え?」

『ですから、女難の相……』

 相、というからには、顔に出ているのだろう。だが、いま彼女は電話のむこうだ。

「どういうこと?」

『最近、女性との出会いがありませんでしたか?』

 眼の前にいる二人の女性が瞳に映っていた。

 そのほかにも、記者の立花渚沙。

 もっと範囲を広げると、さきほど面会した外園麻実もいる。まだ会ってはいないが、行方不明の時田陽菜もふくめていいかもしれない。

「うん、それなりに……あ、みんな捜査関係者だよ」

 桑島は自身でも必死に言い訳しているようで、わき汗がドッと出た。

『そうですか……』

 彼女の声は、べつにそれを責めているようではなかった。期待した自分がどこかにいた。

『とにかく、女性には気をつけてください』

 その忠告は、とても唐突で、曖昧なものだった。

「どうしたの、いったい……なんで、そんなことが──」

 言いかけて、桑島はやめた。

「まさか……加奈さん?」

『……そうです』

 その少女は、生贄事件の主犯で、逃亡している矢萩という男の死亡した娘だ。

 矢萩は、実行犯である警察官・高梨を利用して、飛行機事故で亡くなった娘を、この世によみがえらせようとした。高梨は高梨で、幼いころバス事故で亡くなった妹をよみがえらせるという狂気の妄想にかられていた。

 高梨は、自らの命を最後の生贄とし、吉原ひよりのなかに妹・雨宮小夜を生き返らせた。もちろん、ありえるはずのないファンタジーだ。

 雨宮小夜がよみがえるはずはない。

 だが、矢萩の娘がひよりの人格のなかにあらわれてしまった。

 その現象が、幻覚や幻聴のたぐいなのか、多重人格のようなものか……それとも、本当に神秘が具現したものなのか……。

 わかっていることは、その人格に悪意はないということだった。主犯の矢萩は催眠により、ひよりにべつの人格を埋め込んでいた。おかしくなったひよりに襲われた桑島だったが、そのとき少女・加奈の人格があらわれて、ひよりを正気にもどしたのだ。

『とにかく、女性には気をつけてくださいね!』

 ひよりから念を押されて、通話を終えた。

「どうかされましたか?」

「あ、いえ……」

 さすがに、女性には気をつけろという忠告を、その対象である二人に告げることはできない。そもそも、気をつけろと言われても、どういう意味の注意なのか……。

 女難というと、一般的にはドロドロの三角関係に陥って、修羅場をむかえる──といったような……。

 だがそんなことを、わざわざひよりが忠告してくるだろうか?

 いや、女心はわからない……。

「本当にどうしたんですか? すごく難しい顔してますよ?」

 牧村に指摘された。結城も、うなずいている。

「いえ、なんでもないですよ……」

 とにかく、頭のすみにでも置いておくことにしよう。もし、そういうことではなく、本当に危険を察知しているのだとしたら、今後なにが待っているかわからない。

「いまの電話……お噂のカノジョですよね?」

 好奇心ありありと、牧村が言い出した。表情を見るかぎり、結城も知っているようだ。警視庁内では有名な話になってしまったと佐野が語っていたが、どうやら本当らしい。

 桑島は、なんと答えればよいかわからなかった。

「まあ、なんというか……」

「いいんですよ、照れないでください」

 自室にいるはずなのに、とても居心地が悪かった。

 しかし数時間後、そんな甘い感情など消し飛んでいた。


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