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CASE.4 病院霊 後編

       6


 病院の職員名簿を提出してもらったのは、翌日になってからだった。

 病院側が難色をしめしたので、正式に令状を請求した。本来なら、いまある証拠では裁判所も認めてくれないところだが、そもそも職員名簿は、それほど出し渋るものではない。警視庁としても強くそう進言したはずだ。裁判所としても、それぐらい出してくれてもいいでしょ、という思いが勝ったのかもしれない。

 どうやら出し渋ったのは、病院の総意というよりも、一人の幹部職員によるものらしかった。

 夕方、病院の事務局長に話を聞くことになった。

 警視庁に同行してもらっている。

「どうして、こんなところに……」

「これはあくまでも任意ですから、帰りたくなったら、われわれに拒む権利はありません」

 まずは、建前を伝えた。

 事務局長にも、簡単に帰れないことはわかるはずだ。

 すでに尾上のことを教えてくれた看護師を特定し、話を聞いていた。最初、桑島の追及をかわそうとしていたが、尾上の名前まで出している事実は否定しようがない。看護師は、事務局長の命令で帰宅し、尾上の話はするなと強く言われたそうだ。

「尾上という医師について、病院というよりも、あなたが証言されたくないようですね」

「……」

「もちろん、黙秘権は認められた権利です。弁護士も呼べます。ですが、警察が本格的に捜査をはじめれば、すぐにわかってしまいますよ」

 いまはまだ、自分たちだけの小規模な捜査でしかない──ということを小声でつけたした。

「……どれぐらいの罪になる?」

「罪? それは、なにをしたかによります。あなたが、山根医師を殺害したんですか?」

「そ、そんなことは……していない!」

「では、なにをしたんですか?」

 一分ほど、事務局長は黙り込んだ。しかしそれは黙秘のためではなく、白状する覚悟をきめるための時間なのだと桑島は解釈した。

「尾上は……医者ではない」

「では、何者なんですか?」

「移植コーディネーターだ」

「なぜ秘密にする必要があるんですか?」

「違法だからにきまってるだろうが!」

 事務局長の激昂は、すぐにおさまった。

「……なにも人を殺してるわけじゃない」

「死亡した……もしくは、脳死した患者の臓器を移植する、ということですか?」

 だがそれでは、普通の移植だ。

「子供の移植が、この国では難しい……そのことはご存じですか?」

「漠然とした知識ですが」

「多くの命を救うためには、もっとたくさんの臓器移植が必要なんです」

「お言葉ですが、2010年に法改正がされて、それまでよりは容易になったはずです。たしかそれまでは、十五歳未満の移植はできなかった」

「ええ、そうです。ですが、本当にそうなっていたら、外国で移植手術をうける患者はいなくなっているんじゃないですか?」

 それについては、返す言葉をもっていない。

「現在のルールでは、十五歳未満でも保護者の同意があれば移植ができるようになっている。しかし、この同意がそう簡単ではない。わが子の死と引き替えに、ほかの子供の命を選ぶ親もいます。もしくは、平常時であれば、そう考える親も多いかもしれない」

 その言い方だと、いざわが子の死を前にすると、ちがう選択をする親が多いということなのだろう。

「表現がまちがっているかもしれませんね。問題は、時間なんです。移植は時間との勝負になりますから」

 つまりは、もう少し考える時間が確保できれば、移植を許可する親が増えるということなのかもしれない。

「そもそも、脳死になる子供の絶対数が少ない……いえ、それは悪いことではないですね」

 事務局長は、迷うように言葉を選んでいる。激しい葛藤があるのだ。

「子供たちを救いたいという信念はわかりました。どのように違法行為をおこなっているのかを教えてください」

 桑島の仕事は、心情をおもんばかることではない。犯罪行為の追求だ。

「……後押しをすることですよ」

 文脈を読み解けば、遺族の──ということになるだろう。

「どういった?」

「人の欲望につけこむんですよ。いや、それしかないでしょう?」

「お金、ということですか?」

「……はい」

 にわかには信じられなかった。多額の金銭を提示されたとしても、そんなことで遺族が心変わりするだろうか?

「べつに、そういう親たちが利益と引き替えに、子供の臓器を売ったということではないですよ」

 ほかに、なにがあるというのだ。

「後押しと言ったでしょう。現実的な話をすることで、冷静さをとりもどせるんです」

 納得はできなかったが、事実としてそれがあるのだとしたら、認めざるをえない。

「何件ぐらいですか?」

「いままでに、十件はやったでしょうか」

「病院ぐるみですか?」

「いえ、ちがいます」

「主犯は、あなたですか?」

「……」

「尾上という人ですか?」

「……」

「それとも……山根さんですか?」

 事務局長の表情には、罪悪感があらわれていた。

「山根さんを殺したのは、あなたじゃないんですか?」

 もう一度、核心をついた。

「ちがう……」

 力なく答えた。

「では、尾上ですか?」

「それもちがう……」

「自殺ですか?」

 わずかに、首がさがった。

「……彼は、すすんでやっていたはずだったんだ……それが、最近は後悔しているようだった」

「なにか、きっかけがあったんですか?」

「六歳の女の子が亡くなった……山根君が担当した患者だ」

 視線で続きをうながした。

「無邪気で可愛らしい子だったよ。あずみちゃんという名前だった。じつは山根君にも娘がいたんだ。だが、五歳のときに難病で亡くなっている」

「かさなった、ということですか? そのあずみちゃんと」

「そうなんだろうね……」

 ため息のようなものを吐き出していた。

「これは、詳しく話を聞いたわけではないんだが……山根君は、ドナーになることを断ったのだと思う」

「娘さんのことですか?」

「そうだ。だから、あずみちゃんをドナーにすることに抵抗があったんだろう」

 法律を犯してまで移植をすすめていたというのに、自らは娘をドナーにすることをためらっていた。

「心のバランスを失ってしまった……」

「あなたたち三人だけですか? 臓器売買のネットワークが、そんな小規模のわけはないはずです」

「……」

 事務局長は、口をつぐんだ。

 やはり、そこには巨大な闇組織が関係しているのだ。

「言えませんか?」

 黙秘するものと考えたのだが、ちがった。

「たぶん、あなたが想像しているようなものじゃない……」

「どういう意味ですか?」

「反社じゃないんだ……いや、法律を犯しているのだから、その表現はまちがいか……」

 すくなくとも、暴力集団ではないようだ。

「どのような組織なのですか?」

「……たんに『ラボ』と呼ばれている」

「ラボ?」

 ラボラトリー?

 研究や実験をおこなう場所。もしくは、研究や開発チームをそう呼ぶこともあるだろう。

「どんな人たちなんですか?」

「ですから、研究者……のようなものでしょうか」

 とてもあいまいな表現だと思った。

「首謀者は?」

 事務局長は、首を横に振った。

「私は、そこまで知りません」

「知っているのは? 尾上ですか?」

「……そうだ」

「尾上さんは、ラボの人間ですか?」

「たぶん、ちがうと思う……私や山根君と同じ立場なんだろう」

「尾上は、どこにいますか?」

「あなたは、すでに行ったんだろう?」

「系列の病院ですか?」

「すでに逃げているだろうが……」

「ですが、そんな人物はいないと……」

「そこまでは知らない」

「あなたが、職員に通達したんじゃないですか?」

「あっちの病院にまで、顔は利かない」

 嘘を言っているとも思えなかった。

「……もしかしたら、尾上ではないのかもしれんな」

 ボソッと、そう口にした。

 聴取は、ここまでとなった。弁護士がやって来たからだ。病院の顧問弁護士とは思えない。証言のとおりなら、病院は臓器売買のことを知らないはずだ。こんな迅速に行動できるはずがない。

 ラボ、というところから派遣されたのだろうか。その弁護士は、紅林と名乗った。念のため、弁護士会に照会したが、本物だった。ラボについてたずねても、知らないようだった。

 事務局長自らが弁護士を呼んだわけではないから、ほかのだれかから依頼があったはずだ。しかし守秘義務を理由に、依頼人の正体は明かされなかった。

 逮捕できる状況でもないので、事務局長は帰っていった。いまの段階で臓器ビジネスの話は、事務局長の証言しかない。なんの物的証拠もないのだ。

 佐野も判断ができないようだった。

「正式な捜査にするわけにもいかない……」

 桑島としては、尾上という人物をどうにかしてさがしたい。

「……そうだな。尾上をみつけて、話を聞いてからだ」

 ということで、桑島は系列病院を再びおとずれた。

 今回は、ちゃんとした容疑があっての捜査になる。職員名簿をみせてみらった。断るようなら、令状をとる覚悟もしていた。

 結論をいうと、尾上という職員は、医師や看護師、事務員にいたるまで存在していない。

 だが──。

 上尾という職員がいた。

 医師ではない。看護師だった。しかも、女性だ。この推理どおりだとしたら、どこかに男性だという思い込みがあったのだ。性別の確認を失念していた。

 上尾という女性看護師は、無断欠勤していた。

 急遽、看護師の住居に向かった。

「女性看護師が、移植コーディネーターということなんですか?」

 結城は混乱しているが、コーディネーターというのは、あくまでも臓器ビジネスをしている組織のなかでの立ち位置だ。本当に、その職に就いているわけではない。看護師であっても不思議ではないだろう。

 そこは、住宅街のアパートだった。

「質素ですね」

 すくなくとも、住居に金はかけていない。

 部屋の扉をノックしても、応答はなかった。

「逃げてますかね? 令状をとりますか?」

 桑島は、ノブを回した。

 一瞬、結城と顔を見合わせてから、扉を開けた。

 予想していない光景だった。

 玄関のさきには狭いキッチンスペースがあり、その奥の部屋を簡単に見渡せる。

 女性が正座をして、静かにこちらをみつめていた。

「上尾さんですね?」

「はい」

 まるで覚悟を決めているかのような返事だった。

「話を聞かせてください」

「あなたたちが来ることは聞いていました」

 上尾は、無感情に言った。

「だれからですか?」

「たぶんあなたたちも、あの子に導かれたんじゃないですか?」

 桑島は黙った。

「警視?」

「……上尾さん、あなたは臓器売買に関係していますか?」

 結城の戸惑いを受け流して、世良は尋問をはじめた。

「はい」

 あっさりと認めた。

「山根医師を殺害しましたか?」

「それはちがいます……」

 彼女からは、嘘偽りを言っている様子はない。すでに覚悟を決めているのだ。

 山根は、自殺でまちがいないようだ。

「どうして逃げなかったんですか?」

「……あなたからは逃げられないだろうと」

「だれに?」

「……」

「ラボ、ですか?」

 わずかに、首が上下した。

「ラボとは、だれですか?」

「……個人ではありません」

「ラボとは、なんですか?」

 言い直した。

「研究施設のようなものです」

「どこにあるんですか?」

「……それだけは、言えません」

 ここ最近、いまと似ている取り調べをしたことがある。

「本当は、ラボという名前も口にできないんです……」

「どうして、教えてくれたんですか?」

「なんででしょうね……」

 彼女の瞳は、遠くのどこかを見ていた。

「そこでは、なにがおこなわれてるんですか?」

「いろいろなことです」

「たとえば、有毒ガスの製造はできますか?」

「どうなんでしょう……」

 風土病事件。

「たとえば、人体から血液を抜く──とか」

 吸血鬼事件。

 いまから思えば、いくら看護師だったとはいえ、人からすべての血液を抜くのは、簡単なことではない。

「たとえば、爆弾の製造……」

 爆弾魔事件。

 実際に仕掛けられていたのは花火だったが、桑島とさらに二人を拉致した行為は、とても一人でおこなったとは考えられない。すくなくとも準備段階では、他人の介入があったはずだ。

「わたしには、わかりません……」

 わからないが、否定しているようではない。

 桑島には、確信にも似たものがやどっていた。

「立花渚沙という女性に、心当たりはありますか?」

「……」

 黙秘しているのではなく、いまの質問を心のなかで反芻しているようだった。

「知っているんですか?」

「取材をされたことがあります……」

 彼女にも、記者だということで近づいたようだ。それとも、所属出版社は嘘でも、ジャーナリストという肩書だけは本物なのだろうか。

「立花さんとは、どんなやりとりをしましたか?」

「……桑島さん、わたしがお話しできるのは、ここまでです。これ以上は、黙秘します」

「上尾さん!」

「ただ……移植を金銭で斡旋したことを否定するつもりはありません」

 その後、彼女は完黙に徹した。


       7


「どうすることもできない」

 佐野が愚痴をこぼしていた。

 捜査は、暗礁に乗り上げた。臓器ビジネスについての証拠が、どこにも残っていない。あるのは、上尾や事務局長の証言だけだ。物的証拠がない。臓器を提供したであろう人物をしぼりこむことができても、遺族には否定されてしまう。

 当然ながら、すでにドナーとなった人物(おそらく子供)は、すでにいない。遺体も火葬されている。そちら側からも証拠は残っていない。

 警察の判断としては、証拠不十分で事務局長も上尾も釈放──それしかなかった。

「ラボ」という謎を残しただけだ。

 容疑者だった二名は、それぞれの病院を退職した。すくなくとも、臓器売買の構図は崩れたことになる。

「これで幕引きだな」

 桑島は、その言葉にうなずいた。



 その日の午後、病院を訪れた。

「あら、桑島さん」

 結城もすぐ後ろについていたが、母親にはそう声をかけられた。

 声はいつもどおりだったが、顔色はあきらかにすぐれない。

「事件は解決しましたか?」

「ええ、まあ……」

 解決はしていないが、この病院を中心にした違法な臓器移植は、もうおこなわれないはずだ。残念ながら逮捕者は出ないだろうが。

「もともとは、幽霊をさがしにきたんですよ」

 桑島は言った。

「そうでしたね」

「幽霊の噂を警察に通報したのは、あなたではないですか?」

 結城が驚いた顔をしていた。

「お母さん!?」

「あなたには、本当に見えている。会話もできるんですよね? わるくはない……犯罪であっても、悪いことではない──あの子は、臓器移植のことを教えてくれたんでしょう」

「はい」

 結城は、混乱しているようだ。

「二人とも……なに言って……」

「本物なのか、それとも幻なのか、それはわかりません。人は、見たいものを見るものですから」

 最初に言われたことを、母親は繰り返した。

「気づいたんですよね? この病院におこっている異変に」

「どうなんでしょう……」

 夜だけに来る謎の女性医師。

 脳死した子供の両親に話しかける事務局長。

 罪悪感を抱えている山根医師。

 心療内科医として引っかかるものを感じたのだろう。

「だから、ここの公衆電話から、警察に相談した」

「……まさか、真に受ける警察官がいるとは思いませんでしたけど」

 桑島は、思わず笑みが出た。

「結城さん、今日はもういいので、お母さんといっしょにいてください」

「え? まだ午前ですけど……」

「事件は解決しました」

 解決とはいえないかもしれないが、かまわずに桑島は言った。

「でしたら、もとの事件にもどります」

「いいから、そうしてください。明日には、また新たな事件があるかもしれない」

 結城は不満顔だったが、桑島は引かなかった。

「いいですね?」

「……わかりました」

 桑島には、予感があった。

「では、ぼくはこれで」

「桑島さん……これからも、娘をよろしくお願いしますね」

「はい」

 


 その日の午後、母親の容態が急変し、そのまま息を引き取った。やすらかな顔で旅立ったという。


     * * *


「ほう……あなたが嗅ぎまわっている記者さんですか」

 立花渚沙は、ある男に会っていた。

「ラボを取材させてもらおうと思って」

「あなたの目的は、なんですか?」

「ですから、取材です」

「ラボがどういうところなのか、ご存じなのですか?」

「ええ」

 立花渚沙は、当然のごとく答えた。

「だれから?」

「あなたの盟友です」

「彼とは、どのような関係なのですか?」

「最初の生贄……と言えばいいでしょうか」

「これはおもしろい。ぜひ、お話を聞かせてもらいたいですね」

「もちろんです」

 ただし、一つだけ伝えておかなければならないことがある。

「どうしました?」

「桑島誠一警視のことは、どこまで知っているのですか?」

「警察官について興味はありませんよ」

「ですが、あなたの築いた帝国を壊す人間がいるとすれば……」

「心配は、無用です。彼が、この位置までたどりつくことはできません」

「そうでしょうか? 彼をあなどっていると……」

「ふふ。ならば、消してしまえばいい」

「すでに、そうしようとしたのではないですか? 爆弾魔をつかって」

「あれは、試したのですよ。しかし、あなたのいう警視を、ではない」

「……」

「取材をしているのなら、わかるでしょう?」

「本物の生贄の力を、ですね?」

「ええ。恐ろしいほどでした」

「どうするおつもりですか?」

「べつに」

「あなたのラボにとって、脅威になるかもしれませんよ?」

「ラボは、私だけのものではありませんよ。脅威……ですか」

「どうしましたか?」

「脅威になるというのなら、それは望ましい」

 立花渚沙は、笑みをみせた。

 吉原ひよりという《ジョーカー》が、闇の世界を照らすかもしれない。

 いや、さらなる暗黒を呼びこむのか……。


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