寝かせる光
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
みんなは、ペットボトルに直接口をつけて飲むことが推奨されない理由は聞いたことあるかい?
特に大量に入るサイズのものだと、じか飲みはよしとされず、コップなどにうつして飲むようにすすめられる。それはなぜか?
――細菌が急激に増えてしまうから。
うん、正解だね。
腐敗と呼ばれるには、1グラム中に1000万個以上の雑菌が含まれていることが条件と聞くね。
腐敗は発酵と似ている。違いは人にとって有害なものは腐敗、有益なものは発酵と区別がされているようだ。
これは、あくまで人に対しての評価。
ということは、それ以外のものには腐敗そのほかの有害なものさえも、益になるかもしれないね。
先生も昔に、もしやと感じる体験をしたことがあるんだけど、聞いてみないか?
先生の実家の床の間には、掛け軸がかけられている。
その下に紫色の紙箱が置かれているんだ。ちょうどお土産のお菓子などが入っていそうなサイズで、かぶせぶたをされながら鎮座していた。
私が物心ついたときから、すでに箱はそこに置かれ続けていた。ゆえに、それが当たり前のことと思っていたんだけど。
一年を通して、床の間の装いは変わる。
子供の日が近づくと、模造刀を飾るための刀掛けが用意された。季節によっては、時季の花をさした花瓶が置かれることもある。
しかし、そのいずれの場合でも、紫の紙箱はそこから動くことはない。
365日、四六時中、やつはずっと置かれ続けていた。
箱には十文字にひもがかけられて、簡単には開けられないようになっている。それでいて、何か外箱に入れられるでもなく、本体がそこに置かれたまま。
小学校にあがるころになっても、まだ箱はそのままでいて、先生もいよいよ怪しく思うようになってきた。
なにせ年末の大掃除の際も、その箱には基本的にノータッチなんだ。
どうしても動かさなきゃいけないときだけ、手袋をしっかりはめたうえで、動きを最小限にするように気をつかう。
貴重品さながらの丁重さなのに、それをしまい込むことをよしとしない。
なにか意味があるのかと、先生は家族に話を聞いてみたんだ。すると、このような説明をされたんだよ。
あの箱は、私が生まれるより前に亡くなった祖父の遺品なのだという。
祖父が生前に見た流星群。それを見た日から、床の間に置き続けている、いわば思い出の品なのだと。
「じいさんは、写真に撮っただけでは満足できんといってな。そのときの光を永遠に残しておきたいと話しておったんじゃ。
そこであの紙箱を用意してな。それと一緒に一晩、部屋にこもっておった。
そのあとで、この箱を十文字にくくって床の間へ置くよう頼んできたんじゃよ。
『この中には、あのときの光をおさめておいた。その輝きはまた、しかるべきときに求められよう。それまではここで開けることなく、寝かせといてくれ』とな」
託された祖母いわく、祖父としてはこれを熟成しているような感触だったのかもしれないと語るも、祖父はこれを開封する具体的な時機も伝えていたらしい。
また星が天を覆うような流星群。
それが訪れるときに、この箱を開いてほしい、とね。
祖父が見た流星群は突発的なものだったらしく、定期的に訪れるものとは異なるらしい。
祖母としては、その流星群らしきものがあったときに開くつもりのようだけど、いつ来るか分からないのでは、自身がその仕事ができるかも分からない。
ひょっとしたら、その時に自分はいなくて父母に頼むかもしれないし、私も仕事を負う時がくるかもしれない、とも。
亡くなった人の願いであるなら、それを守ってあげたいのが世の情け。
興味を持ちつつも、私は祖父母の意を汲んで、箱をそっとしておいたのだけど。
それは話を聞いてから、二年くらいたってからの夏場のことだ。
不意のまぶしさに目を覚ますも、まだ外は暗かった。
半端に開いたカーテン。その窓の上部からぼんやりとした光が差してきている。
なんだろうと、寝床から出て窓に寄ってみると、屋根にぎりぎり隠れるか隠れないかという上空を、明るい星が流れていくところだった。
祖父が見たのは流星群だったというけれど、これは彗星のそれにそっくりだ。
そして、動きもはっきりしている。
右斜め上から、左斜め下へ。少しずつ動いているのが、肉眼でも確認できる。
長く引く光の尾。その尾から、なお細かい光の粒が勢いよく、あちらこちらへ吐き出され……?
いや、勢いが強すぎやしないか? 夜空の中へ溶け込むどころか、なおとどまりながら光が増している気さえする。
そのいくつかはサイズさえも、先ほどより大きくしているように見えてきて……。
ふと、眼下から光が打ちあがった。
それは我が家の一回。例の箱が置いてある床の間のあたりから飛び出す、打ち上げ花火を思わせる、橙色の輝きだった。
屋根を越えて、いくつもの粒に分かれた光たちは、そのままぐんぐんと夜空をのぼる。
軌道はあの、大きさと輝きを増し続けていく、彗星の置き土産たちへ重なっていくかのようなものをたどり……消え去った。
空の光と、地上よりの光。
それがかっちりと重なるや、どちらともが一挙に姿を消してしまったんだ。
見届けるときには、もうあの彗星らしきものもなくなっている。
あとで祖母に尋ねたところ、私の想像通りに、祖母は例の紙箱の封印を解いたとのことだった。結びが微妙に変わっているから分かる。
祖父の語るしかるべきときとは、あのような天からの光が大きさを増す流星、彗星があったときだという。
そしていま、あの箱にはまた光が閉じ込めてあるのだと、祖母は話していた。
また同じようなことがあるまで、あそこで寝かせておき、また時が来たならばあの封を解いて放ってほしい、と頼まれているよ。




