彼女
弁解させて欲しい。
先ず、僕は二日をかけて世界の現状を確認したんだ。
確認した上で人が居ないから裸で駆け回るのであって、決して不用意に裸になった訳じゃないし、誰かに見られたい訳じゃない。
そして今俺は、俺たちは付近の建物内で、互いが見えない位置に居る。
何故って?俺が裸なままだからだ。
服は何処かに捨てたまま、衝動のままに走ったから何処に置いてきたのかがちょっと分からない。
しかし、自分以外の人間だ、これは貴重な情報源なので話しが聞きたい。
聞きたいけど、何も話せない。
人見知りだから?こじれたコミュ障だから?
そういう所はあるかもしれない、でもそれ以上に単純にどんな顔で話せばいいか分からない。
見えない所に居るのにとか関係無い。
あんな姿を晒したんだ、僕はいったいどの面を下げればいいんだ!?
しかし、彼女は意外な程に落ち着いているのだった。
「あの~大丈夫だから、そんなにいじけてないで、ね。」
何が大丈夫なんだ?そもそも君はもっとキレてもいいと思うぞ?少なくとも気遣うのはおかしい。
どんな優しい人間でも裸体で叫びながら街を駆け回るおっさんには容赦する必要がない、いやしてはならないではなかろうか?
「まあ、私もした事あるしね、流石に叫びながら駆け回らなかったけど…」
待って、何をしたって?
「人がいない街だと、ちょっとやってみたくなるよねー。」
そうだね、開放感が素晴らしい――じゃなくて、どうしてこちらに共感し始めたんだこの娘は!?
「もうー、そんなに気になる……よい、しょっと……はい、こっちを見てみて。」
いや、待ってなんか布の擦れる音がした気がするんだが。
「ああもう、こっちが行くよ。」
「え…」
ちょっ、え?
「ほら!どうよ~これでおあいこだ、裸ぐらい大した事ないって。」
いや有るけど!?!?!?
なに堂々と裸を見せてくるんだこの娘は!?
確かに、そのスレンダーな体型に美しい白肌、長い足、そして豊かな胸、その全てに君は自信を持っていい。
だけど、堂々と見せてくるとは何事だ!?
ツルツルのあそこが僕の眼前に居るとは何事だ!?
「ほらー俯いてないで、こうして会えたのも何かの縁!折角だからもっと話そうよ。」
いや…えええぇ。
「じゃじゃんー、ほら見て!私結構いい酒を持ってんだー、どうよ?飲んでみる?」
右手に酒の瓶、左手にグラス二つを見せた彼女はそのまま、裸のまま酒をグラスに注ぎ始めた。
いや…いや…えぇぇぇ?
「ほらお兄さん。」
満面の笑顔でグラスを渡された。
「いや…僕酒飲めないんです…」
困惑のあんまりに素で喋った。
もうどうすればいいかわからん。
「ええー、そうなんだー、ふふ…じゃ、今日は酒の練習でもしよか。」
え?
「どうせこんな世界だ、遠慮することなんてないよー、例え酔って暴れても迷惑になる人間なんかいないし…何なら酔って潰れてもいまは特別に私が世話をしてあげるよ♪」
なんだろう、彼女の言葉は何だか…心にスッと入ってくる。
それに、優しい声にニコニコな顔、なんか何だろう…僕ちょろいのかな?
というか僕今初めてちゃんと彼女の顔を見たよ、裸もあそこも見たのに。
一目で美少女とは思ったけど、何というかホントに美人だ。
黒い髪は部分的に赤く、いわゆるツートンカラー、その赤い目とはよく似合う。
現実の赤い目はもっと不気味な物のはずなのに、彼女の目はどこまでも美しい。
彼女の顔から目を離せない。
少女のような顔、大人びている顔、小悪魔みたいな挑発的な顔、全てを包み込むような包容力を感じる顔。
どこまでも不思議的で、無垢な、蠱惑な、綺麗な顔だ。
人の中身は大事だなと、僕は思った。
何故なら、この顔は、この表情はきっと、彼女の内から出たものだ。
それは綺麗な顔だけでは見えないものだ、見つからないものだ。
他に彼女と同じ顔をする人がいても、きっと彼女程の魅力がないと、僕は断言出来る。
そして僕は酒を飲んだ。