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大事な人との再会

 あの声の主は、間違いなく克久だった。

 克久は、私の夫だった。あの瞬間、その事実だけが思いだされた。彼といつ、どこで出会ったか、いつ結婚したか、彼との間に子供がいたか、そして、なぜ今はいないのか……。そういった詳細なことは思い出すことができなかった。

 なぜ、私たちは別れなければならなかったのか? そして、ゆーくんは私と彼の子供なのか、考えてみた。

 話を聞く限り、彼は仕事に対してのフラストレーションを溜めこんでいたらしい。そして、それが何かのきっかけで、爆発したのだろう。

 そのきっかけが、息子、ゆーくんが死亡したことだった……。考えられない話ではない。

 しかし、そんな真実は、現実は、嫌だ……。

 私は悶々としながらも、歩みを止めなかった。

 ゆーくんはきっと、より奥の方へと進んでいったはずだ。

 ゆーくんを、探さなくては……。

 そう思った矢先、前方に何かが歩み寄ってくるのが見えた。

 ゆっくりと、小さな子供がこちらに迫ってくる。

 間違いない、ゆーくんだった。

 しかし、その顔からは、黒い影のような渦巻きが、無表情な子供の顔に代わっていた。

 子供はゆっくりと向かってくる。手を突き出し、まっすぐと歩いてくる。

 私は一歩ずつ、後ろへ下がってゆく。

 私は、その顔に見覚えがあった。

「……(ゆたか)

 豊、それは確か、息子の名前だ。

 子供は、突然、足を止めた。

 そして、手をおろし、その目で私の方をじっと見た。

 無表情の瞳が、心なしか私を非難しているようだった。

 ねえ豊、そんな目で見ないでよ。

 見ないで。ねえ、見るな。

 刹那(せつな)、私の耳元で、音がした。

 それは、陶器が床に落ちて、粉々に砕けるような音だった。

 それが聞こえてきた瞬間、目の前にいる豊が、ひどく憎らしく思えた。

 お前なんて嫌いだ。嫌い……。

 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い……。

「大嫌いだ!」

 無意識に、叫んでいた。

 私は全速力で彼の方へ駆けよると、持っていた傘で、彼の頭を思い切り殴打した。

 豊は私が()ぎ払った方向に倒れた。

「うえええええん」

 殴られた彼は、先ほどの無表情から一変し、顔を思い切りしわくちゃにして号泣していた。

 それが、苛立ちをより刺激していく。

 うるさい。泣くな。泣くな!

「黙れえっ!」

 私は再び彼の頭を殴った。

「うえええええぇ!」

 泣き声がさらに強くなっていく。

 感情がぐちゃぐちゃになっていく。

 私の中の何かが、何かが……。

 もう、(ぎょ)しきれない。

 ガンッ、ガンッと何度も彼を殴打する。

 殴るたびに激しく泣きわめくが、そのたびにより一層殴りつける。

 ところどころ、出血しているのが見える。私が何度も殴打したことが原因だろう。

 彼がどれだけ痛苦に喚こうと、私は痛みを感じることができない。

 かといって、彼を痛めつけることに悦楽を感じるでもない。

 もはや、自分で自分が分からなかった。

 ……なんかもう、どうだっていいや。

 そう思ったころには、彼はもう動かなくなっていた。

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