あの世とこの世の冒険譚
中等部二年の西原詩音は、担任教師の佐伯に憧れる少し弱気な女子生徒。
一方、趣味のRPGを公式に部活動にするため、仲間の白岡彩乃や香坂夢莉と奔走。
その筋書きは、詩音を部長に据え、顧問を佐伯先生に依頼する作戦だった。
果たして詩音の恋の行方と部活の運命は…
TINAMI(http://www.tinami.com/)に掲載予定。
個人HPサイト「かれいどすこーぷ」(https://asami-m.jimdofree.com/)に掲載予定。
●まえがき
大変ご無沙汰となりました。初めましてorお久しぶりです。真鶴あさみです。
今回は、幾つか並行して考えていたネタのひとつに、偶然にも友人のRPG初体験が重なったことから、他のネタより一足早く作品にしたものです。
RPGといっても、一般的なデジタルなものではなく、昔ながらの会話型のものですが、これをきっかけに興味を持っていただければ幸いです。
この作品は今後、詩音たちRPG同好会のゲーム内での冒険譚や、日常での騒動を描く連作ショートショートとして続けていく予定です。
詩音たちの今後の物語も、ぜひお待ちいただければ嬉しいです。
作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。
本文と画像がマッチしていないのはそのせいです。あくまで参考程度にご覧ください。
今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。
また、今後の他の作品の絵師さんも募集しています。
あまりお礼はできませんが、ご興味があれば、ぜひよろしくお願いします。
●主な登場人物
□女性/■男性
□西原 詩音
担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部に所属。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。
■佐伯
詩音と彩乃の担任の国語教師。
■涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。
■鷹取 謙佑
ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。
■水野
夢莉の担任の体育教師。
◇0 プロローグ
ついに君たちは最後の試練を乗り越えて、迷宮最深部の謎の扉の前に辿りついた。薄暗くじめじめとしたまさに陰湿な広間に、時折響く何処かで水滴の滴り落ちる音だけが静寂を際立たせていた。
仲間たちの熱い視線が見守る中、ゆっくりと歩みだした君は、慎重にその扉の開錠を試みる。
鍵穴に刺した細い金属棒の感触を確かめるように、研ぎ澄ませた全身の神経を集中させて、僅かに指先を動かしていく。
仲間の中で最も手先が器用である君は、もちろん相応の経験を積んできたし、自信とプライドも持ち合わせていた。
―大丈夫、今回も上手くやれる―
やがて微かな音とともに、確かな手応えが指先に伝わった。
君は振り返りながら静かにこくりと頷く。仲間たちが息をのむ気配が、静寂の空間に広がっていった。
しかし次の瞬間、何もない静寂の空間の闇の片隅から染み出るように、いくつもの黒い影が現れ、あっという間に君たちを取り囲んでしまった。
静寂を破る高笑いが、遥か君たちの頭上から降り注いだ。
「あっはっはっ! これはまた面白い真似をしてくれる。まさかこれほど容易く罠に嵌ろうとはな!」
「何ぃ!」
リーダー格の剣士が間髪を入れずに反応する。
「それでは見せて貰うとしようか、その若き命の灯が消えゆく様をな。あっはっはっ、はっは…げふんげふん、ちょっと待っ…」
涙目でむせ返っているのは、もちろん悪魔でも魔王でもなく、何処にでもいるようなごく普通の女の子だった。
「ちょっと詩音、落ち着け落ち着け。大丈夫? ほれ、ゆっくりお茶飲んで深呼吸だよ…」
そう促すのも、同じ制服姿の女の子。彼女はお茶のペットボトルを差し出しながら心配半分の視線を向ける。
当然だが、彼女たちのいるこの場所も、魔王の潜む迷宮の最深部などとは程遠い、ごくありふれた学校の一室のようだ。教室にしては些か狭い気もするが。
ざっと目につくのは、整然と並んだ大きな会議用の白机と、同じく申し訳程度の座り心地の車輪付き椅子が数脚。開放的な明るい窓と、そして僅かな彩りをもたらす女子中学生が三人。
「しかし、あんたってば普段は目立たず影薄いのに、ゲームになると大胆というか、弾けるよねぇ」
もう一人、別の女の子がけらけらと笑う。声の感じは先ほどの剣士のようだ。
「けほっ、酷いよ、夢莉。私だって好きで影薄いわけじゃないよ!」
詩音と呼ばれた女の子が、ようやく落ち着きを取り戻して そう涙目で反論するが、きっと思い当たる節があるのだろう。何処か否定の言葉に力がない。
「そうかなぁ? 今日も佐伯の授業中ずっとちっこくなって俯いてたって話じゃない?」
佐伯というのは、この中学校に今年から新たに赴任した国語教師にして、詩音と彩乃のクラス担任…ではあるのだが、恋する詩音からすれば、ある意味、魔王以上に厄介な難敵だった。
「そ、そ、そんなこと…ないよ、ちょっと彩乃ぉ!」
痛いところを突かれた詩音は、しどろもどろで夢莉に反撃を試みながら、慌てて矛先を逸らすも、話を振られた彩乃は小さく舌を出しただけでやり過ごす。
そもそも詩音の授業中の様子を隣のクラスの夢莉が知りえるはずがない。詩音の様子を逐一知りえる立場といえば、同じクラス、しかも隣の席の彩乃であろう。本人に聞き質すまでもなく、話の出処は明らかというものだ。
「佐伯センセの視線って、詩音にとっては魔王のチャームよりも、めちゃめちゃ眩惑効果が高そうだしね」
彩乃の揶揄うような言葉に、むーっと抗議の視線を返す詩音だが、図星だけに何も言い返せない。
「いっそ魔王佐伯の軍門に下ってしまうのはどうだ、貴様にも悪い話ではないだろう?」
未だ剣士の趣の冷めやらぬ夢莉の魅惑的な提案に、一瞬唆されそうになる詩音だったが、自分自身に言い聞かせるように否定の言葉を紡ぐ。
「先生は魔王じゃないし! そもそも軍門に下るってどういうことよ?」
「え、毎日こっそりあんなコトやこんなコトとかしたり? 授業中に二人きりの異空間を発生させたり?」
無駄に想像力が豊かなのはゲームをする上では重要だが、この手の話題においてはまさに諸刃の剣だ。彩乃の言葉に反応して、詩音の顔が自分でもわかるように真っ赤に染まってゆく。
「ちょっ…私たちまだ中二だよ?」
詩音がどうにか反撃を試みようとしたその瞬間、ノックの音ももどかしく、豪快に部屋の扉が開け放たれる。
「ちょっとあなたたち、またなの? 少しは他の人のことも考えて静かになさい!」
扉の前で仁王立ちになっている威厳に満ちた女子生徒は、良く通る澄んだ声音でそう言い放つと、詩音たち三人の顔を一望する。
「…す、すみません」
消え入りそうな声で詩音が申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にすると、上級生らしいその女子生徒は大きく溜息をついた。
「いい加減に学習なさいな。この研修室は曲がりなりにも図書館の一部なんですから、もう少し静かに利用できないものかしら? 他の人の迷惑にならないように。それと、持ち込んだ飲食物は忘れずに持ち帰るように、ね」
一通り言いたいことだけを言うと、詩音たちの返答も待たずに、くるりと踵を返して悠然と立ち去る。その後ろ姿は颯爽としていて、言葉をかけることさえ躊躇いを覚えた。
その上級生の後ろ姿が見えなくなった頃、ようやく緊張の糸が切れたように彩乃が口を開いた。
「ふぁーこわこわ。ボク、やっぱり樟葉先輩、苦手だなぁ…」
恐怖から解放されたかのように、彩乃はほっと安心の表情を浮かべる。夢莉もそんな彩乃に同調した。
「ほんとにあんた中三か?って感じの迫力だよね。まぁ、研修室で騒いでるあたしらが悪いっちゃ悪いんだけどさ。もう、さすがというか、なんというか。『鋼鉄の冷嬢』って二つ名も伊達じゃないって感じ?」
「鋼鉄の冷嬢…」
詩音が噛みしめるようにその言葉を呟くと、その制服の袖口を彩乃が引っ張った。
「続きはどうするの、詩音?」
先ほどの冒険譚は確かにまだ道半ばだ。むしろ、これからがクライマックスといってもよかった。だが、一度機を逸してしまうとなかなか同じ雰囲気にもっていくのは難しい。
「お開き、って感じかな…」
否定の意を込めて掌をひらひらさせている詩音の心境を察して、夢莉が代わりに口にする。
大きなガラス窓を開け、研修室の部屋全体の空気を入れ替えると、詩音は窓にもたれながらぼんやりと外の様子を眺める。
眼下の校庭では、何人かの陸上部の短パン姿の生徒たちが、黙々と練習を繰り返している。
光る汗の煌めきなんてこの場から窺い知ることはできないが、詩音にはその光景が何処か眩しく、そしてまた羨ましくもあった。
「部活かぁ、部室があればなぁ。もっと人増やせるのになぁ」
自然に漏れる詩音の呟きに、彩乃と夢莉も反応する。
「確かに、ボクも安住の地は欲しいかも、だね」
「でも、部室云々の前に、肝心の顧問を探さないと、だろ? 第一、あたしらだけじゃ頭数が足りてないんじゃないか?」
無邪気な彩乃の同意に、夢莉の辛辣な一言が容赦なく突き刺さる。
「まずはそこからかぁ、先は長いよねぇ」
ひと際大きな溜め息をつきながら、詩音はそう弱音を漏らした。
「はーい、ボクは佐伯センセが顧問でいいと思いまーす」
「彩乃…あんたって、やっぱり馬鹿だろ?」
唐突な彩乃の提案を、夢莉が一刀両断で斬り捨てる。
「大丈夫大丈夫、ボクに任せて」
「はぁ…」
◆1 白岡彩乃
彩乃の根拠なき自信の発端は、数日前の夕刻に遡る。
いつもと同じように学校から帰宅した彩乃は、両親の経営するホビーショップの店番を任されていた。
ホビーショップなどと洒落こんではいるが、傍から見ればおもちゃ屋の延長線のようなもので、さほど多くもない来客も、そのほぼすべてが近所の子供たちと学生たちだった。彩乃のような年頃の女の子にとっては、どちらかといえば縁遠い存在ではあった。
そんな環境で育った彩乃は、幼少期からずっと、ゲームだのプラモデルだのブロックだのラジコンだの…といったものに囲まれて育ってきた。
もしも彩乃が男の子だったなら、それはさぞかし天国な環境なのだろうと思うが、あいにく彩乃は女の子である。全然興味がないのかと問われれば、皆無とまでは断言できないが、とりたてて積極的な興味を持つこともなく、さほど心惹かれるものでもない。
それでも家業であるからには、切っても切れない何かの縁があるのだろう。人生何がどう転ぶかわからないものだ。
その日は特に何か新製品の予約や人気商品の入荷があるわけでもなく、店内はいつにも増して閑散としていた。
物静かな店内に流れるのは、既に何百回となく繰り返されたロボットアニメの主題歌コレクション。エンドレスに垂れ流されているおかげで、一度も番組を見たこともないのにカラオケで歌えるかもしれないレベルに、彩乃の頭にこびりついてしまっていた。
あまりの暇加減に、レジカウンターの踏み台を兼ねた折り畳み木製椅子から立ち上がり、ハイテンションな主題歌をノリノリで披露し始めた頃、突然、店の出入り口が開くチャイムが鳴る。
「うぇあ、あー、いらっしゃ…」
誰かに聞かれてしまったかもしれないという恥ずかしさも手伝って、恐る恐る彩乃が視線を出入り口に向けると、そこには予想外の人物が立っていた。
「さ、佐伯センセ?」
「白岡? 何、バイト?」
お互いの存在が違和感しかないというか、この状況がうまく呑み込めないというか、理解するのに少々時間がかかるのは致し方あるまい。
それにしても、よりにもよって担任教師の前でソロライブとは、何たる羞恥プレイなのだろう。
「中学生のバイトは禁止…」
第一声がそれなのか、と些か呆れ顔で彩乃は否定する。
「何か心配事とか、そう、お金が必要な事情なら、先生で良ければ相談に乗るから」
「いやいや、ここボ…私の家なんで」
担任教師として個人的な心配をしてもらえるのはありがたいが、早合点というか飛躍しすぎというか、もうちょっと冷静に物事を判断してほしいと、彩乃は思う。
「あー、佐伯センセはこの春からだから、たぶん初耳だったかも?ですよね。この店、地元のクソガキどもにはそれなりに人気なんですよ、それなりに」
佐伯先生はうちの中学に赴任してまだ一年目の新顔だ。もっとも他校ではそれなりに実績があるだろうから、新卒新任というわけではないが、当然いろいろと知らない地域や生徒の詳細も多いだろう。
「知らなかった。まさか受け持ちクラスの生徒の家だったとは…」
「もしお金に困ってたら、稼ぎのいい怪しいバイトを紹介したのに、とか?」
大人を揶揄うように、彩乃は少し舌を出す。
「あいにくその手の店は縁がないんだ。そもそもそんな怪しい店で、白岡みたいな女子中学生が働いていたら、それこそ大問題だろう…」
「あははは、まぁそれはそうかも。だけど、ボ…私もどっちかというと男子の人気はイマイチみたいなんで、男の人の需要はそれほどないかもですね…」
自虐的にそう言ってみたものの、多感な年頃の彩乃にとっては、相応に深刻な悩みでもあった。
男の子と仲が良いということと、男の子に好かれているというのは、似て非なるものである。
もし、彩乃が以前と同じままだったなら、さほど深く考えずにさらりと流していたそんな感覚も、最近はそれなりに気になるようになってきていた。
それが思春期ってものだ、と何となく漠然とそう感じてはいるものの、彩乃自身が何か特に変わったわけでもなく、周囲の環境にも取り立てて大きな変化があったわけでもない。
カラフルな普段着でランドセルを背負い街じゅう狭しと駆けずり回っていた子供が、洒落た制服と学生鞄の似合う朗らかな少女に変身を遂げたという、たったそれだけのことでしかないはずなのに、一巡りの四季が過ぎようとする頃には、クラスの皆が皆、まるで忘れていた何かを思い出したかのようにそわそわと、よくわからないものを語り、求め、経験していく。
表面上は我関せずを貫いていた彩乃だったが、正体不明の焦燥感は次第に周囲へと伝染し、身の周りの詩音や夢莉も徐々に何かを感じ取っているようだった。
たぶん焦っているわけじゃない、と彩乃は思う。それでも親友たちに置いていかれたくはない、とも感じている。かといって、何かに積極的に向き合おうという意欲と覚悟も足りていない。
それは、いまさら過ぎる後悔の念がもたらした彩乃の心の傷が、やっとかさぶたになってきたという証なのかもしれない。
「いや、白岡だって男子に人気あるだろ。活発で愛嬌あるし」
そんな言葉がすんなり出てくるなんて、意外と佐伯先生はしっかり各々の生徒を見ているのだと、彩乃は少し感心した。
「お世辞でも嬉しいですが、そういうの世間一般には、猪突猛進で大雑把っていうんですよ」
「あぁ、確かに…」
そこは否定しないのか、と心の中でツッコミつつ、それも佐伯先生らしいな、などと彩乃は思う。
「で、今日は何を?」
営業スマイルに戻った彩乃が、ようやく本来の業務に復帰する。
「頼んでいた本が届いたって連絡が…これが注文の控えで…」
「はい、少々お待ちくださいね」
佐伯先生に手渡された伝票を頼りに、レジカウンター後方の棚を物色する。商品の注文や予約が殺到するほど繁盛している店でもないし、すぐに探し出すことができるだろう。
「この前の店員さんは、白岡のお兄さん?」
「あぁ、謙ちゃ…鷹取さんは親戚の学生さんで、従兄?ってやつですね。もうじき来ますよ」
今回の佐伯先生の予約を受け付けたのは、この店のアルバイトの大学生、鷹取謙佑だった。親戚の彩乃がいうのもあれだが、わりと今風のさっぱりした、いわゆるイケメンというやつである。
「鷹取さんが、何か?」
「あぁ、なんか、イケメンな店員さんだな、と」
―もしかしたら、佐伯センセって―
ここ最近、学校内で広がりつつあるひとつの噂がある。
佐伯先生が自宅に不特定多数の若い男性を引っ張り込んでいるというもので、一説では女性に興味がない、いわゆるそっち系の人だという話なのだ。信憑性のある目撃証言も幾つかあり、完全な眉唾ともいえない状況だった。
別に中学校教師という立場なら、何かの質問や相談をしに訪れる生徒がいても不思議ではない。だが、肝心の中学生の姿はおろか、一人として女性が訪れる様子もないとなれば、要らぬ想像を生んでしまうのも無理はない。
もし仮にそれが事実なら、詩音の初恋は宣戦布告の前に敗戦確定の状況だし、今後の国語の授業は詩音には針の筵、精気のなくなった無残な屍を見続けなくてはいけない。隣の席の彩乃にとっても、全く関係のない話ではなかった。
―やっぱり初恋は実らないのかな―
妙な空気が流れる不思議な時間が過ぎ、やがて彩乃は目的のものを探し当てることができた。
「はい、これですね、間違いないですか? って、これ…」
レジカウンターの佐伯先生に向き直りつつ、紙袋から取り出した数冊の予約品をテーブルに並べ始めた彩乃は、途中で言葉に詰まってしまう。
小刻みに震えだした彩乃は全身が冷たくなって、まったく力が入らない。視界の端が薄暗く色褪せ、ぼんやりと涙で歪んでしまう。
彩乃は過去に一度、数か月前にその状況を体験していた。
そう、すべてが始まり、そしてすべてが始まる前に終わってしまったあの時に…。
「白岡?」
「なんで、この本…佐伯センセが、どうして」
―やっぱり初恋っていうのは―
それからの彩乃の記憶は相当あやふやだった。
佐伯先生に支えられ、レジカウンターの折り畳み木製椅子に腰を下ろし、ぽつりぽつりと幾つか昔のことも話したが、彩乃自身が伝えたいと思っていたより、さらに輪をかけて支離滅裂な内容だと感じた。
「もう大丈夫です、ありがとうございました。センセ…」
「ほんとに平気か? 無理はするなよ?」
彩乃はこくりと頷く。
「えーと、つまり、白岡の初恋の人が同じ本を予約したが、結局、本人に渡せなかった、と…」
「彩乃…でいいですよ、ガッコじゃないんだし…」
「え、いいのか? いくらなんでも、いきなりちょっと馴れ馴れしくないか?」
戸惑う佐伯先生の様子がちょっと可愛く思えて、彩乃は僅かに微笑んだ。
「まぁ、それもあって、なんかこれも不思議な縁っていうのかな。詩音たちと一緒にTRPGを始めて…」
「詩音…あ、西原か」
佐伯先生が受け持ち生徒のフルネームをしっかりと覚えていたのは、少し驚きだった。
「そう、その西原詩音と、あと隣のクラスの香坂夢莉。今のところはその三人だけですね」
「香坂って確か、新体操かなんかだろ、大丈夫なのか?」
「よく知ってますね…」
確かに夢莉は、学校内でも相当目立つ存在だった。
中二の女子にしてはそれなりに背も高いほうだし、男女問わずに分け隔てなく接する態度や、とりわけ一部の女子を熱狂させる独特な雰囲気の低い声。そしてさらに、体操部で惜し気もなく披露される、均整の取れたプロポーションのレオタード姿とくれば、男子の反応も悪いわけがない。
そう考えると、どうしてアンチ夢莉派の生徒が殆どいないのかも、何となく察することができた。
「あ、でも、新体操じゃなくて体操部、平均台とか平行棒とかですね。今はちょっと怪我があって療養中なんですよ」
「なるほどな…あぁ、それでなのか。研修室が騒がしいから早く何とかしてくれ!と、神楽の気が立って毎度苛々しているのは、そういった事情か。ようやくこっちにも話が見えてきたな」
神楽というのは樟葉先輩のことで、この辺りでは珍しく、古くから続く由緒正しき名家の家系らしい。樟葉先輩の立ち振る舞いを見ても、あぁそうかとすんなり納得できるのが何ともいえない。
たぶん樟葉先輩が図書委員だから、きっと国語の佐伯先生とも話す機会が多いのだろう。しかし、それほどまでに彩乃たちが煙たがられていたとは。
「でも、佐伯センセが実はTRPGに興味があったなんて、全然予想してなかったですよ」
彩乃がそう言うと、佐伯先生は小さく首を振って否定する。
『違う、TRPGじゃない、RPGだ!』
この言葉を予想していた彩乃は、相手の言葉に合わせるように同じセリフを重ねた。
「なんだ、彩乃、知ってるのか…」
何処となくがっかりした様子の佐伯先生に向けて、彩乃は小さく胸を張る。
彩乃は過去に二度、二人の人物からこの言葉を聞いていた。一人はアルバイトの謙佑、そしてもう一人は、あの…。
「まぁそのうち、彩乃たちと一緒に何かできるといいかもな」
なんということだろう。これはまさに千載一遇、願ってもないチャンスの到来だ。彩乃自身はもちろん、きっと詩音が聞いたら小躍りして浮かれ騒ぐのが目に浮かぶ。
「それなら、ぜひ…」
と彩乃が言いかけた瞬間、店の出入り口が開くチャイムが鳴った。
「あ、お帰りなさい、謙ちゃん!」
◇2 帰り道
いつもと同じ放課後の帰り道を、いつもと同じ顔ぶれで歩く。
当たり前のたったそれだけのことが、なんとなく楽しく嬉しいのは、この年頃の誰もが経験する、不思議な、それでいて恐らくとても貴重な体験なのだろう。
「…というわけで、あともうひと押し!って感じかなぁ」
彩乃が一連の騒動を、大事な部分をはぐらかしながら、掻い摘んで語り終える頃、三人は学校最寄りの駅前広場に辿りついていた。ここからは立ち話という名のエンドレスなロスタイムに突入するのが、この年頃のお約束というものだ。
「でも、噂によると、佐伯は女にまったく興味がない、って話なんだろう? まぁ、水野みたいに見境のないスケベ教師よりはマシかもだけど、攻略するならそっちのほうがよっぽど楽だしなぁ…」
「噂…」
「そのことなんだけど、たぶん誤解だと思うよ」
不安げな詩音の表情を察したのか、彩乃が自身の推測を交えて意見を述べる。
一通り彩乃が話し終えると、夢莉がその要旨をまとめ上げる。
「えー、つまり、佐伯はゲームが趣味で、自宅に男連中をとっかえひっかえ引っ張り込んでたってのは、仲間たちとゲームをするためで、週末は朝までお楽しみだった、ってわけか」
「ちょっ、言い方ってものが…」
要点だけを的確にまとめた夢莉のストレートな発言に、詩音が動揺する。
「とにかく、佐伯をゲーム部の顧問として引っ張り込めば、すべての問題が一挙に解決する、ってことになるわなぁ…」
「そうそう」
「そんな上手くいくのかなぁ。それに、きっと迷惑じゃないかなぁ」
積極的に悪巧みを計画する彩乃と夢莉とは対照的な、あからさまに消極的な詩音の様子が手に取るようにわかる。
「何言ってんのさ、あんただって満更でもないくせに」
あくまで強気な夢莉の勢いに、流されまいと懸命に抵抗してみせる詩音ではあったが、所詮は二対一、圧倒的に不利な情勢だ。
というより、きっと詩音の心には打算的な思いがあったのだろう。
ことがうまく運んでくれたら何よりで、ゲーム部の問題はもちろん、個人的な恋も少しばかり進展するかもしれない、という淡い期待が持てるのである。
また、作戦が失敗に終わり、佐伯先生に顧問を断られたとしても、詩音自身が反対していたという事実さえあれば、どうにか自分に対しての言い訳が立つような気がした。
「あーんっ! だから、もう!」
よほど揶揄い甲斐があるのだろう。詩音の絵に描いたような狼狽えぶりに、二人は暖かくも残酷な微笑みを浮かべるばかりだ。
「さぁ、勇者詩音よ、覚悟を決めるのだ…」
「ゲーム部のことはともかく、ボクは詩音の恋を応援したいよ」
恐るべき圧力の前に、詩音の空しい抵抗が続くわけもなかった。
「あー、わかったわよ! もう二人の思うようにしてよ!」
詩音は半泣きでそう言うと、二人は小さくガッツポーズをしてみせた。
「それじゃ、ボク、明日の放課後、さっそくセッティングするね。いつもの研修室に集合で…」
「…ということで、明日までに佐伯の口説き文句を考えておきなよ、ゲーム部長さん!」
ハイテンションな二人は、さらに満面の笑みを浮かべると、まじまじと詩音の顔を見つめる。
「はい? 私? え?」
「勇者詩音よ、ここは潔く、とっとと吶喊するしか道がないぞ?」
何度目かの剣士の言葉で、夢莉は唆すように囁く。
「はぁ? とっとととっかん…って、吶喊って何よ、どういう意味?」
聞きなれない単語に反応して、詩音が疑問とも反論ともつかない声を上げる。
「あぁ、突撃前に気合の雄叫びを上げつつ、一気呵成にそのままの勢いってやつで…」
彩乃がわかりやすく解説するが、夢莉はそれをさらなる一言で上書きする。
「バンザイ突撃…」
「それって、結局、玉砕ってことじゃない!」
ひと際大きな声を上げて詩音が拒否する。
「それにしても、いったい佐伯の何処が良いんだかねぇ…」
詩音の狼狽えっぷりを堪能するように、夢莉はそんな疑問を投げかける。
「えっ? 何処が…って、そりゃあ、いろいろと…」
駅前で詩音たちと別れた夢莉は、駅のホームで次の列車が来るのを待っていた。
この街自体が、都会とも田舎とも言い難い微妙な位置にあるおかげで、待たずに乗れるほどではないが、散々待たされるということもない。むしろ、それなりの本数の優等列車が停まってくれるだけ恵まれてはいるのだろう。
ホームには夢莉と同じ制服の生徒たち。もちろん男子生徒の姿もあるが、どういうわけか騒がしいのは殆ど女子のほうである。
幼児を連れた買い物帰りの母親や、病院通いのお年寄り、ランドセルを背負った小学生、スマホ片手に商談するスーツ姿の青年、そう、ここには様々な人が集っていた。
ホームの先頭部分、ちょうど列車の一両目が停まる位置に立って、夢莉はぼんやりとその光景を眺めていた。
「よぉ、夢莉、今帰りか? 随分遅ぇなぁ」
いつの間にかすぐ近くに歩み寄ってきていた男子生徒が夢莉に声をかける。
「馴れ馴れしく呼ぶな、って言ってるでしょ、涼太!」
この涼太は夢莉にとって、詩音と同じく幼馴染みの間柄だ。幼稚園に通う以前から、そう、まさに物心がついた頃からずっと一緒の、気の置けない関係である。
中学二年の今となっても、同じ学校の同じクラスの隣の席、おまけに家までお向かいさんともなれば、これは腐れ縁以外の何物でもない。
「まぁ、エンドレス移動相談室、って感じよ。別に今に始まったことじゃないんだけど」
「あー詩音のやつかぁ…。あいつ、国語の佐伯に惚れてるって話だろ? 大丈夫なのかね」
「そんなに心配なら、直接本人に聞いてみなさいって。早くしないと手遅れになるかもしれないんだからね」
昔はよく三人で暴れまわったものだ。涼太がなんとなく詩音のことを気にするのも極めて自然な成り行きだろう。
「いや、俺が心配してるのは、お前のほうだし」
「はぁ?」
夢莉が大きな声で疑問を口にする。
「詩音のやつ、もう信じられんくらいとことん鈍いからなぁ…。自分のことさえ見えてないし、ましてや夢莉や周りの連中が何を考えてるかなんて、これっぽっちも…」
「それは、別に、いい…うん、いいんだよ」
涼太はさすがに鋭い。だから嫌いだ。それが夢莉の素直な感想だ。だから夢莉は反撃に打って出ることにした。
「ところで、あんたこそ、なんで帰宅部なのにこの時間なのよ?」
「まぁいわゆる、視聴覚室でビデオ鑑賞会、ってあれだ」
ぴくっと可愛く反応してしまった夢莉は、冷めた視線で涼太を睨みつつ、一段と低い声で曖昧な返事をする。
「そいつは良ぉござんした。新人の推し女優でも発掘したの?」
「いや、いるっちゃいるんだけど、なんつーか…」
妙に歯切れの悪い涼太の物言いに苛立ちを覚え、夢莉が追い打ちをかける。
「何なのよ? はっきりしないやつね…」
「俺としちゃ、やっぱり夢莉みたいな感じのだな…」
「あー、涼太は微妙に発展途上の未完成体形がお好みだと、そういうことね」
呆れたようにそう言いながら、夢莉は涼太を氷のような冷たい視線で見つめる。
「いや、そうじゃなくてだな…」
必死に弁解しようと試みる涼太を揶揄うように、さらに夢莉は畳みかけた。
「でも、未完成体形っていうなら詩音のほうが良いんじゃない? あたし、最近胸が目立ってきちゃったし…」
その夢莉の一言に吸い寄せられるように、自然と涼太の視線が夢莉の胸元へと誘われる。
「スケベ…」
「いや、おまっ、そりゃ、ぬぅぅ…」
顔を赤くして咄嗟に目を逸らす涼太の様子がおかしくて、夢莉の表情も緩んでしまう。
「あんた、昔からよく幼稚園の頃のアルバム見てたもんね。浮き輪から手足が生えたようなのばっか見てたら、そりゃ目覚めるってもんじゃない?」
「だから、違うって…」
けらけらと笑う夢莉の声に導かれるように、二人の目前にゆっくりと列車が滑りこんできた。
◇3 西原詩音
―どうしてこんなことになっちゃったんだろう―
かれこれ一時間近く、詩音はお風呂の湯に浸りながら考え込んでいた。
確かにいろいろと明日のことは、詩音にとってもチャンスではある。
佐伯先生と個人的に話ができれば、何か一歩でも前に進めるかもしれないという淡い期待と、もちろん本題のゲーム部の創設に関しても、顧問をお願いできれば願ったり叶ったりだ。
しかし、どうにもこうにも物事の展開がいきなり過ぎて、何処かあの二人にいいように乗せられたといえなくもない。
嬉しさ半分、悔しさ半分…というより、まさに詩音の心の殆どすべてが、不安に占められているといっても過言ではなかった。
湯の中で体を動かすたびに、水面に立った僅かな波音が詩音の耳に届く。
何度目かの溜息をつきながら、詩音はそっと目を閉じた。
すべては昨年、詩音の兄が亡くなったことに始まる。
念願の高校へと進学したばかりのごく普通の学生だった兄は、帰宅途中に巻き込まれた突然の交通事故によって、帰らぬ人になった。
あまりに唐突な出来事過ぎて、詩音たち遺された家族は茫然自失で対応に追われた。すべてが非現実的で、悪い夢を見ているようだった。
詩音の心にも何処かぽっかりと穴が開いてしまったようで、なんとなく違和感を覚える日常がしばらく続くことになった。
そんな詩音の生活にようやく転機が訪れたのは、今から数か月前、兄が亡くなってからも数か月が過ぎた頃のことだ。
いつもと同じように中学校から帰宅した詩音は、自宅の前で何処かそわそわと落ち着きがなく周囲の様子を伺っている、同じ制服姿の女子生徒を見かけた。
暫しの間を置いた後、詩音は思い切って女子生徒に声をかけると、ひぅっ、と声にならない驚きの叫びをあげて、彼女はまじまじと詩音の顔を見つめ返してきた。
それは同じクラスで隣の席の白岡彩乃だった。
「白岡さん? どうして…」
幾つかの疑問を詩音が口にするより早く、彩乃はぺこりとお辞儀をすると、脱兎のごとく逃走を始めた。
呆気にとられて取り残された詩音は、翌日の教室で、唐突に彩乃に声をかけられたのだった。
放課後に少し付き合ってほしい、というどうとでも解釈できる言い回しで、果たしてそれがどういう意味なのか、詩音の想像は斜め上に加速するばかりだった。
隣席のクラスメイトとはいえ、特にそれまで深く話す機会があったわけでもないし、もしかしたら何か気づかぬうちに、彼女に迷惑をかけるようなことをしてしまっていたのかもしれない。
不安に駆られた詩音が、昼休みに隣のクラスの幼馴染み、香坂夢莉を訪ねて相談すると、返ってきたのは「女同士でも、たまによくある」などという意味不明な言葉だけだった。
緊張のピークで放課後を迎えた詩音は、彩乃に促されるように一緒に下校しながら、その途中でいろいろと話をした。
詩音が杞憂していたような斜め上の展開には当然ならず、当たり障りのない自己紹介のような話題から始まって、彩乃は様々なことを話してくれた。
その中で詩音は、今まで知らずに過ごしてきた様々な事実を知ったのだった。
彩乃の家がホビーショップを経営していること。
詩音の兄が生前、頻繁にホビーショップを訪れていたこと。
注文したものが届くたびに、兄に連絡するのが彩乃の役目だったこと。
幾度かやり取りを重ねるうちに、次第に二人は仲良くなっていったこと。
だが突然、店のすぐ近くで交通事故が起きて、兄が巻き込まれたこと。
彩乃自身も目撃者の一人で、偶然その場に居合わせたこと。
そして…
兄が亡くなる数日前に、彩乃が最後の注文を受けていたこと。
それが先日になってようやく店に届いたこと。
すべてを聞き終えた頃には、詩音の頬に一筋の涙が伝い落ちていた。
まさかクラスメイトから兄のことを聞くことになろうとは、予想外の展開過ぎて彩乃の話についていくだけで精いっぱいだった。
今更の話でごめんなさい、と涙声でしゃくりあげる彩乃も、滲んだ涙が大きな瞳に溢れていた。
やっとのことで感謝の言葉を紡ぎつつ、詩音が彩乃をそっと抱きしめると、彩乃は堰を切ったようにぽろぽろと大粒の涙を零し始めた。
「大丈夫、わかるから、わかってるから、白岡さんの気持ち…」
その詩音の言葉がとどめになったのだろうか、彩乃は詩音の肩に顔を押し付けるように、わんわんと声をあげて泣き始めた。
駅へと続く通学路の途中で、制服姿の女の子が大声をあげて泣いているのだ。周囲の注目を一身に集めながら、それでも構わず彩乃は泣き続けた。
たぶんその時の彼女にはそうすることしかできなかったのだろう、と詩音は思う。
詩音はそっと彩乃の肩を支えるように、再びゆっくりと最寄り駅への道を歩み始めた。
―そう、きっと私たちは立ち止まってちゃいけないんだ―
お風呂の湯に、まるで潜水艦のように口元を半分沈め、詩音はゆっくりと目を開ける。
だからきっとあれも運命の一部ってものなんだろう。
その後、彩乃とは親友と呼べる関係になったし、兄の代わりに詩音がホビーショップを訪れることも増えていった。
やがて、兄が最後に注文していたという例の本を足掛かりに、店員の謙佑さんという大学生にあれこれ尋ねながら、試行錯誤の手探りを繰り返し、なんとか漠然とRPGというものを理解した。
怪我の治療中だった夢莉を、これ幸いと半ば強引に巻き込んで、とりあえず三人でRPGのプレイを続けて今に至るというわけだ。
そう考えると、兄にももう少し感謝しなくちゃいけないのかもしれない、と詩音は思う。
「だからって、なんで私が部長なんて…」
半分水の中にいるのを忘れたまま、そう抗議の声を上げようとした詩音が、危ういところで溺れそうになる。
まぁ、考えればそうなるであろうことは、詩音にも理解はできる。いわゆる消去法というやつだ。
彩乃には大事な店番があるし、夢莉は怪我が治れば体操部に復帰することになるだろう。他に誰か目ぼしい部員勧誘の当てがない以上、詩音が部長を務めるのが妥当というものだ。
そもそも、部活として認められる最低人数の確保さえ怪しい現状で、部長に祭り上げられたとして、詩音にいったい何ができるのか。自分でも疑問に思う。
しかも、強引に顧問を押し付けようとしているのが、あの佐伯先生なのだ。
佐伯先生がゲーム好きっていうのはわかった、それは良しとしよう。
だからといって、「ゲームが好きなら当然、顧問になってくれますよね?」とはいかないだろう。物事はそんなに単純じゃないはずだ。
まぁ百歩譲って、部長は詩音で良いとする。顧問を依頼する役目も、まぁ良いだろう、そのくらいは引き受けてみせよう。
だが、肝心の交渉相手がよりにもよって、あの佐伯先生なのだ。
考えてみれば、この春から佐伯先生が赴任してきて、偶然か必然かクラスの担任になり、毎日のように顔を合わせてはいるものの、詩音の側から声をかけた覚えなどあっただろうか?
きっかけが何もなかったといえばその通りなのだが、では、今回のこれを突破口にして、詩音が積極的な一大反攻作戦に転じるのか、と聞かれれば、答えはイエスという状況にはほど遠い。
「さぁ、勇者詩音よ、覚悟を決めるのだ…」
夢莉の演じる剣士の声が、詩音の頭に響き渡る。
まぁ実際にファンタジーの世界で魔王討伐を任じられた勇者の心境なんて、こんなものなのかもしれない。
現実の世界だって、危険な戦場に派兵された兵士だったり、ヤバい会社の危ない仕事だったり、いろいろあるだろう。
それらに比べたら、別に命を落とすわけでもないし、手足の一本も失うわけでもない。今回の詩音に課せられた試練…とさえ呼べない何かは、そういう程度のものだと理解もしている。
「でも、やっぱり結局、魔王佐伯に行き着くわけだし…」
それは避けることのできない固定イベントだ。あとはこれが敗戦確定イベントでないことを祈るしかない。
詩音にとってはまさに正念場、明日は一大決戦である。誰が何と言おうと、詩音の将来を左右するかもしれない戦いになるのだ。
「えぇい! よし、もう考えるのはなしっ! 無心こそ必勝の計なり、ってことで…」
覚悟を決めたのか、思考を放棄したのか、はたまたすべてを諦めたのか、それとも運を天に任せることにしたのか。
詩音はざぶんと音を立てながら、勢い良く立ち上がると、湯船の中で小さくファイティングポーズを決めた。
浴室の鏡に映った自分に向けて、自らを鼓舞するように、詩音は大きく息を吸い込み胸を張る。
「やるぞー、やってやるぞー!」
浴室特有の効果的なエコーに強調されて、詩音の決意の雄叫びが抜群の響きを轟かせる。
未だ霞み続ける湯煙の中、堂々と胸を張り、両の拳を握りしめ、鏡に向かって固まっている全裸の女子中学生の姿が、そこにはあった。
◇4 もうひとつの想い
彩乃は学校から帰宅するなり、ホビーショップのバックヤードでそそくさと着替えを済ませて、そのまま足早に店内へと顔を出す。
今日はこの時間から既に謙ちゃんが店番をしていた。
「あぁ、彩ちゃんお帰り。どうしたの、そんなに慌てて、なんか急用?」
「ただいま謙ちゃん。ちょっといいコト思いついちゃったからね。善は急げ!ってやつ?」
彩乃はそう言いながら、レジカウンター脇にある小さな伝票ファイルの棚を確認していく。注文品依頼証のファイルのもっとも新しいものに、彩乃のお目当ての一枚が綴じられていた。
傍らのメモ用紙に必要な情報を控えると、再びファイルを棚に戻し、おもむろにレジカウンターの電話機を手に取った。
「店番するんじゃないの?」
「しぃーっ!」
順当すぎる謙ちゃんの疑問を遮って、メモした通りの番号を打ち込んでいく。やがて、鳴り始めた呼び出し音が数回繰り返されたのち、聞きなれたあの声が彩乃の耳に飛び込んできた。
「えーと、失礼します。白岡です、こんばんは。実は少しお尋ねしたいことがありまして、お電話いたしました」
彩乃は努めて事務的な口調でそう話を切り出すが、相手はこちらの意図を根本から無視して、砕けた返答を返す。
相手のペースに流されないよう、自分自身に言い聞かせるように、彩乃は淡々と続けた。
「はい、その彩乃です。折り入ってご相談したい重要なお話があるのですが、お時間少々よろしいですか?」
彩乃の隣でさり気なく聞き耳を立てていた謙ちゃんが、雰囲気を察してゆっくりとバックヤードに引き上げていった。彩乃は感謝の意を込めて小さく手を振った。
しかし、さすがに彩乃の思惑通りとはいかず、相手も容赦なくこちらの痛いところをついてくる。
「そのことに関しては、先日ご注文になられた時の連絡先が記録に残っておりまして…」
まぁそれも想定内の質問だ。落ち着いて対処すれば、まったく問題ない…はずだった。
「いえ、ですから個人情報に配慮しまして、個人のスマートフォンからではなく、店内の…」
次第に彩乃の声が大きくなるとともに、表情にも余裕がなくなりつつあり、言葉尻にもぼろが出始める。
「いえ、だからその…、ああぁん、もう! センセだってボクんちの場所、知ってるわけでしょ? おあいこだよ、おあいこ。いいじゃん、別に電話くらい…」
結局すべてが元の木阿弥というやつである。先ほどまでの緊張感のある口調から一転、彩乃は本来の自分らしい言葉遣いで、ぶっちゃけトークに突入した。
「はいはい、誰にも言いません、教えません。もちろん毎晩かけたりなんてあり得ないってば。むしろそんなに暇じゃないんで、こう見えても…」
本来なら詩音にこの番号を知らせてやりたいが、本人に釘を刺されてしまえば断念せざるを得ない。まぁそのうち何か手を考えよう。
「あ、はい。実は折り入って相談したいことが…いやいや、冗談じゃなくて本当にですね。あぁ、ボクじゃなくて、その、詩音がですね、どうしても佐伯センセに…って…」
佐伯先生との電話でのやり取りを簡潔に纏めると、頃合いを見計らったように謙ちゃんが戻ってくる。
「もうお話は終わった? 彩ちゃん、急に真面目な喋り方になっちゃうから、さすがにちょっと驚いたよ」
彩乃を気遣ってか、深く詮索せずにそう言って笑ってくれる謙ちゃんに感謝しよう。
「でも、お店のお客さんの個人情報を勝手に使っちゃうのは、やっぱり問題あるんじゃないのかな?」
普通、常識的な社会人だったらそう思うだろう。佐伯先生もその点は同じことを指摘していた。
「そう思ったから、ボクのスマホじゃなくて、お店の電話でかけたんだよ。まぁ、佐伯センセにはボクの自宅もバレてるし、お互い様でしょ、たぶん?」
「佐伯先生だったんだ。でもそれなら学校で話せばいいんじゃない? 確か、彩ちゃんのクラス担任だって言ってなかった?」
「それができれば苦労はないんだよ、いろいろあるんだよなぁ、これが」
ふぅーっと大きく息を吐いて、レジカウンターに頬杖をついた。まさにやる気のない店番そのものの姿である。
「あぁ、詩ちゃんに聞かれちゃ拙い話ってわけか。確か、詩ちゃんも佐伯先生が好きなんだって言ってたよね。でも、彩ちゃんも先生に…ってことになると…」
「あー、それはないから安心して…。ボクには、佐伯先生よりももっと気になる人がいるからね」
彩乃はそう言いながら、店の前を通り過ぎる買い物客に視線を向ける。
一般の街行く買い物客にとって、このホビーショップが数多く並ぶ店のひとつにすぎず、興味を示す僅かばかりの奇特な者だけに重要性があるように、例えば佐伯先生にとって、彩乃も詩音も夢莉も、もちろん他の生徒たち全員も同じような価値を持った存在でしかないのかもしれない。
もちろん、理想論として、学校の教師が生徒に対して示す関心は平等になるべきなのかもしれないが、時には詩音のようにその均衡を崩したがる者が出てくることもあるだろう。
それが良いことなのか悪いことなのか、今の彩乃には判断がつかないが、誰かが他の誰かに好意を持って、その想いを叶えるために必死に努力を積み重ねようとすることを否定する必要性は、今のところ見つからない。
「謙ちゃんさ、もし、ボクみたいな年頃の女の子に、真剣に想いをぶつけられたら、正直どう感じるのかな?」
「それって、詩ちゃんと佐伯先生のこと? まぁ、自分だったら…少なくとも悪い気はしないかな…」
少し首を傾げながら、慎重に言葉を選んで謙ちゃんは続ける。
「でも、実際に先生と生徒っていうのは…しかも中学生となると、そういう関係を意識するのはさすがに後ろめたいというか、恐らくそう簡単に、そうですかって結論は出しにくいんじゃないかな」
彩乃は極めて複雑な表情を浮かべて、無言のまま謙ちゃんの話を聞いている。
「仮に本当にお互いの心が通じ合えたとして、それからの日常で周囲にそれを気取られないようにするっていうのも、もしかしたら告白するまでの苦労よりも精神的に大変かもしれないね。まぁ、真の愛があるなら、二人で乗り越えていけるのかもしれないけれど…」
「そっか、なら、先生と生徒じゃなければあまり障害はないのかなぁ」
「卒業すれば…って話?」
「いや、別にそういう話じゃなくて…」
謙ちゃんは確かにイケメンだし、正直でいい人なんだけど、少しばかり鈍いんじゃないか、と彩乃は思う。
でも、どうして詩音は佐伯先生に熱を上げるようになったんだろう。
今更ながらではあるが、ふとした疑問が彩乃の心に降って湧いた。
「そういえば、詩ちゃんのお兄さんも、確か学校の先生になりたいって言ってたような記憶があるなぁ」
「あぁ、確かに…でも小学校の先生だったような…」
彩乃にとっては懐かしくもほろ苦い想い出の光景。そのセピア色の情景の中で、確かに詩音の兄はそんな夢を語っていた記憶がある。
小学校のやんちゃ盛りの子供たちに囲まれて、一緒になって笑顔を浮かべる彼の姿を、彩乃自身もどこかからそっと見つめている…それがきっと彩乃の夢でもあったのだろう。
「夢の中のお兄ちゃんの姿に恋しちゃったのか、詩音は…」
そう考えると、彩乃が佐伯先生に特別興味を惹かれなかったのは、どうしてなのだろう。詩音と彩乃の心境に何か大きな違いがあったのだろうか。
―あっ―
目を閉じて暫く考えを巡らせると、彩乃はとある一つの仮説に行き着く。
詩音の兄が事故にあったとき、彩乃はすぐ近くでその光景を見ていた。それは決定的な衝撃を伴って彩乃の記憶に刻まれてしまった。
その瞬間をもって、彩乃は…彩乃の頭の中では、彼の時間は止まり永遠に封印されてしまったのだ。
それは想い出の中の初恋の相手が、良くも悪くもそのままの形で延々と生き続けることに他ならない。つまり、彩乃の中の彼の存在は、未来永劫連綿とあの時の姿を留めていくわけだ。
もちろん、それ相応に彩乃自身は成長せざるを得ない。日々の生活が次第に記憶の中の彼との距離を遠ざけていく。それはまだまだ始まったばかりだが、いずれ決定的なものとなって、いつか彩乃の心に変化をもたらすのかもしれない。
しかし、恐らく詩音は違ったのだろう。気が付いた時には兄はもうこの世におらず、その決定的な何かに立ち会うことがないまま、日々を過ごしてきた。
ひとたび詩音が目を瞑れば、そこには兄がいたかもしれない日常が広がっていた。
だからこそ、現実の詩音の時間の経過に合わせるように、もしくは未来の可能性としての兄の姿を、現実の何処かに見出していたのかもしれない。
「だから、佐伯センセなのか…」
彩乃にとっての佐伯先生は、詩音の兄、初恋の相手とは縁もゆかりもない存在にすぎないのだが、詩音にとっては、あり得たかもしれない未来の兄の姿なのかもしれない。
そして、彩乃にとって時間の進むことのない想い出の中に閉じ込められた彼に代わる存在こそ…。
「なるほどねぇ…」
「何が、なるほど?」
謙ちゃんは、自分に注がれる彩乃の視線を訝しみながら、再び首を傾げる。
「内緒っ、ていうか、お客さん来なすぎ…。また歌っちゃうぞ、熱血ロボ…」
「彩ちゃん、歌ってたんだ…今度行くか、カラオケ…」
おおぉ、何だこの展開?…と心の中で秘かにガッツポーズを決め、熱血ロボに感謝をし、いっそのこともう客は来ないでいい、とまで自分勝手なことを考える彩乃であった。
◇5 研修室
あれだけの決意をしていながら、結局、詩音は昨晩はほとんど眠れないまま、翌朝を迎えていた。
三人で歩くいつもの通学路の道すがらも、詩音の足取りは相当に重い。
「で、詩音。結局、魔王佐伯の篭絡呪文は完成したの?」
心配そうな表情の夢莉が、げっそりと覇気のない詩音の顔を覗きこむ。
詩音は返事の代わりに何度目かの溜息をついた。
「魔王じゃないし…篭絡って何よ?」
力なく抗議するものの、精気に欠けた詩音の言葉には、どうにも迫力がない。
「大丈夫、何とかなるって!」
いつでもいい加減で、あくまでもマイペースな彩乃の笑顔が、心の底から羨ましいと詩音は思う。
「それにね、言いたいことはたぶん、言えるうちに言わないとダメなんだよ…」
ほんの少しだけ、彩乃の声のトーンが落ちたことに気づいて、詩音がそっと顔を向けると、何処か遠くの何かを見つめるような、僅かに寂しげな彩乃の横顔があった。
「たぶんいつかは絶対言える、ってことと、きっといつでも必ず言える、ってことは全然違うんだからね」
詩音の視線に気づいた彩乃は、ぱっと普段の元気な笑顔に戻りながら、そう言って振り向いた。
僅かに光る涙の珠を大きな瞳に滲ませながら。
「あはは、あれ、なんだかボク、柄でもないこと言っちゃったかも?」
詩音はふるふると首を横に振って否定する。
「ま、なるようになるとしか…って感じだね。クリティカル率もファンブル率も異常に高いと評判の、伝説の勇者詩音様が、いかに魔王佐伯を討伐するか…。それとも敢え無く返り討ちで終わるか…」
夢莉がまるで他人事のようにそう言って、妙に淀んだこの場の空気を一掃にかかった。
「討ち死になんかしたら、私、リアルでも討ち死にみたいなもんなんだから、冗談でも言っちゃ嫌だよ…」
詩音はまたまた大きく溜息をついた。
放課後の研修室。
さんざん利用してきたこの場所を訪れるだけなのに、これほどまでにプレッシャーを感じたことが、今まであっただろうか。もう一人の詩音が、何処か客観的にそんなことを考えている。
図書館の静まり返った室内に、詩音の頼りない足音と、対照的に性急な心臓の音だけが響いているようだった。
目的の研修室の扉の前で大きく深呼吸、お辞儀の予行練習をして、前髪を少し気にする。
そんな詩音の様子は、傍から見れば滑稽極まりなく違和感だらけで、おおよそ図書館には相応しくない。
それなりに離れたカウンターで、本の返却手続きを受け持っていた樟葉先輩にも、その異様な光景が目に留まったようだ。
樟葉先輩には全く関係のない話なのだが、気づいてしまった以上、気になるのは仕方がないだろう。
また研修室で余計な騒動を起こされても迷惑だし、というのは恐らく、樟葉先輩なりの言い訳じみた感想に違いない。
なるべく足音を響かせないように忍ばせ、樟葉先輩が駆け寄ってくると、詩音に躊躇いがちに手を差し伸べ、そっと声をかけた。
「あの、西原さん?」
だが、肝心の詩音は、一連の樟葉先輩の行動には気づいておらず、冷静なもう一人の自分だけが、もしかしたら理解していたのかもしれない。
「失礼しまぁーす!」
樟葉先輩の声を上書きするように、詩音は空元気でいっぱいの妙なイントネーションの声を上げ、決意とともに研修室の扉を開いた。
「ちょっと、図書館は静…」
「あー、来た来た。それじゃセンセ、あとはよろしくっ!」
再び樟葉先輩の声を遮って、彩乃はそう言いながら夢莉の背中を押した。
「あとはごゆっくりー」
詩音に悪戯なウインクを見せると、にひひ、と彩乃は意地悪に微笑んだ。
「ほんとに大丈夫なの、あの二人だけで? なんか心…」
「平気平気、勇者詩音はここ一番の度胸の人だからね」
後ろ髪引かれる夢莉を押し出しながら、彩乃は一緒に研修室を退室する。
「あ、え、うぁ、あ、彩乃ぉ…」
ひとり取り残された詩音が必死に助けを求める声に、すでにかなり遠ざかっている彩乃の、背中越しに振られる手だけが反応する。
「佐伯先生…」
やや間があって、状況の全く呑み込めていない樟葉先輩が、ようやく研修室の中で成り行きを見守っている佐伯先生の存在に気づく。
「とりあえず、座れ、二人とも。そこ閉めて」
「は、はいっ! え、二人?」
そう声をかけられてやっと、詩音は樟葉先輩が傍にいたことに気がついた。
「樟葉先輩、どうして、いつからここ…」
いくら緊張していたからとはいえ、先輩を無視して放置していたとは、さすがに如何なもんだろうか。詩音は我ながら呆れかえる。
「さっきからずっといました。まぁそれは良いのですけれど…」
嫋やかな物腰で椅子に腰を下ろしながら、そっと制服のスカートの裾を気にかける樟葉先輩の仕草は、まさに絵に描いたようなお嬢様といった風格だった。詩音たち庶民とは明らかに何かが違うのだろう。
「それで、いったい何の話なんだ、詩音? 先生に折り入って相談したい、大切な話があるんだろ?」
佐伯先生の言葉をうけた樟葉先輩にそっと促されるまま、詩音もおずおずと席に着くと、静かに口を開いた。
「あー、そのー、大切な、話?」
詩音が探るように、佐伯先生に聞き返す。
「そう彩…白岡から聞いたんだが、違うのか?」
佐伯先生は真剣に詩音の顔を覗き込んで、心配そうな表情を浮かべる。
それはたぶん、教師と生徒という立場から必然的にそうなっているわけで、詩音が妙な勘違いをしない限り、その手の雰囲気になることはないだろう。
「…あの、佐伯先生、個人的な悩みごとなら、私はいないほうが良いのでは?」
樟葉先輩の考えももっともである。
だが、ここで佐伯先生と二人きりになるのも心許ない。かといって、樟葉先輩の見ている前では、いまいち思い切った話がしにくいのも事実で、詩音の心は動揺するばかりだった。
「え、あっ…」
「悪いが、神楽はそこで聞いていてくれないか。さっきの二人がいれば良かったんだが、さすがに受け持ち生徒とはいえ、進路指導や生活指導でもないのに、女子生徒と二人きりの密室、っていうのは後々が良くない」
「確かにそうですが…」
それが助け舟と言えるのかわからないが、そんな佐伯先生の一言で、樟葉先輩もこの場に留まってくれることになりそうだ。
「まぁ、話せるところから話してみろ、詩音。気長に聞いてやるから」
はぁ、と溜息とも生返事ともいえない声を漏らしながら、詩音は今一度大きく深呼吸した。
「あの、ですね! 私たち三人は…」
覚悟を決めて、やっとその重い口を開き始めた詩音だったが、ふと気づいた違和感に、再び思考がループを開始する。
―あれ、先生、今、詩音って呼んだ?―
それは彩乃の粋な計らいだったが、結果的には大きく裏目に出た作戦だった。
しどろもどろになりながらも、どうにかこうにか要点だけを伝えると、佐伯先生は暫く腕を組んで考え始めた。
「そうか、詩音の言いたいことは何となくわかった」
程なくして、佐伯先生はそう一言だけ答えると、また考え込んでしまった。
「ええと、すみません…。先生さっき、詩音って…」
詩音はおっかなびっくり尋ねてみた。その態度で何となく察したのか、樟葉先輩の視線が、詩音と佐伯先生を交互にとらえる。
「あぁ、それは…気に障ったらごめんな。白岡のやつが、自分を彩乃と呼べ、西原のことも詩音と呼んでやってくれ、ってしつこくてな。まぁそれで少しでも壁が薄くなってくれるなら、西原も相談しやすいだろうと…」
「う、詩音…がいいです、先生」
せっかく西原と訂正された自分の呼び方を、もう一度詩音にしてもらうように頼み、だが、佐伯先生に「詩音」とそう呼ばれるたびに、とくんと何かが心の奥でざわめきたち、嬉しいような恥ずかしいような、くすぐったい気分を味わうことを、詩音は自覚しはじめていた。
「それじゃあ、詩音。話は凡そ理解したんだが…その、部活を始めるには、生徒の数が集まらないと、だな…」
「ですよ、ね」
さすがにそればかりは、いきなりどうこうできるものではない。
すでに一年生でさえ、大半の生徒が何らかの団体に所属しているだろうこの時期に、突然得体のしれない部活の創設を呼びかけてみたところで、聞く耳を持ってくれるとは到底思えない。
佐伯先生も詩音も、その根本的な打開の方法に思い至らず、長い沈黙だけが研修室を支配していった。
暫しの後、沈黙を破るように口を開いたのは、樟葉先輩だった。
「あの、とりあえず、そのRPGっていったい何なのですか?」
その瞬間、その手があったか!と閃きが走った詩音と佐伯先生の視線が、まるでシンクロしたようにぴったりと、樟葉先輩の顔を縋るようにまじまじと見つめた。
「え、何? どうしたんです、二人して…」
◇6 バーガーショップ
駅前公園の片隅のバーガーショップは、今日も制服姿の学生や子供連れの買い物客で賑わっていた。
こぢんまりした駅のホームに列車が時折発着するのがうかがえる、窓際の一角で彩乃と夢莉はテーブルを囲んでいた。
「メール、何だって?」
食いつくような勢いで彩乃が夢莉に尋ねる。スマホ片手の夢莉は横目でちらりと視線を送ったものの、椅子に横座りの姿勢を変えようとはしない。
「話自体は終わったみたいだけど、週明けにもう一度集まるらしい」
「はー、忙しいね、部長ともなると」
彩乃の他人事のような発言を遮って、夢莉はようやく顔を向ける。
「あたしらも一緒だってば。もちろんあんたもね」
「えー」
細いポテトをつまみながら、さもめんどくさそうに彩乃は抗議の声を上げる。
「文句があるなら、もうじき本人が来るからゆっくり言いなって」
「うー」
果たして詩音と佐伯を二人きりにして良かったものか、と夢莉は思う。
確かに、詩音の恋を少しでも進展させるという意味では、恐らく悪くない判断だっただろう。
理由はどうあれ、話をするきっかけさえあれば、いくら引っ込み思案の詩音だって覚悟を決めるというか、言いたいことの何割かは口にできるだろう。結果的にゲーム部云々の話だけに留まったとしても、それはそれで今後の展開への布石となるには十分だ。
しかし一方で、舞い上がった詩音が我を忘れて妙な真似をしでかさないか、という疑問も残った。
幼稚園に通う当時から詩音を傍で見続けてきた夢莉だからこそ、そういう笑うに笑えないエピソードには事欠かず、それこそ嫌というほど経験してきた。
時には流れ弾跳弾というか、不発弾処理というか、地雷撤去というか、機雷掃海というか…そんなとばっちりを夢莉自身が身をもって体験したこともある。
仲良しゆえの連帯責任という些か横暴な理屈によるものだが、それでも夢莉にとってはさほど嫌な思い出でもなかった。新しい笑い話のネタや、詩音の黒歴史の日記帳代わり程度に思えていたわけだ。
いうなれば、ドジっ子気質の妹分がいるようなものである。
もちろん夢莉が詩音を下に見ているというわけではない。いわゆる助け合い、困ったときはお互い様の精神というやつで、もし詩音が何か困っていたら、それは夢莉が助けて然るべき事態に他ならなかった。
むしろ他の誰かが夢莉を差し置いて詩音を助けてしまったりすると、どうにもこうにも収まりが悪いと感じるようにさえなっていた。
我ながら、ちょっと過保護なのかもしれないな、と夢莉は思う。そう考えると自然と夢莉の口元にうっすらと笑みが浮かんだ。
「どーしたの夢莉、急ににやにや笑って」
彩乃がそんな夢莉の表情に目ざとく気がついた。
「あ、いや、詩音のやつ、佐伯と上手くいったのかな、ってさ」
「あー、むしろそっちが本題って話もあるからね」
ポテトを口に運ぶ手は止めずに彩乃は答える。
「ま、それは本人にきっちり聞くことにしよう」
そう言ってゆっくりと立ち上がった夢莉は、店の出入り口できょろきょろと店内の様子を伺う挙動不審な制服姿に向けて、大きく手を振った。
「まったく! 魔王討伐を前にして、勇者一人をほっぽり出して退却するパーティーメンバーがいるぅ?」
腹いせにてりやきバーガーをパクつきながら、詩音は恨めしそうに抗議する。
「いや、なんというかその、一騎打ちの名場面ってやつを演出…」
「ほんとに討ち死にしてたらどうする気だったのよ?」
夢莉の言い訳じみた反論に、詩音の正論が返ってくる。
「まー、それはそれで、なんというか、世の大勢に変化なし、っていう感じ?」
彩乃が正直にそう本音を漏らす。
確かに詩音にとっては一大決戦ではあるのだが、ゲーム部の件にしろ、恋の行方にしろ、他の二人にとってはどっちに転んでも所詮他人事でしかないだろう。
「もしこの度の勇者が力及ばず倒れても、まだ見ぬ新たな勇者が必ず魔王を討伐することになるだろう」
「ちょっと待ってよ、夢莉! それじゃあ、私が玉砕したら別の誰かが佐伯先生を射止めるってことになるじゃない!」
詩音にしては珍しく、掴みかからんばかりに身を乗り出して抗議する。声も普段の詩音からは想像もできないほど大きなものだ。
「まぁ、そうなるんだろうなぁ…」
あくまで客観的に冷静な今後の展開を予想し、否定の言葉のひとつも返さない夢莉は、詩音にとって敵か味方かわからない。
「っていうか詩音。その気迫と勢いがあるなら、魔王討伐も楽勝ってもんだろうに…」
「ぐっ…」
夢莉のもっともすぎる発言が、ぐさりと詩音の心に突き刺さる。
魔王を前に勇者は武者震いが止まりませんでしたとか、さすがにカッコ良すぎて泣けてくる。前口上ひとつ碌に言えず噛みまくりでしどろもどろ、戦う前から防戦一方でしたなんて、我ながら恥ずかしくて顔から火が出るってものだ。
「思わぬ邪魔が入ったというか、その…」
あの場所に樟葉先輩がいなかったら、という言い訳が詩音の脳裏をかすめる。もちろんそれが大した影響をもたらしたとも思えないのだが、釈明の余地はその辺りにしか転がっていない。
「あー樟葉先輩かぁ、そういえば、どうしてあそこに居たんだろ?」
シェイクをすすりながら、僅かに首を傾げた彩乃が察し良く反応する。
「それで、運命の対決は来週に持ち越しと…」
夢莉の言葉に促され、二人の顔を交互に見ながら、詩音は祈るように手を合わせて念を押す。
「うん、月曜の放課後、また集まることになったから、二人ともよろしくっ!」
その日の列車はどういうわけか大きく遅延していた。駅のホームの前方に佇んで、暮れゆく夕陽を一人ぼんやり眺めていた夢莉は、ふと数人の見知らぬ高校生らしき男たちからの視線を感じて振り返った。
お世辞にも真面目とは言い難い着崩したシャツに、鮮やかに染め上げた謎の髪型と数多の輝くピアス…。どこからどう見ても真っ当な学生生活を送っているとは思えない連中だ。
夢莉が気づいたことに反応したのか、仲間内での無言の作戦会議でもしているのか、互いの顔を見合わせては、時折夢莉のほうへと視線を戻す。
暫くの後、ようやく決断したのか、一人の小柄な茶髪がとってつけた偶然を装って夢莉の許へと近づく。ちらりちらりと夢莉の表情を窺っては、口元に薄ら笑いを張り付ける。
不穏な空気の緊迫感が辺りを包み、いくら普段は強気な夢莉といえど、いつもの剣士のような凛々しさは影を潜め、気のせいか僅かに指先も震えてしまう。
「よぉ、わりぃわりぃ、遅れたわ…」
しかし唐突に夢莉に声をかけたのは、二人の間に割って入った涼太だった。
「…遅いわ、このポンコツ涼太ぁ!」
廻し蹴りまで炸裂させる勢いの夢莉のすらりとした脚が、予定通りに空を切って不発に終わる。
もはや何処までが芝居なのかわからぬ男女のやり取りに、呆気に取られて撤退するしかない茶髪は、すごすごと仲間たちのところへと戻っていった。
やがて遅れに遅れたいつもの列車がやってくる。
疲れた様子の降車客と入れ替わり、些か混みあった車内へ強引に乗り込むと、再び列車の扉が閉まった。
「ふぅ、いいタイミングで良かったなぁ、夢莉」
「そうね、でもどっちの話?」
涼太の言葉の意味するところを図りかねて、夢莉は尋ねる。
「しかしまぁ、何で今日はこんなに遅いかね」
「だから、どっちの話よ?」
少し苛立ってきた声音の夢莉の問いかけに、涼太は視線を向けないままで呟く。
「正直、お前にまた何かあったら…とか思うと、俺、ほんと、今度こそ寿命が縮まるわ」
「そう、ありがとうね、いちおう感謝は伝えとく。でも怪我ならもうだいぶ良くなったから、心配無用よ」
おぅ、とそう一言だけ答えた涼太は、揺れる列車に暫く身を任せたのち、再びぽつりと呟いた。
「でもな、怖がってちゃ何もできないで終わっちまうぜ?」
「誰が、何を怖がって…」
夢莉は怪訝な表情を浮かべて、視線だけを涼太に投げかける。
「体操…な。当然、怪我の再発が怖いのはわかるけどよ、いつかは自分で決断しないと…進めないぜ?」
「涼太は何でもお見通し、ってことね…」
心の底から感心したように、夢莉は少し物憂げな表情で呟く。
「当たり前だっての! 何年お前と一緒にいると思ってんだ…。伊達に毎日お前の顔を眺めてるわけじゃ…」
「だね…」
列車の揺れでごまかすように、夢莉はこつんと頭を預けて、涼太にもたれかかりながら静かに背中を震わせる。
「それから、もうひとつの、アレだ…。夢莉のほんとの気持ちってのも、いつかはきちんと怖がらずに伝えないと…だぜ?」
「それはもういい、って何度も言ってるじゃない…意地悪のポンコツ涼太…」
どうにかそれだけを絞り出すと、夢莉は涼太に再び軽い頭突きを食らわせる。
それから暫く、気まずい沈黙だけが二人の周囲を支配した。
これだけ大勢の乗客がいながら、列車という特殊な閉鎖空間の中では、それは単なる背景に過ぎない。線路の独特のリズム音も、妙な強迫観念を煽るようだ。
さすがの夢莉も涼太も、重苦しい空気に限界を迎えようとしたころ、ようやく列車が次の停車駅に到着する。
「それじゃ…」
列車の扉が開くと同時に、夢莉は逃げるようにホームへ駆け出した。
◇7 初めての経験
「突然だが、今、君たちは小さな洋館に取り残されている。楽しみにしていた小旅行だというのに、窓の外は生憎の大嵐。たとえ館の外に出たとしても、ここは四方を海に囲まれた小島だ。時刻は間もなく夜の7時。夕食のために皆は食堂に集まって、思い思いの話題に花を咲かせていると、激しい雷鳴の合間合間に、誰かの叫びのような女性の声が、遠く微かに耳に届いた…」
佐伯先生が静かな声でそっと語り始める。
まぁ、いわゆるゲーム序盤の展開あるある、といった趣の内容だが、詩音にとってこの出だしはとても違和感のあるものだった。
RPGの冒頭といえば、昔話が「昔々あるところに…」から始まるのがお約束のように、詩音たちプレイヤーの演じるキャラクターそれぞれに、依頼とか募集とかの形で何かがもたらされるのが普通だろう。
それらを請けるかどうかは、そのキャラクターの、つまりはそのプレイヤーの気分次第ではあるものの、物語の展開として、依頼を請けなければそれ以降の話に加わるのはかなり困難だ。場合によっては、物語の舞台から一方的な退場を余儀なくされる。
だから当然のように、多少の不自然さを承知で、強引に目の前の餌に食いつくしかない。
確かに、傍から見ればあまりにも無理矢理な流れであり、過去に何度か詩音自身がゲームマスター、つまり進行役を引き受けた際にも、さすがにこの展開は…と首を捻った覚えがある。
そんな詩音の心のもやもやを、佐伯先生は僅か数分の冒頭陳述で解消してみせた。
―そんなのもアリなのか―
まさに目から鱗というやつである。
「センセ、まだボクたちキャラ作ってないんだけど…」
彩乃がそう言うのも無理はない。
放課後、詩音たちいつもの三人組と、なぜか樟葉先輩までもが研修室に集まるや否や、佐伯先生は唐突に皆を席へと座らせ、あの長い冒頭陳述を始めたのだった。
大抵のRPGにはゲームの前の下準備というものがある。これがまた少しばかり面倒なもので、数々のダイス、つまりサイコロを振ってランダムにキャラクターの能力値を決めたり、得られる技能や魔法の種類を選んだりする。
慣れてくればそうでもないが、初心者のうちは、このメイキングの作業だけで半日ものだったりする。RPGがとっつきにくいといわれる原因でもあり、反対にここまでで力尽きて、冒険に出る前に満足してしまうプレイヤーも多いらしい。
「よし、それではキャラメイクを始めてもらおうか。前に使ったことのあるキャラがいれば、それでもいいぞ」
ことも無げに佐伯先生はそう続ける。
「あの、佐伯先生、どうしてキャラメイクが導入のあとなんですか?」
詩音はふと頭に浮かんだ疑問をぶつけてみた。
詩音本人も、ルールブックにサンプルとして掲載されているこのシナリオは読んだことがある。もちろん冒頭は先ほど述べたお約束の導入から始まっており、すでにキャラメイクを終えたプレイヤーが、それを了解するかどうかという流れのはずだ。
あえて佐伯先生がこうした逆の手順を踏むからには、それ相応の理由があるのだろう。
「孤島の館で大嵐、こんな状況で「飛行船操縦」技能とか、「スケートの達人」技能とか、必要か?」
「そりゃあ、…いらないですね」
そう詩音が答えると、佐伯先生が続ける。
「だったら、今回はこんな感じですよ、ってのを先に提示して、必要そうな技能に絞ってポイントを使ったほうが良いだろう?」
「確かに…」
考えてみれば、それもそれでご都合主義ではある。
ごく普通の人間が当たり前に持っている技能なんて、死霊や悪魔に対抗するような圧倒的な力であるはずがない。駅前の占い小屋のお姉さんに、いきなり悪魔祓いをしろというようなものだ。
だが、ゲームの中のキャラクターはヒーローだ。ヒーローならばそれなりの心得というものがあって然るべきだとも思う。どんな時でも難題に対処できる、強靭な体力と精神力を持ち合わせてナンボだ。どんなに優秀な料理人を極めても、悪魔の前では赤子同然だろう、何処かのハリウッド映画でもあるまいに。
「すみません、先生。私はどうすればいいのですか? 全然理解が追いついていかないのですけれど…」
戸惑いに満ちた樟葉先輩の言葉が、縋るように佐伯先生に向けられる。
「あーそっか、とりあえずキャラを作るんですよ、樟葉先輩」
隣に座る彩乃が、ルールブックとチャート集を見せながら、おもむろに説明を始める。もともと頭の回転が速い樟葉先輩は、ふむふむと逐一頷きながら彩乃の指示に従った。
「なんとなくゲームの説明はわかりましたけれど、そうではなくてですね、どうして私がこの場にいる必要があるのか、ということです」
樟葉先輩の疑問も至極当然ごもっともである。確かに場違いこの上ない雰囲気の真っ只中に、まったく関係がないはずの樟葉先輩の不思議な存在感が、燦然と輝いているのだ。
「やっぱり結局、そこに行き着きますよねぇ…」
夢莉が、ほら見たことかという口調で返答する。
「当然でしょう? あなたたちが佐伯先生と何をしようと構いませんし、研修室を使いたいというなら別に、騒がず静かにしてくれさえすれば問題ないわけで…」
「そこなんだが、神楽、ひとつ提案があってだな…」
佐伯先生が続きを言う前に、ひくりと樟葉先輩の目元が反応する。まぁ、この展開なら誰であっても凡その察しはつくということなのだろう。
「それは、何というか…、別に却下しても構わない提案なのですか? それとも決定済みの既定路線というわけですか?」
言外に戸惑いを隠しきれない樟葉先輩の発言に、さすがの佐伯先生も咄嗟に言葉を返すことができず、暫しの沈黙が研修室を支配した。
やがて、沈黙を破り、詩音が口を開いた。
「あのぅ、樟葉先輩。とりあえず一度プレイしてみて、どう思ったか聞かせてください。それでもし、合わないなって思ったら、ごめんなさい。でも、もし何か興味を持ってもらえたら、その…」
卑怯とはこのことだろう。上目遣いでうるうるさせた瞳で見据えられると、さすがの樟葉先輩も無下にはできまい。
「も、もぅ…わかったわ。わかったけれど、今回だけよ…」
その後の展開は恐ろしく速かった。
いつも三人でプレイすると、決まって何時間もかかる内容だったが、佐伯先生の手慣れた好判断で、大胆かつ確実に要点だけを汲み取って進んだシナリオは、僅か二時間足らずに圧縮されて大団円を迎えた。
もちろん、初心者にして初体験の樟葉先輩にとっても、非常にわかりやすく感慨深い展開になったことだろう。
シナリオ開始当初の無理矢理付き合わされているといった雰囲気は微塵もなくなり、終盤に至っては薄っすらと涙さえ浮かべて感情移入しまくりの台詞を連発していた樟葉先輩の様子は、詩音たちにとっても新たな発見でもあった。
「…こうして君たちは、再びこの街に戻ってきたわけだが、これからの君たちがどうなっていくのか、あの館の出来事は果たして現実だったのか、それは君たちのみぞ知る…。ということで終了です、お疲れ様」
佐伯先生がそう締めると、安堵ともいえる溜息が研修室にいた皆の口から一斉に漏れた。
正直言って、詩音は全身脱力感に包まれていた。たかが二時間程度のゲームをプレイしただけで、ここまでへとへとに疲れ切ってしまうなんて、完全に予想外のことだった。
彩乃は椅子の背もたれにそっくり返って、あぁー、と力ない声を上げているし、夢莉も珍しく机に突っ伏して力尽きていた。
樟葉先輩は半ば放心状態でひっくひっくとしゃくりあげており、この状況を他の誰かに見られたら、明らかに妙な誤解を生じてしまうだろうと思えた。
「どうしたんだ三人とも。お前ら、何度か経験あるんだろう? 初めての神楽はともかく、何でお前らが力尽きてるんだ?」
「いや、先生、その発言は、また誤解を生みますから…」
机に張り付いたまま、夢莉がそう口を開く。その傍らには未だに作動中の赤ランプがついたままのボイスレコーダーがあった。先ほどの問題発言もそっくりそのまま記録済みだ。
「まだ録ってたのか」
何気なく呟いた佐伯先生の言葉に反応して、彩乃が復活の狼煙を上げる。
「心配しないでください、センセ。ボク、今日のことは絶対誰にも言いませんから…」
「あのなぁ、彩乃…」
まるで漫才でも見ているような掛け合いを横目に、詩音は樟葉先輩にそっと声をかける。
「大丈夫ですか? 樟葉先輩…」
その瞬間、はっと我に返ったようにぴくりと反応した樟葉先輩の背中が、大きく震えた。
「え、えぇ、なんというか、その…」
言葉にできないもどかしい感情が、樟葉先輩の心の何処かで疼いているのだろうと、詩音はそう察していた。
「初めての神楽には少々刺激が強すぎたかもしれないな」
「センセ、わざとやってるでしょ?」
調子に乗りすぎだよ、という彩乃の指摘ももっともだろう。僅かに睨むような眼になりつつ、彩乃は佐伯先生に抗議の視線を送る。
「え、と、大丈夫…です。それと…」
暫し迷うように視線を彷徨わせたのち、躊躇いがちに樟葉先輩が告白する。
「私のことも、樟葉って呼んでいただいて構いません」
◇8 神楽樟葉
その夜、いつもと同じように家族全員での夕食を終えると、樟葉は勉強を口実にして早々と自室へと引き上げた。
どうせ毎日変わり映えのしないご近所の評判話や、神楽の家系の誰某が代議士に立候補するだの会社を始めるだの、海外に行っていた遠縁が久方ぶりに来日するだのといった、樟葉自身にとっては全くどうでもいいことばかりの団欒の席だ。
さらにこの最近になって目立ってきたのは、次期神楽本家の後継者、つまり樟葉の将来の婿探しの話題だった。
樟葉はまだ中学三年生の身の上である。確かにこの年頃といえば、好いた惚れたの話題に花を咲かせる時期ではあるものの、それは別に深刻に将来を左右するとか、一生涯の伴侶を見つけ出すとか、そういった重苦しい圧力を伴うものではないはずだ。
良くも悪くも気楽に恋を語れる、そんな多感な頃合いだからこそ、ひとつの些細な出来事に一喜一憂しては、悩み焦がれるのだろうと樟葉は思う。
実際、クラスメイトの間でもその手の話題には事欠かないし、図書委員の中でも作業の傍ら恋愛話になることも少なくない。
樟葉の個人的な秘かな悩みといえば、度々友人たちから恋愛相談を持ち掛けられてしまうことだった。
何故だか知らないが、どういうわけか、名家のお嬢様というものは引く手数多で相手を選びたい放題の恋愛環境にいるとでも思われているようなのだ。
確かに、正直言って樟葉の許に舞い込む交際の申し込み、そこまで行かずともせめて見合いだけでも、というものは枚挙に暇がない。なにしろ最初の縁談が持ち上がったのが、樟葉がまだ小学四年生当時の話なのだから。
樟葉の許に話が来ているだけでこの数になるのだから、きっと両親の許にはその二倍から三倍の話が来ていることだろう。神楽の本家を任せる以上、それ相応の条件を満たさない案件は問答無用で門前払いというわけだ。
もちろん学校でもそれなりに、さほど多くはないものの交際を申し込まれることもなくはない。多少の近寄り難さはあるかもしれないが、樟葉が決して男子に人気がない、モテないというわけではない。
まぁ、それらの場合は単に目先のことしか見えていないわけで、仮に樟葉と付き合い始めたとして、将来の神楽本家の伝統を背負って立つことなど全く意識していないだろう。
そうなると樟葉は、心の何処かで嬉しく思いながらも、その申し出を断らざるを得ない。それは樟葉自身がどうこうというより、覚悟と責任の重さをどう考えているかという問題である。
そういうことが幾度か繰り返されるうちに、樟葉の身の周りにはある種の噂が付きまとい始めた。
中等部三年の神楽樟葉はどんな相手に告白されても一刀両断に切って捨てるお高い存在だ、と。
別に樟葉が望んでいることではなかったが、そういう噂が出るのも致し方ないことだろう。
それでも今日、あの研修室での体験が樟葉の中の何かを確実に変えつつあった。
具体的に何がどうなったのかと問われても、樟葉自身にさえ説明がつかない代物だ。
心の中の水面に立った小さな小さな漣が、次第に大きなうねりへと変わっていくような不思議な感覚…。その感覚が何故か嬉しくて愛おしくて、懐かしくて何処か寂しい。そんな思いに駆られたのは、樟葉にとって初めての経験だった。
まったく手につかない形ばかりの勉強の手を止め、机からベッドへと移った樟葉が倒れこむ。クッションの効いたベッドが優しく樟葉の体を受け止めるように弾んだ。
ゆっくりと微睡むようにその瞳を閉じると、樟葉の脳裏に放課後の研修室での光景が浮かんできた。
あの時、樟葉は修道女を演じていた。いや、確かに修道女そのものだった。
自らの境遇を悲観し、世界を逆恨みした悪魔使いによって召喚された、何処か弱気な悪魔。元の世界に戻るためには、契約通り数多くの人間を抹殺しなければいけない。
悪魔の世界においてさえ弱気で意気地なしなその悪魔は、毎晩泣きながら人々を襲い、後悔と疑問を抱きつつ、残り数人までの道のりを歩んできた。
やがて元凶の悪魔使いは天に召され、その館は競売の末に貸別荘となったが、悪魔は一人そこに取り残された。
そして年月が過ぎ、久々に館を訪れた来客たち。
このうちの数人さえ殺すことができれば、悪魔は元の世界に戻ることができる。昔は意気地なしと蔑まれてきた彼が、ついに多くの人間の命を奪い、気高き悪魔の一人として凱旋できる。
だが、この人間の世で悪魔使いと一緒に過ごした永き日々も、思いのほか悪いものではなかった。
ひとたび召喚してはみたものの、元の世界へ送り返す術を知らない悪魔使いは、まるで贖罪のように悪魔を家族同然に扱っていた。いつしか悪魔が誰かを殺めるたびに、ともに涙して肩を寄せ合うようになっていた。悪魔が元の世界へ帰る手段がそれしかないのを嘆きながら。
葛藤の後、悪魔は詩音たち一行を襲った。一進一退の攻防になったのは、久方ぶりの大立ち回りで、何処かで悪魔に迷いが生じていたのかもしれない。
悪魔が襲撃の決断に至った理由は、大広間脇の悪魔使いの肖像画をうっかり彩乃が棄損してしまったからだった。経緯はどうあれ、既に悪魔にとって悪魔使いは家族だったのだ。
せめて一人でも、と悪魔が襲いかかったのは、樟葉演じる修道女だった。もしかしたら無意識に浄化を望んでいたのかもしれない。天に召された悪魔使いの許へと導いて貰いたかったのだろうか。
だが、そんな願いも虚しく、法と正義の名のもとに夢莉の放った銃弾が悪魔を死の淵へと追いやる。
消えゆく悪魔の体を抱きかかえたまま、修道女の樟葉はいつまでも鎮魂の祈りを捧げ涙するのだった。
良くできた寓話、ありがちな話ではある。
でも、確かに樟葉はあそこで苦悩し、動揺し、無力感に苛まれていた。現実かどうかなんて関係ない、五感のすべて、全身全霊をもって樟葉自身が体験し、涙したあの出来事は、事実以外の何物でもなかった。
ゆっくりと寝返りを打ち、改めて樟葉は己に問う。
あの時、修道女はいったいどうするべきだったのか。殺人鬼の悪魔を庇って身代わりに討たれるべきか、法と正義と神への信仰をもって悪魔を討たせるべきか、はたまたともに死すべきか、永遠の逃避行を目論むべきか…。
あるいは自身がその悪魔に引導を渡すという選択肢もあるだろう。
いずれにせよ、その時の樟葉は悪魔への同情と哀れみに支配されるばかりで、手を下した夢莉を逆恨みし、止めなかった詩音や彩乃にさえ罵りの言葉を浴びせた。
そんな自分の熱く煮えたぎった激情を自覚しないまま、樟葉は佐伯先生の掌で転がされていたのだ。
悔しかった。佐伯先生に対してではなく、自分自身の無力さが辛かった。
その場その場の状況に翻弄されて、流されるままに涙するだけの樟葉自身が悔しくて、一方、そういう自分に気づくことができた幸運の巡りあわせを嬉しく思ったりもした。
未だにゲーム…RPGというものがどういうものなのか、はっきりと理解はしていない。ただもう一度、もう幾度かはその身で体験して、まだ樟葉自身も知らないもう一人の自分に出会い、向き直ってみるのも悪くはない、と素直にそう思う。
もしかしたら、樟葉の心の中にはすでにひっそりと、名も知れぬ悪魔が住み着いてしまっていたのかもしれない。
◇9 適当過ぎる物語
翌朝、いつもと変わらぬ通学路には、普段と変わらぬ生徒たちの姿に交じり、三者三様といった感じの詩音たちの姿があった。
「おっはよー!」
やや遅れ気味に追いついてきた彩乃が、前を行く詩音と夢莉に声をかける。
「まったく、朝っぱらから元気がいいなぁ、あんたは…」
薄っすら涙目で欠伸を噛み殺しながら、呆れたように夢莉がいう。
「そりゃ、ボクは元気だけが取り柄だからね」
「自分で言ってるし」
彩乃の言葉を素直に受け取って、詩音が感想を漏らす。
「それで、なんで夢莉はそんなにお疲れなのさ?」
まるでいつぞやの朝の詩音が乗り移ったかのように、何処か足取りが重い様子の夢莉の姿に気づいて、彩乃が声をかける。
「もしかして体調悪い? 怪我が悪化したとか?」
夢莉はもともと体操部の所属だ。怪我をして足腰に痛みがあるので大事をとっているが、だいぶ良くなってきたと本人が言っていた矢先のことだけに、さすがの彩乃も心配だった。
大丈夫、と一言呟き、夢莉は感謝の言葉を伝えた。そして夢莉が覇気のない原因についてぼそぼそと話し始める。
「いや、なんていうかその、昨日の、あれ、なぁ…」
「あー、やっぱりあれかぁ…」
それはとても珍しいことだった。
彩乃も夢莉も意外にさっぱりした性格、良く言えば根に持たない、悪く言えばあまり深く物事を考えない、という感じではあるので、ゲームの中のひとつの場面や一瞬の行動などの影響を、その後暫く引きずったりというようなことは、ほぼあり得ない。
いい意味で、ゲームはゲーム、リアルはリアル、と割り切れている証拠なのだろうが、些かもったいない気もする。
だが、昨日、佐伯先生が語ったシナリオは、今の詩音たちにとってはあまりにも衝撃が強すぎて、プレイ直後に死屍累々と化したように、帰宅後もそれぞれが牛のように反芻し、悶え苦しんだに違いない。
とりわけ夢莉は一段と複雑そうな表情で、その手で恐ろしい悪魔を倒した達成感と、亡骸に縋る修道女…樟葉先輩の恨み節の板挟みを食らって、ほとほと参っているようだった。
「ほんと、もしかしたら樟葉先輩がラスボスになるかも、って感じだったよね」
そのシーンを思い出した彩乃が興奮気味に語ると、詩音もあはは…と乾いた笑いで同調する。
「もとはといえば、彩乃、あんたが肖像画をぶっ壊すからあんなことになったんでしょうが!」
「いやー、面目ない―、反省してるー」
悪びれずに彩乃は笑う。やれやれと夢莉が溜息をつく。
確かにそれぞれの体験はゲームの中の出来事ではあるが、多かれ少なかれ現実のプレイヤーの性格を反映しているはずだ。
彩乃のそそっかしさが生んだ肖像画の一件も、面倒ごとが最終的に夢莉の許に委ねられてしまうのも、流されるまま傍観するしかない詩音の心情も、すべてが現実の反映なのかもしれない。
だとすれば恐らく、樟葉先輩の葛藤や魂の叫びもまた、樟葉先輩自身の身の上を暗示しているのだろうと、詩音は思う。
「樟葉先輩、大丈夫かなぁ」
「あれは確かにばっちり効いてたよねぇ。ボク、呪い殺されるかと思ったよ」
確かにあの時の樟葉先輩の目は本物だった。悲しい運命を呪って、神にさえ抗おうとするかのごとき声で、樟葉先輩は詩音たち三人を罵った。
「単なる名家の御令嬢ってだけじゃなくて、先輩には先輩でいろいろあるってことさ。あたしらなんか思いもつかない深い悩みっていうのが、もしかしたらあるのかもなぁ」
夢莉の指摘はよくわかる。誰でも人それぞれに悩みの一つや二つあるものだ。他人からしたら大したことがないように思えても、本人からしたら大問題なこともある。
「でも結局、創部のための頭数を揃えるには、先輩にもゲーム部に入ってもらう必要があるんだろ? 昨日のアレはちょっとヤバかったかもなぁ」
「そんなこと言っても、夢莉があそこでああしなかったら、今度は夢莉のほうが納得できずにどんよりしてたじゃない」
夢莉の心配を理解したうえで、詩音が冷静に答える。
RPGというのは一種の即興演劇のようなもので、その時に与えられた状況に対応して、基本的にプレイヤーの好きな行動ができる。もちろんその結果に対しても、因果応報というかそういう影響を被ることも、それなりによくある。
お互いにプレイヤー同士がそういう駆け引きをすることによって、仲間との一体感や、利害対立の焦燥感を演出するわけだ。
しかし大抵の場合、プレイヤーもゲームマスターもシナリオの無難な完結、つまり物語の破綻というリスクを負うことなく終わらせることを望むため、進行の阻害要因となる行動や、ゲーム外での遺恨を残すような言動は、無意識に避けるような状況になるのが普通だ。
それを考えると、昨日のあのシナリオ展開は、さすがに少し攻め過ぎだったといえるかもしれない。
「まぁ、何事もなるようにしかならないってことだよ。やらずに終わっちゃうよりはやって後悔しろ、ってね」
この彩乃の明るさが今は希望の光なのかもしれない。単にお気楽馬鹿なだけかもしれないが。
「それにしても、昨日のあの話って、ルールブックに載ってるお試しサンプルなんでしょ? あんな爽快感の欠片もない重たい展開でいいわけ?」
ふと夢莉が口にした疑問だったが、即座に詩音が否定する。
「あぁ、あれ、殆ど出任せだから…」
「はぁあ?」
ひと際大きく素っ頓狂な声を上げて、夢莉が驚きとも戸惑いともつかぬ表情を浮かべる。
「それってどういうこと?」
間近に迫られて僅かに怯みたじろぎながらも、詩音が要点を掻い摘んで簡潔に説明する。
「なんていうか、物語の大部分が佐伯先生がその場で創りあげたアドリブ展開って感じで、私たちプレイヤーの出方に合わせてその先の方向性を微妙に変えてくるっていうか、とにかくもう、端から端まで先生の口から出任せっていうか」
「なにそれ?」
夢莉が話についていけないのももっともだった。
「ぶっちゃけ、ルールブックに書いてあるのは、毎度お馴染み招待状って感じの導入部分があって、集められた館には忘れられた悪魔ってのがいるから、それじゃ皆で適当に逃げたり退治したりしてね、っていう、それだけだってば」
彩乃がさらに噛み砕いた説明をする。噛み砕いたというより既にペースト状にされた状態だ。飲み込みやすさは十分だろう。
「じゃあ、ほんとにあの話、佐伯がその場で考えた、ってわけ? マジか?」
感心を通り越して呆れるとはこのことだろう。今まで見たこともない複雑な表情を浮かべた夢莉が呆然と呟く。
「あんな咄嗟にすらすらと文章が出てくるなんて、さすがに佐伯先生は国語の教師なんだなぁ、って感じだったかなぁ」
「ますます詩音は佐伯センセに惚れなおしちゃいましたぁ、と」
うっとりと語る詩音を茶化しながら彩乃が笑う。
「むしろペテン師だろ?」
「そんで、その肝心の佐伯センセとはどうなってるのさ、詩音」
「は、はぁああ?」
突然水を向けられると正直困る。詩音の頭は切り替えが追いつかない。
確かにどちらも大事な話ではあるのだが、ここ数日の佐伯先生とのやり取りで、何か二人の仲に進展があったかといえば、そう、まるで何もないのだ。
これは由々しき事態だともいえるが、まぁこんなもんだろうともいえる。どうでもいいとは言わないが、詩音がいまさら焦ってみたところで、どうなる類のものでもない。
「まったく進展なし…か、それはそれでなによりだ」
「えぇー」
さらりと流す夢莉の態度に不満の声を上げる詩音だが、もちろん何も言い返すことができない。
「ほら詩音、正直に言っちゃいなよ。佐伯センセ、ゲーム部のついでに私も引き受けてください、お願いします、ってさ」
「むぅー」
もしそんなことが気楽に言えたとしたらどれだけ良いだろうか。詩音は彩乃にいいように揶揄われながら、何とか反撃の糸口を探る。
「彩乃、あなたやっぱり馬鹿でしょ? 彩乃のほうこそ誰かいないの、気になる人とか…」
あっ、と詩音は自らの発言を瞬時に後悔する。彩乃の好きな人とはつまり、もう今はこの世にいない…。
「いるよ、ボク、好きな人」
「ほう、それは初耳だ」
興味津々の夢莉の視線も、彩乃の明るく晴れた満面の笑顔に注がれる。
「じゃーん、佐伯センセ―!」
「おい!」
「うそうそ、まだ内緒だけど、いるよ。いるんだなぁ、これが。だから詩音はなーんにも気にしなくていいからさ。思う存分、佐伯センセとの一騎打ちを楽しんでね」
ぽんぽんと音を立てて、そっと詩音の背中を叩きながら、彩乃はけらけらと笑った。
◇10 香坂夢莉
その日の午前中はほとんど授業に集中できず、夢莉はぼぅーっと教室から窓の外の空を眺めていた。
特別何か変わったことがあるわけでもない穏やかな青空に、時折横切る飛行機が描いていく真っ白な航跡の雲が、やがて薄っすらと儚く消えてゆく光景を、まるで時を忘れてしまったように幾度も繰り返していた。
「どうした夢莉、今日はまた随分と浮かない顔して」
いつの間に昼休みの時間になったのか、声をかけてきたのは相変わらずの涼太だった。
「何でもないわよ。それに学校では気安く夢莉って呼ぶんじゃない、っていつも言ってるでしょ!」
夢莉の言葉を無視して、涼太はちょうど席を外していた夢莉の前の女子の席に、さも当たり前のように座る。
「足、まだ痛むのか? なんかお前が元気ないとこっちまで調子狂うわ」
さり気なく気を遣ってくれる涼太の気持ちは嬉しいが、大勢のクラスメイトたちの目の前でそれを言われるのは、少しばかり気恥ずかしい。
「だいぶ治った。もう痛くはないよ。たぶん来月辺りには復帰できるんじゃないかな、体操部にも」
「そっか…そっちは決心がついたか。…ってことはもしかすると、浮かない理由は他にあるってわけだ。あー、もしかして…」
涼太のやつは妙なところで察しが良いんだな、と感心しながら、夢莉は首を横に振って否定の意思を伝える。
「残念ながら、いないわよ。あたしが気になる男なんて…」
確かに夢莉の周りに浮かれた話は聞こえてこない。
詩音と違って奥手だとか人見知りだとかいうことではなく、仲の良い男子は割と多くいるほうだろう。それでもお互いが特別と意識できる相手というのは、そう簡単に見つかるものでもない。
「そりゃあ立場が逆、ってもんだろ…」
「それじゃ訂正するわ。…いないわよ。あたしに気のある男なんて」
「俺は?」
ほっとした表情で胸をなでおろしながら、涼太が自分を指さして尋ねる。あからさま過ぎて実にわかりやすい態度であった。
「あんたは、その、特別よ…」
「それってどういう?」
期待に満ちた表情で真っ直ぐに夢莉を見つめる涼太の瞳が、ムカつくほどにキラキラと輝いているのが気に食わない。
「お節介で能天気なおめでたいお調子者が、何の因果かお向かいさんの幼馴染み、ってね。詩音もそうだけど、あたしの周りにはどうもこう、昔っから妙なやつばっかりだわ…」
「詩音かぁ、あいつも大概だよなぁ…。ま、俺は夢莉一筋だけどな」
「はぁ?」
よくもまあ堂々と教室の中でそんなことを言えるものだ。目の前の男は本当にお馬鹿さんなのか?
「とにかく、あたしのことは心配するだけ無駄よ。別に男子には興味ないし」
「まぁ、俺としちゃ、そのほうがいろいろ助かるけどな」
「涼太、わかってるの? あんたもその中の一人なんだからね?」
聞いているのかいないのか、涼太は夢莉の言葉を受け流して、清々しく微笑んでいる。
「やっぱり馬鹿ね、あんた…」
放課後、ホームルーム終了のチャイムの鳴りやむのを待たずに、夢莉は慌ただしく教室を後にした。
「ちょっと、待てよ、夢莉」
涼太がその後ろ姿を追いかけるように席を立つ。
先ほどの他愛無いやり取りの後、間もなく昼休みも終わろうという頃合いになってから、唐突に夢莉が涼太に同行を促したのだ。
「いったいどういうつもりなんだよ、急に三年生の教室に行こうなんて」
そう、夢莉たちが今向かっているのは中等部三年の教室、ちょうど二人の教室のひとつ上の階ということになる。
学校というのは奇妙な横割り社会で、一年生は一年生、二年生は二年生と、同じ校舎の中に生活しながらも、その縄張りがほぼ決まっている。学年の違う生徒が縄張りの外をうろついているのは目立つし、何処か只事ではない不穏な空気を孕んでしまう。
「涼太はゆっくりでいいから。ただし、もし逃げたりなんかしたら絶対に承知しないからね!」
有無を言わさぬ強引な言い回しで涼太を束縛すると、夢莉は後ろを振り返らずに上の階に駆け上がった。
「なんだよ、夢莉のやつ、思いっきり走ってるじゃないかよ…」
三年の教室前に到着するや否や、手近な先輩の女子生徒に声をかけ、お目当ての樟葉先輩を呼び出してもらう。
不意にクラスメイトに声をかけられた樟葉先輩は、さも驚いたように顔を上げると、廊下で待つ夢莉に不思議そうな視線を送る。
やがて帰り支度を終えた樟葉先輩が席を立ち、ゆったりとした足取りで教室を後にすると、廊下で待つ夢莉たちを促した。
「今日はどういう風の吹き回しなのかしら? あなた一人で訪ねてくるなんて」
そう言いながらも、樟葉先輩はちらりと涼太の様子をうかがっていた。借りてきた猫とでもいえばいいのだろうか。夢莉のボディガードにしては、些か迫力が足りない。
「それがその、なんというか、昨日は…」
決まり悪そうに話を切り出す夢莉に対して、樟葉先輩は疑問の表情を浮かべる。
「たぶんきっと、先輩、気分を害しているんじゃないかな、と思いまして…」
「あぁ…」
シナリオのクライマックスでのやり取り。義憤に駆られた夢莉と悪魔への慈愛に目覚めた樟葉先輩の駆け引きは、確かに緊張感に溢れたものだったが、しかしそれは遺恨になるようなものではない。
それぞれどちらの立場になっても互いに正しいと信ずる理由があるし、だからこそ対立してしまうこともある。わかるがゆえに譲れない、そんなことも往々にしてあるというものだ。
「いちおう先輩には、ちゃんと謝っておきたくて…」
深刻そうな言葉を紡ぐ夢莉の脇腹を、空気を読まない涼太が突く。無視され続ける報復からか、夢莉が昔からそこが弱いことを知っていて、わざとやっているのだろう。
わひっ、という、どちらかというと色気のある声とは言い難い小さな悲鳴を上げて、夢莉は僅かに身をくねらせる。
「どういうことだってばよ?」
ひそひそと涼太は夢莉に耳打ちする。夢莉は半睨みになりながら、涼太の問いには答えず無視を貫く。
「それを言いにわざわざ?」
樟葉先輩に心の奥の何かを見透かされたように感じながら、それでも夢莉はこくりと頷く。
「いつも、あたしたち三人だけでゲームをやってると、ああいう重苦しい展開にはならなくて、もっとあっさりというか、単純に悪魔とか魔物とかをバンバン倒して、すっきり爽快お疲れさま、っていう展開が多くて…」
樟葉先輩はただ黙って夢莉の話を聞いていた。
「あの後、あたし少し気になって、詩音にシナリオの内容を見せてもらったんですけど…」
夢莉は次の言葉を紡ぐ前に、樟葉先輩の顔をしっかりと見つめなおした。
「びっくりしたことに、ルールブックのシナリオには本当に何も、悪魔の生い立ちとか、悪魔使いとの生活とか、そんなこと全然、これっぽっちも書いてなくてですね…」
えっ、と樟葉先輩が驚いた様子で夢莉に顔を向ける。それはまさに今朝の夢莉がしていたであろう表情だ。
「それってつまり…」
「佐伯先生があの場であたしたちを見て思いついたことを、そっくりそのままあたしたちに語って聞かせた。つまり、あたしたちのためだけに先生が創った物語だったんですよ」
樟葉先輩の言葉を受けて、夢莉はそう語った。
「佐伯先生だからこそ、できたことなのかもしれませんが、でも、もし仮にあの場に樟葉先輩がいなかったら、そういうことにさえも気づけなかったかもしれないんです」
樟葉先輩は黙って夢莉の言葉に耳を傾けている。廊下を歩く他の生徒たちが何事かと視線を投げかけるが、それも気にせずに夢莉を見つめ返す。
「だから、きっと昨日のシナリオがあんな風に奥の深いというか、悩ましい展開になったのは、樟葉先輩がいたからこそだと思うんです。たぶんあそこには先輩みたいな存在が必要だと感じたんです」
ふぅ、と大きく息をついて、樟葉先輩は肩を竦ませた。
「早い話が、私にも仲間になってもらいたい、ということなのね?」
「はい。そうしていただけるととても助かりますし、きっと詩音たちも喜ぶと思います。どうかよろしくお願いします!」
相変わらず夢莉の脇腹をつんつんと突いてくる涼太の手を払い除けながら、深々と頭を下げる。
そのまましばらく時が止まり、やがて夢莉の肩に樟葉先輩の手が触れると、ようやく夢莉は姿勢を戻した。
「香坂さん、私がこの学校でなんと呼ばれているか知っています?」
「い、いえ…」
夢莉は曖昧にはぐらかしてそう答えたが、涼太がぼそりとその名を口にする。
「…鋼鉄の、冷嬢?」
「は、涼太、ちょっと馬鹿ぁ! しぃっ!」
それは、この学校の生徒なら誰でも一度は耳にしたことのある樟葉先輩の二つ名だった。
冷嬢というのは、神楽家の御令嬢という立場と、冷たくお堅い印象をかけたものだろう。
「噂によると、どうやら私は、どんな相手の申し出でも冷たくあしらう質の悪い性格のようですから、ここで香坂さんの申し出を請けてしまえば、妙な嫉妬の矛先があなたに向きかねません」
それでも構わない、と夢莉は思った。だからその思いを込めた真剣な眼差しで、しっかりと樟葉先輩を見据えた。
「大丈夫です、それでも」
「ですから、私はあなたからのお誘いに応じるわけにはいきません」
「ちょっ、そりゃないっしょ先輩!」
今までただ黙って話を聞いていただけの涼太が、ついにいたたまれずに話に割り込んできた。
「この夢莉のやつがここまで言うんですよ? こいつが頭下げて頼み事なんて、俺、こいつと十年一緒にいて、今まで見たことないんですよ?」
いいから落ち着いて、と必死に涼太を止める夢莉が、今度は涼太に無視される側に回った。
「話は全然よくわかんないんですけど、俺からもお願いします。こいつが、夢莉がなんか深刻に悩んでるってのは、俺から見ててもわかるんです。どうか、こいつの好きなようにさせてやってください! この通りです!」
涼太は樟葉先輩に向かって深々と頭を下げた。先ほどの夢莉よりもさらに深く。
下校を始めた周囲の生徒たちの波は、その光景を、またいつものあれか、と横目に見ながら通り過ぎる。そう、この状況では、どう見ても涼太が樟葉先輩に交際を申し込んでいるとしか思えない。
「失礼なことを伺いますけれど、あなたは香坂さんの…」
さすがにこの展開は想定外なのか、戸惑いがちに樟葉先輩が涼太に尋ねる。
「俺は、夢莉の、その…俺にも正直よくわかりませんっ! たぶん夢莉に聞いてもらったほうがわかると思います。でも、俺、こいつのことが心配で、いつも気になって、だから、きっとこうするのが正解なんじゃないかって思います! 全然答えになってなくて、ほんとすみません!」
言葉を失うとはまさにこのことだろう。夢莉の瞳が驚きに震え、何かを言いかけた唇は、結局何も紡ぐことができないまま。
「本当に残念ですが、やはり香坂さんの申し出を受けるわけにはいきません」
樟葉先輩はそう言って目を伏せた。頭を下げたままの涼太の背中が震える。
「ですが、私個人の気持ちとして、あの場所にもう少し参加させていただきたいと思います。それが私の選んだ、私自身の結論です」
◇11 それぞれの決意
「いいから、もういい加減泣き止みなさいよ、うざったい!」
いつもと変わらぬ研修室。すでにその利用スケジュールの半分ほどを詩音たちが占領する格好になっているのだが、建前上はあくまで生徒の誰でも使える図書館の一室である。
今、そこで聞きなれない妙な声音で泣いているのは、いつもお馴染みの三人の女子生徒たちではなく、樟葉先輩でもなく、もちろん佐伯先生がここにいるはずもない。
「だってよぉ、うまくいったからぁ、夢莉の願いが叶ったからぁ、俺よぉ、ちったぁ役に立ったのかなってぇ」
あの後、突然泣き崩れた涼太を、夢莉と樟葉先輩の二人がかりでどうにかこの研修室へと引きずってきたのだ。
まるで樟葉先輩に告白して玉砕したか、はたまた成就して感動のあまり撃沈したか、傍から見ればそんな想像が膨らむ光景ではある。
「どういうこと、これ?」
彩乃が皆を代弁して、もっともな疑問を呈する。
「何と言いますか、間接的に私が一本取られたというか…」
「はぁ…」
樟葉先輩の説明もいま一つ要領を得ず、皆は一様に首を傾げるばかりだった。
「ま、まぁ、こいつのことは…この際どうでもいいでしょ。とりあえず五人集めたんだから、詩音、あとは部長が何とかしなさいよ」
何処か照れくさそうな表情をはぐらかすように、夢莉が詩音を指さした。
「五人…って、涼ちゃんも入ってくれるの? ありがとうね、感謝だよ」
詩音にとっても涼太は幼馴染み。いつも三人で日が暮れるまで遊んでいた幼稚園時代の記憶を懐かしく思い出す。
「あたしの代わりに樟葉先輩を口説き落としたんだ、いまさら自分は関係ありません、なんて戯言は言わせないからね!」
もともとそのつもりで樟葉先輩の許に連れて行ったのだ。夢莉の説得に素直に応じてもらえなくても、涼太も必ず入部させるんで、どうか先輩もよろしくと頭を下げる算段だった。まさかその生贄役の当人が、予想外の立ち回りを演ずることになるとは思いもよらずに。
「へぇー、この人、そんなに凄いんだ?」
そうは見えないんだけど、といわんばかりの彩乃の感心も無理からぬことだろう。夢莉も、樟葉先輩も、そして何よりもちろん涼太自身でさえも予想していなかった展開によって、ことが丸く収まったといえるのかもしれない。
「涼ちゃん、実は夢莉のことになると昔から凄いから…」
「はぁあ? ちょっと詩音、あんた何余計な事言ってんのよ! こいつはなんていうか、その、単なるあれっていうか…」
詩音の言葉に、あわあわと否定のゼスチャーを交えて狼狽える夢莉を眺めながら、彩乃と樟葉先輩が顔を見合わせる。
「なんか、いつもと逆?」
確かに普段ならば詩音が夢莉に揶揄われているのがお約束の光景だが、今日は少しばかり様子が違った。
その新たな風の吹き始めは、夢莉が挑んだ挑戦か、樟葉の選んだ決断か、涼太の大勝負の顛末か、何よりそれらの相乗効果がもたらしたものなのだろう。
「あー、ほらほら、それじゃあもう帰るわよ。あんたもいい加減にしゃきっとしなさい!」
「お、おう!」
多少は落ち着いたのか、涼太が夢莉に急かされて、ようやく立ち上がる。
「まぁ、その…今日はありがとうね、涼太」
照れくさそうにそれだけを言うと、夢莉は再びそっぽを向いてしまう。その横顔を見つめる涼太の視線は空振りだ。
「ほら、帰るんだからね! 彩乃もにやけてないで支度しなって!」
一連の流れをにやにやと眺めていた彩乃が、夢莉に尻を叩かれるようにして立ち上がる。
「ほいほい」
詩音もゆっくりと自分の席を立ち上がり、研修室を後にしようと歩みだすと、その背中に樟葉先輩の声が投げかけられた。
「西原さん、ちょっといいかしら、少しお話が…」
「あぁ、はい、何でしょう?」
戸惑いがちに振り返ると、いつもよりさらに鋭さを増した樟葉先輩の眼光が詩音を見据えていた。
「あー、ボクたち先に行ってるから、いつものバーガー屋で…」
ただならぬ気配を察した彩乃が、気を利かせたのか自己保身に走ったのか、そんなことを言い残して研修室を後にする。
「退却ぅー、撤退撤退ぃー!」
他の皆が帰った後、二人きりで残された研修室で、しかしなかなか樟葉先輩は言葉を発しようとはしなかった。
「あのぉ、樟葉先輩?」
何度目かの詩音の問いかけで、ようやく樟葉先輩の重い口が開く。
「昨日、あの後、私なりにいろいろ考えてみたのですけれど…」
「はぁ」
詩音に何も思い当たることはない。
夢莉と樟葉先輩がシナリオ上で対立したというのはあったが、それは当人同士の間で解消済みのようだし、樟葉先輩の性格からして、現実世界の詩音や彩乃を逆恨みするようなこともないだろう。
「西原さん、あなた自身はいったい、これからどうしたいのですか?」
「え?」
突然樟葉先輩の口にした疑問が、いったい何を言わんとしているのかが理解できず、詩音の頭が混乱する。
「たぶん皆さんそれぞれ一生懸命で、白岡さんは佐伯先生を顧問にしようと説得に毎日奔走していましたし、香坂さんはあなたの夢を叶えたい一心で必死に…その思いがさっきの彼にも伝わった結果、私もこの場所に参加することを決心したわけですし…」
「はい、なんというか、皆には本当に感謝しています」
詩音は素直にそう答えた。その言葉に嘘はない。
「それはともかく、西原さん、あなたはその間、いったい何処で何をしていたのかしら?」
どくんとひとつ詩音の心臓が大きく跳ねた。
「あなたが性格的に説得や交渉に向いていないというのは、まぁ傍で見ていれば雰囲気でわかります。でも、あなたにも何かできることがあったのではありませんか?」
そこまで言うと、樟葉先輩は静かに目を閉じて大きく息を吸い込み、再び見開いた澄んだ瞳を詩音に向けた。
「私、決めました。西原さん…いえ、詩音さん、あなたと勝負をします、私」
「あの…」
戸惑いを隠せない詩音は、顔じゅうに疑問を浮かべたままの不安げな表情で、ぼんやりと樟葉先輩を見つめた。
「今まで詩音さんは、自身の願いを叶えるための挑戦に値する十分な環境に置かれていたはずです。でも、あなたはそれを少しも活かそうとしてこなかった。それが運命なら、どんなに放置してもいつかきっと上手くいくだろう、誰かがきっと導いてくれるだろう、そんなふうに気楽に構えていたのでしょうね」
樟葉先輩の指摘は鋭く詩音の心に突き刺さるが、ほぼ正確に的を射ているだけに、詩音本人にも大いに自覚がある内容で、否定の言葉も浮かばない。
「自分から最初の一歩を踏み出そうとしなければ、誰にも道は拓けません。自らが歩もうとして、初めてそこに道ができるのですから。だから私は、私自身の新しい一歩に挑む決意をしました」
「それって…ええと、つまり…」
詩音は確信をもって導き出した推測を言葉にできなかった。ひとたび口に出してしまえば、もはや取り返しがつかなくなってしまいそうで不安だった。
「私も佐伯先生に改めてとても興味が湧いてきました。先生に私の知らないもう一人の神楽樟葉、いいえ、数えきれない幾つもの神楽樟葉の姿を教えてほしい、一緒に見つけていきたい、と心から思いました」
樟葉先輩は改めて詩音の瞳を見つめると、自信に満ちた笑顔を浮かべながら最後のとどめを刺しにかかる。
詩音にとってはまさに青天の霹靂という状況だった。樟葉先輩に対する反論を考えようとしても、心も体も言葉さえも震えるばかりで、同じところをぐるぐると巡り続けるようだった。
「詩音さん、お互い手加減無用の真剣勝負、恨みっこなしで行きましょう!」
◇12 毎日ひとつだけの挑戦
「あー、それは何というか、アレだな…」
目を逸らしたままで、ぽそりと夢莉が呟く。
バーガーショップはいつもと同じ賑わい。樟葉先輩と別れ、遅れて合流した詩音は、浮かない表情のまま、ぽつりぽつりと一同に成り行きを説明した。
「あたしが強引に樟葉先輩を誘ったりしたから、こんなことに…。考えなしでほんとにごめん…」
「そんなこと…」
詩音はその言葉を否定しようとして、そこから先が出てこない。
「それにしても、これまた驚きの展開になってきたねぇ。ボクは何があっても絶対詩音の味方だけど、ライバル出現ってのは予想外だねぇ…」
さすがの彩乃も、下手なことを口走らずにこの場は自重せざるを得ないだろう。
「けどよぉ、それって要するに、神楽先輩も佐伯のことを狙ってました、ってことになるわけ? なんでまたどいつもこいつも佐伯なんだ? そんなに良いんかねぇ、俺にゃあさっぱりだわ…」
彩乃に続いて涼太までが同じようなことを言い出す。まぁ状況的にはそうとしかいえない展開なので致し方ないのだが。
「そんじゃ訊くけど、涼太、確実に佐伯に勝るあんたのセールスポイントっていったい何だっていうのよ?」
「そりゃあ、いろいろあるだろうが…例えば…」
そう言ったまま、長き沈黙に包まれる涼太のポンコツな自己診断プログラムが、延々と空しい検索を繰り返す。
「とりあえず、たぶん夢莉は悪くない…と思う。もちろん涼ちゃんも、ね」
暫しの躊躇いの後、詩音はゆっくりと口を開く。
「皆とこうしてこの場にいるのも運命だと思うんだ。樟葉先輩が参加してくれたのもたぶん運命。だからきっと、運命にもいろいろあるんだよ、良いことも悪いことも…」
詩音はそう自分に言い聞かせるように呟く。
そう、まだ何も始まっていない。失ったのは先制攻撃の機会だけだ。過ぎてしまった時間を悔やむより、今は何かひとつでも先のものを掴み取るしかない。
「しっかし、こいつは前途多難過ぎる船出だろ、この展開は」
涼太が呆れたように溜息をつく。皆も返事代わりに溜息で答える。
「出航どころか、進水式も艤装もまだの新造艦だけどね。浸水式にならないことを祈るしかないのかも?」
彩乃が真顔で笑う。
「新造艦なら何もかも初めて、私たちと同じで、すべてはこれからなんだよ、きっと大丈夫! とにかく、もう開き直って頑張るしかないよ」
詩音はそう言うと、弱気な自分を心の奥にしまい込んで、気迫のこもった表情で皆の顔を見る。
「運命っていっても、別に変えられないわけじゃない。やりようは幾らでもあるはずだから、きっとまだまだやれる…んじゃないかなぁ、と思う」
鼻息荒く一大決心の演説をぶち上げた詩音だったが、その声は次第に霞んで小さくなっていく。
やる気のない疎らな拍手で応えた夢莉は、複雑な表情で素直な感想を述べる。
「なんだかなぁ…、あたしと彩乃がこの数か月、散々叩いて効果がなかった詩音の尻を、樟葉先輩が鞭一発でその気にさせた、ってのが、どうにもなぁ…」
「あぁー、確かにそれはちょっとボクも納得がいかないかも…」
街の景色がすっかり紫のベールに包まれてしまった頃、ようやく詩音は自宅へとたどり着き、そのままの制服姿でベッドへと倒れこんだ。
自分でも情けないくらいに危なっかしい足取りで、よくも事故に遭わず帰り着いたものだとさえ思う。きっと今の格好も表情も、できれば人に見られたくないくらい酷い有様なことだろう。
あまりにも予想外過ぎることの成り行きに、詩音の頭と心が悲鳴を上げていた。
静かに目を閉じ、数時間前の出来事を思い返す。
「私、決めました。西原さん…いえ、詩音さん、あなたと勝負をします、私」
樟葉先輩の突然の宣戦布告が、詩音の心にずきりと突き刺さる。
考えようによっては、樟葉先輩は、佐伯先生に告白する前に、前座代わりに詩音に告白したようなものである。今までひたすら告白する側の緊張感だけに想いを巡らせ続けてきた詩音だったが、今日は思いがけず告白される側に回ってしまったわけだ。
―なんだかなぁ、これって夢…じゃないんだよねぇ―
大きな溜め息を漏らして、詩音は仰向けに見慣れた天井を眺める。
何はともあれ、これで完全に退路を断たれ、あとは前進するしか道はなくなったということだろう。だからといって、ここで白旗を掲げるという選択肢は詩音にはない。
樟葉先輩が正々堂々という言葉を口にしたからには、詩音が一方的に撤退や降参することは認めません、ということなのだろう。もちろん今のところ、詩音にそんな気はないのだが。
ならばまず当面の間は、目の前の自分にできることを淡々とこなしていくしかない。
まず手始めに、ゲーム部の顧問の依頼を改めて佐伯先生にお願いすることになるだろう。もちろんそれは当初からの筋書き通りなのだから、何も問題ないはずだ。
―そう、あとは私の、勇者詩音の頑張り次第なんだから―
詩音の思い切りのなさは昔から変わらない。
いや、幼少の頃はむしろ夢莉や涼太が止めるのも構わずに、詩音が率先して危ない橋を渡っていた気もする。というよりも、当時の詩音にとっては、目につく危ない橋が揃いも揃ってとても魅力的に思えたのだろう。
いったい何故、何がきっかけで詩音が無意識に危ない橋を避けるようになったのか、心当たりはない。普通に考えれば、危ない橋に自ら進んで挑む必要性がないという、極めて当然な事実にようやく気づいたというだけだろう。
とかく冒険にはリスクがつきものだ。幼い頃は、毎日一緒だった夢莉や涼太が相当にその巻き添えを食っていたように思う。しかしそれでも、今回の一連の騒動のように、詩音自身が動かないことで逆に周囲が被る皺寄せも、またあるのだ。
どちらにせよ問題が発生するのが避けられないなら、いっそ開き直るのもありかもしれない。詩音が動かず周囲が動いて一歩前進するなら、詩音が動いて周囲も動けば二歩前に進めるかもしれない。
時に躓くことがあっても、それが致命的なことでないなら、多少の問題は後で皆と一緒に考えてもいいだろう。
「勇者詩音よ、ここは潔く、とっとと吶喊するしか道がないぞ?」
「平気平気、勇者詩音はここ一番の度胸の人だからね」
夢莉と彩乃の言葉が浮かんでは消えていく。
今はただ盲目に、己を信じて勇者詩音を演じ貫いていくしかない。そう、空想の世界も現実の世界も変わらない。まずは仲間を集めて旅立つことから始めよう。
そしてもうひとつ、詩音に課せられた新たなる試練。
「自分から最初の一歩を踏み出そうとしなければ、誰にも道は拓けません。自らが歩もうとして、初めてそこに道ができるのですから。だから私は、私自身の新しい一歩に挑む決意をしました」
樟葉先輩のあの言葉は、目前の詩音に重ねたもう一人の樟葉先輩に投げかけたものかもしれない。
自分自身に対する決意表明の宣戦布告。その儀式めいた方法をあえて選んだというのは、きっと他の誰かに聞いて貰うことによって、後戻りできない状況に自分を追い込もうとしたのだろう。
そうでなければ、詩音に黙って粛々とことを運べばいいだけで、それこそ家柄も容姿も成績も、詩音とは天と地ほどの差がある樟葉先輩にとって、障害になることは何もないはずなのだから。
本気の樟葉先輩がいったいどのような戦略で魔王佐伯攻略に挑むのか、詩音には皆目見当がつかない。もしかしたら圧倒的な大攻勢を毎日のように見せつけられ、さすがの勇者詩音も心が折れてしまうかもしれない。
しかしそれでも、勇者詩音は負けるわけにはいかない。
となれば、詩音に残された唯一の作戦は、持てるすべてを集中させた正面一点突破しかない。あとは野となれ山となれの精神だ。何かがあったら、その時はその時になってから考えよう。
「なぁんだ、結局悩みの本質なんて、ちっとも変わってないじゃない」
詩音は声に出して再確認する。
己の状況を知りひと安心した途端、詩音は相当にお腹が空いていることに気がついた。思えば、さっきのバーガーショップでは何も口にする気力が起きなかったというのに、人間とはなんとも現金なものである。
―とりあえず、毎日ひとつだけ、前向きに挑戦してみよう―
詩音は決意とともに勢いよく起き上がり、ベッドを降りてキッチンへと走る。
「お母さん、今日の晩御飯は何?」
◇13 はじまりのはじまり
終末の金曜日、夕暮れの迫る放課後の職員室。生徒の姿どころか教師の姿すら疎らとなった頃合いに、詩音と佐伯先生の二人は同好会設立の申請書類と格闘していた。
校則の定めによると、新たな部活動の創部には少なくとも十人以上の生徒の登録が必要になるとのこと。ただし、その活動目的に賛同する生徒が最低五人集まっている場合には、同好会としての活動を認める、という一節がある。
部活の顧問と同様の責任者の役職を佐伯先生に引き受けてもらえたことで、とりあえずRPG同好会としての活動を公式に学校に認めてもらえて、一安心だ。
表向きすべてが順調そうに見えたが、残念な結果となってしまったのが、部室と予算についてだった。
部室は、部活動として認められて初めて与えられるものだから、結局、今までと同じあの研修室か、責任者の佐伯先生の受け持ちクラス、つまり詩音と彩乃の教室を使うことになるだろう。
予算についても、部活動の平均的な割り当ての僅か約十分の一程度という厳しい経費しか認められない。不足分は仲間たちで会費を集めて頑張ってくれ、ということだ。
実のところ、RPGというのはとてもお財布に優しい趣味で、個人的に必要なものといえば、筆記用具と幾つかのダイス、つまりサイコロと、各種のシートやチャート類のコピー代くらいなものだ。むしろ、飲み物とお茶菓子にかかる費用のほうが大きいくらいである。
もちろんルールブックは必要だが、これは一つのテーブルにつき一冊でいいわけだし、現状のこの人数で複数のテーブルが並ぶことはないだろう。
多少なら予算を寄付しても、と樟葉先輩が申し出てくれたが、それは丁重にお断りすることにした。まぁ、半分は詩音の女の意地もあったかもしれない。
あの日を境にして、詩音の心境は大きく変化していた。
自分で決めたルールに従い、詩音は毎日ひとつだけ何かに挑戦することにした。
もちろん無謀な試みをしようというわけではない。それに、別に成功する必要はまったくない。ただ、ふと目についた、気がついた何かに前向きに対応していくだけだ。
何気ない雑用を引き受けたり、クラスメイトに進んで挨拶したり、晩御飯の料理に挑戦したり、少し早起きして違った街の風景を眺めたり。
数日もしないうちに、後ろ向きな心のフィルターで覆い隠されていた日常が、本来の明瞭さを取り戻し光り輝いていった。
まさに世界が変わった気がしたが、実際には、ほんの僅かに詩音の意識が変わったに過ぎない。
まるで別人のように何事にも積極さを見せ始めた詩音は、以前のような目立たなくて影の薄い存在ではなくなり、その影響は周囲のクラスメイトたちにも徐々に浸透していった。
詩音に気軽に声をかけてくる友人も少しずつ増え、自然と笑顔を浮かべる機会も多くなっていった。そのおかげか、何気ない普段の表情も随分と和らいできたと感じる。
それは果たして、樟葉先輩の思いがけない宣戦布告のせいなのか、それとも自発的な自身の意識改革の結果なのか、詩音本人でさえも良くわからない。
「よし、これで全部だ、お疲れ様」
最後の書類を確認し終えると、佐伯先生がゆっくりと詩音に顔を向ける。
「ありがとうございます、佐伯先生。これからもお世話になります。よろしくお願いします」
詩音は心からの感謝を込めて丁寧に礼を述べると、ぺこりと頭を下げた。
「まぁあれだ、何というか、所詮は同好会だしな、そんな気張らなくてもいいんじゃないか?」
「はいっ」
詩音はにっこりと微笑んだ。別に意識したわけではないが、こうしてひとつ夢が叶ったのだ。自然と表情が緩んでしまうのも無理はない。
もちろんこの先も何かと難題は多いことだろう。でも、きっとみんなと一緒に頑張っていける、何の根拠もないが詩音はそう思えた。
「西原もそんな可愛い顔、するんだな…」
「えっ!」
確かに詩音自身、佐伯先生の前だと緊張のあまりへろへろな表情ばかりになっていた気がする。むしろ自然な表情や言動というものを、かえって意識してしまうくらいだ。
「RPGに集中しているときの自分ってのが、どっちかっていうと、その人本来の性格なんだ、っていう説もあるくらいだから、西原も、現実はゲームだ、くらい開き直ってもいいんじゃないか?」
―可愛いって言ってくれた。佐伯先生が自分のことを可愛いって言ってくれた―
詩音の頭がぽーっとして、そこから先の佐伯先生の言葉、極めて重要な部分を聞き漏らしていく。
「まぁ、小動物みたいにちょろちょろしている姿も見ていて飽きないんだが…」
詩音はばっと勢いよく立ち上がると、佐伯先生の腕を引いた。
「佐伯先生!」
「どうした、急に?」
「帰りましょう! 一緒に帰りましょう! もうやること全部終わりましたよね? ね?」
「あぁ、終わってはいるんだが…本当にどうした、西原?」
詩音にしては意外ともいえる問答無用の強引さで、根負けした佐伯先生を引っ張るように校門を抜けると、傾いた夕陽は茜色に西の空を染めていた。
いつもと同じ通学路のはずなのに、今日の詩音の瞳に映る風景は、何かが大きく違っていた。
「実は意外と強引なんだな、お前ってやつは…」
正直自分でもそう思う。なんで今日はこんなに大胆なんだろうか。詩音自身にもわからなかった。
「そうですね、きっとたぶん、とっても我儘なんですよ、私ってば」
今までの何処か自信のない自分。進むことより避けることの言い訳を探し続けた自分。それらすべての詩音の意識が、ぐるりと回れ右をして、この先に続く何かに向けて駆け出していく。
「我儘ついでに、実は私、RPG同好会以外にもうひとつ、とっても大切な夢があるんです」
佐伯先生の半歩先を進みながら、時折振り向いて笑顔を見せる。通学路をこうして二人きりで歩くなんて、それだけでも夢莉の願いは僅かにひとつ叶ってはいるのだろう。
「若いうちはたくさんの夢を持つのは良いことだと思うが、いったい何なんだ、詩音の夢って」
「あ、先生、今私のこと詩音って呼んでくれた」
今一度確認するように、佐伯先生の顔を見つめながら、夢莉は顔を綻ばせる。
「ま、職員室じゃないからな。他の先生…水野先生とかの前で、もし詩音だの彩乃だのって呼んだりしたら、即職員会議でお叱りの展開だ」
「えぇーっ、でも水野先生のほうが危ない噂、多いですよ? 女子生徒に妙に馴れ馴れしいとか…」
確かにその手の噂はある。もっとも半分は、女性に無関心な佐伯先生との対比のような感じだが、火のないところに煙は…というのも事実だろう。現に夢莉も怪我にかこつけてセクハラされそうになった、とか言っていた記憶がある。
「真剣な教師ほど生徒には誤解されやすいものだからなぁ…。良かったなぁ、詩音」
「はい? 何が、ですか?」
疑問符の浮かんだ詩音の顔を見つめ返しながら、佐伯先生は珍しく薄っすらと笑顔を見せた。
「担任の教師がいまいち真面目じゃない変わり者でさ。お前たちもそのほうが気が楽だろ?」
「いいえ、そんなことないですよ。気が楽どころか、私は毎日がドキドキの大冒険ものなんですから…」
えへへ、とばかりに満面の笑顔で微笑みかけると、詩音はくるりと佐伯先生に背を向けた。
「でも、そうですね、佐伯先生が私たちの…私の担任で良かったなぁ、とは思いますね。ほんとに運命に感謝しなきゃ、ですね」
「詩音、お前の場合は、感謝しなきゃならんやつが多すぎるだろう…」
心底呆れたような声音の佐伯先生の言葉が、詩音の背中に投げかけられる。
それは何より詩音自身が痛感していることだ。
「先生、今度お気に入りのダイス、ひとつくださいよ」
「なんだ唐突に…」
「お守りですよ、お守り。私のもう一つの夢が叶うように…」
再び詩音は佐伯先生を振り返って微笑む。
「もし、願いを叶えられたら、その時はきっと返します。その日が来ることを信じて、その願掛けダイスを大事にしますから!」
「呪いのダイスにならなきゃいいがなぁ…」
まったく、なんて不吉なことを言うんだろう、と心の中で抗議した詩音は、むーっと不満げな視線を送る。
「はぁ…お前って、ほんと表情豊かなんだなぁ。そのままの詩音のほうがきっと男子にもてるぞ? せいぜい頑張って夢を叶えるんだな、何年先になるか知らんけど…」
詩音の心を知ってか知らずか、無責任すぎる佐伯先生の何気ない言葉が、嬉しくも少し痛い。
「ありがとうございます、先生。絶対に夢、叶えてみせますねっ」
詩音が小躍りしながらウインクしてみせると、佐伯先生は戸惑いがちに目を逸らした。
「通学路ではしゃぐな、恥ずかしい…」
これから始まる物語、すべてはまだこれからだ。
彩乃も、夢莉も、樟葉先輩も、涼ちゃんも、そして佐伯先生も、皆が皆、これから未来の新しいページを記していく。
その幾つかのページの片隅に、恐らく詩音の未来も記されていくことになるのだろう。
それがいったいどのような物語になるのか、今の詩音には見当もつかない。
願わくば、この世界のゲームマスターが、素晴らしいワクワクする冒険譚を用意してくれてることを信じて…。
今、まさに詩音の心にはお約束のフレーズが駆け巡っていた。
―そう、私たちの冒険は、これからだ!―
◇とりあえず劇終◇
ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。
よろしければ、短いもので構いませんので、ご意見ご感想をお寄せいただけると励みになります。
今回は短編というには少々長くなりましたが、前書きでお知らせした通り、連作物の序章部分という位置づけなので、今後はいわゆるショートショートのかたちで続けていきたいと考えています。気長にお待ちください。
今のところ最終的な結末は確定していませんが、詩音たちの恋模様がどのように転がっていくのか、皆様の予想や願望、それぞれのキャラに対する応援などもお待ちしています。
是非ご支援よろしくお願いします。
今回の作品制作には、珍しく複数の方に事前の試読をお願いできました。大変助かりました。心より感謝しています。
公私共に古くからお世話になっている「みのりゆき」様、毎回新たな視野をくれる愛弟子「ただのハセベ」様、そして恐らく正真正銘の専門家でもある「鳥のトット」様、ありがとうございました。
なお、自称真鶴の愛弟子の「ただのハセベ」様はご自身でも発表している作品があるということなので、後ほどご案内させていただきます。そちらもご覧いただければ幸いです。
また、次回作品または今回の続編ショートショートの事前試読をしてみたい方がいましたら、ぜひご連絡いただければと思います。
では、また近いうちにお目にかかれますように。ありがとうございました。
■HPサイト「かれいどすこーぷ」(https://asami-m.jimdofree.com/)を公開中ですが、只今、絶賛放置中です。
■Twitterもあります(@manazuru7)。
ここからは少々蛇足的なご案内です。
何故か真鶴の愛弟子?を自称する「ただのハセベ」様。
師匠?としては弟子?の活動も微力ながら手伝わねば、ということで。
Youtubeで「ただのハセベ」で検索。
歌詞担当として音楽の世界にも踏み込むらしい。
なろうにも1作挙げてます(37Gii)
https://ncode.syosetu.com/n9870ia/
▲小説の型にハマらない自由な着想の持ち主…かもしれない。
時折、いろいろな意味で驚かされますので、ご興味を持たれた方は是非!