第4話 異世界でも原始的な方法で火を起こせるのか
水面に映る自分の姿。
元の世界の自分よりも幼くなっていることは不思議だったが、確かに元の世界と同じ自分。
この顔は、小学生か中1の時くらいの私自身だ。
いつまでも水面を見ているわけにはいかない。
今は生きるためにしなければならないことがある。
やることはたくさんあって、生き残るために必要な物資はまだまだ不足していた。
必要な物資を手に入れるには、探し回るしかない。
探索に出かける前に、まずは持ってきた小枝と枯れ葉を、乾燥したところに置いておく。
3本の小枝を互いに交差させて茎のしっかりした草を巻き付けて支柱にする。
同じものを2つ作り、その上に残りの小枝を置く。
極々簡易的で原始的なラックだ。
せっかく集めてきた小枝や枯れ葉を地面に直接置くと、生えている草や地面からの湿気を吸ってしまう。
そうなると火起こしに使えなくなってしまう。
乾いたまま置いておくには、こういうひと工夫がいる。
風が吹くとグラグラとして心もとないので、時間がある時に改良が必要そうだ。
今は手持ちの小枝も少ないし、時間もない。
とりあえず、火起こしのためにもう少し枝を拾ってこないと、それから弦を編むための草も探しておく必要がある。
他にも何か火起こしに使えるようなものや、食べられるものがないか探索したい。
池の周りはどこも森が拡がっている。
なにか目印がないと見分けがつかずに戻って来れなくなる可能性が高い。
けど、あいにく目印になるようなものもない。
「とりあえず、池が視認できる範囲から離れないように近場を探してみよう。
異世界探索開始♪」
頭の痛みが和らいだおかげで少しだけ元気を取り戻してきた。
この調子が良い時になるべく食料調達や火起こしができれば、生き残りに有利になってくる。
1度火起こしができたら、乾燥していない木も火の傍で乾かすことができるから、薪にできるものの選択肢が格段に広がる。
最初の火起こしが最大の難関だ。
「魔法が使えたら、もっと楽だったんだけどなぁ」
いけない。
ついボヤいてしまった。
空腹と不安が気持ちを後ろ向きにさせる。
サバイバルの敵は後ろ向きな気持ちだ。
気を強く持とうね私。
軽く頬を張って目の前のことに集中する。
まず目をつけたのは、森の木々から垂れ下がる茶色いツタ。
至る所から垂れ下がっていて、首や足などが引っかかると非常に危険だ。
ツタは成長度合いによって長さも太さも違っているようだ。
その中でも、すごく細いものを選んで引っ張ってみる。
体重をかけて引っ張っても直ぐに切れたりしない。
細くてもけっこうしっかりしてて丈夫そう。
「これなら、弦に使えるかも」
使うよりも少し長めに余裕を持たせるくらいの長さを見繕って、裂けた小枝の尖った部分を何度もツタに突き刺す。
ツタは繊維がしっかりとしていて、突き刺して切り取るのが大変だった。
ナイフとかノコギリが欲しい。
それから池から離れないように小枝や落ち葉を拾い集めて、元いた池に戻ってきた。
残念ながら食料は見つからなかったが、両手いっぱいの小枝と落ち葉を何往復かしてとってきた。
少し大きめの枝も2本ほど引きずって持ってきたが、これは乾かさないと薪にはできない。
日射しも傾きかけており、辺りの木々の影が少し伸びてきている。
「そろそろ、火起こししないと」
夜がどのくらい寒くなるのか分からない。
日の光があって、まだ動く体力が残っているうちに火を起こしたい。
頑張って切り取ってきたツタをゆったり目に、少し婉曲した小枝の両端に結び付けられるようにした。
弦の完成だ。
弦の片方の結び目を解いて、なるべくまっすぐな小枝にそのツタをまきつけ、弦に再び結ぶ。
真っ直ぐな小枝を突き立て支えながら弦を押したり引いたりすると、突き立てた小枝が回転することを確かめる。
「まわるまわる。
よしよし、いい感じ♪」
なんだかこうして手を動かして何かを作っていると、図画工作の授業とか、夏休みの自由研究をしているみたいで少し楽しい。
幅広の小枝を割いて、その割いた部分に乾燥しきった枯れ葉を2枚分ほど手でパラパラと粉にしてのせる。
残りの枯れ葉の半分は、いつでも拾えるように近くにまとめておく。
なるべく乾燥した、叩き合わせて音が軽い小枝を3角形に立てて置く。
その立てた小枝の真ん中にものすごく小さな小枝と、残りの枯れ葉を詰め込んで、火種を置くスペースを作る。
立てた小枝の周りにも小枝を置いて、焚き火の準備は整った。
後はひたすら……弦を押し引いて火種を作る!
「おおおおおおりゃーーーー!」
小枝の回転力と、枯れ葉の粉に押し付ける力や角度が大事。
同じところにひたすら当て擦り続ける。
数分間必死で弦を押し引きしながら枯れ葉の粉をすり潰す。
額から汗が吹き出てきて、手にも滲む。
でも、手を滑らせればこの数分間が無駄になってしまう。
酸欠になりかけながら必死で小枝を回し続けたところで、一筋の煙が見えた。
「あと、少しっ!がんばれ、私!おおおりやああ!」
自分を励ましつつ、目を見開いて煙が途切れないように意識しながらひたすら手を動かす。
煙の筋が少し太く、途切れないようになってきた。
そろそろ、そろそろっ!限っ界……!
いけるの?これ大丈夫?!これで付かなかったら終了な気がするんだけど!?
一瞬、回している小枝と枯れ葉の粉の場所に、赤とオレンジが混ざったようなチラつきが見えた。
「今しかないっ!」
私は用意していた枯れ葉の塊を手に持ち、一瞬だけ赤く光った枯れ葉の粉を慎重にのせた。
手に持った枯れ葉に息を吹きかける。
吹く息は、なるべく長く、途切れない方がいい。
「ふーーーーー!ふーーーーー!」
着いて!着いてお願い!着いてーーー!
フボボッ
「きゃあっあち、着い、熱ちちち」
手の中で赤い明かりが着いて内心はホッとしかけたが、このままでは火傷してしまう。
急いで火種を焚き火セットに移して、息を吹きかける。
程なくして、火は小枝に燃え移り、赤い光がゆらゆらと私を照らしていた。
「やった……やったよ私……!
すごいよ私……偉いよ私……!」
火起こしでこんなに偉業を達成した感覚になるとは思わなかった。
大学生になって、キャンプやBBQには何度も行っているし、炭を並べてライターやバーナーで着火するのには慣れていた。
中学生の時、野外研修で「まいぎり式」の火起こし器でみんなで火起こし体験をしたのが1回きりで、いざキャンプやBBQへ行った時は、着火剤とかガスバーナーという便利なもので火を起こしていた。
何も道具がない時は、自分で火を起こすんだということは、よく見ているキャンプやブッシュクラフトの動画で知っていた。
画面の向こうで、上半身が半裸の細マッチョな体を見るのが好きで、何となく垂れ流して見ていたのが、自分のピンチで役に立ってくれた。
ありがとう、細マッチョのお兄さんやムキムキのおじさん達。
私が今火を起こせたのは、あなた達の動画のおかげです。
火を起こすのに夢中になっていたが、見渡すと辺りは既に暗くなりつつある。
風が少し出てきていて、肌にあたる。
火がなかったら結構寒いかもしれない。
風がさざめき、池に小波を立てる。
そこに光が揺らいでいた。
池の周りの森がぼんやりとした光を放っており、その光が池に映り込んでいる。
「きれい……」
自分は改めて異世界にいるんだということを再認識させられた。
蛍の光が数億とか数兆個あったら、このような景色になるのだろうか。
ぼんやりと光る森のおかげで、対岸のチビカビさんたちが見える。
日が沈んでもチビカピさんたちの気ままさは変わらないらしい。
対岸の一角にチビカピさんたちが集まっている。
10頭近くのチビカピさんたちが何かを中心に群がっている。
目をこらすと、その集団は少しづつ移動しているようだ。
「チビカピさんたち、何してるんだろう?」