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第7話 風魔法

「ところで勇者様、風ってなんだか知っていますか?」

「えっとー、空気のカタマリがー、動くやつです」

「おーお詳しい! おみそれいたしました」

「ふっふーん。なんかアホっぽいってよくバカにされるんですけど、意外とできる子なんですよー」

「意外だなんてそんな、見る目が無い人もいるものなんですねー」


 いい加減おしゃべりはここまでにしましょうか。もう三十分も経ってしまってる。わたくしとしたことが、ちょっと油断しましたかね。


「その空気を動かすのが風魔法なんですよ。空気ですから動かすのは簡単です。魔法初心者はまず風魔法からっていうのは、とっても理にかなっているんです。これからそんな夢の風魔法の世界に、あなたをお連れ致しましょう」

「おねがいしまーす!」

「空気なんて見えないからよくわからない、って思ってしまう方が多いんですけれども、風はお外にいればたいてい感じていますよね。今もちょっと吹いているでしょう? その感じをただ頭の中で思い浮かべればいいんですよ。難しく考える必要なんてなんにもありません。そしてそのまま謡うように――ウィンド」


 勇者様のまわりに心地いい風を吹かせてあげました。この絶妙な匙加減は、実は血と涙の結晶。努力の甲斐あって皆様これでイチコロ。わたくしのとっておきの十八番を、お見舞い申し上げました、っと。


「おぉーきもちいいー。今のってもしかして魔法なんですか? いきなり吹いてきたけど」

「そうですそうです。魔法なんてこんなものです。たいしたことはありません。今わたくしがしたことは、頭の中で風を思って『ウィンド』と声を出した、ただそれだけなんですよー。ほら、ウィンド、ウィンド」

「あははっ、下敷きもないのにパタパタされてる感じ、おもしろーい!」

「笑ってばかりいないで勇者様、あなたもやってみませんか? 自分で風を吹かせれば、もっと夢が広がりますよー」

「やるやるー! よーし――」


 さあ来なさい! どんなお下劣な風でも受けとめます! 最初に吹かれた風は、それだけでじゅうぶん受ける価値があるのです。これまで皆様がおのおの吹かせてきたハジメテの風、それはひとりひとりの心がこもった、特別なオンリーワン、プライスレス。どれだけ不快な思いをさせられても、それに釣り合うだけのものを毎度わたくしにくださいました。こんな経験、なかなかできるものではありません。わたくしは本当に幸せ者でございます。


「ウィンド!」


 おや? 不思議なことに背中に激痛が走りました。ちょっと目がかすんで、まわりがよく見えませんね。霞の呪文なんて聞こえませんでしたけれども。そもそも風が吹いていないのはおかしくないですか? 勇者様、風を思い浮かべるのに失敗してしまったのでしょうか? いえそんなハズはありえません。直前にわたくしが勇者様の五感をしっかりとあやつったのですから。嗅覚はおろか味覚まで刺激するわたくしの十八番が通用しないなど、これまで一度たりともありませんでしたし、これからもあってはならないのです。大至急原因を突き止めないと……それにしても背中の痛さが半端ないですね。ちょっとさすってみましょうか。あれ、腕が何かにあたって後ろに回せませんね。これはいったい――


「ごめんなさーい、ちょっとリキみすぎでしたかー?」


 勇者様の声が小さくてよく聞き取れませんでした。上手くいかなくて落ち込んでしまったのでしょうか。いけませんね。


――そんな、気を落とさないでくださいませ。だれでもハジメテはトラブルがつきもの、オドオドなんてしなくていいんですよ。失敗したのはわたくしの方です。さあ、おちついて、もう一度ゆっくりと――


 うん? 声が出ていませんね。わたくしいつの間にか、体にかなりのダメージを負ってしまっているのでしょうか。あ、ようやく視界がはっきりしてきて良く見えるようになりました、って勇者ちっさ! ……コホン、失礼をば。勇者様がこちらに向かってはるか彼方から走ってきていますね。風で空でも飛んでしまいましたか? 初心者がいきなり空を飛ぶなんて、わたくしに続いて三人目の偉業を――いいかげん現実に戻りましょう。はい、その通りです。


 わたくしの体は吹っ飛ばされました。風で。




「ようやくほどよい風を吹かせることができるようになりましたね。わたくしの体はもうズタズタです。少し休ませてください……」

「えーもっとやりましょうよー」

「いえいえ、もうこれくらいできれば初日としてはじゅうぶん過ぎます。まさかエアーキャノン、ウィンドカッター、ウィンドの順に修得なされるとは思いもしませんでしたが……いえ、勇者様の場合、最初は全部ただのウィンドでしたね……」

「エアーキャノン「ぐふっ」だいすき!」

「……あんまり無茶なことはしないでくださいね。狙いが外れたらお城に穴が開いてしまいます。魔族の襲来に備えるどころの話ではなくなってしまいますよ」


 遠くから見つめてくる大量の視線が痛いです。今回のチームメイトの皆様には事前に視聴をお願いしていましたけど、どう見積もってもその十倍以上のギャラリーが……いえ、これは監視、警戒されていますね。お城を覆う結界もいつの間にか、いつにも増して対風の色味を帯びていますし。ええ、助かりましたよ。わたくし一人では防ぎきれなかった壊滅的な攻撃がたびたびお城の主塔に向かっておりました。特にわたくしがうっかりエアーキャノンとつぶやいてしまった後の数分間は、皆様にとっても良い対魔訓練となったのではないでしょうか。全く慈悲のカケラもないあの暴力はマジでヤバイです。トルネードとかハリケーンとかは、もうすこし大人になってからでないといけませんね。


「本日の残りのお時間は、締めとして軽くエクササイズをする程度にとどめましょう。クールダウン、いい響きです」

「あっ! それならー、いい考えが」

「なんでしょう」

「こっちに来てからちょっと気にはなってたんですけど、みなさんスカートってはかないですよね」

「スカート? なんですそれは」

「じゃあちょっと待っててくださいねー」

「あ、ちょっと――」


 いってしまいました。勇者様は風の申し子そのものですね。空を飛ぶのも時間の問題かもしれません。それはそうと、今のうちにお庭を修復してもらうよう頼みましょうか。




「じゃーん、これがスカートです。給仕さんにお願いして、即席で二着分用意してもらってきましたー」

「こんなものをいったい、何に使うというのですか?」

「このように自分のからだに着けてみてください」

「なかなかユニークなことをしますね。なにかのおまじないでしょうか」

「そしてこうやって――ウィンド」

「えっ? ちょっ! ……なんとも微妙に不快な感覚が……これはいったい……?」

「下にズボンを履いてるからセーフです。合法的に楽しめるのです」

「いったい何の話をしているのですか? 勇者様は何を楽しんでいるんですか?」

「スカートめくりです!」

「スカートめく「ウィンド」――いやちょっと、いったん止めてください!」

「さぁいっしょにめくりあいっこしましょう! 導師さんがうまくめくれるようになるまで止めませんよー」

「……!?」


 遠くから見つめてくる大量の視線が――




「……ウィンド……ウィンド……」


 わたくしの心は吹っ飛ばされました。風で。


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