プロローグ
ザクザクと濡れた道を進む。雨に濡れた体は冷え、凍えるほどではないが少し寒い。もう雨は降っていないが、横を流れる川は濁っている。
かれこれ1時間ほどは歩いただろうか。
「あー、完全にはぐれたなぁ。」
俺は今、迷子…いや遭難中である。
サークルの友達らと山でキャンプをしている途中だったんだが、突然の雨でみんなで避難することになったんだ。
ところがだ、ついうっかりと足を滑らせて川に落ちてな……そんでまぁ、下の方に流されていったというわけだ。
雨が止んだ後に、上流目指して歩いてきたんだけど、みんなの影も形見えやしない。
この遭難は完全に俺が悪いけど、あの時足を滑らせなかったら……雨が降らなければ……と思わなくもない。
「しかしどうするかなぁ。どこの辺りから流れてきたかわならないし、山降りた方がいいかなぁ。連絡手段もないしな。というか携帯水没して死んだしな。」
うん。とりあえず降りよう。この川を下っていけば麓の町には出れるはずだしね。とはいえ、増水した川横は危ないし少し離れたところから降りて行くとするか。
川に沿って降りていくのはキャンプ地であるなら間違いとも言えなかったが、山での遭難のケースでは最悪に近い選択らしいが、そんなことを知る由もない一般人にそんなこと言っても仕方のない話である。
♢♢♢
まずいな
とても、とてもまずい
さっきまで気づかなかったが、手持ちの食料も水も全然ないやんけ。あるのはカロリーバーとチョコ、ポテチくらいだし、水はペットボトルに入れてあるやつだけだ。水はまぁ川があるし一応は大丈夫だけど……。とはいえ、さっきの雨で川がだいぶ濁ってるから、それはそれで問題なんだけど。
ちらっと、目を側を流れる濁った川を見てそう思う。
川が濁ってなかったら魚捕まえるんだけどなぁ。
……おなかへった
というか、山の麓までそんなにかからないはずなのに、なんでまだつかないのだろうか?降り初めてからそこまで時間がたっていないから、分からない訳ではないけど……
「これだけ歩いても、人も見えないし、道も見当たらないし、麓までつかないし……はぁ。なんか疲れちゃったなぁ。流石に休憩しておくか」
ふと気づくと、もう空も暗い。時計を見ると4時過ぎだ。山だと日が落ちるのが早いと聞いたことがあったけれど、それは正しかったのだろう。
暗い中を歩くのは危ないし、今日の移動はここまでにしておくことにしよう。
「さて、動くのは明日にすることにして、軽くお腹になんか入れておきますか」
カロリーバーをカバンから出し、モソモソと食べる。
「あー、喉かわいたなぁ。水が少ない時のカロリーバーは地獄だなぁ。」
さて飯も食ったことだし、もう寝るか!まぁ寝る場所なんてないし、濡れてないとこに寄りかかるくらいしかできんがな!
♢♢♢
「くぅーー。あーー。まぁほどほどに寝れたか。」
木々の間から日が差し込み、昨日の雨の名残か少し眩く感じる。
おはようございます。天気は良好。少し肌寒いくらいだが、動くには支障はないだろう。座ったまま寄りかかって寝ていたせいか、体が少し痛いくらいだ。とはいえ、動いていればすぐにそれも治るだろう。
「ん?あれ?まだ12時じゃないか。いやでも8時間寝てるのか。」
は?いやいや、もう明るいんだが?あれか?昨日川に落ちた時にぶっ壊れたか?いくら防水の時計とはいえ、あれだけじゃぶじゃぶ水に浸かってしまっては無事ではなかったようだ。
さて切り替えて、昨日に引き続き降りて行きますか。今日中には麓には降りてしまいたいですね。とりあえず、昨日残しておいたカロリーバーを少しだけ食べてから出発しますか。
そろそろ捜索隊でも組まれて、俺のことを探してくれているのだろうか。
そこら辺にあった木の棒を杖代わりに歩いていく。ぬかるみに足を取られつつも、余計な体力を使わないように進む。
ふふっ。今にこの聖剣が火を吹くぜ!
……笑えねぇ。あー早く帰りてぇ。
♢♢♢
まずいものを見かけてしまった……
あれは明らかにこの世のもんじゃない。
俺は茂みの中から様子を伺う。緑色の肌、身長80cmほどの小柄な身体、尖った耳に鋭い牙と爪、腰布を1枚巻いている。
ゴブリンだ。紛うことなきゴブリンだ。物語やゲームでよく見たゴブリンそのものだ。
あんなのがこの山にいたなんて話は聞いたことない。
……夢か?
頬を少し抓ってみるが普通に痛みは感じるし、夢特有の意味不明さも無い。……夢であって欲しかった。
ならばここはどこだ。日本じゃないのか。最近流行りの異世界転移だとでも言うのか。
どうすればいい。遭難したことを知っているのはこの世界には居ないから、救助には期待できない。
どうすればいい。異世界モノ小説みたいに俺が無双でもすればいいのか?無理だ。中学、高校ではサッカー部ではあったが、特に武術を習っていた訳でもない。武器がある訳でも無い。手に持ってる杖代わりにしていた長めの木の棒一本と何かあった時用の十得ナイフだけだ。その程度でアレを倒せと?当たり所が良ければできるだろう。あるいは目や心臓に刺すことが出来れば倒せるかもしれない。殴り合いの喧嘩したこともほとんどない俺にそんな芸当が一発でできるとは思えない。
どうすればいい。いや、どうするも何も逃げるしかない。アレを倒すなんて無理なんだから逃げるしかないだろ。ゆっくりと、気づかれないように静かに、それでいて素早く……
パキッ
「!?!?」
こんなベタなことがあるか。結構大きな音で折れたぞ。咄嗟に声が出るのを抑えたのを褒めて欲しいくらいだ。
身をかがめ、茂みに再び身を潜め、ゴブリンの様子を見てみる。
どうやら、気づかれはしなかったようだ。今ので見つかったらと思うと冷や汗ものだ。今度は慎重に足元も確認しながら逃げなきゃね……
「グギャァァァァア!!!」
「!?」
ドスッ
カバンになにか当たった感触がする。咄嗟に体をひねったのが良かったのか、丁度良く襲いかかってきたゴブリンを弾いたようだ。
まさかもう1匹いたのか。グズグズしてられない、静かさなんてかなぐり捨てて、走って逃げるぞ!
少し開けた場所に1匹いたのは囮なのか?それともたまたま2匹目がいたのか。どちらでもいいが、とにかくまずい状況だ。
走りつつも俺は考える。
全力疾走もそれほどもたない。次第にペースは落ちていく。どうにかして撒いてしまうかしないといけない。走って逃げてるせいで追ってきているのは2匹だろう。
チラッと後ろを伺ってみるが、やはり2匹いる。だが思ったよりも距離が離れている。止まれば直ぐに追いつかれるが、十分に撒けるかもしれない。
木の裏や茂みに隠れるようにしながら逃げれるコースに変更する。ゴブリン達から姿が見えないようにしつつ逃げていく。音が出るのは仕方ない。まずは距離を離し、そして俺の場所が分からないようにするのが先決だろう。
♢♢♢
果たして俺は撒くことができたようだ。こちらからゴブリンの姿を見つけることはできないし、声も聞こえない。だが油断はできない。見かけなくなってからしばらく逃げ続けたが、さらに移動を続け完全に撒けるまで警戒は必要だろう。
まさかこんなことになるとは思わなかった。増水した川に流され、気がついた先は(おそらく)異世界。川に流されたのも予想外ではあったが、何よりもここが日本じゃないことの方が予想外だ。しかも、いきなりゴブリンに追われ、逃げる始末。これから俺はどうすればいいのだろう。ゴブリンからは逃げることはできたが、もっと凶暴なモンスターに出会わないとは限らない。むしろいるだろう。どうにかしてこの森から脱出し人のいる場所まで到達しなければならない。
とにかく今は移動しよう。周りを警戒しながら、森から出れることを願って歩く。
カバンにしまってあるナイフは手に持っておこう。それに万が一の時のためにも、生き物を殺す覚悟は決めておかないといけない。生き物を殺す勇気は出ないが、自分の命には代えられない。殺す必要なんてないが、こんなちっぽけなナイフでは行動不能にするほどの傷を与えることは難しいだろう。狙うなら目だ。うまくいけばそれで殺せるし最低でも動けなくはなるだろう。
あとは、捨ててしまった棒の代わりにその辺りの棒を拾っておこう。頑丈で殴っても折れなさそうな棒にしよう。
今度は本当に聖剣が火を吹くかもしれないな。




