落日の墓場1
新シリーズですわ。
今回は獣の魔女が主人公です。
地平線を赤く、紅く染め上げる夕日は、まるで血のようだと少年は思った。
そして、その夕日を共に眺める魔女、と名乗った女から香る不思議な匂い。女は香水と言ったか――それが、鮮明に記憶に焼き付いていくように感じる。
「私のことを忘れない、理想的な、私に恋をするにふさわしい男はどこにいるのかしら」
黄金と同じ色をした服装が、夕日の色をまとって赤く輝くのを尻目に、女がため息を漏らす。
その声がむず痒くて、しっぽが左右に忙しなく揺れるのを感じながら少年は声をかけた。
「お前が話す言葉は、時々ひどく難解だ。お前ほどの雌なら、引く手数多だろうに」
少年の住む南の国は、獣人の国だ。しかし、半世紀前、海を越えて西の国からやってきた人間という種族のせいで、混血が進んだことが問題となっていた。
王族である少年の母も人間で、少年は人とも獣人とも言えない姿をしている。そして、それ故に王宮では居ないものとして扱われてきた。
その状況を、『人間と獣人の混血が生まれたとしても、血が薄まらないように魔法をかける』ことで解決してのけたのが、隣に立つ魔女だ。
だからこそ、彼女が望めば、少なくともこの国に住む大抵の雄の獣人は喜んで番になろうとするだろう。
「ああ王子様、それは違いますわ。私が言いたいのは、私が求める理想の男性が、この国には居なかったということですの。獣頭の二足歩行で、言語を操る者が当たり前にいる楽園とオトモダチから聞きましたのに」
「そういうものか」
早口で理由を語る魔女の目に、少年は写っていない。
やはり意味がわからないが、魔女の操る言葉の意味を、正しく理解出来ることはきっとないのだと少年は納得して首肯する。
「しかし、本当に王子様はあと5年、出会うのが早かったなら、手元において可愛がりたい顔ですわ……今からでも、私のモノになりませんか? その中途半端な姿を完璧な獣にして差し上げますよ」
「俺は、母と父の特徴を継いだこの姿が好きだ、と言ったはずだ。貴様は本当に何を言っているのか」
しかし、突然飛んできた火種に少年は呆れた目を向けるしかない。
いくらこの国の差別を消し飛ばした恩人とはいえ、出会い頭に「ギリギリ赤点」なんて発言をしてきた女に惚れる男がいると思うのか。
「そうだ、思いつきましたわ!」
だが魔女は、少年の毛が生えていない手を、シルクの手袋に包まれた両手で握ると目を合わせた。
「な、なんだ」
魔女の蜂蜜色の瞳が、夕日の光で艶を帯び、恋心を抱くことはないと誓っていても、ドギマギしてしまう少年。
しかし、魔女がそんな純情を加速させる発言をするわけがなかった。
「私、この国を救った対価をいただいておりませんよね? でしたら――今後、あなたの息子が産まれたら、2人目は私にくださいな。それまではこの国にいますし、問題も不安も、この国にいる間は解決してさしあげますから」
ドロドロに溶けた砂糖のように甘い声が、獣の耳に流れ込んでくる。
「……産まれてくる子供の将来を、俺の一存で差し出すことはできない」
だが、少年はその声を振り払った。1人の子供と、国の未来を天秤にかけて、子供の未来を取ると言ったのだ。
「いけず……」
「なんとでも言え。俺一人で、その条件に頷くことはないだろうよ。さて、夜が来るぞ魔女殿。王宮に戻ろう」
沈みきった夕日に背を向けて、少年は歩き出した。その背中を見る魔女は独りごちる。
「まぁ、あなた一人が反対したところで、という話なのですけども。私、この国の英雄なんですもの。願いが叶えられないなんて、そんな不条理、獣の魔女たる私が、許すわけがないですわ」




