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世界に魔法は必要か  作者: 佐場野あまた
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陸で溺れる4


 薔薇の魔女の住処は、亡んだ国の城をそのまま使っている。

 だから、壊れた城壁は壊れっぱなしだし、手入れのされなかった元城下町は暗い森に覆われて、人はめったに入ってこない。

 ここ数百年は、知り合いの魔女たちがお茶会の会場にしない限り、ここで暮らしているのは薔薇の魔女である彼女ただ一人。

 しかし少し前に、船の魔法使いから元少年人魚イスルスを押し付けられてから、彼と二人の暮らしが始まっていた。

「想像の百倍はぼろぼろですね。もう小さくてもいいから、新居に住むとかならないんですか? ヤドカリだって、こんなにボロボロだったら新しいところ探しますよ」

 そういって足元に転がるガレキを、魔法で浮かせながら端にのけた少年の頭を、薔薇の魔女は杖で軽くたたき、ガレキを砂に変えた。

「生意気を言うようになったな、クソガキ。壁の穴だとかを茨で埋めているから、雨漏りや隙間風どころか、侵入者すら気にしなくてもいい、画期的な我が家にケチつけようっていうのか?」

 陸の知識を与えられた少年には、その理屈がおかしいということはわかっても、力のある魔法使いである彼女の言うことは、正しいので口をつぐむしかない。

 二足歩行を始めてしばらくたつ。

 それでも、まだ生活には慣れていない。

 ある時は、食事の支度をまかされ、川で獲ってきた鮮魚をそのまま皿に出して叱られた。

 ある時は、服や靴が煩わしくて与えられた服を拒んで、茨でつるされた。

 ある時は、薔薇の世話をしていて、入り込んできた獣の餌になりかけた。

 そのたび、薔薇の魔女に助けられ、いろいろなことを教えられた。


「そういえば、昨晩また手紙を足につけたフクロウが来ていましたよ。金色の蝋で封がされてたので、獣の魔女様じゃないですか」

「うげ、あいつ、また手紙よこしてきやがったのかよ……しかもお前宛だと? 開いてねぇよな」

 懐から取り出した手紙を手渡すと、宛名を確認した薔薇の魔女は即座に杖を向けて燃やす。

 しかし、それに反応するように、手紙の灰が金色の靄になり、その場にふわりと誰かの口元が浮かび上がった。

『ひどいわ。貴女ってやっぱり野蛮ね。かわいいオトコノコを手元において丸くなったと思ったのに……まぁ、今回は、貴女とその子にお知らせがあったから、こんなまどろっこしい方法をとっただけ。林檎の魔女ちゃんが、薬を作るために、人魚の涙を欲しいそうなの。薔薇の魔女ちゃんも、彼女には貸しがあるって言ってたでしょ? あとはまかせたわよ。私、忙しいの』

 言いたいことだけ言った手紙は、そのまま空に消えてしまった。

 イスルスが、恐る恐る薔薇の魔女の方を見ると、怒りをごまかすようにこぶしを震わせる彼女が目に入る。

「あの、どうしますか? 俺、泣くのは下手なんですけど」

 とりあえず、恩のある相手の頼みならば、薔薇の魔女はきっと断らないだろう。そう思って口に出す。

「あぁああああああ! もう、めんどくせぇ! 何でよりにもよってあのくそ女に頼みやがったんだ! クッソ!」

 力強く、地面にたたきつけられたヒール。出来たひびから、茨が生えては黒い粉になって消える。

 しかし、この程度の怒りなら大丈夫だ。長くはないが、短くもない付き合いの中で学んだ少年は、怒りをあらわにする彼女とは反対に落ち着いて声をかけた。

「玉ねぎでも切ればいいんですかね?」

「そんな薄っぺらい涙が、林檎の魔女が欲しい薬の材料になると思ってんのか?」

 怒りも忘れた、そんな顔を向けられて、少しだけ、ほんとに少しだけ、少年は傷ついた。


 いつも調合やイスルスの学習に使う部屋で、薔薇の魔女と少年は向かい合っている。

 彼女が棚をあさって用意した、涙を採取するための小瓶と、いくつかの箱に彼は目を向けた。

「何を使うんですか?」

「林檎の魔女が欲しがっている人魚の涙は、感情を大きく揺らしたときに出たものだ。今回は、無理やり出しても仕方がないから、お前が思わず泣くような魔法具を見せてやるよ」

 箱から取り出されたのは、白薔薇の蕾が閉じ込められた水晶だ。小さな泡が、浮かんでは消える様子は、海の中のクラゲにも見えた。

「……何ですか、それ」

 美しく、目が背けられない。だけれど、いってしまえば見慣れた薔薇が入っているだけの水晶に、少年は意味を見いだせなかった。

「お前が見ているものは、私にはわからない。まぁ、魔力を込めてみな」

 薔薇の魔女の視線が、水晶を見ているイスルスに刺さる。

 少年は、ゆっくり水晶に魔力を込めた。


 蕾は、だんだん白薔薇の飾りをつけた深紫色の帽子とマントを着た女になった。

 眺めていると、彼女の足が、きれいな白い鱗を持った尾ヒレになっていく。

 海の世界に、彼女は泳いで行ってしまう。

 手を伸ばしても、イスルスの足は遅くて、海は深くて、追いつくことができない。


 先を行く彼女は、泡になって消えてしまった。


 頬を濡らす液体の感覚で、イスルスは現実を自覚した。

 視界の先にある水晶の中には何も映っていないし、目の前の薔薇の魔女は、せっせと少年の頬を滑り落ちる液体を瓶に移している。

「ほら、泣けただろう? こいつは、お前が愛してて、失いたくないものを見せる。っと、どんだけ泣くんだよ。もういいぞ? 量は取れたからな」

 不審に思ったのか、魔女はそう言ってタオルを少年に投げ渡す。

 顔を隠すようにタオルで押し付けて、彼はうめくように魔女へ訪ねた。

「失いたくないものを、見せるんですか?」

「あぁ、お前が失いたくないものが、最悪の方法で失われる展開を見せる道具だ。学生時代に、硝子の魔女と作ったやつ。ほんとは欲しいものが見えるようにしたかったんだが」

 肩をすくめる薔薇の魔女は、ぜんぜん泣き止まないイスルスを不思議そうに見てくる。

 だが、少年としては、そんなことにかまってる場合ではなかった。


――薔薇の魔女のことが、好き? 嘘だろ。


 けれど、タオルの隙間からちらりと覗き見た薔薇の魔女に、心臓が変な音を立てて動き出す。

 イスルスは、海から出てきて初めて、火の熱さに触れたような感覚に包まれながら意識を飛ばした。


恋を自覚する主人公です。

つぎで陸で溺れるは最終回

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