9.魔王の城(7) "魔力急成長期"
(何それ! 今まで積極的に手伝ってくれてたじゃん。急に足止めとか、ええっ??)
つまり魔王はアトレーゼ帰郷宣言を一時的な意味に受け取ってたってこと?
まさか戻ってくる前提だったとは!
混乱する俺に、知らない単語でもってヤツが新情報を開示してきた。
「その身体はもうじき”魔力急成長期”を迎える。人間の成長期のように肉体が変化するだけではなく、体内の魔力も急激に育つのが”魔力急成長期”だが、大抵声変わりを迎える頃に起こる。そしてその間、魔力の制御が難しくなる。
酷く暴走した場合は肉体と魂を侵し、最悪の場合死に至る可能性がある。
そんな時期に、ひとり遠地に放置するわけにはいかん」
「え……、結局俺死ぬわけ?」
(なんてこった。魔族でも生きてみようと、せっかく思い直したとこだったのに)
「死なせるつもりはない。あくまで可能性で、増えた魔力に身体と魂が耐えきれなければ、の話だ。それ故に”余のそばに居ろ”と言っている。何かあれば対処しやすい」
「魔力、もしかしてまだ増えるのか? 今だってどれだけあるのか、わかんないくらいなのに?」
「増える。だが通常の場合、”魔力急成長期”はそこまで危険ではない。
お前は……、魔王である余と、元巫女のエターフェ、双方の血を引いている。互いの魔力が強すぎて子を為せぬという理由で、本来結ばれることを禁忌とされた両者だけに、授かった子の魔力もすでに規格外だ。”魔力急成長期”の増え幅も予測がつかん」
ん? なんか過去に大恋愛があったことを匂わせるような話をぶち込まれたが。
子を為せない?
俺が知る限りでも、エトールと妹たちと。で、多分王太子やらなんやらがいるんだろ?
子ども、多いと思うけど……。子が出来ないって、迷信か何かなんじゃないのか?
疑問に思いつつ、続く魔王の話をまとめると、こういうことだった。
◇
王家に並び立つ巫女の家系は、魔力の質が高く、そのうえ量も多い。
現王妃は元巫女。つまり、魔王と王妃、二人揃って桁外れの魔力を持つ。
この場合、両親から膨大な魔力を受け継ぐことになる胎児は、自己の魔力に耐えきれず腹の中で育たないらしい。
なんでも、形成過程の肉体の中で魔力も急激に膨れ上がり、嵐のように吹き荒れて、宿ったばかりの弱い魂を圧し潰すとか。
これが「子を為せない」と言われている所以で、魔力耐性の低い魂では、たちまちのうちに消滅する。
だが、その洪水まがいの魔力に打ち勝てる魂さえあれば、赤ん坊として無事誕生するわけだ。
(……俺、実験で危うく魂まで消滅させられかけた、ってことになるな)
とりあえずエトールは生まれたらしいが、その後何度も魔力過多による発熱で危険な状態に陥った。
幼少期の高熱は、体内の魔力を大量に外に逃し事なきを得たが、それらを踏まえると、次の”魔力急成長期”も相当激しいものになることが予想される。
その点を魔王が危惧していて、本当はエトールを城から出したくないらしい。
(その気にかけてる相手は、俺でしかないんだが……)
息子が俺になった事、平然としている風だったが、実は簡単に意識が切り替えられてないのかも知れない。
なお、個人差があって、妹たちは幼少期の発熱などはなかったとか。
「保有魔力量の違い」と魔王は言ったが、そんなに男女差が出るとも考えられないし、体質が強いのかな? 女の子は育てやすいって言うもんな。
というかエトールが虚弱なんじゃ……。
ただ、近年は熱を出すこともなくなっていたらしい。良かった、良かった。
以上、懸念事項から俺が得た結論と言えば。
「なんだ、つまり体内の魔力が急激に増えて身体と魂に負荷がかかるから、増える以上に消費すればいいって話だな?」
「……そう聞こえたか?」
「だって、幼少期の高熱は、体外に魔力を大放出して回避したんだろ? それで大丈夫なんだったら、常に魔力を多く喰うような魔道具を作製する、というのはどうだろうか」
なんかそれ作ってみたい。
今まで消費を抑えるほうに尽力してきた。
魔力をがばがばに吸わせる魔道具だなんて、さぞ強力な道具になるだろうし、命も守れて一石二鳥。面白そうじゃないか?
「それに増え幅が予測つかないってことは、蓋を開けてみれば大したことないかもしれないじゃないか。いま持ってる分が限界で、もう増えないかもしれない」
そんなに大げさに気にする必要はないだろう。そう判断した。
しかしながら。これは取引材料として活用させてもらう。
「死ぬかもしれないなら、なおさら悔いを残させないように俺をアトレーゼに出すべきだな」
腕を組んで神妙に言ってみる。
途端に魔王が不機嫌そうな表情を作ったが、そんなことはお構いなしだ。
「すぐに戻るなら、出してやる」
「俺としては永住目的なんだけど……」
安易な嘘で凌ぐより、何となく認めて欲しくて、つい正直に本音をこぼした。
アトレーゼに行ったら、すぐ帰るというわけにはいかない。
向こうがどうなっているかはわからないけれど、14年も経っているなら、養父母たちだっていい年になっているはず。師匠は、石化の呪いで片足が十分じゃないんだ。
お世話になった分、今度はこっちが面倒を見ないと、という思いが胸中にあった。
なんと言っても、俺を指導して魔術師にしてくれたのは養父なんだ。恩人で師匠。大、大、大恩人だ。
魔道具で”魔力急成長期”を勝手に切り抜けて、魔族とは関わらずにアトレーゼで平穏に暮らす。うん、それがいい。
そもそも俺がここに居ても、王子としては役に立たない。素直に"巣立ち"として見送れよと魔王に言いたい。そう口を開きかけた俺より先に。
「お前は永住などしない、エトール。ゼラントはお前が気に入るような相手ではない」
魔王が永住計画を否定してきた。なんでそこでゼラント王が出てくるんだ。
「“気に入る”って立場逆じゃないか。向こうは王様なんだから、こっちが従うのが道理であって……」
「人間の王に過ぎんゼラントに、魔族の王子であるお前が従うなど許されない」
「あのな! 正直、俺は自分が魔族だなんて受け入れてなくて、アトレーゼで人間として――」
反論は、最後まで言い終えないうちに遮られた。
「なぜ魔族を嫌っている?」
「それはもちろん、人に害なす存在だからだ」
「この大陸は元々魔族のものだった。人間が後から勝手にやって来ておいて、”害なす”? おかしな言い分だな」
うっ、そう言われると。でも。
「我らが土地に割って入ったのは、欲に目が眩んだ人間たちだ。
そんな奴らが神族に乗せられたのか、はたまた利害が一致したのか、神族と人間は自分たちの都合のためだけに、魔族を排除する言い分を設けて広めた。
少し考えればわかるはずだが、口で言ってもわからぬなら、行ってその身で実情を見てくるといい。刷り込みで、いかにくだらない思想に縛られていたか分かるはずだ」
「…………」
「それから良い機会だ。アトレーゼに対する裁量権をやる。お前が見て、気にくわぬなら滅ぼしてきていいぞ。もとより目障りだったが、必要だった。しかし、もう残しておく理由はなくなったからな」
「はあああ?! なんで俺がアトレーゼを滅ぼすんだ?! そんなこと出来るわけないだろう??」
心情的にも力量的にも有り得ない!
一体何を言い出すんだ、こいつは。
大事な故郷だ。守りはしても、手を出すわけがない。
それに裁量権て、アトレーゼはキプロティアの属国でもなんでもないんだぞ!
考えるだけでも、とんでもない。
狼狽する俺を尻目に、魔王は更なる圧を掛けてきた。
「あと。己の”魔力急成長期”を甘く見るな。戻りが遅い場合は、余がお前を連れ戻しに行く。その際、アトレーゼは消え去るものと思え。真実、いつでも滅ぼせた。もし”国を残したい”と少しでも思うなら、しかと肝に銘じて、自分で戻ってくるんだ。わかったな?」
炯々たる眼光が、単なる脅しではないと伝えてくる。
根底にあるのがエトールへの心配だから始末が悪い。
凄む魔王に、顔の筋肉を引きつらせながらも、不承不承頷いた。
“いつでも滅ぼせた”なんて、違うよな?
女神セレイラの護りで手が出せないはずだよな?
そう思いつつも、どこか否定しきれないのは魔王の迫力を間近で感じたからかもしれない。
困ったな。魔王の息子とか、ややこしい事態になってしまったもんだ。
とりあえずアトレーゼの様子を見てから、身の振り方を考えよう。
◇
話がついたところで、さてどこから出たものかと悩む。
バルコニーに続く大窓があるから、十分窓から行けるが、何度でも言う。
窓だけでなく、城自体が高い場所に建っていると。
翼は出せたが実践使用はしていない。はっきり言って飛べるなんて信じられない。
しかし扉や門から出るとなると、追及されそうで面倒だ。
「エトール!」
思案の最中、魔王が小さな革袋を放り投げてきた。
反射的に受け止め、すっぽりと両手に収まったそれをのぞくと、中には金貨や宝石が詰まっている。
(え、これ……)
「返す!」
即座に突き返したのに。
「それは余の息子に渡したのだ。どこぞの魔術師に返す権利はない」
魔王が屁理屈で、にべなく撥ねてくる。
悔しい! 呼び名に反応してしまった俺も俺だが。
「少しでも手持ちがあったほうが良かろう。食事は取れよ。食べてないからと自棄になるな?」
その一言を皮切りに、事細かな注意が続く。
なんだ、なんだ? 幼子を――全く幼くもないんだが――初めておつかいに出す心境なのか。
でも敵から金品を受け取るというのもなぁ……。
それを言ったらすでに13年扶養されてるか。頼んでないけど。覚えてないから、ノーカンと言いたいくらいだ。
うーん……。
複雑な思いに駆られながらも先立つものは必要だし、(慰謝料として貰っておいていいのか?) と結論付ける。少しどころか、かなりの額だ。
そのうえ妙に生活上の心配をされているが、冒険者時代は食事抜きなんてザラにあった。
遭遇した巨大熊を見て、「食えるな」と思っただけで相手に遁走されたのは、懐かしい思い出だ。
熊肉は固くて臭くて不味かった。
アナグマが意外と美味しいんだよな、脂がのってて……。
「こら、完全に上の空のようだが、聞いているのか?」
(聞いてるわけないだろ)
「あのな魔王? 忘れてるかもしれないけど、俺一応以前は冒険者で23歳……」
「23? もっと幼いかと思っていた」
余計な一言に心を抉られる。
(どうせ童顔だよ!)
「当然憶えている。そうでなければ実戦経験のない、年端もいかぬ息子をひとりで出すなど有り得ぬ」
そう言った舌の根も乾かないうちから、「やはり余も出るか?」などと呟いている。
どうしたんだ、魔王! 言動がまるで過保護な親のそれだ。
「じゃあ俺はもう行くから!!」
これ以上長居すると、おかしなことになりかねない。
慌てて大窓の方に駆けだした。
ふと魔王の部屋に落とした剣のことが頭をよぎる。でも部屋に引き返したくない。“氷穴”で杖を回収する。あると信じてる。なくても、その時何か武器を持ちだせばいい。ここの剣は置いていってもいいよな? 魔王を仕損じて怪我した剣なんて、幸先悪いし。
◇
翼を出してバルコニーに走り出たものの、端まで来て急停止した。
下は真っ暗で何も見えない。
月と星明かりで、周囲の山影くらいは区別がつくが、夜の闇は崖も森もほぼ全ての輪郭を溶かし込んでいた。
見える方が怖いのか、見えない方が怖いのか。
俺にとっては、見える方が怖い。
だけど”ここは高い”と脳は知っている。その場合、見えない方が、より怖い。
つい先刻、死んでもいいとすら思っていた。
だが、それとこれとは別。転落死となるとやはり恐怖が先に立つ。それに、死ぬの止めたし。
(飛行練習してから飛び出した方が、賢明か?)
「エトール? どうかしたのか?」
後ろから訝るような声がかかる。
(ちっ、魔王が出てきやがった)
バルコニーまで出てきた魔王に内心舌打ちしつつ、躊躇いがちに確認する。
「ここさ、落ちたら死ぬよな? やっぱ」
「それは、意識なく落ちれば死ぬかもしれぬが……、何の話だ?」
しばらく俺の横顔を窺っていた魔王だったが、
「まさかとは思うが……お前、怖い、のか?」
核心をついて尋ねてきたので、俺は諦めて頷いた。
「”空が高い”など何の話かと思っていたが、本気で? お前が? 飛ぶのが怖い?」
信じられないと言った面持ちで、魔王が言葉を重ねる。
「初の"翼出し"も平均年齢よりずっと早く、幼い頃からあんなに飛ぶことを好んでいたのに」
「俺とエトールとは違う。俺は飛んだことない」
「…………。だがお前なら、落ちたところで魔術でなんとでも出来ように」
「動転するから無理だ」
「魔族の王子が情けないことを言ってくれるな。妹たちに笑われるぞ」
「おまっ……!」
“おまえ呼び禁止”条件を思い出し、慌てて自分の口を塞ぐ。くそ、なんて素直なんだ、俺。
勝手に据えられた魔族の王子なんて立場、認めてない。
そこを持ち出されても、何の説得力もない。
「やっぱり、扉から出てくことにする」
「城の外に出る際、止められるぞ?」
「魔王は知ってる、と言えば、大丈夫なんだろ?」
「複数の供回りはつくが、それでも良いならそうするといい。なんだその顔は。当たり前だ。王子をひとりで出すほど、兵たちも緩くはない」
(くっ、スムーズに外に出る手段は、ここしかないのか)
2、3階の高さならともかく、その何十倍、何百倍もある。
決心がつかず、バルコニーの手すりに身を乗り出していると。
「埒があかんな。小さな頃から数え切れないほど飛んでいる。大丈夫だ」
声と同時に後ろから強く突き飛ばされた。
「わあ!」
油断していた。当たり前だが、魔王に背中なんか見せるんじゃなかった!
待ったなしの落下は、翼を大きく開くことで止まった。
ほっ、と息をつきながら夜空に体制を立て直し、身体が覚えている感覚に任せて飛行姿勢に移る。
「馬鹿やろぉぉぉぉぉ」
精一杯の罵声を魔王に送って、そのまま城を後に飛び去った。
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