詩音の手腕
スピーカーミュートに取る手立てをなくした僕は焦りながら詩音の言葉を聞く。
任せておけということなのだろう。
ミュートにした理由は僕が自分の存在を明かすことを察したということのようだ。
僕のことを理解してくれているようで何よりだよ……
「私には友人が居まして、AIの開発はその友人と共に行っていました。彼はVTuberにハマっていたので、VTuberらしいAIを作りたいという目標をかねてから掲げていました。AIの制作は独学だったので詳しい仕組みは分からなかったのですが、順調に進んでいき完成させることができました。その時には二人で会社を立ち上げることも話し合ってはいました」
詩音が淡々と説明していく。
しかし、その内容は完全にでっち上げだ。
AIを作ったのはRoplar社だし、僕では無い。
どう話をつなげていくのかが全く見えない。
「なるほど。しかし、今一人で経営されていらっしゃる。その彼氏さんはどうされたんですか?」
「友人です」
山地の言葉にすかさず詩音がツッコミを入れる。
そんな風に言われたらさすがに傷つくんですが……。
「これは失敬。でも彼氏でもないのにずっと二人でやってきていたんですね」
山地の言葉に耳を疑う。
いや、耳ないけど。
でもこれ、下手したらセクハラで訴えられても文句言えないぞ……?
なぜそんな関係のないところを掘り下げようとするんだ?
山地の意図が分からず唸っていると、詩音が不機嫌そうな声色で答えた。
「彼とは彼氏彼女なんて言う、いつか別の道を歩む関係を表す仲ではありません。彼は私の婚約者です」
ヒュウッと口笛の音が聞こえる。
なんか急に昭和の空気になったな……。
詩音はさぞかし不快だろう。
にしても、婚約者か……。
はっきり詩音の口から聞かされるのは初めてだ。
ここではっきり断言したということは、今も変わらず結婚したいという意思表示を僕に伝えるという意味合いも含めているということだろう。
色々大変な状況だというのに嬉しくなってしまう。
落としてから上げるなんて反則だ。
「我々の家の事情はこの場には関係ないことでしょう?あなた方はそういった身元調査をする機関なのですか?」
詩音の口から皮肉が飛ぶ。
まあ、しょうもないところを突っついた山地が悪い。
本当にどういうつもりなんだか。
「申し訳ない。本題に戻させていただきます。ただすみませんがその婚約者さんについてもう少し教えていただけないでしょうか?あなたが現在一人で経営されている状況について知りたいので」
申し訳なさそうに山地が返答する。
深く掘り下げるつもりが地雷を踏んでしまったとでも思ったのだろうか?
本当は言い方に原因があったのだが。
「わかりました。順を追って説明します。話を戻しますが、AIを完成させた直後、彼はある健康診断を受けに行きました」
「健康診断……?」
山地が不可解そうな声で聞き返す。
確かに、普通に考えたら厄介な持病でも抱えているんじゃないかと疑うよな。
「ええ、健康診断です。大学から用意されたもので、特に何事もなく終わるはずでした。しかし、受診後に帰ってきたときから彼はおかしくなりました」
一旦詩音は言葉を区切る。
本物の僕の経緯をどう説明していくつもりなのか。
内調のメンバーも僕も次の詩音の言葉を待つ。
「彼は感情を失っていたのです。どうやら医療事故にあったようで脳の一部が損傷しているとのことでした。ただ、その医療事故も不審なもので、MRIによって損傷したのではないか?という診断結果が出たのです」
嘘だ。
診断結果ではそこまで断言されていない。
怪しいものがMRIしかないので他の可能性を疑うべきだという話だったのだ。
つまりこれは詩音の誘導だ。
内調の目をMRIの製造元であるRoplar社に向けさせようとするものだ。
「MRIで医療事故なんて早々聞いたことはありませんね……」
「ええ。あまりにもタイミングが良すぎるので、私は情報を盗み取ろうとする勢力の策略なのではないかと疑っています。現にこうして狙われているようですし」
なるほど。Roplar社を外国の勢力と結託した組織としてでっち上げたのか。
上手く矛先を変えさせたな。
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