異世界の少女
熱中症であろう俺の目の前の少女の応急措置は完了したが、まだ目を覚ます雰囲気はない。俺は身体を冷すために召喚したタオル類に続いてスポーツドリンクの召喚を行う。これは彼女が目を覚ますと飲ませるつもりで召喚したものだ。ナトリウムを多く含んでいるため、熱中症患者に飲ませると効果的だ。
しばらく待っても意識が回復しない彼女を見た俺は戦車を降りて彼女の身に纏っていた装備を車体後方の物入れにしまい移動を再開する。応急措置は施したものの、万が一の事を想定して極力町へと近付こうと考えてたからだ。まるで誘拐犯にでもなった気分だ……。
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「……んぅ」
しばらく走ってから、後ろの少女が意識を取り戻したのか、体を動かすモゾモゾとした音が聞こえる。俺は戦車を停めてから後ろを振り向き声を掛けるけたのだが……。
「気付いたようだな、大丈夫か?」
「む?貴方は誰だ?それにここは……っ!」
少女は最初の方こそ冷静ではいたが、身につけていた鎧を剥がされてる事に気付くと、顔を真っ赤にしながら俺の胸ぐらを掴んで突っ掛かってきた。
「貴様ぁ!私に何をするつもりだったのかぁ!!」
彼女の目が怒り心頭な目付きになってる。まだ俺より若いであろう娘の表情とは思えない。今にも殺してやると言わんばかりの表情してやがる。それに腕力がとても少女の物とは思えない。
「この山賊無勢が!今すぐこの場で締め上げてくれるわ!!」
完璧に山賊と勘違いされ、少女は俺の首を締め始めた。自衛隊の訓練生時代に格闘技やら色々習った俺には解る。これは本気で人を殺す絞め方だ。
「ガっ……!ばっ……ばなじを……ぎけ!」
それでも彼女はお構い無しに俺を絞め殺そうと前に体重を掛ける。押された俺の体が戦車の操縦桿に当たり、押し倒した。すると戦車は右に急旋回を始めた。Sタンクは砲の射角調整を車体旋回で行うゆえ、他の戦車と比較しても速く旋回する。
戦車の急旋回で車内が揺れ、少女の力が弱まった。俺はこの隙に彼女を突き飛ばした。体を操縦桿から離し、戦車は旋回を止めたものの、突き飛ばされた少女の体が後席の操縦桿を押してから戦車はまた旋回を始めた。
横方向に遠心力が掛かり、彼女は体を踏ん張らせるために後席の機関砲の操作レバーを握り締めたのだが、思いっきり機関砲の射撃スイッチを押し込んでしまっていたのだ。
ドガガガガっ!!!
「うおっ!?」
「な、何だこれは!?」
機関砲の凄まじい射撃音が異世界の平原に響き渡る。幸いにも弾は丘陵に刺さった為、犠牲者は出ずに済んだが、突然の発泡音に二人ともビビったのだった。
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機関砲の暴発でビビった少女は俺に突っ掛かるのを辞め、何とか話が出来るようになったり
「ゲホっ……!ゴホッ! 全く、少しは落ち着いたか?」
「あ、ああ……。取り乱してすまない」
「ったく、俺が助けなかったらアンタいずれ干からびてたんだぞ」
「干からびる? それと貴様が私を犯そうと鎧を脱がせたことと何の関係があるというのだ?」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ。 倒れた時の記憶がないのか? アンタ、このだだっ広い草原でぶっ倒れていたんだ」
俺は彼女が倒れていた所に通り掛かって応急措置を施した事を話した。鎧を脱がした理由も身体に溜まった熱を放出し、脈を冷ます事を目的にしたとを話すと、彼女は申し訳なさそうに今まで俺にしてきたことについて謝ってきた。
「そ、そんな恩人に私は何て事を!!」
土下座しようにも戦車の内部にはそんなスペースは無く、座席のヘッドレストに頭をガンガンぶつけて彼女は必死に謝る。
「私の剣は何処だ!? この様な無礼を働いたのは騎士としての恥! この場で死んでお詫び申し上げる!!」
「だぁぁ、やめろ! いいから落ち着け! こんな所で君に死なれたら色々困るし助けた意味も無くなる!」
暑さで正常な思考回路が回らない彼女を何とか落ち着かせ、再び話せる様に誘導する。 落ち着かせた少女に事前に取り出したスポーツドリンクを飲ませ、身体にナトリウムや塩分を取らせる。
やはりというか、暑さで倒れていた少女はあっという間ペットボトルに入っていたスポーツドリンクを飲み干した。飲料自体は4本用意していたのだが、結局3本のスポーツドリンクを飲まれてしまった。
「助けて貰った上にこの様な飲み物まで提供してくれて感謝する。所でこの中は一体何なのだ?」
「ああ、これは戦車って言ってな、まぁ俺の住んでた地域で作られた武器って思ってくれればいい」
「こんな部屋みたいな物が武器というのか? 中もまるで水辺にでも居るような快適さだというのに」
「これは乗って戦う物だからな、まぁ馬車にボウガンを固定した物をイメージしてくれればいい」
俺は彼女と戦車の外に出て戦車の外観を見せる。少女は興味津々で戦車の回りをウロウロしながら観察していおり、俺は様々な質問に答えなければならなかった。
「武器というのは理解した。だがどうやって動かすのだ? 人が持てる物とは思えないし、馬も居ないが……」
「ああ、馬が居なくても走れるし、馬みたいに休憩させる必要もない」
「馬も無しにこんな鉄の塊が動くのか!? しかし、こんな武器を作れる地域があるなんて、貴方は一体何処から来たというのだ?」
うわぁ、一番されたくない質問が来てしまった。異世界からやって来たなんて言っても信じないだろうし、ここは適当に遥か遠い国から来たと言って場を濁す。魔物は初めて見たことや魔法も使われていない国から来たと言ったら更に驚かれたが、これ以上詮索されない為にも別の話題を持ち上げる。
「君が戦車について何も知らない様に俺もこの国の事は何も解らない。 あと、こっちからも聞いていいか? そもそも君は何をしにこんな場所まで来たんだ?」
「ああ、2日ほど前から急に魔物の活動が活性化してな、町のギルドも自警団や冒険者を動かしたりして討伐を開始したんだ。かくいう私も自警団の一員でな、仲間の偵察部隊の護衛に来てたが魔物に襲われてな、負傷者が出てしまったのだ。」
どうやら彼女は仲間を逃がすための時間稼ぎの為にあの小人みたいな魔物と戦っていたそうだ。 あと、この世界の魔物は本来なら夏場は巣と呼ばれるダンジョンに潜んでおり、春秋冬に餌を求めて活性化するらしい。
本来なら魔物の活性化する季節には比較的に安全度の高い町から冒険者が出稼ぎにくる形で魔物の多く出現する町に護衛へ向かうのだが、夏場の今は冒険者の数が少なく自警団頼りの防衛戦を行っているとの事らしい。
「自己紹介が遅れたな、俺の名前は川端士道と言う。色々と知らない事が多いが、よろしく頼む。」
「私の名はアルタ・フォン・フィーナ。 この度は我が命を救って頂き感謝する」
フィーナと名乗った少女と自己紹介を交わした後、腰を下げてまるで王様に絶対服従を誓ったかの様な騎士みたいな体制で俺に例を言って来た。正直、ここまでの勢いで謝られたら逆に恥ずかしい。
「そんな頭を下げなくてもいい。 楽にしてくれ」
「そうか、すまないな。 所で、私の身に付けていた装備は何処にあるのか教えてはくれないだろうか?」
フィーナの装備は戦車の荷物ケースに積んである。 一通りの装備を戦車から取り出し、彼女は職業柄か、外に居るときは剣がないと中々落ち着かないらしく、真っ先に剣を握り、軽く素振りをする。 俺も戦う職業に就いている以上、自分に馴染んだ武器が無いのは違和感が有ることは理解できる。
「所で、士道殿は何処に向かう予定だったのだ? この辺りの事を知らないのらば道案内できるが」
「そうか、道案内できるのであればウィスカという町までお願いしたい」
「ウィスカか。私もあの町の人間だ。ギルドと自警団本部にこの一件を報告しないといけないから、丁度いい」
「そうか、なら助かるよ。 報告するなら早速移動しよう。この戦車に乗ってくれ」
「わかった……、危ない! 伏せろ!!」
「うお!?」
背後の森の中から何かの気配を察したフィーナは俺を庇うように地面に押し倒す。すると俺のいた所に弓矢が飛んできたのだ。
どうやら例の小人型の魔物の仕業らしい。
「危なかった、助かったぜ」
「矢は刺さってないか? アイツ等の矢には毒が塗ってある、刺さないで良かった」
「何なんだあの小人は!」
「ゴブリンという下級の魔物だ。単体では弱いが群れると厄介な相手だ」
二人で戦車を盾にする形で身を隠す。森から無数の矢が飛んで来て、戦車の装甲に当たり、弓矢が装甲板を叩く音が響く。 フィーナは自分の剣を握り、森から距離を詰めようと出てきた弓矢を持ったゴブリンに斬り込んで言った。
「おい!待て!」
ゴブリンの数は多い。特に毒矢を持っているゴブリンも多く、一人で突撃しに行ったフィーナを止めようと身を乗り出したが、矢が俺目掛けて飛んで来た為、再び戦車に身を隠す。
俺はP90をホルスターから抜き取り、援護出来るタイミングを見計らって戦車から身を乗り出し銃を構える。
だが、フィーナは飛んで来る矢をヒラリと避け、自分に当たりそうな矢は剣で弾き飛ばしていた。 矢を持ったゴブリン達に肉薄すると、剣を振りながら次々にゴブリンを仕留めて行く。
「すげぇ……。」
呆気に取られながらも森から次々と湧いて来るゴブリンにフィーナが攻撃されない様に俺も援護を開始する。
棍棒を持ったゴブリンがフィーナに肉薄しようとしている所にバースト射撃を行い彼女を援護する。小口径弾であるが、貫通力の高いP90の弾はゴブリンの体を撃ち抜き、撃たれたゴブリンは絶命する。
「士道殿!? 何をしている! 危険だぞ!!」
「俺だって軍人やってんだ! それよりも数が多い。一旦下がるぞ! 退路に援護射撃をするからさっさと戦車に戻って来い!」
「わ、わかった!」
フィーナを追撃しようとするゴブリンに射撃を行い、彼女は進路上に居る敵を切りつけながら戦車へと戻ってくる。フィーナが戦車にジャンプし、飛び乗り、ハッチの中に身体を滑り込ませる。
フィーナが乗った後に俺もP90のマガジンが空になるまで撃ち、戦車へと飛び乗った。フィーナは何処に座っていいか解らない為、前の操縦士席に座っていたが、この状況下だと寧ろ都合がいい。
Sタンクの後部座席は後退用の操縦席も兼ねており、後席についた俺はアクセルを吹かして全速力で後退する。 敵を迎撃し、高速で後退する事を想定しているSタンクは、前進と同じ速度で後退可能だ。最高速度に達しゴブリンの群を引き離す。 充分に敵を引き離した俺は戦車を停めてからフィーナに座席を交代するように伝える。
「何という速さだ! これで体勢は建て直せた!」
「おいおい! 戦車からは降りなくていい。 それに言っただろ?これは武器だってな」
フィーナを戦車内に留まらせ、俺は武装の切り替えダイヤルを回してミニミ軽機関銃に武装を変更する。P90の弾で殺傷可能な相手なので、ここは連射力の高い軽機関銃を選択し、攻撃準備を整える。しかし、この射角だも背の低いゴブリンには照準することが出来ない。
そこでこの戦車の特徴である、油圧式サスペンションで車体を前傾させ、敵に照準を合わせる。 この機構は砲塔のないこの戦車には不可欠な存在であり、複雑な地形に対応出来るメリットもあるため、自衛隊戦車にも採用された機構である。照準を合わせ、ゴブリンに向かって引き金を引く。
2門平行して並べられた機関銃が火を吹くと体を引き裂かれたゴブリンは次々と倒れて行く。それを見たフィーナは
「な、何なんだこの武器は!あの大群を一瞬で片付ける武器なんて見たことがないぞ!」
と、恐れおののいていた。ものの数十秒でゴブリンの群を倒したのだ。剣が主流で使われているこの世界の人間にとっては未知なる領域にある武器だろう。しかし、これより強力な武装はまだある。
あの数では勝てないと理解したゴブリンは森から更に群を形成してが出て来てた。
「さてと、後何匹出てくるんだ?」
この世界でも戦車の力は通用すると解った俺は少し心に余裕が持てた。目の前にはさっきの倍近い数のゴブリンが出てきたが、今は戦車に乗っている状態である。負ける気がしない。
「さてと、反撃の時間だ」
俺は武装切り替えダイヤルを回し、「主砲」を選択する。 異世界に鉄の魔物の轟砲が今、鳴り響こうとしていた。