第弐話 その男は
新幹線の中は険悪な空気となり、両者は睨み合う。更に後ろには途中経過を見ていた都内在住風のマダム二人が口を開く。
ヒョウ柄を愛するは大坂のおばちゃんだけではない。埼玉県民のマダムも柄物を好む傾向がある。
ヒョウ柄ストールのマダムが咳払いをした。
「ちょっとぉ、貴方達うるさいわよ!いい加減にしなさい。」
「そうよ。仲良くしないと。ねぇ?吉原さん。」
すかさず二頭の猛獣の目線は謎の男もとい西口に向けられた。舐めるような視線を晃は引いた目付きで見ていた。
西口は爽やかに毒を吐くがマダムは気づいていない。
「すみませんマダム、妹がとんだ御迷惑をおかけしました。いやしかし、視線が熱すぎてやけどしていまいそうだ。…あぁ、なんか気持ち悪。」
「あら。大丈夫?」
晃は(ババアお前らのことやって気づけよ。 )と、思ったが黙っておいた。
マダムを無視してマイペースな西口は座り直して、話しかけてきた。
話している内に新幹線は横浜をとうに越えて名古屋に向かう。
「はぁ、あーゆーババァは誉めときゃいいんだよ、覚えときな。」
「聞こえるって!……あのさ。あんたほんとにバァちゃんの親戚?名刺とかないの?保険証とか免許証みせろよ。」
小声で晃は見せろと手を伸ばす。西口は警戒心の強い彼女の現実的な対応を感心する。
(しっかりしてるなぁ、流石は伊達に追い回されてないよな。一人でこんな所までいっちまうなんて。……さて、時間がない。沢山話しておきたい。)
西口は自身の体を見ながら、向かいの通路から歩いてきた販売カートを押すお姉さんに手を上げる。
「お腹空いたなぁ、おーい。お姉さん。焼肉弁当下さい!あ、2つね。」
「かしこまりました。」
「勝手に決めんなよ!アタシ、幕の内がええなぁ。」
ボソッと言うと西口はベラベラとまくし立ててくるので、平行した彼女は黙って頷く。さっきから押されっぱなしだ。
「焼肉にしておきなさい!ティーンでしょ?沢山食べて胸も背も大きくしないといけません!」
「…。」
胸は余計だ死ねよ。と、心の中で悪態をついた。電子表示板を見ればいつのまにか名古屋のアナウンスが流れ始めている。
マダム二人は西口がふいに振り向いて白い歯を見せてほほ笑みかけるものだから、密林のジャガーからチュールを前にした飼い猫になった。
焼き肉の芳しい香りにやられて、晃は弁当の包みを破って静かに食べ始める。
西口はそれを父のような眼差しと、少し悲しみを帯びた表情と混ざり合うような表情を見せる。
彼はふと、声をかける。
「ね。晃ちゃん。」
視線を西口に移す。
「彼氏できたことある?」
「アンタに関係ない」
「ははぁん。まだ居ないか!…じゃあさ、大事な人はいる?」
「じぃちゃんとばぁちゃんと、犬の五右衛門と白文鳥のおさむとさゆり夫婦かな。」
「それ、おじぃちゃんちのペットか…ご両親は?」
晃はお茶を飲みながら、暫し間を開けてからぶっきらぼうに答える。
両親。近いようで遠くなってしまった。血の繋りが自分とあの人間らにあるのかと、晃は感じた。
(………家族……かぁ…………だる。)