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月鬼の華 ~ tuki no hana ~  作者: うめは
乱世
54/54

―5―

「待って、(はく)!」


 引き摺られるように腕を掴まれて歩きながら、咲夜は小さく叫んだ。


「待って!」


 魄は咲夜の声が聞こえていないように黙って大股で歩く。立ち止まる事も、歩く速度を落とすつもりもないようだ。


「待ってってば!」


 踏ん張るように両足に力を込めて咲夜は何とか立ち止まろうとするが(はく)は意にも介さず、ずんずん歩いて行く。ついに咲夜はその場に座り込むように膝を折った。


「…… 立て。」


 魄は冷たい瞳で咲夜を見下ろして短く言うと、掴んだ腕を強く引き寄せる。


「嫌です!」


 咲夜も魄を見上げて鈍色(にびいろ)の瞳で睨むように言った。


「何処へ行くのですか。」


「行けば分かる。」


「答えるまでここを動きません!」


「聞いてどうするの?」


 魄は不敵(ふてき)な笑みを浮かべて咲夜の目線まで身を屈める。


「それを聞いた所で君に、そこへ行く以外の選択肢があると思ってるの?」


 咲夜は魄の言葉に唇を噛んだ。


「何処へ行くにしても、君は僕に従う以外にないんだから、聞くだけ無駄だと思うよ。」


 そこまで言うと、魄はふと思いついたように言葉を切ってふわりと微笑む。


「そうか、分かった。君は存外(ぞんがい)、甘えん坊なんだね。いいよ、自分で歩けないと言うなら僕が運んであげる。」


 そう言うが早いか咲夜の膝の後ろに腕を差し込んで、魄は咲夜をフワリと横抱きに持ち上げた。


「な、何をするのです!降ろして下さい!」


「あんまり暴れたら落としちゃうよ。」


 咲夜の抗議の声など気にする風もなく、魄は咲夜を抱き上げたまま屋敷の奥へと進んで行く。長い板張りの廊下と幾つもの部屋を通り過ぎ、やっと魄が足を止めたのは頑丈な格子(こうし)()められた優美な部屋の前だった。


 豪華な造りの長持ちと漆塗りの鏡台や南天柄の手鏡、それと揃いの櫛箱など、どれも目を見張るような調度品が並べられている。


「…… ここは?」


「今日から君の部屋だよ。」


 咲夜の問いかけに魄が笑顔で答えた。


「もともとは僕の母上が使っていた部屋だ。」


 太く頑丈な格子戸を開けて部屋の中に入ると、抱いていた咲夜を下ろす。


「貴方の母上様の……?」


「言いたい事は分かるよ。頭領の妻である僕の母上が、どうしてこんな座敷牢に閉じ込められていたのか、その母上は今どうしているのか。君が知りたいのはそんな所かな?」


 魄の声は淡々としてとても冷たいものだった。


「いいよ、話してあげる。君にとっても無関係な話じゃないんだしね。」


 どう言う意味か尋ねようと口を開きかけた咲夜を、魄は手で制して質問を閉じ込める。


「順番に話すから黙って聞いて。」


 その場に胡座(あぐら)をかいて座ると、自分の向かいをチョコンと指差して咲夜にも座るように(しめ)した。


「僕の父には3人の妻がある。まず、最初に(めと)ったのは人間の女だった。戦さ場で受けた矢傷を手当てしてくれた(ひと)で、一目で恋に落ちた父上が、かき口説(くど)いて娶った妻だ。でも相手は人間。頭領の正妻としては認められないと一族総出で大反対されてね、(めかけ)と言う名目で側に置いたんだ。」


 咲夜は言われた通り何も言わず、じっと魄を見つめて話を聞いた。


「2人目は親戚筋の娘で、彼女の父親は純血の鬼だが母親には半分だけ人間の血が混じっていた。彼女自身は4分の1は人間の血が入っているとは言え、血筋としてはなかなか良い家柄の出であったし正妻として迎え入れられたんだ。ただ僕の父上は望んでいない婚姻だった。」


 魄は少し遠くを見るように、格子のついた明かり取りの窓に視線を移して静かな声で話す。


「そして妾である人間の女が身籠(みごも)(しん)を産んだ。それから時を待たずして、正妻である女鬼も(かい)を産んだんだ。先に生まれたのは(しん)だったけど、人間との間に生まれた子は嫡子(ちゃくし)としては認められず、長男でありながら身分を持たない息子となった。」


 少し目尻の垂れた優しげな(しん)の顔が浮かぶ。


「父上は怒り狂って(しん)後継(あとつぎ)にすると言っていたんだが、それは認められなかった。後継者(こうけいしゃ)を産ませる為に意に添わぬ正妻を娶らされ、自分が望んで(ちぎ)りを交わした人間の女は日陰の身に置かれたまま、やがて心労が祟り病に伏してこの世を去った。䰠が8つで槐が7つの時だった。」


 魄はそこで一つ小さく息を吐いた。


「父上が生涯でただ1人愛したのは(しん)の母上だけだよ。」


 蒼い瞳が揺らめいてまるで泣いているように見えた。


「僕が生まれたのは復讐の為なんだ。」


 咲夜は驚いて魄を見つめた。


「父上は(しん)嫡男(ちゃくなん)となれないのなら、意に添わぬ正妻の産んだ(かい)にも後を継がせたくなかったんだ。(かい)が憎い訳ではなかっと思うよ。父上は(しん)(かい)を分け(へだ)てなく可愛がっていたから。でも、一族の決定には納得していなかった。人間(ひと)の身で鬼の里に嫁ぎ、独りぼっちで孤独を抱えて、それでもただ一途に父上を慕って死んでいった(しん)の母上の気持ちを思うと、納得する訳にいかなかったんだ。」


 魄は咲夜の視線を受け止めるように蒼い瞳で真っ直ぐに咲夜を見ると、その目に暗い影を落として苦しげに歪めた。


「父上はある日突然、他の鬼の里から純血の女鬼を(さら)ってきた。それが僕の母上だ。」


 魄の声に皮肉な響きが含まれる。


「母上はすでに夫のある身だった。幼い子も居た。それを父上は無理矢理、引き離して攫ってきたんだ。自分の復讐の為だけに。」


 苦々(にがにが)しげに吐き出された言葉は、(はく)自身を傷つけるように多数の棘となり突き刺さる。


「母上は僕を身籠(みごも)り、心を病んだ。帰りたかったのだろうね。愛する夫と息子の元に。何度も何度も逃げ出そうとする母上を、父上はこの座敷牢に閉じ込めたんだ。そうして僕が生まれた。」


「…… 魄のお母上は今……」


「死んだよ。」


 飄々と答えた魄は、瞳を細めて薄く笑った。


「僕が7つの時に、自ら命を絶った。」


「そんな……」


 息を飲む咲夜に向かい、魄はクスリと微笑むと長い指で咲夜の頬を撫でる。


「僕は父上の復讐の道具になどならない。だから僕は後を継ぐ気はないし、誰とも子をなすつもりもない。妻を娶る事もないだろう。だけど、一つだけ成さねばならない事があるんだ。」


 するりと頬を滑る指は冷たくて、咲夜はぶるりと肩を震わせた。


「僕は母上をこの世に呼び戻したいんだよ。きっと僕はその為に生まれてきたんだから……」


「……死者を現世(うつしよ)に連れ戻す?」


「うん。そうだよ、生贄の姫。君が居ればそれが叶う。」


「わ、私にそのような力はありません。」


「あるんだよ。君が知らないだけでね。」


 魄はそこまで言うと話は終わったとばかりに立ち上がった。


「君にも無関係な話じゃないと言ったでしょ?」


 部屋から出て格子戸を閉めると頑丈な鍵をして、ニコリと笑った。


「あぁ、そうだ。言い忘れてたけど……」


 魄は格子の間から蒼い瞳で咲夜を覗き込んで言った。


「父上が攫ってきた女鬼は、風魔(ふうま)(しゅう)の母上だよ。」


「…… え?」


「僕と(しゅう)は種違いの兄弟なんだ。」


 それだけ言うと、魄はひらひらと片手を振って去って行った。

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