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月鬼の華 ~ tuki no hana ~  作者: うめは
乱世
53/54

―4―

 (はく)の暮らす甲州の里は、大菩薩嶺(だいぼさつれい)(のぞ)む美しい山々と豊かな川が幾つも流れる美しい場所だった。


 里に着くと魄は咲夜を豪奢(ごうしゃ)な屋敷に連れて行き、広い部屋に通すと「少し待ってて」と言い残して居なくなった。

 慣れない長旅で疲れ切った足を(さす)りながら、咲夜はその豪勢な造りの部屋をキョロキョロと見回して、これから自分はどうなるのだろうと途方に暮れた気持ちになる。


 刀鬼弥(ときや)(よもぎ)は無事だろうか。できる事なら今すぐに禕牙(いが)の里に駆けて行きたい。黙って出てきた哮牙(こうが)では咲夜が居なくなった事をどう考えているだろう。逃げ出したと思われて禕牙に迷惑をかける事にはなっていないだろうか。


 考え始めると悪いことばかりが頭の中でぐるぐると回り、咲夜は居ても立っても居られない気持ちになる。


「へぇ、お前が(はく)の連れ帰ったと言う女か?」


 ふいに背後から声がして慌てて振り返ると、背の高い男が立っていた。荒削りではあるが端正な顔立ちをしている。


 男は値踏(ねぶ)みするように咲夜の頭から足の先までジロリと見て、片眉を吊り上げた。


「なるほど。あいつはこんなのが好みだったのか。」


 男の無遠慮な物言いに内心ムッとしながら、咲夜は感情を押し殺して無表情のまま見つめ返す。


「俺はもっとこう、胸があって腰がくびれてて色気がある方が好みなんだがなぁ」


「やめろ、(かい)。」


 男を制止するようにさらに奥からもう1人男が出てきた。優しそうな雰囲気は、少し垂れた細い目のせいだろうか。


「すまないね、弟が失礼なマネをして。」


 垂れ目の男は咲夜の側に近づくと、ほんわりとした笑みを浮かべた。


「私は(しん)(はく)の兄だ。こっちは(かい)。私の弟で(はく)の兄なんだが……」


 䰠は肩を(すく)めて眉尻を下げた。


「生まれる時に母上の腹の中に、礼儀と言うものを忘れてきてしまったらしくてねぇ。悪気はないんだが、誰に対しても不躾(ぶしつけ)なんだ。」


 (しん)(かい)……。哮牙(こうが)の里で柳鬼(やなぎ)から聞いた名だった。


「お初にお目にかかります。私は禕牙(いが)の咲夜と申します。」


 深く頭を下げる咲夜に(しん)は頷いて細い目を更に細めた。


禕牙(いが)の出って事は、純血の女鬼か。」


 少し驚いたように(かい)がマジマジと咲夜を見つめる。


「ちょっと。何やってんの?」


 咲夜と(かい)の間を遮るように(はく)が割り込んできた。


「僕のモノにちょっかいかけないでくれる?」


「お前、そいつを(めと)るのか?」


 (かい)は好奇心を滲ませてニヤニヤと(はく)に問うた。


「さぁ、どうかな?」


 魄はいつもの(にこや)かな笑顔を微塵も見せず、冷たい声で答える。


(かい)には関係ない。…… もちろん、(しん)にもね。」


 咲夜の手を取ると少し強引に引っ張って部屋から出ようとした。それを押し留めるように(かい)(はく)の肩を掴む。


「おい、そりゃないだろ。お前は次の頭領になる身だ。自分達の頭領の嫁となれば俺達にも関係のない話でもないだろう。」


「僕は頭領になんてならない。」


 キッパリと言い切って(はく)(かい)を睨んだ。


「絶対にだ。」


「そうはいくかよ。」


 (かい)は面白そうにニヤリと笑って顎に手をやる。


「俺達、兄弟の中で純血なのはお前だけだ。」


(かい)やめろ。」


 (しん)(かい)(なだ)めるようにポンと背を叩くと咲夜に向かってニッコリ笑った。


「ごめんよ。君に聞かせる話ではなかったね。」


 咲夜は驚きを隠せずに(しん)から(はく)の背中へと視線を向けた。


「僕は、頭領を継ぐつもりはない。」


 (はく)の声は硬く静かで、決意を込めたものだった。


「嫁を(めと)るつもりもない。ましてや子をなす事もあり得ない。」


 冷淡な横顔は冴え冴えとして、凍りつくように冷たかった。


「僕の代でこの血は途絶える。純血など残しはしない。それが僕の復讐なんだから。」


(はく)、お前……」


 何か言いかけた(かい)を無視して、魄は咲夜の手を引いて部屋を出た。

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