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立ち並ぶ木々の中でも、一際大きな楠の太い枝の上から紅い瞳が眼下の2つの影を見下ろしていた。
刀鬼弥は枝の上に腰掛けて、木の幹に背中を預けるようにもたれかかりながら、のんびりと魚を頬張る双子に向かい小さく舌打ちする。
何をグズグズしているんだ。こうしている間にも咲夜が危ない目に遭っているかもしれないと言うのに。
今すぐ2人の胸ぐらを掴んで大声で怒鳴りつけたい衝動に駆られるが、咲夜を見つけるまでは我慢する他ない。どう言う訳だか、あの2人には咲夜の居る場所が分かるらしい。
刀鬼弥は逸る気持ちを抑え込み奥歯を噛み締めた。
「何を百面相しているのです?」
すぐ側の枝から熾鬼が呆れたように声をかけた。
「せっかく旭鬼様と靜鬼様に追いついたと言うのに、隠れん坊でもするつもりですか?」
幼さの残る少年は、見た目とは裏腹になかなかの毒舌らしい。刀鬼弥は今度こそ大きく舌打ちして熾鬼を睨んだ。
「お前の主人は何をやってるんだ?まさかこのまま、ここで野宿するとは言わねぇーよな?」
「さぁ?」
熾鬼は刀鬼弥の紅い双眼に怯む事なく肩を竦めて見せる。
「一応、朢月様から言いつかっているので貴方をここまで案内したけど、僕は最初から旭鬼様と靜鬼様が居れば、貴方なんて必要ないと思ってるんで。」
不満げな表情を滲ませて熾鬼はツンとそっぽを向いた。
「あいつらのどこに安心して任せられる要素があるんだよ。男なら2〜3日寝ずに走ったって平気だろ。一々、飯だ休憩だ睡眠だって、どんだけ軟弱なんだよ!」
「1人じゃここまで辿り着けなかったくせに。」
刀鬼弥の嘲るような物言いに、ムッとして熾鬼が言い返す。
「忘れたとは言わせませんよ。血相を変えて貴方が哮牙にやって来た時、柳鬼様とどんな話をしたんでしたっけ?」
今度は刀鬼弥がムッとした顔になる。
「咲夜様の事は旭鬼様と靜鬼様が追っているから、貴方は必要ないって言われたのに、どうしても!って土下座する勢いで頼み込んでたじゃないですか。」
勝ち誇ったように唇の端を釣り上げて、熾鬼はフフンと鼻を鳴らした。
「たまたま僕が報告の為に里に帰ってみれば、貴方に縋り付かれて困り果てた柳鬼様に、ここまで心配しているのだから一緒に連れて行って差し上げなさいと言われ、朢月様からも旭鬼様達の元へ案内するように言いつかったから、仕方なく僕が案内してやったんですよね?」
刀鬼弥はギリギリと奥歯を噛んで生意気な少年を真紅の瞳で睨みつける。
「仕方ねぇーだろ!俺にはあいつが何処に居るか分んねーんだから!そもそも……」
刀鬼弥は人差し指を突き出して熾鬼を指差すと、唸るような声で言った。
「お前らが不甲斐ないから咲夜が攫われちまったんだろーが!」
熾鬼と刀鬼弥が火花でも散らす勢いで睨み合っていると、大きな溜息が聞こえた。
「お前ら、隠れる気がないならそんな所で何をしている?」
旭鬼の隣で靜鬼はクスクスと笑い声を上げる。
「いや、面白いからどうぞ続けて?」
「旭鬼様!靜鬼様!聞いて下さい!この人ホント酷いんです!」
熾鬼が顔を真っ赤にして怒りながら2人に向かって刀鬼弥を指差した。
「はいはい。わかったわかった。」
笑いを抑えるように唇に手をやり、靜鬼は刀鬼弥と熾鬼に降りて来るよう合図する。口をへの字に曲げたまま、暫く互いに睨み合い、やがて諦めたように刀鬼弥が枝から飛び降りた。
「で?あいつは今、どこに居んの?」
刀鬼弥は不機嫌な顔で旭鬼と靜鬼の前にドカリと腰を下ろす。
「そう遠くないらしいよ。」
旭鬼に代わって靜鬼が答えた。
「そんじゃ、とっとと追いかけようぜ。」
「お前は馬鹿なのか。」
旭鬼が薄藤色の目を眇めて刀鬼弥を見る。
「咲夜を攫った奴の向かう先を突き止めなければ、もし仮にこの様な事が再びあった時に、対処の仕様も変わるだろう。」
「目的も知りたいしね。」
靜鬼ののんびりした声に刀鬼弥はこめかみに青筋をピクリと浮かせた。
「そんなの、純血の女鬼だからに決まってるだろ!」
「それだけじゃないと思うよ?」
靜鬼は刀鬼弥にニッコリ微笑んで見せる。
「その場で殺しもせず、犯しもせず、執拗に気配と痕跡だけを消して連れ去るんだから、何かの意図があるって事でしょ」
「まぁ、誰の仕業かはおよその予想はついてるがな。」
旭鬼は程よく焼けた魚を刀鬼弥に突き出した。
「食える時に食っておけ。明日には目的地に着くだろう。」
「目的地?」
「甲斐だよ。」
靜鬼は熾鬼にも魚を手渡して食べるように合図しながら言った。旭鬼がそれに頷く。
「今までは東に向かって進んでいたが、ここへ来て駿河から富士川沿いに北へと方向を変えた。」
「つまり、甲斐国へと向かってるって訳。」
「甲斐へ…… って事はまさか」
刀鬼弥の呟きを肯定するように旭鬼が頷く。
「かなりの手練れで、咲夜を狙うとなれば十中八九、甲州の魄だろうね。」
刀鬼弥の紅い瞳が紅蓮の炎を宿して揺らめいた。
「魄は何か知ってる。」
旭鬼は刀鬼弥に向かって探るように言った。
「咲夜の香りの事を言ってただろう。あいつは何か知っていて、何か目的を持って彼女を攫ったんだ。」
ーー 変わった匂いの娘だね
蒼い瞳の少年が柔らかく微笑んで咲夜を見ていたあの日の光景が脳裏に浮かぶ。
「俺達は知りたいんだ。魄が知っている事の全てを。」
「なんだって言うんだ……」
刀鬼弥は何故か鼓動が早くなるのを感じて胸を押さえた。
自分の知らない何かが起ころうとしている。
いや、すでに起こっているのかもしれない。ジワリと不安の影が忍び込んで、刀鬼弥の胸に暗い闇を落としていた。




