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哮牙の里には女が生まれない。
どういう訳だか、男しか生まれてこない。その代わりと言うべきか、哮牙の男は誰よりも何処よりも強い力を持つ。
鬼の男は風よりも早く駆け、木立よりも高く跳び毒も効かない。病にかかる事もなく、大抵の怪我は一夜のうちに癒してしまう。
この日の本には大小 幾つかの鬼の里があり、そのいずれもが忍びとして生きている。その中でも哮牙の鬼はずば抜けて強かった。
しかし鬼は寿命が長い分、繁殖能力は恐ろしく低い。女鬼は男鬼より更に出生率が低かった。しかも男鬼に比べて力も弱く、病気の耐性や怪我の治癒力も男鬼には何一つ叶わず、育つ前に死んでしまう事も多々ある。哮牙のように一切、女が生まれないと言う事はなくとも他の鬼の里にも女鬼は少なくその価値は貴重だった。
そんな中で、咲夜の生まれ育った禕牙の里にだけはなぜか女系の家が多く女鬼がよく生まれた。その為に、他の里の鬼達から常に狙われる事になる。
禕牙は哮牙とは山を一つ隔てた隣り合わせの里だった。
たった一つ山で隔てた近い距離に鬼の里が2つ。諍いが起こらない訳がない。哮牙はかつて、何度も禕牙に襲撃しては女鬼を攫っていった。
しかし、そうやって攫われた女鬼は自分を攫う為に父や兄や弟達が無惨に傷つけられ殺された事を恨みその憎い仇の子を宿す事を拒み、敵の手に堕ちる前に自ら命を絶ってしまった。これでは哮牙も子孫を残す事が出来ない。
一方、禕牙の里も他の里の鬼達から常に狙われる事に疲弊していた。禕牙に女系の家が多いと言う事は、他の里よりも戦力になる男鬼が少なく、大切な女鬼を護る事が出来ないと言う事だ。このままでは一族の存続が危ぶまれる。
禕牙と哮牙は互いの一族の血を絶やさぬために血の契約を交わした。禕牙の里が他の里の鬼達から襲われたりせぬように哮牙の鬼はこれを命を賭けて護る。その代わり禕牙は、生まれた女鬼を哮牙の里に嫁に出す。
そうやって禕牙と哮牙は互いの一族を存続させてきた。
血のつながりによる同盟の結び。
禕牙の里から哮牙へと連れて行かれる花嫁は、その身一つで、かつての敵の里へと嫁ぐ事になる。親兄弟や友達と別れ、時には恋しい想い人と引き裂かれながらそれでも里の存続の為、愛する家族を護るために人質のように嫁がされて行く。