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月鬼の華 ~ tuki no hana ~  作者: うめは
悠久の契り
38/54

―9―

 パンッ!

 と乾いた音が響いて咲夜の手にジンとした痛みが走る。睨むように視線を上げると、頬を打たれた魄の横顔が目の前にあった。


 顎から耳にかけての細い線に女郎花(おみなえし)の花に似た淡黄色をした髪が落ちてその輪郭を縁取る。人形のように綺麗な魄の頬に咲夜の手の跡が赤く咲いていた。


 怒らせただろうか。殴り返されるかもしれない。


 咲夜が身構えようとした時、伏せていた睫毛を上げて、魄が視線だけをこちらに向けた。ギクリと肩を震わせる咲夜を魄の蒼い瞳が射竦(いすく)める。


「この匂い……」


 たじろぐ咲夜の心内(こころうち)など意に介す事もなく、魄は咲夜の頬にそっと指を滑らせる。


非時香菓(ときじくのかくのみ)……」


 魄の言葉は咲夜へのものではなく、自分自身が噛み締めるような囁きだった。


「お前はまさか……」


 頬に触れた指が首筋へと滑り降り、流れる柔らかな髪にその手を差し入れると、魄の蒼い双眼が咲夜の目を覗き込んだ。瞬きも忘れて見つめ返す咲夜は戸惑いを隠せずに、緩く眉を寄せる。


「ときじく……?」


「時を定めず、常に美しい実をつけて甘く香る木の事だよ」


 咲夜の問いかけに思いがけず魄が答えてくれた。

 そしてもう一度、咲夜の放つ芳香を確かめるようにその首筋に顔を埋めて、魄は小さく笑った。


「そうか。お前が……」


 確信したように魄が呟く。


生贄(にえ)の姫」


ーー誰にも知られてはいけないよ


 由乃の声が頭の中で木霊する。


ーー絶対に知られてはいけないよ。


 肌を切り裂く刃が咲夜の肩に突き刺さる。


ーー見られてはいけない。どんな事があっても。

  約束して、咲夜。


 ぬらりと血に濡れた刃を握りしめて由乃が言う。


ーーこの(しるし)は生贄の(あかし)

  決して知られてはいけない、非時香(ときじくのかおり)

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