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月鬼の華 ~ tuki no hana ~  作者: うめは
悠久の契り
35/54

―6―

 その香りはどこか(なつ)かしくて、焦がれるような切なさに胸が締め付けられた。悲しくもないのに泣き出してしまいそうに苦しいこの想いは、いったいどこから来るのか。


 夢に(うな)されて泣いている咲夜の、思わず抱き寄せた細い肩から立ち昇る甘い芳香に軽い眩暈(めまい)を感じる。この香りを旭鬼は確かに知っていた。口づけたのは無意識だった。ほんの一瞬、微かに触れるだけの口づけ。


 ドクン と大きく鼓動が跳ねた。


 その瞬間、陽炎(かげろう)のようにゆらゆらと揺れていた記憶が鮮やかな色をつける。





ーーねぇ、知ってる?


 (ささや)くような声で朔夜(さくや)が問う。

 薄闇の中、互いの温度を確かめ合うように強く抱きしめた背中に月華(つきのひかり)が差していた。


ーーさようなら はね、

  離れたくはないけれど、()()である()()(いた)(かた)ない。

  と言う意味なんだって。


 もう二度と逢えないかもしれない。それでも離れなければならないほどの理由があるのなら、左様であるならば致し方ない。


 たとえばそれが永遠の別れでも、受け止めて見送る言葉……。


ーーねぇ、淺月(あさき)……。

  最期の時は必ず私の側に居て。


 少し(かす)れた小さな声で、朔夜は別れの言葉を繰り返す。薄衣(うすぎぬ)を重ねたような蒼い闇に(さら)われてしまわないように、強く強く抱きしめた。

 この腕の中に、確かに温もりがあるのに。甘く誘うこの香りも、確かに抱きしめているのに。


ーー約束よ、淺月(あさき)……。

  さよならは、貴方の腕の中で聞かせて欲しい






 あの約束はいつの事だったか。遠い記憶の中に朔夜の泣き出しそうな微笑みが鮮やかに蘇る。


 旭鬼は目の前の咲夜を強く抱きしめた。涙で潤んだ鈍色(にびいろ)の瞳が旭鬼を見上げる。込み上げる悲しみに心が叫びを上げた。


 2度と離さない。もう2度と失くさない!


 ()れたようにその唇を求める。少し震える指が、旭鬼の胸をぎゅっと掴んだ。


 冷えた唇に熱を移すように、深く深く口づけを落とす。


 優しくしてやりたいのに、そんな余裕など微塵もなかった。全てを奪うように、全てを与えるように、深く深く口づける。


ーー約束よ


 記憶の中で聞こえる声が、寂しげに繰り返す。


ーーそれが私の最期の願い……

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