―6―
その香りはどこか懐かしくて、焦がれるような切なさに胸が締め付けられた。悲しくもないのに泣き出してしまいそうに苦しいこの想いは、いったいどこから来るのか。
夢に魘されて泣いている咲夜の、思わず抱き寄せた細い肩から立ち昇る甘い芳香に軽い眩暈を感じる。この香りを旭鬼は確かに知っていた。口づけたのは無意識だった。ほんの一瞬、微かに触れるだけの口づけ。
ドクン と大きく鼓動が跳ねた。
その瞬間、陽炎のようにゆらゆらと揺れていた記憶が鮮やかな色をつける。
ーーねぇ、知ってる?
囁くような声で朔夜が問う。
薄闇の中、互いの温度を確かめ合うように強く抱きしめた背中に月華が差していた。
ーーさようなら はね、
離れたくはないけれど、左様であるならば致し方ない。
と言う意味なんだって。
もう二度と逢えないかもしれない。それでも離れなければならないほどの理由があるのなら、左様であるならば致し方ない。
たとえばそれが永遠の別れでも、受け止めて見送る言葉……。
ーーねぇ、淺月……。
最期の時は必ず私の側に居て。
少し掠れた小さな声で、朔夜は別れの言葉を繰り返す。薄衣を重ねたような蒼い闇に攫われてしまわないように、強く強く抱きしめた。
この腕の中に、確かに温もりがあるのに。甘く誘うこの香りも、確かに抱きしめているのに。
ーー約束よ、淺月……。
さよならは、貴方の腕の中で聞かせて欲しい
あの約束はいつの事だったか。遠い記憶の中に朔夜の泣き出しそうな微笑みが鮮やかに蘇る。
旭鬼は目の前の咲夜を強く抱きしめた。涙で潤んだ鈍色の瞳が旭鬼を見上げる。込み上げる悲しみに心が叫びを上げた。
2度と離さない。もう2度と失くさない!
焦れたようにその唇を求める。少し震える指が、旭鬼の胸をぎゅっと掴んだ。
冷えた唇に熱を移すように、深く深く口づけを落とす。
優しくしてやりたいのに、そんな余裕など微塵もなかった。全てを奪うように、全てを与えるように、深く深く口づける。
ーー約束よ
記憶の中で聞こえる声が、寂しげに繰り返す。
ーーそれが私の最期の願い……




