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「旭鬼、分かる?」
靜鬼は地面に膝をついたまま、傍に立つ旭鬼を見上げる。
「あぁ。」
短く答えて旭鬼は気配を探るように空気の匂いを辿った。
靜鬼が跪く地面には土の上に何か擦れた跡がある。咲夜はここで転んだのだろう。とても微かなものだったが、咲夜の甘い残り香があった。
「咲夜以外の匂いはないね。」
「おそらく忍びだろう。任務中の忍びは自分の気配を残さない。」
「ここまで自分の匂いも気配も残さないとなると、相手はかなりの手練れかな。」
靜鬼は地面に置いた手をギリっと土ごと握り締めた。
「あいつを傷つけていたら、殺してやる。」
ざわりと空気が震えるような殺気に旭鬼は眼を見張る。
「靜鬼がそんなふうに怒るなんて、珍しいな。」
「俺は自分のモノに手出しされる事は我慢できない。」
いつも微笑みを浮かべ、あまり感情的になる事もなく、誰にでも同じように接する靜鬼は、言い換えれば誰にも興味がなく、表面的な付き合いしかしない。何かに執着する事もないし、何かに必死になる姿も見たことがなかった。
「お前が人であれ物であれ、何かを自分のモノだと言い切る事が、そもそも珍しいと思うぞ。」
旭鬼の言葉に靜鬼は少し戸惑うように眉を寄せて、すぐにニヤリと不敵な笑みを見せた。
「言われてみればそうだ。忘れていた。」
靜鬼は立ち上がると記憶を手繰るように首を傾ける。
ーーそうだ。忘れていた。
俺は中庭で咲夜に口づけようとしたあの時、初めてあいつの事を欲しいと感じたのだと思っていたが、違ったらしい。
そもそも俺は、誰かの為に何かをするような鬼ではなかった。咲夜が四十雀の雛を巣に戻そうとしていた時、いつもの俺なら別に気にも止めなかっただろう。ましてや、自分から手伝いを言い出すなんて……。
俺はあの時、何かを感じるより先にあいつの身を案じた。それは自分でも気付かないほど当たり前のように、心の中に湧いた想いだった。ーー
靜鬼は首筋がゾクリと粟立つ感覚に胸が震えた。
これが執着すると言う事か。初めて知る感情に作り物ではない笑みが零れる。
「靜鬼?大丈夫か。」
旭鬼が靜鬼の顔を訝しげに覗き込む。
「大丈夫。むしろ、堪らなく高揚してる感じ。」
ますます訳が分からないと言った様子で旭鬼が眉を顰める。
「それより、咲夜の行方を探さなくちゃね。」
靜鬼の言葉を待っていたかのように、すっと熾鬼が姿を現した。
「この近辺を見てきましたが特に変わった事は見つかりませんでした。」
旭鬼は熾鬼を見ると軽く頷く。
「問題ない。朔夜の場所なら俺が分かる。」
その言葉に今度は靜鬼が訝しげな表情をした。
「旭鬼、何で咲夜の場所が分かるの?」
「どうしてだかは俺にも分からない。だが、あいつが何処にいるかは分かる。いや、分かると言うより感じるんだ。」
靜鬼が首を傾げる横で、熾鬼も意味が分からない様子で黙って2人のやり取りを聞いている。
「あいつに口づけた時から、なぜか分かるようになった。」
「…………」
「…………」
「はぁぁああああ!?」
つかの間の静寂の後、靜鬼の叫び声が響いた。
「なに!?口づけって!?は?なに!?」
「し、靜鬼様!お、お、落ち着いて下さい!!」
熾鬼の制止も聞かず、靜鬼は旭鬼の着物の袂を掴んで揺さ振る。
「聞いてない!そんな話は聞いてない!!」
「今 言った。」
「何それ!あり得ないんだけど!!」
「報告する義務などないからな。」
旭鬼はいつもと変わらない表情で淡々と答えた。
「お二人とも!今は咲夜様を探す事が第一です!!」
熾鬼は美しい2人の鬼の間で、普段の柳鬼の苦労を心から労った。帰ったら今までより少しだけ優しくしよう。




