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「だいたい、今までずっと側仕えも侍従も付けずに居たのが悪いだろ。しかも誰も居なくなった事に気付かないなんて、ここには阿保しか居ないわけ!?」
忌々しそうに靜鬼が悪態をつく。
こんな時に限って、靜鬼も旭鬼も忍び仕事で里を出ていた事が悔やまれる。
「この哮牙の里に、おいそれと侵入出来る者はいませんからね。」
「咲夜が自分から出て行ったって事?」
「靜鬼。柳鬼に八つ当たりしても仕方ないだろ。少しは落ち着け。」
朢月が窘めるように言って太い腕を組む。
「やはり、あの話を聞かれていたか。」
「だとすると、向かったのは禕牙の里と言う事になりますが、禕牙からは今のところ何も沙汰がないのも気がかりです。」
朢月と柳鬼のやり取りを黙って聞いていた旭鬼が呟く。
「禕牙に戻っていないと言う事か。」
「おそらくは。」
柳鬼は頷くと考え込むように長い指で顎を撫でた。
「禕牙に向かおうとした事は確かでしょう。しかし、辿り着けなかった。」
「途中で何かあったって事だね。」
靜鬼は更に苛立ちを募らせる。
「純血の女鬼が1人で里の外に出て、無事で居られる訳がない。」
朢月の言葉に靜鬼は弾かれたように立ち上がる。それを柳鬼が手で制した。
「どこに行かれるのです」
「決まってるだろ。取り返しに行く。」
「どこに居るかも分からないのにですか?」
「分かるよ。」
柳鬼を見る漆黒の瞳に、靜鬼の静かな怒りが揺らめいていた。
「あいつの居る所なら必ず俺には分かる。」
靜鬼を制する柳鬼の手をそっと掴んで旭鬼も頷いた。
「俺も分かる。」
朢月は柳鬼に目配せして「行かせてやれ」と言った。
「腕の立つ者を何人か連れて行け。報告と連絡は怠るな。」
「足の速さなら熾鬼を連れて行くと良いでしょう。戦闘はまだまだ未熟ですが、足の速さは里で1番です。」
柳鬼がヒュッと短く口笛を吹くと、すぐさま熾鬼が現れた。
「お呼びですか。」
「熾鬼、今から旭鬼様と靜鬼様に着いて咲夜様の捜索に向かいなさい。後で里の手練れの者を何人か送るので目印を忘れないように。」
「はいっ」
柳鬼の指示が終わるか否かで、旭鬼と靜鬼と共に熾鬼の気配が消える。
「行ったか。」
朢月は天を見上げるように顔を上げ目を閉じると、太い眉毛を顰めて思案するように言った。
「さて、ワシは百知殿に文を書く事にするか。」
朢月の苦虫を噛み潰したような顔を見ながら柳鬼が頭を下げる。
「硯の用意を致しましょう。」
「この乱世において、人間の世の諍いに巻き込まれるのも、致し方ない事か。」
朢月は苦悩を滲ませた声で呟いた。




