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「怖い夢でも見たの?」
魄が眉根を寄せて咲夜を覗き込んでいる。
「随分と魘されてたよ。」
咲夜はもたれ掛かるように背中を預けていた松の木から身体を起こして、額の汗を着物の袖で拭いながら、なぜ私はここにいるのだろう?と、一瞬辺りを見渡した。
「トキヤって確か、蒐に斬りかかったあの紅い鬼だよね?何度も呼んでたみたいだけど……」
咲夜は魄に連れられて甲州は甲斐国に向かう道中だった事を思い出す。
日は落ち暗闇に包まれた山中で、魄が起こした火だけがチラチラと揺れていた。
「聞いてる?」
唇を尖らせながら魄が言う。
「返事くらいはしてくれても良いんじゃないかなー」
「私をどうするつもりなのですか。」
咲夜は出来るだけ毅然とした態度に見えるよう、胸を張って顎を上げた。
「うーん、実はまだ決めてないんだけどさ」
魄は楽しそうに瞳を細めて咲夜を眺めた。
「殺しちゃうかもしれないし、人質として有効活用するかもしれない。」
一つずつ確認するように指を折りながら魄は続ける。
「うちの里の奴が手柄を立てたら、褒美としてくれてやっても良いかもしれない。女鬼は貴重だからね。」
そしてニッコリ微笑むと咲夜の顔を覗き込む。
「それとも、僕の嫁になる?」
咲夜は魄の視線から逃れるように、顔をそらして横を向いた。
「貴方はまだ子どもじゃないですか。」
「子どもじゃないよ。」
魄は蒼い瞳に咲夜を映して笑みを消す。
「君は今まで自分の里を出た事もなくて、大切に守られてきたから分からないんだね。自分の置かれている状況が。」
憎みにも似た冷たい憎悪の欠片を宿して、蒼い瞳が揺らめく。
「何も知らず、何も知ろうとせず、ただ大切に守られてきたんだものね……」
冷えた指が咲夜の頬をそっと撫でた。
「僕が教えてあげるよ。…… 絶望の味を。」
頬を滑る指がゆっくりと首筋へと降りて行く。ゾクリと冷たい汗が背中に走った。魄はそのまま両手で咲夜の首筋に指を絡めるとギリギリと締め上げてゆく。
「ねぇ、君には僕が幾つに見えてる?」
吐息のようにささやかな声が耳元で問いかける。
「僕は君が思っているほど子どもじゃない。この世は、見たままの姿形が全てじゃないんだ。」
締め付ける手をふっと緩めて、魄は咲夜の首筋に残る自らが付けた指の跡を見つめた。急に空気が流れ込んできた気道に噎せ込んだ咲夜の手を掴み、その動きを封じると首筋に唇を寄せる。
チクリと微かな痛みが走った。
魄は白い肌の上に咲く赤い指の跡と、それに重なる花びらにも似た口づけの跡を見て満足したように蒼い瞳を細めた。
「知ってる?鬼はとても独占欲が強いんだ。鬼の力が強ければ強いほど、その本能も強くなる。君のトキヤは、君に刻まれた僕の印を見たらどう思うのかな?」
悪戯を思いついた無邪気な子どものように、魄はニッコリ笑うと言った。
「君が夢の中でまで呼ぶトキヤは、それを見てどうするのかな?」




