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月鬼の華 ~ tuki no hana ~  作者: うめは
悠久の契り
30/54

―1―

 その日は初夏の日差しが眩しい良く晴れた日だった。咲夜は屋敷から出る許可を取る為、柳鬼を探して屋敷の中を歩いていた。(かや)がとうとう辰鬼(たつき)と婚約したのだと言う。祝言に向けて、あれこれ話に花を咲かそうと萌黄と季から誘われたのだ。


 朢月の部屋の前を通り過ぎようとした時、部屋の中から探していたその人の声が聞こえてきた。


「それは誠の事か。」


「はい。草諜儀(くさちょうぎ)よりの確かな情報です。」


 草諜儀(くさちょうぎ)…… 忍びが諜報活動(ちょうほうかつどう)の為に敵の陣地に潜入する事だ。


禕牙(いが)攻めか……」


 立ち聞きする訳にもいかないと、慌てて立ち去ろうとした瞬間に不穏な言葉が聞こえて足を止める。


織田信雄(おだのぶかつ)による禕牙(いが)への不穏な動きは確かなようです。」


 話の内容とは裏腹に、柳鬼の声は落ち着いた穏やかなものだった。


信長(のぶなが)が荒木村重の謀反(むほん)に手を焼いているこの時にか……」


 ーー禕牙攻め……?


 咲夜は石を飲み込んだように、喉の奥が苦い塊で塞がれ息が詰まる。

 耳の奥でドクドクと脈が打ち、もはや朢月と柳鬼の声も聞こえなかった。


 ーー禕牙が攻められる?


 無意識に足が動いていた。

 屋敷を飛び出し、里の中を抜けて山を目指す。


「…… (よもぎ)!…… 刀鬼弥(ときや)!!」


 不安で胸が押しつぶされそうになりながら咲夜は駆けた。


 笹の葉が咲夜の柔らかな肌を刺し、ゴツゴツした岩に道を阻まれながら、それでも咲夜は走る。涙で目の前が霞んでも、駆ける事はやめなかった。


 山道で何度も転んだ。擦りむいた膝から血が出ても、鬼の力ですぐに傷は塞がる。走っては転び、転んでは走った。


 ーーお願い!皆んな無事でいて!!


 木の根に足を取られてまた転ぶ。捻った足首にズキリと痛みが走った。それでも休んでいる訳にはいかない。早く帰って皆にこの事を伝えなければ!


「あれ?こんな所で思わぬ拾い物かな」


 倒れた咲夜の頭上から楽しげな声が落ちてきた。


「久しぶりだね。こんなに早く逢えるなんて、やっぱりこれは運命なのかも。」


 聞き覚えのあるその声に、咲夜はゆっくり顔を上げた。


「やぁ。僕の名前、忘れてないよね?」


 上から覗き込むように(はく)が咲夜を見下ろしていた。


 蜜のような髪に(あお)い澄んだ空のような瞳。

 少女のようにも見える儚げな面差しは、ぞくりとするような冷ややかな微笑を浮かべて唇を三日月の形に歪めていた。


「さて、次は君の名を教えてくれるかな?」


逃げ出そうとする咲夜の手を掴み、魄はクスリと笑う。


「捕まえた。ほら、ダメだよ。逃げたりしちゃ。」


その華奢な身体に似合わない強い力で咲夜を引き寄せると、まるで荷物でも担ぐかのように魄は咲夜を肩の上に乗せ妖艶な笑みを浮かべた。


「逃がさないよ。」


咲夜を抱えたまま音もなく跳躍すると、まるで羽が生えているかのように木々の間を駆け抜けた。

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