靜鬼 〜しずき〜
己の中にもう1人の自分がいる。
そいつは、俺の意思とは関係なく心の内を浸食して行く。
物心ついた頃から俺は他の奴らと何かが違っていた。花を見て美しいと言う者の気持ちが理解出来ない。死にゆく者に憐れみなど感じた事もない。平然と、時には微笑さえ浮かべて俺は何の躊躇もなく他者の命を奪う。それで良心が痛む事もないし、同情心を持った事もない。
他者の気持ちが分からないから、俺は酷く残酷な子供だった。母上が死んだ時も俺は悲しいと言う意味が分からなかった。込み上げる涙を堪えて、慟哭を上げる父の姿を不思議な気持ちで見ていた。双子の兄弟である旭鬼ですら、その目に涙を浮かべて唇を噛んでいたと言うのに。俺はなぜ2人がそんなに悲しむのか理解する事が出来なかった。
同じ顔をした旭鬼の流す涙は、俺を動揺させた。どうして俺は泣けないのか。どうして俺は他者とこんなにも違うのか。
俺はひたすら、そんな自分を隠す術だけを覚えていった。いつも微笑みを絶やさず、本来持ち合わせていないはずの優しさを演じて己自身すら欺くように。
俺にある唯一の感情は、内なる誰かが求める漠然とした想いだけだった。俺の中にある誰かは、時折ふと何かを想い焦がれていた。だけどそれが、何をそんなに焦がれているのか分からない。ただ漠然と何かを求めて止まなかった。
焦がれて焦がれて、身の内を燃やし尽くしそうな程、激しく想い焦がれている、その感情だけが俺の心の中で燻り続けていた。
何が欲しいのか分からないのに、ソレが欲しくて身を焦がす。なんとも可笑しな事だと自分でも思う。それでも焦がれる想いを打ち消す事も出来ず、いつしかそれは俺自身の望みにもなった。
「靜鬼様の笑顔はいつも、どこか寂しそうに見えたので……」
目の前で今にも泣き出しそうな顔をしてそう言った咲夜の言葉に、俺の中の誰かが震えるほどの感情を溢れさせた。
ーー見つけた。
欲しくて欲しくて
焦がれて焦がれて
気が狂いそうなほど求め続けた何かが、そこにあった。
ーーもう少しだ。あと少し。
内なる声が言う。
ーー約束を果たそう。
俺はきっと、彼女と出会うために生まれてきたのだ。
俺はきっと、この瞬間のために生きてきたのだ。
この感情を何と呼べば良いのか、俺には分からない。
恋と呼べるほど綺麗なものではないだろう。
愛と呼べるほど慈悲深いものでもないだろう。
俺は彼女の心を壊してしまうかもしれない。
傷つけて泣かせて、めちゃくちゃにしてしまうかもしれない。
それでも……
例え地獄に堕ちたとしても、共にありたい。
この利己的で浅ましい望みを何と呼べば良いのか
俺にはまだ、分からなかった。




